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「きゃーっ!」

「おわっ!」


 そして落ちた。地面に、じゃなくて、誰かの上に。


「ご、ごめんなさい!」


 慌てて離れる。ついでに土下座。久々の地面だ! 頬ずりしたい誘惑にかられるけど、そんなことしたら、確実におかしい奴だと思われる! なんて謝罪とはかけ離れたことを考えていたら。


「て、天の、使い?」


 わたしを全身で受け止めてくれたひとが、ぼそっと呟いた。男の声だ。ゆっくりと顔を上げると、わたしと同い年くらいの少年が呆然と座りこけていた。


「え、でも、翼が、ない?」


 短めの黒い髪と、深い紫色の瞳。優しさと厳しさを同居させて、大人になろうとしている段階の顔つきと体つき。腰に剣を差していて、軽装ながらも何箇所か鎧のような金属を身に纏っている。


「君は一体」

「ええと、天の使いの、無翼人?」


 しまった訊いちゃったよ! これじゃますます彼を混乱させてしまう。


「天の使いなのに、無翼人?」

「諸事情がありまして」

「こみいった事情だというのはなんとなく分かりました」

「分かっていただいてありがとうございます」


 要領を得ない会話になってきた。要点をまとめて質問してみよう。


「それで、あの、11年前に王国のあった場所を探しているんですが」

「この辺りです」


 なんていう偶然! そして幸運!


「ありがとうございます。それでは、これで」


 立ち上がって別れを告げようとしたときだった。

 ぐい、っと。少年は座り込んだまま、わたしの腕を引っ張った。


「ええと、まだ何か?」


 同年代の男子に腕を掴まれるなんてはじめてのことで、どうふりほどいていいか迷う。この前読んだ恋愛小説のシーンが頭に浮かんだ。

いや、それは流石に自意識過剰か。


「もしよかったら、ついていってもいいですか? 俺、今、世間の勉強っていうか武者修行中なので、そこそこ腕に覚えがあります。あと、地上のこと、よく分からないなら、助けくらいになるとは思うんですが」


 爽やかな笑顔に、再び恋愛小説の場面が浮かぶ。こ、これがナンパってやつ? まさか、この、わたしが?

 胸が高鳴る。いけないわアカシア、貴女はサンクチュアリさまの為に地上に戻ってきたのよ。だけどこれはきっと、恋の予感――……


「俺、アレス・グライドっていいます」


 前言撤回。一気に血の気が引いた。

 嘘。3秒前の胸の高鳴りは全部嘘。地上に降りて、無駄にテンションが上がっていただけ。

 だって、グライドって。

 記憶が蘇る。黒髪のグライドで、かつての王国にいた少年なんて、わたしはひとりしか知らない。アレス・グライド。グライド家。大臣の、謀反を起こして両親たちを裏切った、グライド家のひとり息子しかいない!


『姫さま、遊びましょう』


 何も知らなかった頃は無邪気に遊んでいた、あの、アレス。目を凝らしてみれば、確かに瞳の形とか、意志の強そうな鼻筋とかそのままじゃん!

 引いた血の気が逆流してくる。今回の旅で絶対に出会いたくなかった相手だった。だって、今回はサンクチュアリさまの為に地上に降りた。王国を取り戻すのは次に地上に降りたときの目的だ。グライド家は、そのときに復讐を果たす相手なのだ。


「結構です!」


 わたしの剣幕に押されたのか、腕を掴んでいた掌が一瞬緩んだ。すぐに腕をふりほどいて、わたしはアレスに背を向けて歩き出す。地面の感触が心地いい。ずかずか、と大股でかみしめるように歩いてしまう。

 それを不機嫌だと感じとったのか、というか実際不機嫌ではあったけれど、アレスが慌ててついてきた。


「め、迷惑でしたか? そうですよね、いきなり初対面の人間にそんなこと言われたってあやしいですよね」


 返事をするのも嫌だったので無視してみる。お願いだから、放っておいて。あんたに話しかけられると苛々するんだから。


「だけど最近、盗賊みたいな奴もいたりするから、用心棒代わりにでも思っていただけたらいいんですけれど」


 まだ食い下がるか。しつこすぎない?


