第13話 復帰
悪魔に怪我を負わされ、調査のために装備品一式を教会に持って行かれてしまったリッカ。装備品の買い直しも終わり、怪我も癒えてきた。あとは教会から復帰の許可を取れば、墓守の仕事に戻ることが出来る。
怪我が治るまでの休みは、久しぶりの昼の生活を送っていたリッカだった。今日からはまた、人が眠る頃に墓地に向かい、人が起きる頃に帰って眠る、アンデッドと共に過ごす墓守の生活に戻っていく。
傾いた太陽が、夕焼けの空をみせるには少し早い時間。子供達もおやつを食べて、もう少し遊ぼうというような時間。墓守にとっては深夜のような時間になる、普段はまだ眠っている頃だが、今日は復帰予定日なので、用意のために早起きしているのだ。
教会に調べるからと持って行かれてしまった服や道具は新しく揃えなおした。ショートソードやナイフなども武具店から受け取ってきたばかりで、新品の時にしか見られないキラキラとした輝きを見せている。
あとは治療院のクーラさんから復帰の許可が出れば墓守の仕事に戻る事ができる。
「だんな、もうちょっと休みもらえばいいのに」
「早く復帰しないと、装備品代を稼がないとね」
「いや、今月の酒代でしょ」
スペックから視線をそらせて、ショートソードを腰に下げるためのベルトの長さをいじり始める。
「だんな、図星だな」
「認める、確かにそれもあるよ。さて、教会行って来るよ」
「じゃ、日没に墓地の入口で待ってるよ」
灰色の上下に黒のローブ、見るからに不吉な服装の墓守。街にはまだ人々が多く行き交う、皆、墓守の姿を見つけると道を譲るかのように離れていく。
教会に着いてからも、礼拝に来ていた人や教会の職員ですら道を譲る。死と死後のアンデッドと共にいる墓守には必要な時以外は近づきたくない、リッカもその気持ちはわかるが露骨に行動で示されるといい気分にはならない。
「教会の中でさ、そう露骨に避けなくてもね、慣れたけどさ…」
アンデッドも憎しみや怒りの感情でこの世界に残っていれば害になる。リッカのように対応する人間は必要なのだが、人々から疎まれながらも、人と死者のために生きるのも墓守の宿命。
「私は気にしませんけどね」
メガネの位置を直しながらクーラが横に立っていた。小さく呟いた独り言を聞かれていたらしい。
「聞こえました?」
「ええ」
「それは、恥ずかしいですね」
「私は気にしませんけどね」
クーラと話しながら治療室に入ると、服を脱がされて、腹と背中の状態をみるために腕をあげるように指示される。嫌な予感がするリッカだったが、言われるがまま手を上げる。
「失礼」
リッカの嫌な予感の通りにクーラの手が腹にめり込む。まさに内臓を掴まれる不快さが全身を駆け巡るが、前回やられた時のような痛みは無い。
「大丈夫そうですね」
「こ、これ、やらないとダメなんですか? 不快感がすごいんですが」
「そういうものです。復帰できると書いて、書類あげておきますね」
灰色の上下とショートソードのベルトも付ける。クーラが黒のローブを手に取って渡そうとするが、その重さにバランスを崩しかけている。
ローブを受け取って纏うと治療室の中を少し歩いて、動きやすくなっているかどうかも確認する。
「それ、そんなに重いんですね」
「色々入ってますし、補強に金属も使ってますからね、全身金属鎧よりはマシですけど」
「その服装で夜明けまで歩くなんて大変ですよね。でも、とても良い仕事なので、復帰してもらってよかったです」
「え? あ、その、ありがとうございます」
アンデッドの起こす出来事を解決し、お礼を言われる事がある。しかし墓守の仕事そのものを『良い』と褒められる事は滅多にないので、リッカは戸惑ってしまう。
「リッカさん、何で墓守に?」
「あ、あー、法術が上手かったから?」
「私、言いにくいこと聞きましたか」
「いや、そんなことは…」
