第12話 職人魂
怪我のためにしばらく休みがとれ、数年ぶりに昼間の生活をするリッカ。教会に預けた(取られた)装備や道具の調達にでかけるが、武器屋ではまたアンデッドが絡んでいる臭いがしてきた。
悪魔を退治してから数日が過ぎ、歩いたり家事をするくらいなら痛みも感じないほどには傷も癒えてきた。休みももらっているので、珍しく昼にベッドから起き出す生活になっている。夜をアンデッドと過ごす墓守にとって、この時間は深夜のようなもの。
「おはようスペック」
「おわぁ! だんな! どうしたんだよこんな昼間に珍しい!」
「うん、それ昨日もやったよね」
部屋に居る人型の靄のような幽霊は大げさに、その両手にあたる部分を大きく上げてのけぞっている。珍しさで言えば、昼間に普通に居て、なおかつ平然と話が出来る幽霊も十分珍しい。
普段の墓守が起きている時間は、太陽が沈む頃から再び顔を出すまでの時間。昼間に予定があるとその都度、生活時間をずらさなければならず、これも墓守の役目を引き受ける人が少ない理由の一つだ。連日、昼間に起きる生活をするなど、数年ぶりになる。
「復帰するとき、疲れそうだな」
「だんな? なんか言った?」
「なんでもないよ、さて、今日は買い物に行ってくるよ」
「俺も暇だから行こうかな」
幽霊に暇も忙しいもないだろうし、そもそも暇を感じるほどの理性や自我が残っている事は少ない。昼間という魔素が散りやすい時間に存在できていること、これもスペックが珍しいアンデッドである事の証明。
リッカはいつもの灰色の上下ではなく、爽やかな緑色のシャツと明るい茶色のズボンに着替えている。靴もいつものような無骨な物ではなく、街中を歩くための簡素な物を取りだす。小さい子供ならすっぽりと入りそうな大きな背負い袋も身に着けている。
「よし、行くよ」
普段は夜の闇の中に歩いて墓地へ向かう墓守だが、今日は太陽の光をうけながら、街の人混みに向かって進んでいく。人には見えない、かつては人だった幽霊もついていく。
◇
商店をあちこち回り、日用品や食料品など色々と買ってきた。出かける時はシワシワだった背負い袋も今は中に入れた物の形に膨らんでいる。
「だんな、そんな重い物持って痛くないの?」
「ちょっとは痛いけどね、必要な物だからガマンしてる」
一度袋を持ち上げて、背負い直す。その時にズキンと傷に響いた感じがしたが、大きな痛みにはならなかった。治療院のクーラが出してくれている軟膏がよく効いているのか、治りが早いように思う。
「あと1件ね、武器の注文だけしていくから」
「あ、荷物持ってる?」
「スペックに持たせると、浮かび上がって恐怖だから遠慮しとく」
リッカは剣と盾の絵が描かれた看板を出している店に入っていく。
しかし、一歩店に入った瞬間には視界が金属の壁に阻まれた。なんだこれはと思いながら上を見上げると金属の壁の上にピンク色の大きな頭と、ピンク色の小さくも尖った耳が見える。
「おう、こないだ頼んだ俺のメイス、まだ仕上がらねぇんか?」
「すみません、最近、親方の様子がおかしくて」
上から降ってくる声には聞き覚えがある。ピグマンの中でも大きな体つきと、この口癖、バルさんかボルさんのどちらかだが、二人ともそっくりなのですぐにわからない。メイスと言っているから多分バルさんの方が来ているようだ。
「あっ、鉄柱のバルさんじゃないか」
「ん? おう、墓守じゃねぇか、昼間にいるなんて珍しいな」
リッカが声をかける前にスペックが慣れ慣れしく声をかける。気さくな人だけれども、ギルドの重役なので、気軽に声をかけられる人は少ない。
今日は仕事中のようで、アーマーを着ているが愛用の巨大なメイスは持っていない。フル装備でなくても、十分威圧感がある。これに気さくに話しかけるスペックはある意味おそろしい。
「スペックが慣れ慣れしくてすみません」
「どうした急に改まって? スペックってだれだ?」