「……放っておいてください」


 諦めて、不機嫌をわざと露わにして答えてみた。できる限りの低音で。ついでに歩く速度も速めてみる。

それでもアレスはついてきた。こんなしつこいキャラだったっけ?


「だ、だけど」


 アレスが言い淀んだ。ふっとその視線が追った先を見てみると、いかにも、といった感じの盗賊風身なりの男が3人、わたしたちを待ち構えていた。


「有り金全部置いてきな。それが無理なら体で払え」


 禿頭の、リーダーっぽいおっさんが歯を剥き出しにして笑った。鼻息も荒くて、気持ち悪い。


「うわぁ……こんなのがいるんだ……」

「いるんですよ。俺に任せてください」


 わたしの呟きに律儀に返事をして、アレスが前に歩み出る。剣の柄に手をかけて引き抜くと、意外に立派な刀身が現れた。きちんと磨かれていて、ずっしりと重そうだ。紫色の長い柄を両手で握って構え、アレスは高々と宣言した。


「有り金も体も渡しはしないさ!」


 ……何故だかわたしが恥ずかしくなるくらいの清々しさで。


「生意気なガキめ! お前ら、やっちまえ! まずはそいつからだ!」


 盗賊もどきの反応も恥ずかしい。なんだこれ。


「うおおお!」

「覚悟しやがれぇ!」


 禿頭に指示されてあとのふたりが叫び声を上げる。そのままアレスに直進。2対1で一気に襲いかかるつもりらしい。わたしはアレスがやられても逃げ出せるように退路を確認する。こんなところで捕まってしまったら元も子もない。わたしの目的は、あくまでもサンクチュアリさまの為にあるのだから。

 アレスは逃げる素振りを見せず、すっと背筋を伸ばしてふたりを待ち構えていた。よく観察してみると、筋肉がちょうどよくついていて、普段から鍛えているのが素人目にも判った。


「動きが、雑だな」


 ひとりめの武器は斧だった。振り下ろされるそれをぎりぎりのところで避けるアレス。素人目に見ても、見事な紙一重さだった。一瞬のことすぎて、悲鳴を上げるのも忘れるほどだった。斧は勢いあまって地面に直撃。男が体のバランスを崩す。すかさずアレスは紫の柄で男のみぞおちを突いた。


「うっ」


 呻き声をあげて男がよろめく。アレスは素早く男から離れる。そして後ろに回り、首の後ろを柄でとん、と軽く叩いた。男は気を失って倒れた。

 強い……!

 その表情にはさっきまでの穏やかさはなく、瞳には鋭くて冷たい光が宿っていた。わたしにも緊張が走る。

アレスは硬直しているふたりめの男と視線を合わせた。するとふたりめはびびってしまったのか、得物の棍棒を置いて走り去ってしまった。


「こぬぉおおおおお!」


 禿頭が醜い雄叫びを上げる。どすどす、と砂埃を巻き上げながらアレスに突進。かと思いきや急に方向転換をしてわたしに向かってきた。


「ひ、人質にしてやる!」

「ちょ、ちょっと待って!?」


 どうしよう! 逃げる準備ができてない!


「――させないさ」


 だけどわたしと禿頭の間にアレスが鮮やかに割って入った。


「女性を闘いに巻き込んではいけないだろう」


 アレスが剣で禿頭を薙いだ。ぶわぁっと風が巻き起こる。わたしは思わず目を固く瞑った。どさり。禿頭の倒れる音。


「大丈夫。こちらの刃は、潰してあります」


 瞳を開く。静かにアレスが剣を納めて、振り向いた。全身から鋭さは消えていた。思わず溜め息を漏らしてしまう。


「無益な殺生はするものではありません。剣は、己の身を守る為のものです」


 アレス越しに倒れた禿頭を見ると、確かに血は流れていない。ただ気絶しているだけのようだった。

 微笑み、アレスが問いかけてくる。


「どうですか?」


 ……連れてけってか。

 確かに、旅の用心棒くらいにはちょうどいいかもしれないけれど……でも、それでも。わたしは答えあぐねて、答えを行ったり来たりして、ぼそっと呟くことにした。


「勝手にすれば」

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