第11話 治療と捜査
悪魔を何とか退けて、ボロボロの状態で教会に向かうリッカ。
魔素を集める指輪の存在、悪魔の存在、悪魔と指輪の繋がり、不運と不幸の兆しにしか見えない。
悪魔と戦ってからその足で教会にリッカは向かう。ローブは割れた清めの酒で濡れており、泥やゴミが付き割れたビンの欠片も刺さっている。悪魔に吹き飛ばされた時にあちこちに細かい傷も作っていたようで、顔にも痛々しい傷が見える。まだ太陽も顔を出す前なので、人が少なく目立ってはいない。
教会には門の前に職員が立っており、朝の祈りのために少しでも集まる人々を迎え入れている。リッカは少しでも騒ぎにならないように、人が途切れた瞬間に近寄り、入口の職員に声をかける。
「すみません、緊急でカルド神父をお願いします。悪魔が出ました」
「え! 悪魔!?」
「ばか! お前口に出すな! カルド神父呼んで来い! リッカさんはこちらへ」
「は、はひ! か、か、カルド神父~!」
リッカの様子と『悪魔』という用語で職員が転びそうになりながらも教会の中に走っていき、リッカにも付き添いがついて会議室に押し込まれるように連れて行かれる。
「リッカさん、緊急なのはわかりますが、表で『悪魔』と言われては困ります」
「他に声のかけようもないんですが、すみません」
「とりあえず、治療院の者を呼んできますね、後、着替えも出せるか聞いて来ます」
「あー、助かります」
入口に居た男が出ていくと、入れ替わりでカルド神父が会議室に走り込んでくる。祈りの儀式のための法衣のままだが、あまりに慌ててきたのかあちこちの乱れており、いつもの背の高い帽子もズレてしまっている。
「リッカ君おはよう、緊急と聞いてね、祈りの儀は他に押し付けてきた」
「すみません、迷惑かけます」
「いやいや、ありがとう、正直儀式は面倒くさいからね」
「そこまで言っていいんですか?」
『悪魔』絡みだけに祈りの儀式は急遽別の人に代わってもらったらしいが、押し付けられた方はたまった物ではない。こういう事でもさらっと言ってしまうのはカルド神父の性格だろう。
「あ、面倒は不謹慎だね、それより詳しく聞かせて」
「はい、昨日の事ですが」
リッカは昨日墓場で悪魔を見つけた事、それを倒した事と指輪を持っていた事をカルド神父に伝える。よほど重要と判断したのか、カルド神父は貴重な紙にメモまで取って話を聴いている。
墓場で魔素を集める指輪が続けて見つかっていて、それに小さいとは言えども悪魔が出た、何かあると疑うには十分。
「なるほど、リッカ君、その指輪と君の装備一式をみせてもらうよ」
「え、装備もですか?わかりました」
指輪を机に置いて、ショートソードやナイフ、火の魔法媒体なども並べる。ローブも脱いで机の端に丸めて置く。
カルド神父は1つ1つ念入りに手に取って調べていく。特にナイフや指輪は悪魔に直接触れている物なので、特に丁寧に時間をかけている。
「うん、魔素の残りはないみたい。指輪は壊れてるね」
「落としましたからね」
「どうかなぁ、もうちょっと調べるから全部預かるね」
「え?」
魔素を集める機構は残っているようだが、肝心の魔素をためる部分が壊れている。使い捨てなのか、戦いの最中に壊れたのかなど考えられる事は沢山ある。
ショートソードは悪魔の魔法で弾かれたから、魔法の痕跡があるかもしれない、ナイフは悪魔に触れたから、手がかりがこびりついているかもしれない、火の魔法媒体は連射して故障寸前だが悪魔の働きかけのせいで故障しているかもしれない。
かもしれないという事は、調べる必要があるので、全部預かるという。当然、魔法を食らった服にも痕跡があるか見るために置いていく事になる。
「あと傷も調べるからね」
「あのー、装備は帰ってきます?」
カルド神父は視線を逸らせて、窓の外を見ている。手を右と左に振っていて首を振るかのように見せている。つまりは装備は戻ってこないということだ。溜息1つをついてからリッカは続ける。
「せめて、備品代下さい」
「来月のお給金の装備品代3割増やしとくからね」
「それだと大赤字なんですが」
その時に会議室のドアがノックされて、着替えと包帯などをもった治療院の女性が入ってくる。治療の邪魔にならないよう髪は後ろで一つにまとめられていて、この街では値段が高いために使っている人が少ないメガネまでつけている。
