18.大荒れのデビュタント。
***前回のあらすじ***
アメリア=マイツェンは令嬢達の間ですっかり悪評が定着していた。アメリアの言葉に内心理解をしながらも、それを受け入れることが出来ないフェリ。認めてしまえば、今まで苦労してきたことが皆意味を為さなくなるのが嫌だった。そんなある日、久しぶりにフェリの許へとやってきたセルジオ王子からアメリアの力になって欲しいと言われたフェリは、つい王子に不満をぶつけてしまう。いつも優しい笑みを絶やさなかった王子が、フェリに冷たい目を向ける。フェリと王子の歯車は、アメリアの登場により少しずつ狂いだしていった。
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※文字数3273字です(空白・改行含みません)
──あれから、セルジオ王子とはまともに話をしていない。セルジオ王子は私を避けているみたい。だからと言って、私はアメリアと親しくするのは無理だもの。今や私とアメリアはすっかり犬猿の仲で、顔を合わすと喧嘩になる。
セルジオ王子は物怖じしないあの子に夢中だ。私には割けない時間も、あの子の為なら何時間でも割いているのを知っている。周りに隠す気も無いらしい。すっかり恋人同士の様だと噂になっている。
私がどんな目で見られるのか、どんな思いをしているのか、考えもしていないんだろう。あんなに優しい人だったのに。
デビュタントの日までもう間がない。こんな気まずい状態で、婚約の発表だなんて、どんな顔をすれば良いのか分からない。私は気が重くて仕方が無かった。
***
「──それは、どういう事ですか?」
「だから、君のエスコートは出来ないと言ったんだ」
不機嫌そうにセルジオ王子がため息をつく。ため息を付きたいのはこっちの方なのだけれど。
「理由をお聞きしても? 明日のデビュタントは以前からお約束をしていた筈ですが」
「君も知っているだろう。明日の夜会には隣国の王、エドゥアルド=カーフェルト陛下が参られる。私は其方の接待があるんだ。エスコートは君の父上にでも頼んでくれ」
「……わかりました」
確かに、ご令嬢達がそんな話をしているのを聞いた気がする。そういう理由なら仕方がない。久しぶりに会いに来たと思ったらこれだ。
「君は──。ああ、いや、良い。何でもない。失礼する」
直ぐにくるりと踵を返す王子に私は声を掛けた。
「もう行かれるのですか? 久しぶりにいらしたのに。お茶でも飲んで行かれませんか?」
「仕事が残っているんだ。それに──」
王子の眼が、冷たく私を見た。あの優しかった笑みはどこにも無かった。
「私と話しても君も楽しくはないだろう? 私も特に話す事もないしな」
王子は冷たく言い放ち、さっさと部屋を出て行った。私はどすん、と身を乗り出す様にソファーへと座り込む。こんな調子じゃ、結婚しても上手くなんてやっていけない。私はどうしたら良いんだろう。
***
デビュタントの当日。私は淡い紫のドレスに身を包み、父のエスコートで城へと向かった。華やかな初々しいデザインのドレスを纏った令嬢達は、私と同じ日にデビュタントを迎える方達だ。会場はとても賑やかだった。王子の言っていた隣国の王の事で話題は持ち切りの様。
──良かった。お陰で、王子の婚約者なのに、婚約者のエスコートを受けられずにいる私に意識を向ける者は居ない。笑いものになるのは嫌だった。だって、みじめだもの。
私は父に付き添って、挨拶に回る。本当は挨拶などしないで、壁の花に徹していたかったのに、父は少しでも私の立場を誇示したいらしい。私は余計に惨めになってしまうというのに。
不意に、会場がざわついた。
視線を向けて、私は凍り付いた。
私の婚約者であるセルジオ王子が、アメリアをエスコートして入場されたのだ。
──酷い……。
私は震えが止まらなくなった。父がどういうことだと私に詰め寄る。それは私の方が聞きたいわ。隣国の王の接待をすると言っていたのに。何故私のエスコートを断って、彼女をエスコートしているの? 婚約者は、私なのに。あっちこっちから嘲笑が聞こえて来る気がした。私は顔が上げられない。
アメリアのきゃっきゃとはしゃぐ声が聞こえて来て、私は怒りと悔しさが入交り、かぁっとなったまま楽しそうに腕を絡めるセルジオ王子とアメリア様へ詰め寄った。
「殿下。アメリア=マイツェン様」
「フェリ…」
「あら、フェリ様も来てたんだ? 素敵な夜会ね!」
