02.二人だけの秘密。
***前回のあらすじ***
リクは生まれて直ぐに森に捨てられた孤児だった。リクを拾い育ててくれた老人も、5か月前に他界し、リクは一人で森の中の小屋で暮らしていた。ある日薬草を採取しに向かった花畑で、妖精の様な女の子、フェリに出会う。夕方になり、迎えが来てフェリが帰ってしまうと、リクは無性に寂しい気持ちになるのだった。
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※文字数1949字です(空白・改行含みません)
僕は、一人で小屋へと戻っていった。ほんの少しの時間、一緒に話をしただけなのに、何故僕はこんなに寂しいんだろう。いつもと同じ食事も、何だか美味しく感じられなかった。
翌日、いつもは夢中になれる蔓草の籠を作るのも、薬草を作るのも、僕はちっともやる気が出なかった。無性に昨日フェリに会った花畑に行きたくて、昨日のスープの残りを少し口にして、お昼のお弁当用のパンを持って、早足で花畑へと向かった。もう、会えないと分かっているのに。
花畑の、昨日の場所。
フェリは、居なかった。判っていたはずなのに、妙にがっかりした。僕は薬草を探す気持ちにもなれなくて、昨日フェリが座っていたあたりに腰を下ろした。
──これは、ヨモギ。こっちは、ハコベ。これはたんぽぽ。こっちのはオウレン。ハハコグサ。それから──。
考えるだけで、涙が出そうになった。何故こんなに悲しいんだろう。昨日、フェリに教えた花や薬草の名前を、1つ1つ、思い浮かべてみる。浮かべているのは花の名前なのに、浮かんでくるのはフェリの顔ばかりだった。涙をいっぱいためた顔。つんっとそっぽを向いて拗ねた顔。ぷぅっと頬を膨らませたふくれっ面に、きらきらの笑顔。
僕にとっては、普通の事なのに、楽しそうに笑って、驚いたように目を輝かせて、フェリの周りだけ、景色がキラキラ鮮やかに見えた。
──逢いたいな。もう一度だけでも、良いから。フェリの、顔が見たかった。
ぼんやりしていて気づかなかった。どんっと誰かが僕の背中に抱きついた。僕は飛び上がりそうな程驚いて、慌てて後ろを振り向いた。だって、僕に抱きつく人なんて、今まで誰も居なかったから。
ふわっと甘い香りがした。僕のすぐ目の前に、あんなに会いたかったフェリの顔があった。少し息を切らせ、頬を上気させて、悪戯っ子の様な顔で笑っている。
「うふふふふっ。御機嫌よう、リク。やっと見つけたわ! 探しちゃったじゃないの! ああ、疲れたわ!」
してやったりという顔で、ふふんと澄ましてフェリは僕の隣にふわりと腰を下ろした。淡い黄色のドレスワンピースが、たんぽぽみたいだ。僕は夢でも見ているんじゃないかととても驚いていた。
「え、フェリ?! なんで?!」
「……あら。リクは私に会いたくは無かったの?」
フェリが怒ったように唇を尖らせる。赤い小さな唇はぷくっとしていて、さくらんぼみたい。なんて可愛いんだろう。
「まさか!!会いたかったよ、会いたかったけど、でもどうして?」
「決まっているではないの。リクに会いに来たのよ」
ふふりと誇らしげに笑うフェリに、僕は胸がどきどきした。フェリが、僕に会いに来てくれた。フェリも僕に会いたいと思ってくれていた? 僕を探しに来てくれた? 森はとても広くて、村の人でも迷うのに。僕は、泣きたいくらいに嬉しかった。
***
それから、僕はフェリを色々なところへ連れて行った。綺麗な泉や、お魚が沢山いる川や、可愛いリスや野ウサギを見に行った。一緒にお弁当のパンを食べた。昨日見つけた木苺が沢山なっている繁みにも、案内をした。僕だけが知っている秘密の場所を、フェリだけには教えたくなった。
フェリは、泉を見れば靴を放り投げて足を水に浸してははしゃぎ、お魚の居る川でお魚を見つければ落ちそうな程に身を乗り出し、リスやうさぎを見つけては、脅かさない様にと小さくひゃぁー、っと声を上げた。木苺の実を摘んでは、とても気に入ったみたいで、幾つも口に放り込んでは、美味しい美味しいとはしゃぐ。今度ジャムを作ってあげると約束すると、飛び跳ねて喜んでくれた。
やっぱり、フェリとの時間はあっという間に過ぎてしまった。空が茜色に染まりだすと、僕達はお花畑に戻ってきた。またフェリを呼ぶ声が聞こえて来る。
「いいこと?リク。私の事は誰にも言ってはいけないわ。私とリクの秘密にするのよ」
「何故?」
「あら!だってその方が素敵でしょう? リクは秘密のお友達だもの。 だから2人だけの秘密よ。 2人だけの時間は大事な宝物だから、秘密にするの」
2人だけの秘密。それは本当にとても素敵な事に思えた。フェリがとても嬉しそうに、楽しそうに、ワクワクとした顔で言うから、僕も胸がどきどきと高鳴った。
それに、僕にとってもフェリは、とても大事な宝物だと思ったから。フェリがそうしたいというのなら、僕は誰にも言わないと約束をした。
「うふふっ。約束よ」
フェリの差し出した小指に、僕も自分の小指を絡ませる。フェリの指は、透き通りそうな程に白くて、小さくて、とても柔らかかった。
駆け出していくフェリを見送ったけれど、僕の胸は痛まなかった。早く、明日が来ればいいのに。きっとフェリは明日も会いに来てくれるだろう。そう思うと、明日がとっても待ち遠しかった。
一人きりの小屋も、もうちっとも寂しくは無かった。
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