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2-6


 木のテーブルに並べられた、肉や魚や野菜の料理たち。



「うわ! すごい! 何これっ! うーわー!」


 ディテはいちいち歓声をあげて驚いてくれた。ここは旅人用に開かれた大衆食堂。何故だか3人でご飯を食べることになったのだ。……アレスの奢りで。


「これがグピ肉のソテーで、これは温野菜の和え物」


 しかもアレスは逐一ディテに解説をしている。このひと、ほんと律儀だわ。


「地上って天空と全然違うんだね」

「そうなのか?」

「うん。基本的に、有翼人の主食って木の実だから」


 ディテとアレスが会話を弾ませている間、わたしはずっと胸に何かがつっかえているような気持ちの悪さがあって、中に入ることができなかった。

 羽根。ディテの羽根。

 あの場面が何度も思い出される。下手したらもう天空に戻れなくなるんじゃないだろうか? それなのにどうして。どうして、ディテ。


「まだ調子悪いのか?」

「え、ううん。大丈夫」

「目が笑ってないぞ」


 アレスに返事をせず、わたしはお茶を口にする。独特の甘さがあるお茶だ。


「まぁ、最初の頃は警戒して全然喋ってくれなかったから、それを考えたら随分進歩したものだけどな」

「あら、そうなのね」


 ディテのしれっとした言い方に思わずお茶を吹き出しそうになった。


「この子が警戒するなんて珍しい。よほど緊張していたんだわ」

「君らは、長い付き合いなのか?」

「ええ。だってカーシャが――」

「ディテ!」


 わたしは目線でディテを制した。いきなり何を言い出すか分からないから。それは困るから。


「それで、君もついてくるのかい?」


 アレスが問う。

 有翼人は、とにかく、目立つ。今も店内の視線が微妙に気になる。

 ディテは微笑みながら肉の塊を咀嚼した。


「事情はよく分からないけれど、カーシャは、なんだか乗り気じゃなさそうだ」

「当たり前でしょ。だって……」

「だって?」


 ディテの大きな瞳がわたしを映す。わたしは視線を逸らして、アレスに訴えかけた。


「だって、わたしたちを村まで運ぶっていうのよ。しかも、飛んで」


 そうなのだ。

 ディテは言った。

 きっとそれが自分のなすべきことだと。有翼人なら、自らの翼で中距離くらいなら他人を運ぶことは可能だ。普段ならありがたいけれど。でも、今は状況が違う。

 ディテは病に侵されはじめているのだ。


「だーいじょうぶだって。あと1回くらいなら、余裕」

「……あと1回?」


 アレスもわたしを見た。

 しまった。これは、事情を説明しろという意味だ。


「いいじゃない。アレス君は協力者なんだから、ちょっとくらい説明したって」

「ちょっと!」

「――天空の有翼人たちに流行り病が広がっているのよ」


 今度はわたしの制止を振り切って。

 ディテは、あっさりとアレスに教えてしまった。


「ちょうど地上が夜に飲み込まれているように、ね。だからカーシャは、それを食い止める為に天空から地上に降りたの。そして隠しててもしょうがないから言うけど、あたしも、その病に罹ってしまった」


 指先が冷えていく。

 ぎゅっと膝の上で拳をつくる。向かいのアレスをちらりと見ると、固まっていた。無理もない。

だって、終わろうとしているのは地上だけじゃないって、知ってしまったから。

 普通の人間なら、決して信じたくない事実。


「……や、病に罹ると。どうなってしまうんだ?」


 アレスの声が今まで耳にしたどんな言葉よりか細く聞こえた。


「羽根が抜け落ちて、飛べなくなって、寝たきりになって、死んでしまうわ。あたしも放っておいたらきっとそうなる。だけど、そんなの絶対に嫌!」


 ディテが机を強く叩いて立ち上がる。


「死を待つだけ? 冗談じゃない。だったら、やりたいことをやってみせるわ。それで考えたの。すごくすごく時間を使って。そうしたら、この子の顔が浮かんだ。ああ、あたしは最後にこの子の役に立とう。皆の役に立とう、って。思ったらすっごく嬉しくなってきてね。それがきっと、今のあたしにとっていちばん大事なことなの」