「あっれー? やっぱり見えてないの?」
魔素を通じてスペックに静かにしていてくれとリッカは伝える。バルにはスペックの姿は見えていないようだが、声は届いているらしい。幽霊タイプのアンデッドの声や姿は捉えられる人は限られる。バルさん達とスペックは相性は良い方みたいだが、口を挟まれると話にくくなる。
「いや、気にしないでください。私も注文に来たんですが」
「おう、なんか仕事の進みが悪いみたいでよ、俺の鉄柱も帰ってきてなくてな、時間かかるみたいだぜ」
バルが受付の男へ視線を向けると、申し訳なさそうにペコペコと頭を下げている。ギルドの重役であることもそうだが、この巨体に睨まれたら、それは恐ろしいだろう。
リッカもショートソードやナイフを注文しないと得物が無いままになってしまう。どうしようかと迷っていると奥から、怒鳴りつけるような声が聞こえてくる。
「親父! だから、これはこうでいいんだって言ってるじゃねえか!」
「親方! もう先代は死んでいないんですよ!」
「おめえら! 聞こえてねぇのか! この頑固親父のうっとおしい声が!」
「どうしたんすか、親方、先代が死んで10年にもなるじゃないですか!」
受付の奥が工場になっているようだが、金属と金属が打ち合う鍛冶屋の音よりも、人間の怒鳴り声のほうが大きく聞こえてくる。
「親方が最近になって、死んだ先代が文句言うとか言って怒りっぱなしで、仕事が進んでないんですよ」
「あ? 墓守よ、仕事で来たんか?」
「今日は休みですよ、でも仕事っぽいなぁ」
奥からは親方と呼ばれている人物が、誰かと喧嘩する1人芝居のような怒鳴り声が続く。もし相手が先代の幽霊だというのであれば、リッカの本業の範囲になる。溜息を1つ付くとリッカはゆっくりと声をかける。
「すみません、今日は休みなのでこのような服装ですが、墓守のリッカです」
「あっ、墓守さんでしたか。もしかして、先代の幽霊ですか?」
「まだわかりませんが、見せてもらってもいいですか?」
「ぜひ、お願いします!」
バルは受付の椅子に座って、手を振っている。リッカとスペックは受付の男について工場に入るが、入ったとたんこっちにも怒鳴り声が飛んでくる。
「客を仕事場に連れてくんじゃねぇ!」
「親方、墓守さんです」
「あ? 墓守だ? このうるさい親父を何とかしてくれんのか?」
リッカには、親方が1人で怒鳴っているようにしか聞こえていない。幽霊か生霊か分からないが、親方に波長が合っているのだろう、それも声も姿も聞こえるほどに。
「何とかできるかやってみます、調べてみてもいいですか?」
「それならやってくれ、親父がうるさくて仕事にならん。仕事道具には触んじゃねえぞ」
目を閉じて周囲の魔素の流れ、密度の違いを探る。火の近くは魔素の流れが激しく変わるので、他の場所よりも掴みにくい。こんな暑くて、火に近い場所で存在できるなど、よほどの意思があるのだろう。リッカが見つけた魔素の集まる場所は工場の端、そこには古いデザインのロングソードが置かれていた。
仕事道具に触れないように気をつけながら、ロングソードのところまで歩いて行く。触れてよいかと親方に声をかけると、無言で頷いている。リッカは鞘からロングソードを抜くと、周囲の魔素をそこに集めるように操作する。
ロングソードに片手を溶け込ませるようにして、魔素が色を帯びてくる。白とも黒ともつかないような靄が人の形になっていく。
「え? 先代?」
「お前も見えるんか」
「親父! ようやく姿をみせやがったか」
リッカには人の形の靄にしか見えないが、親方やここで働いている人にとっては先代の姿がはっきりと見えているらしい。リッカは意思をさらに集中させていくと、段々と声も聞こえてくる。
「あ? てめぇら、俺を見えねぇフリしやがって、それよりなんだこのやり方は?」
「親父! なんども言うが、そのやり方は古いんだよ!」
