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墓守は今日もアンデッドと共にある  作者: ピーター
第1章 墓守リッカと悪魔の指輪
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第1話 ゾンビ

 死にきれずに起き上がるアンデッド達、彼らが平和に生きる人々に害を与えぬよう、穏やかに眠りにつけるよう、アンデッドと共に過ごすこの男。縁起の悪い、黒いローブを纏って墓場に向かうこの男

 日が昇ると眠り、日が暮れると起きだしてくる、人々の営みとは逆の時間、人が向かわぬ墓場へと墓守のリッカは今日も歩く。

 今日も日が暮れる。朝から働き、一日の仕事を終えた人たちが片づけを始める。酒場や冒険者の宿は、木戸を開けて看板を出している。


 そんな時間の教会の裏手にある小さな一軒家、床にはお酒の空き瓶がいくつか転がっており「清めの酒」とラベルがふられている。ややくたびれて、シワがついたシーツから、もぞもぞと起きだす男が1人。


 眠そうに目をこすって、耳が隠れるくらいの長さでボサボサの髪を、手櫛で整えながら、何もない壁に向かってしゃべり始める。


「おはよう、スペック。今日は共同墓地の見回りから始めようか」

「はいよ」


 すると、狭い洞窟で反響してきたかのようなくぐもった声が聞こえ、白と黄色と黒が混ざったような妙な靄が現れる。


「真面目に面倒な所からやるもんだねぇ」

「それも仕事だからね、死んでからも1人じゃかわいそうでしょ」


 不気味な光景と声とは思えないほど砕けた喋り方、明るい声と共に現れた靄は人のような形をとりはじめ、少しづつその姿をはっきりとさせていく。男が歩き出すと人の形の靄が後をついてくる。


 彼は死者にも優しい『墓守のリッカ』、教会に繋がる立場にも関わらず、酒をたしなむ法術使い。そして相棒のアンデット『スペック』である。彼らの仕事は墓守。死に関わる様々な出来事に関わり、時にはアンデッドが引き起こす厄介事を片付けるのが仕事だ。


 この世界では幽霊の相手や悪霊の退治も墓守の仕事。太陽が昇ると眠り、月が昇ると墓場と暗がりを歩いて死者と関わる不気味な仕事。そんな不思議な世界での一風変わった「墓守」の物語。


「で、旦那さん? 半端に残った清めの酒を、飲んじまうってのはいいのかい?」

「封を切ってすぐじゃないと、効果が無いんだよ、捨てるよりいいでしょ?」


 シーツと同じようにシワがついている寝間着を脱いで、見た目は葬送参列者にいるような光沢がない灰色をした、裾には教会の紋章が刺繍されている仕事服に着替える。


 真っ黒で闇に溶け込むような色をしたローブをマントのようにひっかけて、ドアに手をかける。


「やっぱり縁起悪そうだな」

「仕方ないんだって、これが制服なんだから」


 今日も日が暮れる。朝から働いた人々が仕事の片づけを始め、酒場や冒険者の宿が店を開け始めるそんな時間。人の流れに逆らって寝ぐせ男と、人には見えない靄のような幽霊は今日も墓地に向かう。


「さ、行くよスペック」

「はいよ」

 

 共同墓地で、よく墓石をずらして出てくるのがゾンビ、本人の魂が残っている場合と他の悪霊に体をのっとられている場合がある。どっちにしても墓に戻されるのだが、死者と対話ができる墓守は本人ならば説得して眠りにつかせ、悪霊ならば悪霊を叩きだしてから体を墓に戻して眠りにつかせる。


 まだ太陽は山に隠れた直後なので、外はまだ明るい。墓場へ続く道はだれもおらず、街の雑踏から離れて誰もいない道を進んでいく。


「スペックみたいなのが珍しいんだよね」

「何が?俺のみんなに見えない事とか」

「この時間帯に『いる』のがだよ、ちなみに声も聞こえないからね」


 アンデッドは昼間には滅多に出てこない、出てくるのは夜だけだ。墓参りは昼に限定されており、夜間は墓守以外は墓地の立ち入りは禁止になっている。夜中に悪霊が出る墓場に好き好んで出向き、時には伝染病の発生にもなるアンデットと関わる墓守は、不吉の象徴としても扱われてしまう。


