07.侍女クレアの後悔。
***前回のあらすじ***
フェリが屋敷を飛び出した事を知ったフェリの家に仕える者が、フェリを取り戻しにやってきた。必死に抵抗をするリクだったが、まだ10歳のリクにはどうすることも出来なかった。気を失わされたリクが目を覚ました時、フェリの姿はもうどこにも見えなくなっていた。
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フェリとフェリの侍女視点です。
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※文字数2270字です(空白・改行含みません)
「……さぁ。お嬢様?」
侍女のクレアに促され、私はこくりと頷いた。4頭立ての立派な馬車に、従者のジョセフの手を借りて乗る。
馬車が走り出す。ガラガラと音を立てて走る馬車は、屋敷を抜けて広い森の見える街道を走っていく。リクと出会ったあの花畑がある森だ。
この先で、道は二つに別れ、王都に向かう道は森から離れていく。もう少しで、私の大好きなこの森も、見えなくなってしまう。
私は、この森を目に焼き付けようと、窓の外を食い入る様に見つめていた。
***
私の名前は、フェリーシャ=エンドール。エンドール辺境伯家の娘だ。
私はずっと一人ぼっちだった。お父様はお仕事ばかりで家には殆どお帰りにならない。お母様も夜会だお茶会だと出かけて行って、私が近づくことを許しては下さらない。10歳年上のドミニクお兄様は、私の事がお嫌い。まるで汚いものを見るかのように私を見た。
お誕生日にすら、祝って貰った事など無い。なおざりにドレスや靴、首飾りや髪飾りを贈って下さるだけ。私の世話は侍女のクレアに任せっきり。
今日だって、お見送りにすら出ては頂けなかった。出がけに掛けられた言葉は、「恥をかかすなよ」とそれだけ。
私は王子様に嫁ぐためだけの道具でしか無い。王子様との婚約が決まった今、この屋敷に、もう私は要らない。
あの日、私を森へと誘ってくれたのは、侍女のクレアだった。私はそれまで屋敷から外に出た事が無かったから。初めて見る森は、何もかも珍しくて、私は蝶々を追いかけてつい馬車から離れてしまった。蝶々が向かったその先に、あのお花畑があった。振り返った先にクレアの姿は無くて、後からお茶の準備をしている間に私が居なくなってしまって、皆とても心配をして探し回ってくれていたのだと聞いた。
私は、あのお花畑でリクに会った。リクとの時間だけが、私にとって全てだった。だけど──。
── もう、会えない。
***
お可哀想な、お嬢様……。
私は凍り付いたような表情のまま、静かに涙を流すお嬢様の横顔に、胸が張り裂けそうだった。その表情はまだ8つのお子様とは思えない、妙に大人びた顔だった。寂しくても、悲しくても、つんっと顔を上げて虚勢を張っていらしたお嬢様が、こんなお顔をなさるなんて。余りにも痛ましいお姿に、私は罪悪感に苛まれ、お声をお掛けする事さえ出来ない。
良かれと思って私がした事は、間違いだったのかもしれない。あの森へ、お嬢様をお連れしたのは、間違っていたのかもしれない。
あの日は、お嬢様の8歳のお誕生日だった。相変わらず旦那様も奥様もご不在で、立派な贈り物が屋敷に届けられた。お食事を終え、階段を上がりかけたお嬢様にお声を掛けると、お嬢様は静かな表情で仰られたのだ。
「どうせ店の者が適当に選んだ適当な品よ。私がそれを身に着けようが身に付けまいがお父様もお母様もお気になさらないわ。適当にクローゼットにでもしまっておいてちょうだい。クレア。お父様やお母様やお兄様が私の事などどうでも良いように、私もお父様達の事はどうでも良いの」
これが、たった8つの少女の言うセリフだろうか。
感情を露わにするでもなく、自棄を起こすでもなく、悲しむでもなく、その言い方は、本当に「どうでもいい」と思っている様な口ぶりだった。
だから、私は屋敷の者に声を掛けてお嬢様を外へお連れする計画を立てたのだ。せめて、屋敷に仕える私達だけでも、お嬢様を祝って差し上げたくて。
お嬢様は、ほんの少し目を離した隙に姿が見えなくなってしまわれた。
私達はとても慌てた。皆で手分けをし、探し回って、やっと見つけた時、お嬢様は花畑の中、平民の少年と一緒だった。
ぼさぼさとした黒髪は、顔の半分を埋めつくす様に前髪を長く伸ばし、あちこち繕いのあるよれよれの服は、一目で貧しい少年だと分かったが、お嬢様が楽しそうに笑うのを久しぶりに見た私達は、お嬢様に言われるまま、森の事は秘密にしていたのだ。
朝に馬車でお連れして、夕刻必ずお迎えに上がるから、ちゃんと花畑に戻ってくるようにと約束をして。
お嬢様は、きちんと約束を守って下さった。
一昨日の夜、旦那様はお帰りになられるなり、お嬢様のお支度を命じられた。第一王子との婚約が決まったから、王都に移る様にと。初めてお嬢様が旦那様に歯向かわれたが、旦那様は聞き入れられなかった。ずっと声を上げお部屋に籠って泣いておられたお嬢様が、屋敷を抜け出された時、私は初めて自分の失態に気づいたのだ。
お嬢様のお慰みになればと軽く考えてしまっていた。お嬢様は遅かれ早かれ、何処かのご子息の元に嫁がれるのは生まれた時から決まっていたのだ。
いずれこの地を離れることは、判っていたはずなのに。
……お止めするべきだった。お嬢様は、私達が思っていたよりもずっと、愛情に飢えていらしたのだ。ほんの少し一緒に遊んだだけの、見ず知らずの貧しい平民の少年に、此処まで執心してしまうくらいには。
連れ戻されたお嬢様は、心がすっかり抜け落ちてしまわれたかのようなお顔をなさっていた。それから、一言も口をお利きにならない。
あの日、森になど、連れて行かなければ良かった。あの日、目を離さなければ良かった。あの少年に、会わせなければ良かった。
そうすれば、お嬢様がこんなに苦しむ事は、無かったのに。
私は、深く後悔をしていた。
***
道が、二つに分かれる。森が、遠ざかっていく。リクが、離れていく。私は馬車から身を乗り出し、森が見えなくなるまで、ずっと見送った。
「さようなら……。リク……」
私の瞳から零れ落ちた涙が、風に飛ばされ、森に縋る様に流れて消えた。
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