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2-7


 大衆食堂の前でアレスとディテが大きく手を振っていた。


「おかえりー!」

「急にどうしたんだよ、カーシャ」


 わたしはふたりに頭を下げる。


「ごめんなさい」


 ディテがあたしを抱きしめる。


「いいのよ。だけど、お願い。あたしのやりたいようにさせて。ね?」

「危なくなったらすぐに止める、って条件つきでな」


 あまり納得していない面持ちでアレスが両腕を組む。


「……分かった」


 だけど。


「だけど、ディテのことも助けるから。薬を使って。だから、病なんかで死なないって約束して」

「ありがとう、カーシャ」


 そっとディテが耳打ちする。


「彼、ほんといいひとよ」


 ふたりで何を話したんだろう。


「仇とか婚約者とか、この際どうでもいいじゃない」

「いや意味分からないから」

「もう。素直じゃないのね」

「わたしの言葉がディテに通じない……」

「それはあたしの台詞よっ」


 アレスが咳払いでわたしたちの会話を打ち切る。


「で、ディテさんと話した結果、今から飛ぶことにしたから」


 しかも話が早すぎる。


「そうじゃなきゃ日が暮れちゃうもの」


 ディテがわたしにウィンクを投げてきた。そして、翼を広げる。ほのかに青い2枚の翼。病で抜け落ちたとはいえ、まだまだ立派なかたちをしている。


「ふたりとも、あたしに捕まっててね」


 頷いて、わたしはディテの左手をとる。アレスは右手を。

 軽くディテが跳ねる。そのまま宙に浮き、一気に上空へと昇る。地上の世界があっという間に遠く、小さくなる。


 ――飛ぶ。


 ひとりで天空から降りたときとは違う浮遊感。鳥肌が立つ。ぷるぷると首を横に振ってから改めて地上を見遣る。おもちゃみたいな世界。無翼人の世界。


「空を飛ぶのははじめてだ!」


 アレスが興奮したように大声を上げて。


「すごいな、有翼人って――」


 それから言葉を失った。視界のあちらこちらが灰色に染まっていたから。

 夜に飲み込まれた凄惨な跡。きっとこのなかにわたしたちが通ってきた、ルナの街もあるのだろう。

 風を感じながら、しばらく誰も口を開かなかった。


「――あれが首都だよ」

 不意にアレスが呟く。


「昔、あそこには王国の城があった」


 心臓の鼓動が大きく波打つ。


「今は政の為の大きな塔が建てられている。ほら」


 不自然な緑色をした建物が見えた。城の面影は全くない。

 かつての王国――。

 わたしのいた場所。

 もう二度と戻らない時間。だけど、今わたしはこうしてここにいるから。


「泣いてるのか? カーシャ」


 揺られながら。

 ぽろぽろと、涙が空に舞う。


「気のせいよ」


 ぽろぽろと。

 流れていく涙は、誰の、何の為に?


「そうか」


 アレスはそれ以上追及してこなかった。


「俺は、よき為政者になれるように頑張るよ。今回カーシャと旅をして、改めてそう思った」


 前はその言葉を聞くだけで腹が立ってしょうがなかったけれど。


「……なれるよ」


 無意識の言葉だった。


「アレスなら、なれる」

「……ありがとう」

「おふたりさーん」


 わたしたちの手を繋いで先を飛んでいるディテが、わざとらしく声を上げた。


「もうすぐ着くわよ」


 まだ灰色じゃない村。まだ、人間が生きている場所。


「しっかりと掴まっててちょうだい」


 ゆっくりと、確実に地上に近づく。

 ふわり。一瞬だけ変な感じがして、その後、両足が地上に着く。

 わたしとアレスはディテから手を離した。


「はじめての飛行はどうだった?」

「……いや、すごかったよ! 人間がいかに小さいかってのがよく分かって、身が引き締まった」

「それはよかったわ」


 ディテが翼を小さく折りたたむ。


「日が暮れてきたわね」


 そして空を仰いだ。段々と朱色になってきている。


「どうする?」

「今日はこれ以上動くのは難しいから、宿を探そう」


 ディテの体調が気になる。無事に地上には降りられたけれど、病状はどこまで進んでいるのか。アレスを見遣ると、首肯してくれた。


「俺も賛成だ」



 簡単に宿は見つかり、アレスに申し訳ないと思いつつも宿代を出してもらった。部屋は勿論、ディテと一緒だ。


「ほんとに、ありがとう」

「そんなかしこまらないで。あたしが勝手にやったことなんだから」


 それから、わたしが地上に降り立ってからの話をした。

 ディテはわたしが地上にいる間の天空の話をしてくれた。


「ちょっとしか経ってない筈なのに、話ってつきないものよね」


 ディテが目を細める。


「さっきはアレス君がいたから訊けなかったけど、ほんとはどうなの?」

「ほんとは、って?」

「だーかーらー。好きなんでしょ、彼のこと」

「……ありえねー」


 わたしは寝台に倒れこむ。


「粗野な言い方しないの。だって、いい雰囲気だったわよ? 空飛んでるとき」

「ディテ、目がおかしくなったんじゃない」


 深呼吸をひとつして。


「わたしの仇であることは、この先もずっと変わらないんだから。指輪が手に入ったら、旅も終わるし。そうしたら、わたしはまた地上に降りて――」


 もうひとつ深呼吸。

「かつての王国を再び取り戻すんだから」


 そのとき、アレスは、敵だ。


「もうっ、そうじゃなくて」


 隣の寝台にディテも倒れこんだ。


「アカシアが言ってるのは、状況説明だけでしょう? 自分の気持ちについては、何も教えてくれてない」

「大嫌いよ、あんな奴」


 寝返りをうつ。


「苦労もしないで育ってきて、理想論ばっか並べて。今回は、ほんと、たまたま一緒に旅をすることになっただけで、そうじゃなきゃ一生関わりたくない相手。だから無理やりくっつけさせようとしないでちょうだい」


 それはわたしの本心だった。


「……そっか」


 それ以上ディテは何も言ってこなかった。

 部屋のなかが静まり返る。寝てしまったんだろうか。明日は大事な日だ。わたしも、寝てしまおう――

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