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2-8


 目を覚ますと隣にディテの姿はなかった。


「ディテっ!」


 寝台にはわずかに人間の体温がある。

 部屋を飛び出す。


「ディテ?」


 暗い廊下を進む。どこに行ってしまったの? 周りの部屋に迷惑をかけないように、ゆっくりと歩く。

 宿の外に出る。真っ暗だ。


「――アカシア」


 ディテが立っていた。


「どうしたの。寝られなかったの?」

「デ、ディテこそ」


 その表情は憂いを帯びていて。なんだか、訊きたいことはあった筈なのに、何ひとつ思い出せない。


「空、見てた」


 ディテが頭上を指差す。


「夜が、すべてを飲み込もうとしているわ」

「な、……」


 夜が。いや、闇が空をゆっくりと移動していた。音もなく、確実に。空全体が不透明で不自然なものに覆われていくようだった。

 この村が飲み込まれる? ぞっとした。ぞっとした、じゃ済まないくらいに。

 すべてが終わる。獰猛で雄大な夜が、わたしたちを飲み込もうとしている。容赦なく、だけど平等に。時間が奪われる。音もなく。


「サ、サンクチュアリさま――」


 わたしはぎゅっと羽根を握りしめた。

 お願いです、サンクチュアリさま。この村に時間を。

それが通じたのか、闇は、この村を通り過ぎていった。


「……行っちゃった」


 まだ、手が震えている。心臓がばくばくいってる。

 夜はこうやって人間を飲み込んでいくんだ。


「ディテ、部屋に戻ろう」


 だけどディテは首を横に振った。


「きっと今日、夜に飲み込まれるのは、あたし」

「……!」


 ディテは冗談を一切許さない表情で視線を地面に落とす。言いたいことが何ひとつ喉を通ってやってこない。ほんの少しの眠気はどこかに行ってしまっていた。


「眠ってしまったらたぶんもう目覚めない。分かるんだ。だって自分のことだもん。だから、最後まで起きてる」


 それでもディテは笑っていた。


「最後に会えてよかったよ。アカシア。だから泣かないで」

「泣いてないもん。だからわたしも起きてる。一緒に、朝を迎えよう」


 手を繋ぐ。

 絶対離すものか。

 生き延びるんだから。


「アカシアのそういうところ、可愛いと思うわ」


 そう言って、ディテは倒れた。



「ディテは寝てるだけ。その内、目を覚ますんだから」

「分かったから、カーシャ。落ち着け」


 アレスを起こして、ディテを部屋に連れてきて。そのままアレスもわたしたちの部屋に残ってくれていた。

 ディテは眠っていた。息だってしている。大丈夫。まだ、大丈夫。


「死んだりなんかしないんだから、だから……」


 みっともないのは承知だった。だけどディテがもう目覚めないかもしれないだなんて絶対に認めたくなかった。

 アレスは、何も言わず。


「!」


 ――わたしを思いきり抱きしめてきた。

 冷えていた体に、一気に温かさが伝わってくる。人間の体温。頭がちょうど胸に当たって。気のせいかもしれないけれど、鼓動が速い。

 力が抜ける。

 仇、なのに。それなのに。


「……もしかして、駄目なところばっかり見せてる……?」

「何を今更言い出すんだか。落ち着くまでじっとしてなさい」


 こっちの方が落ち着かないんですけど……。


「まぁ、あれだ。いっぱいいっぱいの妹をフォローするのは兄の務めだ」

「すみません、いつわたしの兄になったんですか」

「期間限定。ありがたがれ」


 どんな兄だ。


「まぁ、期間限定で感謝しとくわ」

「落ち着いたみたいだな」


 アレスがわたしに回していた手を緩めた。


「ぷはっ」


 やっと息ができる。


「とにかく、明日、大地の精を見つけるんだ。それが俺たちのしなきゃならないことだ」

「うん」

「何か、賢者殿はヒントになるようなことをおっしゃらなかったのか?」


 わたしは顎に手をやって考える。


「尋ねたら、変装が得意だとか好きだとか返ってきた筈。ううん、それもだけど。最初に、何か重要なことを言ってた? 大地の精は――」


 悪戯好き。

 って。


 どこかで聞いた台詞だ。どこで聞いた? 思い出せ。記憶を探る。

 不意に。


『私はただの悪戯好きな道化さ』


 帽子男の姿が脳裏に浮かんだ。

 ……思い出した。どうして繋がらなかったんだろう。それこそが答えだったのに。この村で待つって言ってたのに。


「ラタトスク!」


 アレスが眉をひそめた。


「あいつがどうかしたのか?」

「分かった! ラタトスクが、大地の精なんだ」


 円筒帽の謎の男。人間じゃないと言うなら、あの言動もなんとなく理解できる。


「賢者さまが、大地の精は悪戯好きって言ってたじゃない? わたしはラタトスク自身に言われたの。自分は悪戯好きな道化だ、って。それに、あの不審な言動……。もし、彼がわたしたちの敵だったら、襲いかかってきても不思議ではないのに」


 寧ろ、助けてくれた。わたしを。


「それに、村で待ってるって言ったもの」

「まさか」


 アレスが、俄かには信じられないといった表情になった。腕を組んで考え込む。わたしは負けじとたたみかける。


「朝になったらすぐにラタトスクを探そう。事情は向こうも解ってる筈だから、お願いしたら指輪だってくれるかもしれない」

「……そんなにうまくいくかな」

「いってもらわないと、困る」


 わたしのなかには、確信が芽生えていた。

 ラタトスクが大地の精なんだ。


「彼に指輪を貰う」


 そして薬にする。その為に、わたしはここにいるんだから。

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