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忘れられた竜歌  作者: 浅瀬
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8話 脱兎の如く


怪我をしてから、毎日、竜の様子を父から聞いてはいたが、実際に目で見て、安心した。


1週間前と変わらない竜の姿を見て、リアンは尻尾に吹き飛ばされた痛みを思い出す。


怪我が治り、狩りに行くときに最初、父には竜の元へ行くことは反対された。

それでも、行きたいと父に何度も説得することで、父同伴のもと、竜を見に行く事を許されたのだ。


竜の怖さは、もう知った。

それでも、会いたいと思ったのは、不思議と竜が会いたがっている気がしたからだ。


リアンは以前のように気軽に近づかず、十分な距離を持って、竜を見つめる。

竜もリアンを見つめる。


竜がスッと視線を逸らした、逸らした先には兎を捕まえた父が横に立っていた。


(…目があったんじゃなくて、肉を見ていただけか。)


リアンはなんだか、面白くなって笑ってしまった。

どうやら、竜は肉のほうが大事なようだ。


兎を竜にやった父が帰ってくる。


「今日はもう帰ろう。また、明日来ればいいだろ?」


リアンは父の言葉に同意する。リアンの下がりきった体力では、通常通りの狩りは不可能だろう。


リアンが父の後に続いて、下山するときだった。


『…ごめんね。怪我、大丈夫?』


小さな子供の声が後ろから聞こえた。

後ろには竜しかいない。

前を歩く、父は何も聞こえていないようで、すたすたと山を降りていく。


きっと、疲れた幻聴だろう。


「…もう大丈夫!」


幻聴でも、リアンは竜に声をかける。

竜は何も反応しない。それでも、不思議と竜が笑った気がした。




家についてから、リアンは、今日は持っていかなかった竜のために準備した薬が入った袋を横目で見る。


父に竜の傷のことを話したところ、薬をつける必要はないと言われたのだ。


薬をつければ、多少は治りが早くなるが、竜は元々の生命力が強いため、あの程度の傷でも数ヶ月もすれば、完治するそうだ。むしろ、人間用の塗薬を竜につけるんじゃないと怒られてしまった。


薬の中でも1番高い高級なやつを塗ったのは父に内緒である。



デュークとリアンは、以前と同じく、狩りと竜の世話で日々を過ごしていた。

以前と違うことは、デュークはリアンを1人にはせず、必ず2人で世話をする事とリアンも必要以上に竜には近づかなかった。


そんな日々が1ヶ月立ち、すっかり梅雨の時期を迎えた頃、父の言う通り、竜の傷はすっかりと消え失せていた。


「グキャ!ギャ!」


「わっ!うわっとっと!」


元気を取り戻した竜は、突然、立ち上がり、ゆっくりと歩き始めた。突然の竜の行動に、リアンは父の下まで駆け寄り、デュークは竜から守るようにリアンの前に立った。


立ち上がった竜は、リアンとデュークを見つめる。2人に緊張が走るが、しばらくしても、見つめ続けるだけで、何もしてこなかった。


(…元気になったんだ。このまま、家に帰るぞ。)


父の提案に、リアンはこくりと頷く。竜が元気になったのなら、1人で狩りもできるだろう。そのまま元の巣へ戻ることも考えられる。

2人はそのまま、ゆっくりと後ろ向きに歩き出すのだった。




「…ねぇ、どうするの?」


山を降り始めてしばらくしてから、リアンは父の腰にしがみつきながら心配した。デュークは、腰に引っ付くリアンをそのままにしながら、後ろを振り向く。


そこには、元気になったばかりの竜がいた。


2人から8メートル程離れてはいるが、明らかに先程から付いてきてしまっていた。


(…餌、やりすぎたかなぁ。)


