ミールの道
ブランクに蹴り飛ばされた私が立てる様になった頃には既に日が沈んでいた。
未だに股関節に痛みを感じるもののそれ程ひどい痛みではない。
腰が抜けて動けなかったのだ、私はアルスが魔物に薙ぎ払われるのを見てることしか出来なかった、
ブランクが脚を噛みつかれ引きずられていくのを見てることしかできなかった、
思い出すと体の震えが酷くなるものの私はもうとにかく街に帰りたかった、
家に帰って両親に謝り、命の危険が無ければ何でも良いから恐怖のない様に生きていきたいと思い汚れたロープの裾で目を拭うそこで私は足がガタガタ震えるのを感じながら独り言を漏らしてしまう
「街…どっちだっけ…」
私は混乱した頭で周りをキョロキョロ見渡す呼吸が早くなるのを感じ、突如吐き気に襲われその場で嘔吐する。
少なくとも年頃の少女が出す様な声ではない事を放ちながら地面に吐き捨てる。
「あ、」左だけ草や枝が折れ、地面の草が踏まれ道が出来ている事に気がつき私はブランクと言う何処か変な少年に感謝しながらその道を進む疲れた体で体が重いのを少しでも楽にする為にもう殆ど物の入っていないバッグパックを捨てる、
軽くなった体でとにかく森を出る事に専念して急ぎ足で左側のみ草や枝が折れた道を歩き続ける。
どれだけ歩いたか分からないが森を抜けた事に気がついた少し落ち着いたのか喉が渇いていることに気がつき腰にかけている水筒に手を伸ばし飲む。
しかし水は一滴も出てこない。
宙に浮かせた日に近づけてみると底が欠けて穴が開いている事に気がつき「最悪…」と独り言を漏らしている事に気がつがずに指先から魔法で水を出して飲もうと指を加えるも水は数滴出たかどうかで出なくなってしまう。
「えっ?」宙に浮かせた火も近づかせなければ物がよく見えない程に小さく弱々しくなっている事に気がつき血の気がひいているのを感じる。
「魔力切れ?嘘でしょ?」
私は魔力が切れたことが無かった、と言うよりそれ程魔力を使う事が無かったのだ。
暖を取るには火を薪につければそれで事足りる、水も1日飲む量程度は余裕で出せたので家族の分も水を出してもまだ余裕がある程度に魔力量が多いはずだった。
それもあり魔法士としてギルドで生計を立てられかもしれないと少しだけ思っていた。
しかし今水が出ない、火も小さく今にも消えてしまいそうである。
私はその場にへたり込むと火を消して怖いが寝てしまおうと思いローブで体を包み込む。
目を瞑るも全く眠れない、言い表せない恐怖に身を震わせて小さな音で驚きそっちを警戒する、そんな事をやっていると微かに暗闇の中で物が見えてる事に気がついた。
「あれ?見えにくいけど…少し見える…歩こう」
私は微かに見える視界を頼りに街に向かって歩く、時折しゃがんで地面についた3人分の足跡を確認して歩く、頭痛が酷く意識が朦朧として足元の石に転んでしまうと右腕にヌルッとした感触を覚える顔を近づけて右腕を見るとそこには小さなぬかるみがあった、私はぬかるみの中を探ると何やら柔らかい物を掴み引き摺り出す
「これ…カエル」
私はカエルの口を自分の口の上に持っていきカエルのお腹を親指で押す。
すると多くはない物のカエルが水を吐き私は水分を取ることが出来た、カエルをその場から逃すとブランクの行動を思い出し私はローブを脱ぐ。
ぬかるみの泥をローブで包むと口の上持ってきて絞る、ポタポタと泥水が口の中に入って来て美味しくはないが何より喉が潤う感触に安心を覚える。
泥を捨てて酷く汚れたローブを羽織ると微かに見える足跡を頼りに私は歩き出す。
しばらくして日が上り物がよく見える様になったが特に変わりなく私は必死に歩き続ける。
泥水やぬかるみから水分を取り歩く、
私はもう水の為に魔力を使う気が無かった、
夜に火が必要で魔物が出て来た時、ワンドしか持ってない私は魔力で戦うしか手がないのだ。
