第99話 帰路
「リッカさん、昨夜の話なんですが……」
小柄な男ドボルクとピグマンのダル、2人から話された内容はとんでもないものだった。
それは簡潔にまとめると『アンデッドの作り方』だが、喰われたバランが体を取り戻し、意識も以前のまま保っているという成果を出している。
「ええ、全てが事実だとすれば『生と死』の境目がなくなります」
真剣な表情でリッカはローブを纏い、出発の準備を整える。
「おーい、だんなぁ! まだかぁ?」
外からは出発を急かすスペックの声が聞こえる。
腰に差している紫色の石がついている、魔剣ともいえる禍々しい剣は気になるものの。ハキハキした声はきちんと『声』として聞こえている。
墓守以外に届かない、悲しいアンデッドの声ではなく、生きた人々の発する紛れもない『声』なのだ。
「スペックのあれ困ったなぁ、でも、死んでも体が用意できるって証拠だからなぁ」
「私もいまだに信じられませんが、スペックさん見ると納得せざるを得ません」
「だよなぁ……」
自分やスペックのような何度死んでも体を得て、意識も記憶も完全に引き継げる完全なアンデッドを作り出す事。これはほぼ成功していると言える。
そこからバランは、強い存在でありながらも自分の命令だけを忠実に聞き、何度死んでも何度も蘇る軍団を作ろうとしている。
死を迎える直前の思考を操り、残す意思を限定させ、力を与える。
簡単には死なず、死んでもすぐに蘇り、何度でも何度でも襲ってくる。
魔素を散らしても、別の所に集まり蘇る。
逃げても相手はアンデッド、疲れも諦めも知らず、眠ることなく昼夜かまわず追い続けられる。
「太陽の下にいても平気、スペックみれば分かるか……」
「リッカさん、どうしましょう」
「僕たちの手に負える話ではないし、国レベルの厄災だよ。緊急事態の文を先行で送っているから、帰って報告だね」
リッカとカルアが外でに出ると、スペックの隣にドボルクとダルも馬車に寄りかかって待っていた。
「よう、遅かったな」
「すみません、さて、これで教会に戻って報告です。お偉いさん方集めてもらってますから、強力お願いしますね」
「ああ、わかってる、俺らもバランの近くにいたらアンデッドにされちまう」
「し、し、死にたく、な、ないんだな!」
全員が頷き、意思が共有されている事を確認する。
「さて、スペック?」
「だんな何? 改まって」
「ゴメンね」
「は?」
リッカは馬車から隙間なく作られた頑丈な箱を持ってくる。
蓋を取ると、紫色に染められた高級そうな布が収められており、リッカがそれをサッと広げると箱は小さいながらも高級な棺桶のように見える。
「スペック、入って?」
「まてまてだんな、剣一本入るくらいの箱だぞ、今の俺が入れるわけないって!?」
「いいから!」
スペックの持つ剣を引っ張ると、スペックがついてくる。
呪われた装備のようにスペックの体と剣は体から離れないような特性があるらしい。
リッカは強引に剣を箱に納めると、スペックの体を強引に押し込んでいく。
「ぎゃぁ!! 痛い痛い!!」
「スペックの体は本物の人間っぽいけど、高密度の魔素で出来ているから、形は自由自在なはず」
骨が折れる、いや砕けているのではないかと思われるほどの奇怪な動きを見せ、絶叫とも言えるスペックの悲鳴がこだまするなか、リッカは棺桶に見える小さい箱へ強引に押し込んでいく。
「うっわ、ひど」
「痛ましいですわ」
「こ、怖いんだな!!」
最後に布を巻きこむようにして、強引に蓋を閉める。
「だ、だん、、、ゆ、るさな」
「ハイハイ、ごめんね」
ひょいと箱を持ち上げて馬車に積む。
箱の重さは剣が一本分増えただけのようにも感じられるが、中には高密度の魔素がつまっていることがリッカには分かる。
自分の技量だったからこそ、無理やりに押し込めたが、それが限界。
本当なら、魔素を散らして濃度を薄めて剣を納めるつもりだったのだが、それが出来なかった。
墓守のアンデッドへの基本対応である、魔素の操作が通用しない。恐らくだが、清めの酒を用いた攻撃でも効果はないだろう。
幼子のパンチで大人の体が揺らぐことが無いのと同じ。
スペックが敵だったとしたら、リッカの攻撃は体に吸い込まれ何の成果も生み出さず。その直後に魔剣で首を飛ばされるか、腹を裂かれることになる。
内心、恐怖と不安を抱かずにはいられないが、表情と声には出さないように努める。
「今のスペックは身分証明も何もない、街に入る門で確実に止められるからね。教会に戻ったら出してあげる」
「容赦ないが、正解だな、俺とダルは傭兵の身分証明がまだ有効だから問題なく通れる」
「だ、だんな、先に言ってくれよ、、、」
墓守としての遠征は中止、急ぎ教会へ戻る事となった。
その帰り道にこそ、暗雲が立ち込めていることに気が付く者はまだいない。