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1-5

 その返事をどう曲解すればいい意味での肯定にとれるのか、アレスは意気揚々としながら後についてきた。


「名前は何ていうんですか?」


 無視。


「俺と同い年くらい、ですよね? 今年で18になるんですけど」


 無視。


「どうして、天空にいたんですか? 無翼人でも天空に住むことができるんですか?」


 無視、の、限界。


「は・な・し・か・け・る・な!」


 ぜーはーぜーはー。思わず叫んでしまった。アレスはきょとんとしている。さっき闘っていたのとは同一人物と思えない様子。

 なんだろう、この道化感と疲労感は。


「放っておいてください。わたしにはしなければならないことがあるんです」


 早口でまくしたててみたら。

 ぐぅー。


「……あ」


 お腹が鳴ってしまった。顔が火照る。は、恥ずかしい!


「あ、あの、もしよかったら」


 差し出された乾燥食料をつい勢いで受け取ってしまった。


「たいしたものではないですけど」


 これでは食べ物につられてしまったみたいだ。みっともない。だけど、一度鳴ってしまったお腹は急に空き出して、どうしようもなく情けなかったけれど――食べることにした。

 ひと口齧ると、味はしなかったけれど、天空では決して食べたことのない食感がした。もうひと口。よく噛んだら、ほのかに甘みがした。掌サイズだったのにあっという間に食べきってしまって、アレスを見たら、にこにことしていた。


「ご、ごちそうさま、でした」

「どういたしまして」


 敵に塩を送ってしまった気分だった。ああ、サンクチュアリさま、ごめんなさい。アカシアは地上に降りてから大人げないことばっかりしています。


「ただ、ちょっと今、飲むものを切らしているんです」


 しかも敵は申し訳なさそうに言ってくるんです。以上、こころのなかでの報告おしまい。


「いえ、それは、いいです」


 わたしは淡い青の羽根に触れる。この羽根には、僅かだけどサンクチュアリさまの力が宿っていて、四つの力を使うことができると教えられていた。

 その内のひとつ、水の属性の力。


「水よ、我に癒しを」


 ぽろろん、と。

 両手で器のようなかたちをつくると、そこに飲み水が現れた。ごくごくと飲みほして、息を吐きだす。水の属性の力は飲み水を生じさせることができる、たったそれだけだけど。でも今の時点で十分に役に立った。水って大事だ。


「すごい……!」


 その様子を見て、アレスが感嘆の声を上げて拍手する。


「他に何かできるんですか?」

「火を起こしたり、風を吹かせたり、あと、土を食べられるものに変えたり」

「へぇ!」


 しまった。会話してしまった。


「本当に天空から来たんですね」

「……何だと思ってたんですか」


 思わず溜め息が漏れる。


「空から落ちてきた少女?」

「そのままじゃないですか。分かりました、わたしが譲歩すればいいんでしょう? わたしの目的はこの辺りにある筈の森に行くことです。そこに住んでいる賢者に智恵をいただく為に。これで十分ですか?」


 これ以上の質問は受けつけないという態度で念を押してみる。するとアレスが、厭味のない笑顔で指差した。


「森なら、逆方向ですよ」

「……そうですか」


 脱力感もプラスしていいだろうか。


「この辺りは、かなり国の外れです。森は、あっち。ここからだと、3日はかかると思います」


 あっち、と指差された方向は、確かに遠そうに思えた。

 だけどここでくじける訳にはいかない。


「わかりました、ありがとうございます」

「ついていきますよ」

「どうしても諦めてはくれないんですね」

「生身の少女を放っておくなんて、社会勉強の身としてはできませんから。俺は、よりよい為政者になるのが目標なんです」


 だったら自分の父親はどうなんだ、と言いたかったけど飲み込む。

 分かった。こいつ、平和ボケっていうか、お坊ちゃまじゃん。理想論だけ並べるタイプ? だから、それもあって苛々するのかもしれない。


「勝手にすれば」


 二度目の突き放し。


「はい、勝手にします」


 絶対返事なんかしてやらないんだから。

 サンクチュアリさまの為に、頑張るって決めたんだから。それ以外は雑音。聞き流してしまうんだ。アレスが隣にいても、気にしないんだから!



 空が高い。

 地上から見る空は、こんなにも遠く感じるのか。思わず目を細める。

 時計樹を地上で目にするのも本当に久しぶりだった。樹、とはいっても、葉は天空の遥か彼方にあるから見えない。いびつで茶色い、どっしりとした柱みたいだ。

 地上の世界を支える、偉大な柱。時計樹。

 あんなところから、わたしはこの場所にやって来たんだ。天空とは違う地面の固さ。空気の匂い。のどかな風景。国の外れと教えられただけあって、家は少なく、畑や広場に人々が集まっている。

 ここにかつての王国があったことを覚えているひとはどれくらいいるんだろう?

 鼻の奥がつんとした。いけない、感傷に浸っている暇はないんだから。


「だけど……平和だなぁ」

「この国はほんとうに穏やかですよ」


 む。独りごとに返事をされてしまった。反射的にアレスを睨むと、視線が合ったことがうれしかったようで、いきなり語り出した。


「元々の国民性が穏やかだというのもありますが、今、神のおかげでとても豊かな暮らしが送れているんです。適度な気候、気温、湿度、降雨量。飢えている者はほとんどいません。だからこそ、俺ら無翼の民は、有翼人に感謝してもしつくせないくらいなんです。神がいなければきっとこの平和は成り立っていないから」

「――サンクチュアリさまはほんとに素敵な方ですから」

「え? もしかして、それが神の名前? サン……えぇと?」

「独りごとです」


 時計樹の上で、今、サンクチュアリさまはどうしていらっしゃるだろうか。苦しんでいないだろうか。それが気がかりだった。

 アレスはしびれを切らしたのか大声を上げた。


「君は無翼人なのに秘密が多い! だいたい、まだ名前だって名乗ってくれていないじゃないですか!」

「ちょっと、いきなりキレられても困るんですけど。わたしだって極秘任務で地上に来ているんです。ご・く・ひですよ、意味分かりますか? 絶対誰にも教えてはいけないことです」

「じゃあ何て呼べばいいんですか」


 アレスがふくれっ面になる。ああもうめんどくさい。

 だったら。

 わたしは、カマをかけてみることにした。

 もしこいつがほんとうに大臣の息子のアレスだというなら、この名を聞いて、わたしの顔を見たら、思い出すに違いないから。驚くに違いないから。

 立ち止まって、アレスをじっと見つめる。彼が息をのんだ。


「カーシャ」

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