もちろん命を賭けた戦いなどしたくは無いが魔物が襲ってこない確証などどこにも無い、街に近づいて魔物などがいる事はまず無いと思うがそれでも絶対に居ないなどとは考えられなかった。
なぜなら街から1日歩いた所の森にあれ程強い魔物がいたのだ、私は空腹を我慢して歩き続ける流石にブランクの様に虫やネズミを生で食べる事は真似できそうに無かった。
私は街の門が見えて来たらもう必死に駆け足で門に向かい、門番にドッグタグを見せると街に入り鎧やワンダを売り、ギルドに向かう。
救助依頼を出す為だ、ギルドの門を開けて受付に急いで詰め寄る。
「お願い!二人を助けて!」
私は自分のドッグタグと先程、装備を売って作った金を受付の机に叩きつける様に置く。
「まず事情を聞くので応接室に行きましょうか」
茶髪で三つ編みをした青い目の受付嬢はそう言って私を応接室に案内した。
私は今回の詳細を話した、青色の魔物に襲われた事アルスが森の何処かに走って逃げた事、ブランクが魔物に連れて行かれた事。
「特徴を聞いた感じグリスグリズリーね」
受付嬢はなんて事ない様子で私に言ってくる、初めて聞く名前だ、きっと魔物の名前なのだろうあれだけ強いのに大丈夫なのだろうかと思い依頼を出せるか聞いてみる事にした。
「あ、あの!依頼は、2人は助かるんでしょうか!」
そういうと少し困った様に受付嬢は言葉を紡ぐ
「依頼は出せるわ、ただ…遺品捜索の依頼になるけど」
私は青ざめる、それはギルドが2人は既に死んでいると言われた様に感じたからだ。
「遺品…2人は…2人はまだ生きてます!」
そう大きな声で詰め寄ると変わらず困った様に言ってくる。
「まず、ギルドの依頼で救助依頼は自然災害や街の中の森や山での遭難であれば救助依頼として出せるのだけど今回のケースは『街の外』でなおかつ『魔物に襲われている』って事みたいだからギルドとしては死んでるとして扱う規則なの…ごめんなさい」
そう言って頭を下げてくる受付嬢に頭が冷えるのを感じて謝る。
「い、いえ…こちらこそごめんなさい」
そういうと受付嬢は私の背中を摩りながら言ってくる。
「依頼は出しておくから、今日は家に帰って休みなさい?」
それに「はい」とだけ答えて家に帰る事にした、ちゃんと謝れば家族はきっと許してくれるはずと思いながら。
私は建物と建物の間の日陰でローブに包まり眠っていた、私は家族に許してもらう事が出来なかった。
家に帰ると兄には怒鳴られ父には殴られてもう2度と顔を見せるなと言われた。
私が持ち出したお金は国に納める税金であったようで払えなくなった結果母が身売りをしたのだ、今頃どこかで魔道具の一部になっているだろうと私を睨みながら兄が言った事にショックを受けた、私は、私が母を殺した様な物なのだ。
私は泣きながらローブにを纏い眠る、街には井戸があるので其処から水と取って飲むとギルドに向かい2人が見つかったか聞きに行き建物の間で眠る生活を5日続けたが空腹が耐えられない程になってしまった、私はゴミを漁ると食べれそうな物を食べ、お腹を壊して衰弱していったがそれでも水が自由に飲める事もあり死ぬほどの事はなかった。
ある日日陰で寝ていると足元にネズミがいる事に気がついた、私は手で強く掴むとネズミの頭を摘む様に待ち尻尾を引っ張ってネズミの首の関節を外す、
何となくブランクがそうしていた気がしたのだ。
ネズミの口に指を入れて上下に引き裂くと内臓は避けるが骨ごと肉を口に入れる、バリバリと言う音を立てながら口の中に血の味が広がり微かに肉の甘味を感じた。
「美味しい」私はポツリと呟くと涙が溢れて来てボロボロで汚れたローブで目を拭う。
私が依頼を出してから一月と少しが経った頃にギルドに行くと遺品が見つかったと言う。
ガリガリに痩せ細り肋骨などが多数折れていたアルスの腐敗が進んだ死体と革鎧とドッグタグだドッグタグが確かにアルスの物だと物語っている。
名前 アルス
適正魔法 火