デュークは頭を掻きながら、溜息をつく。

竜が何を考えているかはわからないが、このまま家まで一緒なのは、不味いだろう。


「…おい、乗れ。」


デュークは、腰にしがみ付くリアンの手をほどき、背に乗るように促す。すぐにリアンの手がするりと首に巻き付き、子供の重みを背に感じた。


デュークはリアンを背負いながら、そのまま山を一気に駆け降りた。

いつもの道ではなく、右往左往に道を外れ、兎のように竜から逃げる。


1時間くらいは、走っただろうか。デュークの限界はもう、とっくに超えており、これ以上走れないとばかりの過呼吸と足の痛みで、木の下に隠れるように休んでいた。


リアンは木の下から出て、周りを確認するが、竜の姿はもう見えなかった。


デュークが逃げ始めたとき、それでも竜はしばらく、2人を追っていたが、どうやら途中で諦めたらしい。


「…もう、諦めたみたい。」


リアンは、父に自分の水筒も渡す。遠慮なく受け取った父は、水筒の水を勢いよく飲み始めた。


「…はぁ、はぁ。…そうか…俺は一生分走った気がするよ。」


リアンは、父の呼吸と足が回復するのを待つしかない。今日は、狩りの収穫は無さそうだと、夕食のことが頭を横切った。




リアンとデュークが家に着いたのは、日が山に沈み辺りが真っ暗になったのと同時だった。家に帰れたことに2人は、ほっとする。


リアンはいつもより帰りが遅くなってしまったため、お腹を空かせているだろうダトラのご飯のために鳥小屋に急ぐ。

デュークは夕飯の準備をし始めた。今日の収穫はなかったため、干し肉を使う。去年と比べて、すっかり減ってしまった干し肉にデュークは眉間にシワを寄せる。

最近は竜の世話ばかりで、本来やるべきはずの狩りの回数が減ってしまっていた。狩った動物を竜にあげてしまっていたため、自分たちの肉をあまり確保してこなかったのだ。


(明日から、頑張らねぇとな。)


竜の世話をする必要はもうない。去年と同じ、いつもの生活が始まるのだ。デュークは気持ちを切り替えるように、料理に目を戻した。



一方で、リアンは鳥小屋でダトラに餌をやりながら、ぼーっとしていた。


(…明日からどうするんだろう。)


傷ついた竜を見つけて、世話をし始めてから、2ヶ月も経っており、リアンにとって、竜のいる生活が当たり前のように変わりつつあった。

最初、竜が2人を追いかけてきたとき、リアンは少し嬉しかった。あんな事があっても、このままずっと居ればいいのにと思っていたのだ。


(…ちょっと、寂しい。)


すっかりリアンは竜に情を移してしまっていた。


突然、ダトラの一声がリアンを現実に戻す。

どうやら、次の餌を渡してこないことにお怒りのようだ。


「ごめん!ごめん!」


リアンはダトラに急いで餌を渡しながも、竜のことが頭から離れなかった。



リアンとデュークの夕飯を囲みながらの話題は、竜のことと明日の狩りのことだった。

竜を見つけても餌をやらないこと。

明日の狩りは、早朝からいつもより長めに行うこと。

父の気合いの入り用を見て、リアンは気持ちを新たにする。


(…明日から、しっかりしなくちゃ!)


2人は、明日のために早めに就寝についた。




2人がすっかり夢の中に落ちているときに事は起きた。


ドスンっと何かが倒れた音、少し揺れる家。そして、暴れるようなダトラの鳴き声と羽音。


デュークとリアンは飛び起きる。山賊の可能性を考えて、デュークはナイフを取り、リアンは弓を構えたまま動く。


リアンは見たことがないが、『恵の山』にもごく稀に山賊が居ることがある。山賊にとって、狙い目である商人が通るような道がないが、霧隠や休息のために山に入るのだ。

そんな時は父と村人が協力して、追い出すのだが、今は父とリアンしかいない。


リアンは、心臓の鼓動を抑えるように、強く弓を握った。


デュークの後ろに隠れるように家を出たリアンの目に映ったのは、夜に紛れてしまうような、黒い竜だった。

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