 泣きそうだ。ディテじゃなくて、わたしが。

 だけど。それは、すごく自分勝手だ。だから耐えるんだ。唇を噛みしめて。

 ディテはすとんと椅子に座り、また肉を食べ始めた。


「お肉おいしー」

「つまり、地上と天空、ふたつの命運をかけた旅なんだな」

「……そんな大げさな言い方されたくない」


 わたしは肉ではなくて温野菜を食べる。

 咀嚼しながら。言いたいことを、頭のなかでまとめる。


「かかってるかもしれないけど。命運とか未来とか。そんな重たいこと、わたしは任せてもらいたくなんかないよ。だからディテには頼らない」

「その繋がりが分かんないんだけど」

「ディテには分からないよ。絶対分からない」

「何その言い方。あたしが村まで送るって言ってるんじゃん」

「それが迷惑なの!」


 我慢の限界だ。

 わたしはアレスとディテ、口を開けたままのふたりを見て。

 ――店を飛び出した。



 だってサンクチュアリさまを助けたい一心だけだったんだ。

 地上に降りて、賢者さまに会って。智恵をいただければすぐに何とかなると思っていた。

 なのに。

 どうして地上の世界も夜に飲み込まれなければならないの?

 分かっている。ただ、分かりたくなかっただけ。


 すべてが、自分の行動にかかっているということを――


「あぁー!」


 叫ぶ。走りながら叫ぶ。

 息が切れるところまで走ったら、もう、後ろに大衆食堂は見えなかった。

 何もない、広場みたいなところだった。まだ夜には飲み込まれていない。青々とした風景。


「水よ……」


 羽根の力でひとくち水を飲んで、わたしはそこに仰向けになって倒れた。遥か遠くには時計樹。随分と遠くまで来てしまった。

 地上にいた頃のわたしよりも、天空にいた頃のわたしよりも。


「お疲れのようですね」


 急に視界を遮る影。


「……また、貴方なの」


 ラタトスクがにやにやとしながらわたしを覗き込んでいた。


「もし貴方が『夜』側の人間だったなら、どうしてわたしを殺してしまわないの」


 腕で自分の額を覆う。ラタトスクの顔を見たくなかった。


「面白い仮定と、質問だね」

「でもそうなんでしょ!」

「さぁどうだろうね」


 だってそうじゃなきゃ、この不可解さは説明ができない。


「それともわたしが足掻いているのをみるのは楽しい?」


 厭味だった。きっとこいつになら、言っても許される。


「おや? 君は、足掻いていたのかい?」


 だけど戻ってきたのは予想外な答えだった。


「迷っているだけだと思ってたよ」


「……え」


 上体を起こすと、ラタトスクは真剣な表情になっていた。


「勘違いしちゃいけないな。迷うのと足掻くのじゃ、全く別物だ。アレスのことにしても、世界を救うだとか救わないだとかの件にしても、君はまだ答えを出していないんだから」

「ラタトスク、貴方は一体」


 肩をすくめてラタトスクはわたしに背中を向けた。


「私はただの悪戯好きな道化さ」


 そしてまた、消えた。


『じゃあ、例の村で待っているよ』


 声だけを残して。

 わたしは立ち上がり、空に顔を向ける。


「悪戯好き、って最近どこかで聞いたような……」


 思い出せない。夢で聞いたのかもしれない。

 だけど、ラタトスクのおかげで気づけた。

 ――わたしは何もしていなかった。

 アレスに助けてもらうばかりだった。サンクチュアリさまを、つまりは世界を助けるという目的から目を背けていた。ディテの提案を受け入れることもできずに。ただ、自分が弱いということを認めたくなかった。

 きっと何とかなる、っていうのはただの甘えだ。

 それは嘘だ。

 何とかしなきゃいけないのは、自分なんだ。

 恥も外聞も、といったら大げさかもしれないけれど。自尊心とか、過去の柵とか、ぐちゃぐちゃしたものはかなぐり捨てる。

本当の意味で、足掻くんだ。


「……戻ろうかな」


 わたしは服についた草を払い、走ってきた道を全速力で戻った。


「あぁー!」


 空が、高い。

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