クーラは治療室の片づけをしながら続ける。
「私、母がアンデッドになったんです。私の事を心配するあまり」
「そうだったんですか…」
「墓守さんが、法術で母と話せるようにしてくれて、私は元気にやるから心配しないでって言ったら、笑って消えてったんです。『頑張ってね』って言いながら」
「いい、お母さんだったんですね」
「それから母に心配かけないように、法術の修行をして、治療の勉強をして、そんな事をやってたら、ここの仕事するようになったんですよ」
普段のクーラとは違って、饒舌に話を続けている。メガネと後ろでまとめた髪で、治療の仕事をこなしていく、冷静な女性がクーラのイメージ。今日は人に話しにくい思い出を語る、穏やかな姿を見せている。
「法術、私も幽霊を見るくらいできますけど、墓守さんみたいに、他の人にまで幽霊を見せることはできませんでした」
「たしかに、あれは最初はとても難しいですね」
「母ともう一度会わせてくれた、だから墓守の仕事、私は好きです。頑張って下さい」
「あ、ありがとうございます。すみません、仕事褒められるのは慣れてなくて」
戸惑うあまり、両手をブンブンと振ってしまう。街を歩けば距離を取られ、視線を向ければそらされる。墓守が立ち会う儀式は葬式や埋葬に限られる。嫌われこそすれ、好かれ褒められる仕事ではない。そんなリッカを見てクーラは珍しく微笑みを浮かべている。
「褒められて嬉しいですよ、治療もありがとうございました」
「いえいえ。あ、私がこんな事言ってたのはここだけの話です」
「わかってますよ、それじゃ、また来ます」
「怪我したらいつでもどうぞ」
クーラは手のひらで押すようないつもの診察のしぐさをして送り出してくれる。あの診察は受けたくないが、次にクーラと話す機会はリッカにとって楽しみになりそうだ。
教会から外に出ると、太陽はその半分ほどを空に残すだけになっている。
「あ、スペックとの待ち合わせ、少し遅れるかな」
いつもより気持ちが明るい墓守は、夕焼けの空の下を墓場へと早足で向かう。
◇
夜が終わり、空が朝日で赤く染まる頃。灰色の上下に黒のローブという縁起の悪い服装の男が墓場に続く道を街へと歩いている。
アンデッドは夜に出る事が多いため、墓地は日没から立ち入り禁止になる。そんな場所から出てくる生きた人間は墓守だけだ。
「よし、久しぶりだけど、無事に終わった」
「珍しく何にもなかったな」
「ちょっと寂しかったね」
「アンデッドに会えなくて寂しいって、だんな、変人だよな。なんかニヤニヤしてて気持ち悪いし」
「墓守の相棒している奇妙な幽霊に言われたくないんだけど」
スペックとこんなやり取りをしながら、夜明けの時間を歩くのも久しぶりだ。今日は仕事を褒められる嬉しい事があった、自宅まで戻ってくるまでの道も楽しく感じられる。
気持ちの面では疲れはないが、復帰1日目なので体の疲れも強くでる。服をサッと寝間着に着替え、昨日の残りのスープとパンを温めて食事の用意を始める。
「だんな、珍しく紙で仕事の依頼きてるぜ」
「紙? なんだろう、急ぎかな?」
スペックが持ってきたのは、巻物の形で止められており、どこか見たことがある家紋が刻印されている。
「なんか、嫌な予感がする」
「だんなの嫌な予感だけはよく当たるからな」
「だから『だけ』は余計だよ」
あたたまったスープとパンをテーブルに運び、食事の前に巻物を紐解いて内容に目を通す。
「嫌な予感は当たったっぽいよ」
巻物の最初にはかつてリッカを蹴り飛ばしてくれた、法術も使える貴族『カルア・コルフィ』の名前が大きく書かれていた。
クーラ「私、ちょっといいところありましたね」
カルア「こっちは乱暴者のままなので、次で何とかしてくださいね」
いや、あの、その、ガンバリマス。
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