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1-6

 幼い頃のわたしの一人称で、アレスのわたしの呼び名。さあ、どうだ。どう出る。アレスの表情がどう変化するか、じっと注視する。


「可愛い名前じゃないですか」


 結果は平凡な感想、微笑み添え。

 ……なんだ、覚えていないのか。そうだよね、だって11年だ。わたしだって名乗られなければこいつがアレスだって判らなかったし、アカシアという姫は地上では死んだことになっているし。うまくいっても、他人の空似にしかならない。

 思った以上にショックだった。所詮幼少期の記憶なんて曖昧なものだったということが。だから平静を装うことにした。


「……あと、わたし、16歳なので、敬語は、やめてもらえませんか」


 情けない。ほんとうに情けない。腹を立てているのがわたしだけだなんて。


「カ、カーシャ?」


 わたしの顔をアレスが覗き込んでくる。気づいてみれば、アレスはわたしよりも頭ひとつ分背が高かった。

11年という時間は、物理的にもわたしたちを遠ざけていたのだ。


「よく分からないけれど、ごめん。俺は君の気に障ることばかり言ってたんだな」

「やっと大筋だけは理解していただけたようで光栄です」


 だから、放っておいて。

 あんたはわたしの仇なんだから。


「それじゃ」


 今なら、アレスもついてこないかもしれない。

 だけど。


「だからこそ、ひとりにしておく訳にはいかない! 生身の女の子ひとりで乗り込めるほど、森は楽な場所ではないんだから」

「腹が立つことがあればすぐに言ってくれ。改善が難しいなら話し合おう。俺は、よき為政者になる為の道のりなら、労力は惜しまない」


 アレスはしぶとかった。

 真剣な表情で語るのは、彼の目標。


「遠慮なくそうさせてもらいます。わたしは、賢者に会う為だけにここに来ているだけだから、絶対に邪魔をしないでください」


 だったら、わたしも。

 目標は――賢者さまに会うこと。サンクチュアリさまたちの病を治す方法を教えていただくこと、だ。アレスが自らの目標の為にわたしについてくるとのたまうなら、わたしだってアレスを利用してやる。

 一緒に旅をするんじゃない。

 あくまでもアレスはついてくるだけ。わたしはそれを利用するだけ。それだけなんだから!



「うう……」


 完全に負けた。

 しかたないことなんだけれども。だって、完全に忘れていたから。天空ではそんなもの必要なかったから。


「お、お世話に、なります」


 お金の類をわたしは一切持っていなかった。

 つまり、夜が更けてきて、どこかの宿に泊まらなければならなくなって、手持ちがあるのがアレスだけで。

 つまりつまり、わたしはアレスに宿代を借りてしまう羽目になったのだ!


「大丈夫。これも、俺の社会勉強への投資代だから」


 ……あぁ、そうですか。これだからお坊ちゃまってやつは。こころのなかでたっぷりと毒づく。

 だけど勿論、部屋はひとりにひとつだ。

 お金を借りてる身で浅ましいけれど。と言ったら、あっさりと了承された。


「当たり前だろう! 常識として考えてくれ。結婚前の男女がひとつの部屋で一夜を過ごすなんて言語道断だ」


 ……あぁ、そうですか。どうもアリガトウゴザイマス。言わないけれど。


「じゃあ、おやすみ」


 部屋の鍵を受け取って、がちゃりと、開ける。

 ――真っ暗。

 久々に独りきりになった、気がした。昼間はあんなに騒がしかったから、余計に室内が静かに感じる。明かりをつけると、部屋には小さな机と椅子と寝台が備えつけられていた。

 寝台に体を埋める。なかには羽毛が入っているのか、ふんわりとした弾力があった。


「ふぁあ」


 声にならない声。

 今日は、ほんとに色んなことがあった。

 朝はまだ天空にいた筈なのに。地上に降りて。アレスに再会して。

 始まったようで、まだ何も始まらなかった日だった。森に辿り着くまでに、サンクチュアリさまは無事でいられるだろうか。

 治療塔で医師長さまの手伝いをしていたとき。病に罹った有翼人たちは、7日ほどで還らぬひととなっ――


「考えない。悪いことは、考えない」


 首を振る。

 そのままわたしは眠りに落ちていった。



 わたしたちの泊まった宿は、宿代に朝食代を含んでいるらしく、宿のなかの小さな食堂で簡単な朝ご飯をいただくことになった。

 パンとスープと、掌サイズの見たことない紅い果物と。


「この果物は、数年前に研究してつくられた、初めて人間が意図的につくった果物なんだ」


 向かいに座ったアレスが、器用にその果物の皮をナイフで剥く。


「皮は固いけれど中身はとても柔らかくて甘いんだよ。はい」


 口に入れると、溶けるようにして果汁が広がった。


「美味しい」

「カーシャは、たぶん、地上に住んでたこともあるんだよな? きっとその頃にはなかったんだろうけど、最近はそういう作物が結構多いんだ。品種改良、っていうんだけど。無翼人の技術も日進月歩で進化していってるということさ」


 このひとは、語り好きらしい。


「それで、昨日考えたんだけど。森へ行くのに、いちばん手っ取り早いルートを」

「え」


 しかも世話好きだ。いくらわたしが天空から来た身とはいえ、どうしてそこまでしてくれるんだろう。


「時間、そんなにないんだろう?」

「それはそうですけど」


 パンを口に運びながら答える。アレスは自信たっぷりに自らを指差した。


「大丈夫、俺を信じてくれ」

「非常に胡散臭いです」

「即答かよ」

「お言葉に甘えて素直に自分の意見を述べているだけです」


 だけど、文句ばっかりも言っていられないので。


「とりあえず、それを教えていただけませんか」


 待ってましたと言わんばかりにアレスはテーブルに地図を広げた。かなり使いこまれていて年季が窺える。指で示しながら、アレスが説明してくれた。


「ここが、今俺らがいるところだ。それでこれが森。まともに歩いたら数日間はかかる。だから、こう、地形も考慮した上で」


 ぐるっと遠回りに見えるような指の差し方。


「地図上では迂回路に思えるかもしれないけれど、この行き方がいちばん早い。そうだな、歩きとおして、2日くらいか」

「2日……」


 どうせなら森のなかに降り立ちたかった。それなら賢者に早く会えたし、アレスにだって会わずに済んだのに。

 だけどそうも言ってはいられない。事実、今わたしは森から離れた場所にいるんだから。


「分かりました。お願いします」

「了解。じゃあ、早速出ようか」


 アレスが微笑みながら地図を片づける。わたしは残っていたスープを一気に飲んだ。

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