 数年前に墓地に埋葬された男、気の優しいじいさん職人のラテリ。隣のお墓のソッチラが数年前になくなった頑固職人。二人はチェスと呼ばれる駒を取り合うゲームが大好きだった。二人とも仕事とチェスが生きがいだった。


 おとなしく眠っていたはずだが、お互いに感じる物があったのか、いつの頃からか墓から這い出て自分の墓石を椅子にして、土に記号で駒を描きながら、チェスを指すようになっていた。


「ってのが、3年前くらいから続いている」

「あー、だんなが前に話してたな覚えてるぜ」


 気軽に話をする二人だが、それはアンデッドの声を意味がある物として聞き取り、理解できるからである。傍から見れば、2体のゾンビが夜な夜な土に文様を描きながら、不気味な呪文を唱える暗黒の儀式にしか見えない。


「普通は魔素の流れにそって、自我も流れて無くなるんだけど」

「チェスに思い入れが強すぎてってことか」

「そう、でも別に害は無いから、居てもいいんだけど」

 

 墓地の敷地に入り不気味な雰囲気を物ともせず、ぬかるんだ地面をグチャリとふみながら歩いて行く。少し先の暗闇からは腐ったような臭いが漂い、うめくような声が聞こえてくるが、リッカは明るく声をかける。


「ラテリさん、ソッチラさん、今日もチェスですか?」

「うヴぁ? リッカか?」

「墓守ざんが?」


 声帯もうまく動かないのか声ははっきりとは聞き取れない。リッカは声そのものではなく、そこに乗せられた意図を聴き取る事で、滑らかに死者の声を拾う事ができる。少しぶれて聞こえているので、意識を集中して精度を上げる。


「リッカ、もう少しやらせてくれ」

「これが終わったら、墓戻るから」


 声そのものはうめき声だけだが、リッカの耳にはクリアな声として聞こえてくる。ゾンビ達にもリッカと愛称で呼ばれるほどだが、それだけこのゾンビ達が墓から出てきているということでもある。


「気持ちはわかりますが、悪霊に体取られますよ。早く勝負つけて戻りましょう」


 不気味なアンデットに、落ち着いた言葉で語り掛け、眠りにつくように促す。他の墓守は強引に墓に押し戻し、問答無用で法力で片付ける者も多い。リッカの所属する教会では、生きていた頃の心と魂がある限り、それは人であると考える者が多いため、彼もまた死者を人として相対している。


 うめき声をあげるゾンビ達だが、勝負がついたのかお互いに握手をして、それぞれの墓石を持ち上げて墓穴に入ろうとしている。


「旦那!! なんかいるぜ!」


 スペックが叫ぶ、リッカは周囲に目を配らせ、暗闇の様子を探る。こんな不気味な場所に近づく人間は自分だけ、野犬やカラスが出るかもしれないが、それならスペックは叫ばない。人の目は暗闇では役に立たないので彼が探るのは魔素、ゾンビやスケルトンもその体に残る魔素で存在が分かる。


「そこか!」


 リッカが視線を送った墓石の後ろに、黒い靄がうっすらと現れている。

 悪意を持つ幽霊ほど、その姿を現すときの魔素が黒いと言われている。スペックのように入り混じった色ではなく黒一色に感じられる。


「スペック『入られない』ように見てて」

「はいよ」


 不吉の塊のような不気味な黒い靄が近づいてくるのを見て、2人のゾンビは、恐怖を感じて動けないでいる。スペックが靄のような体を明確にわかるようにして、かばうように立ちはだかる。


「リッカ、なんだあいつ」

「いつも言ってますよね、体取られますって」


 あんな奴がいるから、自分の体を盗られたタイプのゾンビがいる。狙いはラテリとソッチラに違いない。取り込んで力を奪うのかその肉体が狙いか、目的ははっきりしていないが、危険な事には変わりない。


