第14話 カルア再び
カルア・コルフィから呼び出しを受けたリッカは再びコルフィ家まで足を運ぶ。相棒のスペックは用事があると出ていったしまったが、殴られたくないだけだろう。
巻物には詳しい要件は直接伝えると書かれていた。どんな話が来るか不安を抱えたままコルフィ家の門を叩く。
「お待ちしておりました、父は急用で不在なので、私が話します。」
ここに来るのは2回目だが、まだ慣れないだけでなく。当主のブラグ・コルフィは不在で、目の前にはふわふわの髪の毛をゆらしながら、前と同じ優雅なピンク色のドレス姿で座るカルアだけがいる。緊張するなと言うのは無茶な話だ。
前回は2発も蹴りをもらっているので、構えるのは当然と言える。スペックは用事があるとか言ってさっさと逃げてしまったから、この部屋に居るのはリッカとカルアの二人だけ。
「あー、その、カルアさん、今日はどのような事でしょうか?」
「敬称は不要と覚えて頂いたようですね、コルフィ家では『土地』に関わる仕事を受けているのはご存知ですね?」
「ええ、聞いてます」
「実は、1件アンデッドが出る屋敷がありまして、私では何度倒しても、また出てくるんです。一緒に見て頂きたいと思いまして、お呼びしました」
カルアは乱暴だが、その拳で使う法術は確かに魔素を散らす事ができる。弱い幽霊系統なら魔素に戻して、再度出現できないようにする事も十分にできる。幽霊を殴って消し去るその技はリッカには良いとは思えない。
メイドが部屋に入ってきて、そっとカップとクッキーをテーブルに置いていく。白いカップには琥珀色の紅茶が注がれる。クッキーも何か練り込んでいる物もあり、3種類お皿に置いてある、プレーン、紅茶、もう一枚は良く分からないが、どれもとても美味しそう。
「すみません、ありがとうございます」
「今日は、少し良い物を出させて頂きました」
前回のお詫びも込めて、そんな声がリッカには小さく聞こえたような気がした。
一礼してメイドが部屋から出ていく。部屋には紅茶の香りが漂っており、ドアを閉めたわずかな風が紅茶の香りを部屋の隅々まで運んでくれる。しかし、目の前には依頼人のカルアが腕を組んで、座っているので手を伸ばしにくい。
「えーと、アンデッドの話を伺ってよろしいですか?」
「どうぞ食べながら」
「あ、すみません、頂きます」
紅茶の入ったカップを口元でゆっくりと傾ける。部屋に漂っていた香りでも十分に楽しめるほどだが、ここまで持ってくるとその優雅さがより一層濃く感じられる。
口に入った紅茶は、ただ茶葉にお湯を注いだというだけだというのに、ほのかな甘さや苦さがあり、よい香りがそのまま味になったようだ。喉を通り過ぎた後も、先ほどとは違う優しい香りが返ってきている。
カップへ入れたとき、口に含んだとき、飲んだとき、3種の香りに加えて、上品な味まで楽しめる。お茶には疎いリッカだが、これはいい紅茶だということは分かる。
「これは、美味しい」
クッキーもひとつ手に取って齧る。リッカが手に取ったのは何か分からない物、紅茶がこれだけ美味しいのだから、それに見合う美味しさを期待してしまう。
サクッとここちよい食感に優しい甘さが一気に広がる。その甘さの中に爽やかな味と香りがすぐに見つかり、甘さと爽やかさを一緒に楽しむことができる。
「クッキーも美味しい、ミカンを練り込んでますね、はじめて食べました」
「柑橘の皮ですけどね、お口に合ったようで」
「美味しい物は嬉しいですから」
再びクッキーに手を伸ばす、最初にあったリッカの緊張はすでにない。プレーンも甘さを純粋に味わえ、紅茶入りは苦みも香りも強く甘い物が苦手な人でも美味しく食べられそうだ。食べ物で釣られる安い男かもしれないが、美味しい物は何にも勝るもてなし。
紅茶とクッキーを楽しむリッカにカルアもわずかだが安堵したように見える。
「食べながらで結構ですから、話してもいいでしょうか」
「あ、すみません、お願いします」
見てもらいたい屋敷は、かつて地方貴族が集会や式典に参加するために使っていたが、そこの貴族の血が途絶えてしまい使う事がなくなった、いわゆる空き家。
コルフィ家はこの街に限らず、地方の土地の所有権などの確認や整理を行っているが、この街の中の土地でも管理を行っているため、この土地と屋敷を保管する仕事が回ってきた。見に行った人間からは、屋敷に入れないという奇妙な報告が届けられた。
カルアが見に行った所、アンデッドを見つけて魔素に還したが、後日行った所、魔素として散ったアンデッドがまた居たということだ。
「多分、媒体をもっているんですね」
「媒体?」
「ジャックローズの生霊のように、アンデッドが何かの物品についているんです」
