5話 傷ついた竜2
兎を持ったリアンとナイフに手をかけたままのデュークは、ゆっくりと竜に近づいていた。
竜との距離が15メートル程になると、寝ていた首を上げて、竜はまた威嚇を始める。
竜の鋭い牙を見るだけで、リアンとデュークに緊張が走るが、それでも一歩一歩、ゆっくりと竜に近づいていった。
ついに、竜との距離が3メートル程になると、竜はリアンに爪を振るおうと翼を動かす。デュークのナイフにかける手に力が入ったが、竜は力尽きているためか、翼を少し震わせただけだった。
リアンはこれ以上、近づけないと悟り、兎を竜の口目掛けて投げるも、竜は兎をちらりとも見ず、常にリアンとデュークに対して威嚇し続けていた。
2人はゆっくりと、また竜から遠ざかる。
15メートル程、遠ざかったところで、竜はやっと兎に目を向けるようになった。
匂いを嗅ぐ仕草をした後、安全だと思ったのか、一口で兎を平らげてしまった。
食欲はある竜の姿を見て、リアンはほっと息を吐いた。怪我を治す必要はあるが、一先ずは竜に食べ物を与えた方が良いだろう。
日はまだ高く、狩りをする時間は十分にあった。
2人は一先ず、竜から離れ、雄鹿を1匹と兎を2羽を狩ってから、竜のところに戻ると、前と同じように餌を与えた。
竜はまだ、リアンたちに対して、威嚇を続けているが、餌を与えてから食べ始める距離は短くなりつつあった。
日が沈み始めると、さすがにリアンもデュークも家に帰る必要がある。野宿するための用意もされていないし、春先の熊がいる森では危険だろう。
デュークは最後に与えた餌である兎を食べている黒い竜を心配げに見つめているリアンの姿を見て、励ます。
「…あれだけ、食べたんだ、大丈夫だろう。まだ、動けないだろうが、生き物の王だからな、他の動物にやられてしまうことはないだろうよ。」
父の言葉にリアンも同意する。確かに、最初に会った時より、竜の目は虚ではなく、今すぐに死んでしまうような儚さはなくなったように思える。
親子は、竜を後にして、日が沈まない内に帰路についた。
家に帰ると、今まで張り詰めていた緊張の糸が切れたのか、どさりっとリアンは膝から崩れ落ちた。
「…はぁ…すごかったよ!竜なんて、私初めてみた‼︎」
座り込むリアンの頭にぽんっと、父は手を乗せる。
「…まあ、普通の一般人が見れる生き物じゃないなぁ。特に野生の竜なんて、専門家でも見れないな。」
希少な体験をした2人は、今日の出来事について、しばらく話し込んでいた。
話し込んでいると、日はすっかり沈み、辺りは暗闇に包まれてしまっていた。本来であったら、もう夕飯を食べ始めている時間である。
「…あ⁈もう、こんな時間⁈私、ダトラに餌あげてくるから、お父さんはもう、夕飯の準備しといて!」
外に気づいたリアンは急いで、物置小屋の隣にある鳥小屋に駆けって行く。デュークもそんなリアンを横目で見ながら、夕飯の準備をする前に荷物を片付けはじめた。
荷物を片付け始めて、デュークは今日、本来の目的を思い出した。
(…あ⁈イヌワシ探し、やってねぇな。)
デュークが忘れていたように、リアンも竜の騒ぎで忘れてしまっているのだろう。思いださせてやるのは、簡単だが、デュークとしてはリアンに鷹匠を教えてやる気はあまりないため、有耶無耶にしてしまいたかった。
(…言わねえでいいよな。)
リアンに言われたら、デュークも忘れていたフリをしようと一人で決意を固めているのだった。
父が食事の準備をしているとき、リアンは鳥小屋でダトラに餌を与えていた。
ダトラの翼、爪を見るたびにリアンは、竜の傷ついた体を思い出していた。
今日、餌を与えたとしても、自然回復するためには長い時間が必要な上、限界もあるだろう。
(…明日から、薬を持っていってみようかな。)
未だ、警戒が解けていない竜に触れることはできないことはわかってはいるが、リアンは念のために薬の準備を始めることにした。
次の日も、リアンとデュークは竜が倒れている場所まで山を登った。
竜は昨日と変わらず、そこにいた。
休んだのだろうが、たった1日だけでは傷ついた体に変化はなかった。
昨日のように、竜はリアンとデュークが近づくと威嚇するが、2人は来る途中に狩ってきた兎や鹿を竜に向かって投げてやる。
そんな日々が1週間ほど経つと、竜はリアンとデュークが目線に入っても、観察している様子はあるが、威嚇することはなくなっていた。
2週間もすれば、竜はすっかり2人に慣れたようで、近づいても、ちらりと見ては、また寝入ってしまうほどだった。
リアンはすっかり距離が近くなった竜をじっと見つめていた。リアンとデュークも竜に慣れ始め、2日ほど前から、竜に会うときは常に一緒ではなく、別行動することもあった。
今日は朝から竜に餌をやった後、父は自分達の分の肉を狩りに行った。リアンも一緒に来るように言われたが、竜の様子を見たかったため、父とは別行動をとっていた。
リアンが頭上を見ると、木の枝に留まったイヌワシのダトラがどこか遠くを見ていた。別行動するときは必ず、父はダトラを私の近くに置いておく。何かあれば、知らせてくれるようだが、本当だろうか。
リアンは頭上にいるダトラから視線を落とし、木の下に放り出された袋をみる。
袋の中は、今まで準備していたが1度も使われていない薬が入っていた。
竜は、立ち上がることができるほど元気になってきたが、未だ歩くことはままならず、羽ばたいている様子を見ることはなかった。
(…今だったら、治してあげられるかな?)
リアンは、横で安心したように寝ている竜をもう一度、見つめた。