 リッカはローブのポケットに仕込んでいた清めの酒を取り出すと、封を切って黒い靄に向かって思いっきり振りかける。勢いよく広がった液体は不気味な黒い靄に余す所なく降りかかっていく。


「アギャー!!!!」


 酒を浴びた靄はフッと宙にかき消えた。叫び声が聞こえたが、この叫び声も普通の人間には感じられず、アンデッドや墓守のような法術を使う人間にしか届かない。


「気味わりぃ、なぜかしらんが怖かった」

「墓守さん、俺ら危なかったのか?」

「はい危なかったです、墓の中は悪霊避けになってますが、外だと悪霊に狙われます」


 ゾンビというアンデッドの瞳は、恐ろしい悪意を感じとったのだろう。アンデッドがアンデッドを狙う、そういった行動をするのは恨みや悪意が根底にある。チェスをしたくてしょうがない、ソチラとラッテリのようなゾンビは無害なのだが。無念、怨念、恨みつらみなど、ネガティブな感情に支配されているアンデッドは多い。


「あんな悪霊に体取られたら、討伐対象ですからね、早く帰って下さい」


 二人のゾンビは自らの墓石を持ち上げて墓に戻っていった。石の板も持ち上げれば、自分の入る穴がそこにあるのだ。


「墓守さん、出るときは気を付ける」

「リッカ、また頼むな」

「いや、早く出てこなくなってほしいんですが」


 リッカは墓にもう一本の清めの酒の封を切り、優しくふりかけていく。清めの酒は、飲み屋で扱っている酒よりも混ぜ物が少なく、法力の効果を乗せる事ができる。つまり、術者がいなくても周囲の魔素を払うことができるので、悪霊には触れる事ができなくなる効果がある。


 墓が動かずに、二人が静かに過ごすようになった事を確認して、次の見回り箇所に向かう。


「なぁだんな、最初からあの二人に直接さ、酒をかけたら楽じゃない?」

「やってみる?」


 残った清めの酒を人型をとっているスペックの端っこにかける。


「ギャー! いってぇぇー!!」


 痛みを感じない幽霊がもだえ苦しんでいる、万人には届かぬアンデッドの不気味な叫び声。先ほどの悪霊も消える前のに残したのと同じような叫び声だ。


「清めの酒は、近くにある魔素を散らす物。意思が強く残っているアンデッドは生きてた頃の痛みが引き起こされるんだよ。だから墓に法術をかけたんだよ」

「良く分かった、だからあの不気味な黒い奴は叫んでたんだな」

  

 再び人型をとったスペックは足を引きずるように、リッカの後を追いかけている。恐らくもう痛みなどもなく、清めの酒に散らされた魔素も戻っているから、痛そうなフリをしているだけだろう。


「他の墓守だと問答無用でぶっかけて、墓に押し戻すけど、やられたくないでしょ」

「そうだなぁ無理やりは嫌だな、俺もだんなに会わなかったらと思うと……」

「いつか、さっきの黒い奴みたいに誰か襲ってた?」

「襲いはしないだろうけど、ずっと寂しかっただろうな」

「墓守がいないと、寂しがりの幽霊や危ないアンデッドが街中に溢れるからね」


 死者にも優しい墓守のリッカと相棒のスペック、彼らは死者と向き合うため、日々墓場へと向かう。


 時には友として、時には敵として、生きている人間でありながら、死者の国に片足を入れた奇妙な人間、墓守が夜を歩く。

 読んでいただきありがとうございます。評価も頂きまして大変に喜んでおります。

 このような世界を描いてみたいと思っており初めて執筆しています。今後も出来る限り頑張って腕を上げて楽しめる物を作れるように頑張ります。

 応援よろしくお願いします。目標「エタらない!」。

 読んでいただいた事に感謝!

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] こんばんは、こちらの作品も読まさせて頂きました。 良い意味でなろうらしからぬ作品ですね。 なんというか古き良き時代のハイクオリティのライトノベルって感じです。 墓守が主人公という設定も良い…
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