「だから、散らしても、物品に残っているからまた集まると?」
カルアは真剣な表情で質問を続けてくる。優雅な紅茶とクッキーのお供の話題としては物騒で合わない事この上ない。
「では、明日の朝に見に行きましょう」
「いや、夕方がいいです」
「では夕方で、ですが、なぜです?」
「アンデッドは日がある間は見つけにくいですから」
アンデッドは火に弱い、正確には熱や光にも弱いのだが、これらがある場所の近くは自然と魔素が散ったり、勝手に火の性質の魔素に変わってしまう。純粋な魔素が多いほど、アンデッドは体を作りやすくなる。夜には日の光も熱もない、人の往来も少ないので魔素が散らないから『出る』のだ。
「リッカさん、お願いが1つ」
「な、なんでしょう」
身を乗り出して、リッカに向かって体を近づけるカルア、何を言われるのか再び緊張が体に広がっていく。
「私、払い方は習いましたが、見方は自己流なんです」
「へ?」
「幽霊の見方を教えて下さい!」
◇
頼みを引き受けたリッカは、カルアの案内で倉庫ではなく、食堂に飾られている優雅の赤の画家ジャックローズの『夕日の心情』の前に居た。
倉庫で見たときも十分に引き込まれたが、光が当たるようになり、その魅力はより強くなっている。少女とその背景の夕日を共に見ているような、壁の一部になっている絵。しかし、それは夕焼けの真ん中に立たされている錯覚すら覚える名画、これが目に入ると食事よりも絵に意識が持って行かれそうなほどだ。
「では、カルアさん始めます」
無言で頷くカルアを見て、周囲の魔素を絵の近くに集める。すると、絵に片手を溶け込ますように白い靄が人の形をとるかのように見えてくる。
ジャックローズの生霊がこの絵にはいるため、練習台にさせてもらおうという考え。
「カルアさん、見えますか?」
「なんか、薄っすらと、陽炎のようにです。いつもの私の見え方です」
「えっと、そこにお父さんが居るイメージで見てみてください」
「え?、父ですか?」
妙なことを言っているのは分かっている、アンデッドには魔素の密度の他に『波長』がある。この波長を合わせる事がアンデッドの姿を見て、声を聞くために必要な事。
「なんか、見えなくなりましたね」
「次は、さっきのメイドさんでもいいので、女性が居るイメージで」
「はぁ? 妙な事をさせますね」
アンデッドと関わろうとすること自体が妙な事なのだが、その言葉をリッカは口には出さない。リッカも最初はそう思っていたからだ。魔素を操る事、魔素を見る事、これが法術の技術、魔法のような成果が目に見えてわかるものではないので、どうしても習得は妙な事をするように見える。
今回の生霊を見るためでも、幽霊を見るための技術にはコツがある。知り合いや身内のアンデッドに気が付きやすいのは、その人と触れ合っている事が多く自然に波長を合わせているからだ。他人にそれをするのは難しい。
「あ、さっきよりはっきり見えます」
「いいですね、色々な女性のイメージを試してみてください」
「はい、やってみます」
こうして、色々なイメージを探っていく事でアンデッドとの波長を合わせる練習をしていく、慣れるとサッとできるようになる。同じ要領で声も探っていくと意思も感じ取れるようになっていく。
「あ、見えた。声も」
「そうです、最初はそうやって合わせる感覚を掴むんです」
カルアがポツリとつぶやく。その視線はリッカと同じ方へ向いているが、ここに使用人が入ってくれば2人で虚空を見つめる不気味な風景に見えるだろう。そして、虚空に話しかけるお嬢様を見て、さらに不気味に思うはずだ。
「そうね、見事な絵です」
カルアは頷きながら、ジャックローズの生霊と話を続ける。リッカ以外にはカルアの1人芝居にしかみえないが、確かにそこには意思を持つ存在がいる。
先日のアンデッドは即抹消というような意思も、すぐに行動に出るような激情も今日はない。人には見えぬ声を聞き、人には見えぬ姿を見る。以前は人であった、今は人ではないアンデッドその声を聞ける法術使いがまた増えた。
リッカ「別に、死なないんだから来ればいいじゃん」
スペック「殴られた場所、数日薄かったからね、治らないかと心配だったから」
リッカ「うん、その、あんまり言わないほうが」
スペック「今回もだんなに暴力が向けられるかと思うと心配で」
カルア「聞こえてますわよ」
スペック「え? 前は聞こえなかったじゃん! あー!!」
そういう事するから、乱暴物あつかいされるんだよ
カルア「させてるんですよね?」
あー!!
読んでいただきありがとうございます。
なんかちょっとずつですが、伸びてます。
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