「んだと! 人間が何をぬかすか、俺らの技を覚えるとこで限界だろうが!」
「俺を舐めるな! 仕上がり見てから文句言いやがれ!」
どうやらこれまでは声が聞こえていただけだったが、リッカが入って姿を見えるようにした事でますます、喧嘩に熱が入ったらしい。ロングソードはブンブンと先代の幽霊が振り、親方も大きなハンマーを振り回しながらお互いに怒鳴り合っている。
ロングソードを振り回す人の形の靄は、身長はちょっと低めだが、腕も足も胴体も人間にしてはかなり太い。親方は靄を見下ろすように、靄は親方を見上げるように、リッカにはよく見えないが恐らくはにらみ合っている。
「墓守さん、先代はドワーフなんです」
「なるほど、だから人間がどうって言ってるんですね」
「先代の技をそのまま引き継いだんですが、最近親方が新技法を作ってから…」
「先代の声が聞こえるようになったと言う事ですね」
怒鳴り声を聞いていると、昔ながらの技法が至上という先代、新しい技術を入れる現代の親方、伝統の技の受け継ぎでよくある親子喧嘩だ。
「それなら、お互いの剣をぶつければわかるんじゃない」
「「それだ!」」
スペックがぼそっと言ったひとことで、2人は結論が出たらしい。お互いが作った武器をぶつけてみて、結果で優劣を決める事になったようだ。
親方は店に並んでいたロングソードを持ってきて構える。先代の幽霊も振り回していたロングソードを構える。親子喧嘩が殺し合いになるのは困るが、この2人が狙うのはお互いの武器、先代も親方も人生を鍛冶に費やしてきたその成果がここで決まる。
構えから、鏡写しのように2本のロングソードが動き、短く風を切るような音と共に刃が交わる。金属同士がぶつかる、甲高くも耳障りな音を立てて、2本のロングソードは衝撃を分け合って離れていく。
「フン、せがれよ人間のくせにやるじゃねぇか」
先代の体を作っていた靄は、煙が空中に溶けていくかのように姿を消していき、傷が大きくついたロングソードがカランと音を立てて床に転がった。
「フン、はじめて褒めやがって」
親方の目が少し潤んでいたが、それにはみんな気が付かないふりをしていた。
◇
数日後、受付に来ている墓守とバルの姿があった。
「おう、こないだはありがとな、おかげでほら」
バルの背中には城の柱にも見えるほどの巨大なメイスが、新品のようにキラキラと輝いて納まっていた。リッカの手にも新しいショートソードと、ナイフが渡されて鞘にしまったところだ。
「解決してよかったですよね」
「おう、助かったぜ」
あの勝負は親方曰く引き分けらしい。
親方の新技法で作った物は切れ味や威力は高いが、修理にはかなりの手間がかかる。先代の技法は修理の事まで考えると親方の新技術よりも早くて安くできる。どっちを取るかはその時次第、だから引き分け。
親方は先代の全部を越えてやると息巻いて、これまで以上に仕事に熱を入れるようになったとのこと。
「先代のドワーフの技を人間の親方が覚えたってな、ちっと有名な話だ」
「血が繋がってなくても親子だったってことですね」
「おう、まさに鉄の絆だな、じゃあな墓守、また飲もうぜ」
バルは地響きを鳴らすかのように歩いて、ギルドへと戻っていく。リッカも足を自分の家の方へ向けた。
「なぁ、だんな、あの時俺の声きこえてたのか?」
「うん、先代のために魔素集めたし、波長も全員分合わせたからね、疲れたよ」
「だんなって、法術だけはすごいよな」
「『だけ』は余計だよ」
鍛冶屋からはいつもと変わらぬ、金属を叩く音が聞こえてきた。その音は以前よりも活き活きと聞こえていて、怒鳴り声はもう聞こえない。
毎週金曜日には必ず投稿、他の曜日は不定期投稿
これをできるように考えています。1週間やってみてかな。
読んでいただきありがとうございます。評価・ブクマ頂きましてありがとうございます。
やる気も気分もアップしました! 今後もよろしくお願いします!