「お話し中、失礼します、先に傷の確認と治療をします」
「おお、クーラちゃん、ちょうどいい所だよ、助かった」
「ちょっと! カルド神父!? 費用は?」
「はい、動かないでくださいね」
女性はひょいひょいとリッカの上半身の服を脱がせると、怪我の状態をカルド神父と一緒にじっくりと見ていく。喋ろうとするが、口の中を確認する木の棒を押し込まれてしまい、あがあがとしか声がでない。
へそのすぐ上当たりに石でもぶつけられたかのように痣が出来ており、見ているだけでも痛々しい。吹き飛ばされて墓石にぶつかったため、背中には墓石の形に直線が赤く刻まれている。
「うわぁ、痛そうですね」
本当は喋るだけでも傷に痛みが響くようになってきていた所、改めて自分で怪我の状態を見たことで、痛みの実感が強くなってきた。口に押し込まれた棒はさっと引っこ抜かれる。
「クーラさん、痛そうじゃなくて痛いんですよ」
「リッカさん、ちょっと調べるので、少しガマンしてくださいね」
「あー!!」
メガネの女性クーラは何を思ったのか、お腹の痣に手を当てて思いっきり押し込んできた。あまりの痛みに叫び声が出る。悪魔に魔法を撃ち込まれた瞬間、それよりも大きな衝撃が全身を巡り、思わずうずくまってしまう。
リッカは涙目になりながら、息が吸えず、痛みと苦しさを同時に味わう事になった。
「衝撃だけですね、魔素系統は残っていません。骨にヒビ入ってますから固定しますね」
動けないリッカに淡々とクーラは状態と治療方法を伝えてくる。治療院の中でも優秀と言われているのはこの診断の速度があってこそ。もっとも、この苦痛をプレゼントされるので、好んで治療を受けたがる人はいない。
「いやぁ、リッカ君、災難だねぇ」
クーラはメガネの位置を軽く直して、リッカに包帯を巻きつけていく。痛みがある部分には痛み止めの軟膏も塗り込んでいる。包帯が体の動きを制限するほどに固く巻き付けられているが、不思議と痛みは軽くなった。
「痛い所は動かないように巻いています。軟膏は毎日塗りますから、しばらくは通ってください」
「分かりました」
「治療費はお給金から引いておきますね」
「え? カルド神父、治療費は?」
「えっと、装備品代5割増しにしとくから」
リッカは装備一式を買い直す事になって大赤字だが、街から悪魔が1匹消えた。それだけで、平和に近づいたので、教会に関わる者としては喜ぶべき事、しかし、リッカにしてみれば給金1か月分以上の装備を取り上げられた上に怪我をして、さらには治療費までかかるという3重苦。
「はぁ、これはつらいなぁ」
「まぁまぁ、10日間くらい特別休暇にしていいから」
「そうですね、それだけあれば仕事に戻れるくらいになりますね」
たとえ10日間休みでも完治はしていないだろうが、仕事もそんなには空けられない。体も疲れたが、後処理で心も疲れた。
「お大事にね」
「お大事にしてくださいね」
なんとも言えない、気持ちで部屋を出ようとする。そのときにカルド神父が真面目な口調で呼び止め、小声でささやきかけてくる。
「リッカ君、この事は悪魔の出どころまで含めて、徹底的に調べる。何か分かったら協力してね」
「わかりましたよ、頑張ります」
「うん、それでこそリッカ君!」
悪魔の存在も、墓地で魔素を集める指輪が見つかった事もまだ、解決していない。ただ手がかりは見つけた。カルド神父が調べ尽くしてくれるなら、何かわかるに違いない。それは安心できることだ。
リッカが安堵からか、フッと力が抜ける、今日はお気に入りのお酒を飲んで寝よう、そう考えていると思考をクーラに見透かされたらしい。
「リッカさん、治るまでお酒厳禁ですよ」
クーラのひとことが、最高に痛かった。
スペック「なぁ、だんな」
リッカ 「何?スペック」
スペック「だんなの周りには乱暴な女性と嫌な女性しかいないのかい?」
リッカ 「そんなこと、あー、無いって言えない」
クーラさん、早く怪我を治してあげたいという思いと、触れるだけで怪我の程度や質まで分析できる優秀な女性です! 魔法のダメージや呪いなどの残る症状まで逃さず把握します!
それを上手く表現できていない自分、まだまだ勉強ですね。
伸びしろがある! と思って頑張ります。