固有特性 鉱石把握
私はそれを掴み涙を流した見つかったのはこれだけかと思い受付嬢を見上げると困った様に言ってくる
「実は他にも変な物が見つかってるの…このアルス君みたいに綺麗じゃないから裏にあるんだけど…」
今日の、ギルドはひどい匂いが立ち込めているが周りの人たちは特に気にした様子がない。
私は頷くと受付嬢の後について行く
其処にあったのは頭の無い全身の骨が複雑に折れて胸に穴が空いた腐乱したいだった魔物に魔石を喰われたのかと思ったがどうやら様子が変だ、それは胸から背中にかけて綺麗に穴が開いているのだ、私は不思議に思い聞いてみる事にする。
「あ、あの…魔物に魔石を喰われるとこんな風に穴が開くのでしょうか?」
すると受付嬢は何かを考えてる様子を見せながら答えてくる。
「いいえ?普通はこんなに綺麗に穴は開かないわ、それに片側だけ穴が開くはず、これじゃあまるで…」
最後の言葉は聞き取れなかったがこれが普通では無い事は分かった。
「それと近くにこのドッグタグが、この死体は一体誰の死体なのかしらね」
受け取ったドッグタグは名前も適正魔法も固有特性も何も刻まれていない、ただの楕円形の板だった。
私はアルスの死体を背負いアルスの家に行くと覚悟はしていたが思いっきり殴られた。
アルスの父親は黙って家の横に穴を掘り、アルスの母親は泣きながらアルスの腹を裂き、横隔膜を裂き心臓を引き摺り出すとその中から手で握ると全部隠れてしまう程度の大きさの魔石を取り出すと大切そうに握りしてる。
私はアルスの家族に睨みつけられながら黙って去った。
あれから3年が経った、私はギルドで依頼を受けてる人に荷物持ちとして同行させてもらい少しのお金を受け取り暇を見つけては色々な稽古をつけてもらった、私は色々と思い違いをしていた事を学んだ。
まず3年前の私のドッグタグはこれだ。
名前 ミール
適正魔法 水
固有特性 裁量把握
今の私のタグはこうなっている。
名前 ミール
適正魔法 風
固有特性 裁量把握
後天技能 毒耐性、夜視
私は受付嬢に指摘されて適正魔法が水ではなく風である事に気がつき荷物持ちとして同行してるときに同業者から後天技能がある事を指摘された。
まず泥水や糞から水を飲むのは普通では無い様で、
ネズミを生で食べるのは、もちろんのこと昆虫を食べるのも普通では無い様だ。
しかし私はお金の節約の為もあり食料などはその場で調達して食べていたらお腹を壊したり頭痛や吐き気、目眩に襲われる事がなくなった。
私は色々な人から武器の使い方を教えてもらえたが剣など近距離で戦うのは怖くて出来なかった、最初に成れるかもと思っていた魔法士は私の魔力量は普通より少し多い程度で魔法で戦うには少なすぎた。
緊急様に短剣を使う事もあるが私は赤毛の男に教えてもらった弓が性に合っていた、私は固有特性のおかげで距離が正確に測れる、それに風魔法に適正があるおかげである程度矢の軌道を変えたり飛距離を伸ばしたりする事が出来た。
赤毛の男には『器用だなお前…』と恨めしそうに言われたが私はその男に感謝している。
言葉遣いは荒く一見怖く見えたが意外と世話焼きで弓の使い方から作り方、矢の作り方など色々な事を教えてもらった。
男曰く『弓ってのは売ってる上等な物なんかよりな、テメェで作ったテメェの体にあった弓の方がいいんだよ』
と言っていたので私は頑張って弓を作っては使い、壊してまた作るを繰り返していたら木目に合わせて作るなど売ってる物よりも素晴らしいと感じる様な弓を作る事が出来る様になった。
私は胸にサラシを巻いて革鎧に短剣を二つ携えて矢筒を腰にかけた状態でボロボロのローブを羽織り、弓を背負って髪の毛を上にまとめて私のドッグタグと何も書かれていないドッグタグを首から掛けると
いつものようにギルドへ向かった。
結局、ブランクが何者だったのかは分からないが
私は今日も依頼を受ける。