私に気づいて気まずそうに視線を彷徨わせる王子と、全く気にしていないアメリア。私はぎゅっと拳を握り、セルジオ王子を見上げた。悔しくて、涙が浮かんでしまう。何勝手に愛称で呼んでるのよ。馴れ馴れしくしないでよ。
「どういう事かご説明下さい……。殿下は、お忙しいからエスコートは出来ないと仰られたと記憶をしておりますが……」
「あ、それね! ほら、隣国の王様のお相手する方はいっぱいいらっしゃるじゃない? 私、今日がデビュタントで緊張していたの。おじさま、じゃないや、お父様も今日は出られないっていうし、心細くてね、セルジュにお願いしたの」
セルジオ王子が何か応える前に、うふふっと悪びれもせずに嬉しそうにアメリアが笑って割り込む。良く婚約者前にノロケられるものだ。何を考えているの、この子。心臓にきっとはりねずみみたいに針の毛でも生えているのだわ。
「アメリア様──。わたくし、以前申し上げましたよね? セルジオ様とわたくしは婚約を交わしていると。 わたくしも今宵がデビュタントです。 非常識とは思われなかったのですか……?」
私が怒りに震えて言うと、セルジオが何か言う前にアメリアがずいっと私の前に出て仁王立ちをした。
「またそれ? 貴女いっつもそればっかりよね。貴族だからああしなさいこうしなさいって。ほんっと頭硬くて嫌んなるわ。じゃあ聞くけど、フェリーシャ様、貴女セルジュの事愛してんの? 愛して無いよね。親が決めた婚約者だから恋人面してるだけでしょ? 私はセルジュを愛してんの。セルジュも私を愛してんの。何で愛し合ってんのに親が決めたってだけの相手に大事な日の相手譲んなきゃなんないわけ? 私そういう貴族のごちゃごちゃ大っ嫌いなんだよね」
────はぁ──────っ?
それが出来るなら私だってそうしていたわ。好きとか嫌いとかで何とかなるならとっくに何とかしていたわよ。私だってそんな風に生きたかった。でも出来るわけが無いじゃない。 許されるわけが無いじゃない。それを認めたら、私が今までしてきたことは何だったというの? リクと無理やり引き離されて、大声で笑う事も禁止されて、食事をするのも歩くのも、自由になんてできなかった。そんな事、認めて貰えなかった。なのに、それをそんな簡単な言葉で片付けて欲しくない。でないと、でないと────。
私が、みじめすぎるじゃないの。
「あなたね、そういう勝手な事まかり通ると思ってるの?! あなたも一応貴族でしょう! 貴族には貴族のルールがあるのと何度言えば判るのよ?! 馬鹿なの?!」
私が怒鳴ると、アメリアもいつもの様にハンっと小馬鹿にしたように息を吐き、腕を組んで首を傾け私を睨み返してくる。私とアメリアはお互い既に臨戦態勢だ。周囲が何事かと騒めいて、何人かが止めに入ろうとしていたが、私も彼女も耳に入らなくなっていた。
「だーからぁ、私はそういうの嫌なんだってば、何度も言ってんじゃん、しつっこいなぁ。貴女がそれ守りたいなら勝手にすりゃいいわよ。私の知ったこっちゃないわ。 でも私はそういうの全部面倒なの。いい加減古臭くてカビ生えてる貴族のしきたりなんて私は従う気さらっさら無いの。私は私の勝手にするわよ。貴女そういうところだよ? 頭でっかちでカリカリカリカリ文句ばっかり、口うるさいったら」
なんだとぅ────?! 私が怒鳴り返そうとすると、遮る様にセルジオ様が割って入った。
「────いい加減にしてくれ、フェリ。アメリアの言う通りだ」
「殿下……!」
「……私ももう、うんざりなんだよ。 私は私なりに君と上手くやって行こうと努力をしたつもりだよ。 君は他の令嬢と違うと思った。 上手くやっていけると思ったよ。 でも、今の君に私は何の魅力も感じないんだ。 なぁ、フェリ。私達は結婚して上手くやっていけると君は本気で思うのか?!」
「────…っ」
私は、何も言い返せなかった。私も、もうこの人とは結婚しても、上手くやってはいけないだろうと思っていたから。
「私はアメリアを愛している。彼女の先進的な考えに共感をしている。古い貴族の体制を変えたいと思っている。私はアメリアと新しいこの国を作っていきたいんだ!」
それは、つまり────。
「フェリーシャ。私は貴女とは結婚できない。したくない。 婚約は────破棄させて貰う!」
私達の口論でざわついていた会場に、セルジオの声が響き、その声で会場は水を打ったように静まり返った。
時間が、止まったかの様だった。
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