4話 傷ついた竜
「竜」、それは食物連鎖の頂点に立つとされる動物である。未だ、その生態は謎につつまれている。
竜の骨や鱗は、非常に硬く、そして、美しいことから、竜は死んでいても一生遊べる金を手にすることができるとまで、言われている。
リアンやデュークがいる村は、ヴェストリア王国の統治下であるカーナッシュ村である。
ヴェストリア王国は、竜をシンボルとしており、紋章にも2匹の竜が刻まれている。
当然、シンボルである竜は国の財産であり、野生の竜の発見報告だけでも賞金が貰えるほど、非常に重宝されている。
しかし、生息地域は不明であり、その希少性、凶暴性、警戒性から一般の人間では、生きている竜の捕獲は当然ながら、発見すら不可能とまで言われている。
そんな幻の生物である竜から、デュークとリアンは目を晒せないでいた。
リアンはもっと近くで見ようと、父に掴まれた腕をさらりと抜き、声を潜めてゆっくりと近づいていく。
竜と熊が威嚇しあっているのを確認しながら、リアンは2匹の死角に入り込むように身を屈めながら、近づいた。
20メートル程まで近づいて、リアンは竜が満身創痍であることに気がついた。
竜の口からは、真っ赤な血が垂れており、足は切り傷だらけで、立ち上がりたくとも、足の痛みで立てないのが見てとれた。翼も傷だらけであり、見ただけで飛べないことがわかる程である。
そこをきっと、冬籠から起きたばかりで、お腹の空いている熊に狙われているのだろう。
熊は竜に対して、鋭い牙を見せながら、近づこうとする。竜はそんな熊に対して、血だらけの翼の先に付いている鋭い爪を振りかぶることで、近づかせないようにしていた。
そんな拮抗状態も、次第に終わりが近づいていた。
熊を牽制してた竜の爪が、動かなくなりつつあったからだ。
ついには、爪は、震えるだけで振り上げることすらできなくなるほどに、竜は衰弱していた。
力尽きつつある竜を待っていたとばかりに熊は牙を剥き、二本足で立ち上がり襲い掛かろうとする。
その瞬間、熊の左目に矢が刺さった。
「グガァ‼︎」
熊は、あまりの痛みに鳴きながら、森の奥へと消えていった。
リアンは弓を構えた左手と先程まで矢を掴んでいた右手を降しながら、反省していた。
先程まで弱々しかったはずの竜は、素早い動きで、リアンへと首を向ける。
今まで、対峙していた熊が消えたのだ。竜からしたら、今度の獲物は弱そうなリアンである。
竜の血走った目とリアンの緑眼が合わさると、リアンの体全体が震えだすのがわかった。
圧倒的強者である生物に本能的に体が死を感じ取っているのだろう。
突然、リアンの右手首が掴まれた。
掴まれた衝撃で、リアンの意識が現実に戻され、父であるデュークが青い顔をしながら隣に立っているのを、やっと認識する。
しかし、時すでに遅し、血だらけの竜は親子の姿を見て、威嚇であろう声を上げる。
「ギャァァァアアァガ‼︎」
最初に聞いた音は、竜の威嚇した声だったのだろう。リアンはあまりの恐ろしさに、父の腕を掴む。デュークは咄嗟に腰に刺したナイフを抜き、リアンを守るように竜と対峙した。
竜との距離が20メートルあるといっても、一瞬にして人間である2人は追い詰められて、腹の中だろう。親子2人は死を覚悟した。
竜が親子に向けて、歩き出そうとした瞬間、竜の足から血が吹き出し、竜は倒れ伏した。
「グキャ‼︎…ギャガァギィィ…」
痛みに耐えているのだろうか、竜はしばらく鳴くこともなく、洗い鼻息の音だけがリアンの耳に入っていた。
今にも、死に絶えそうな竜をみて、リアンは父の腕を離し、ゆっくりと竜に近づく。
小さな声で、近づくのを止める父の声が耳に聞こえたような気がしたが、リアンの足は止まらなかった。
竜との距離が18メートル、15メートル、8メートルと近づいていく。竜との距離が5メートル程になったところで、リアンと竜の目がもう一度合う。
「ガギャァ!グルゥゥゥゥ…」
竜はリアンに対して、牙を剥き、喉を震わせて、威嚇する。竜はもう力尽きて、威嚇することしかできなくなっていた。
そんな竜の姿を見て、リアンの体の震えは止まっていた。
リアンはゆっくりと竜から離れる。父がいるところまで、離れると竜は威嚇を辞めて、首を横に倒し、眠ろうとしているのが見えた。
竜から目を離さないリアンをデュークは小突く。
(なにやってる⁈このバカ娘が‼︎いいから離れるぞ‼︎)
(…お父さん!さっき狩ったばかりの兎がいたよね?)
リアンは父の背負ったバックを勝手に開けて、登る途中に狩った兎を取り出す。
デュークは娘の行動に嫌な予感がして、取り出した兎を取り上げる。
(…何に使うつもりだ?)
(…あの竜を助けるの。返してよ。)
予想通りの答えにデュークは顔が引きつる。
(あいつが元気になったら、次の餌は俺たちだぞ⁈)
(…そしたら、全力で逃げるよ。私、あの竜を助けてあげたい!)
デュークを泣きそうな緑眼が見上げる。デュークにとって、妻と同じ色をした娘の目に見つめられるのは苦手だった。
デュークは頭を掻く。リアンは流されやすいが、一度決めたら頑固なところがある。
特に今回は、決して折れないだろう。
(…はぁぁぁ。わかった…いいだろう。俺も一緒に行こう。だが、お前が危険だと判断したら、すぐに引くからな?)
こうなる事がわかっていたようで、リアンはにやりと笑った。