17.狂い始めた歯車。
***前回のあらすじ***
フェリの婚約者、セルジオは、絵本の中から抜け出したような、美しい王子だった。優しい王子のお陰で、フェリはリクへの気持ちを思い出に変え、セルジオとの婚約を受け入れる気持ちになっていた。だが、本格的に結婚の話が見えてきたころ、一人の少女が城へと上がる。貴族らしからぬその少女に、フェリの心はざわつくのだった。
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※ フェリ視点です。
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※文字数2292字です(空白・改行含みません)
その後、アメリアはすっかり有名人と化した。私は後宮で親しくなった伯爵令嬢のエリザベートと私の部屋でお茶を嗜みながら、お互いに愚痴を吐き出し合っていた。
「もうっ! あの方信じられませんわ──っ!」
きぃ────ッ!とエリザベート歯噛みをする。私はよしよしとエリザベートを宥めた。
「ジョエル様はわたくしの婚約者ですのに! わたくしだってまだ触れた事が無いジョエル様にべたべたとこれ見よがしにくっついて……っ! わたくしが居る前でもお構いなしですのよ?! わたくし、ジョエル様はわたくしの婚約者だとご注意申し上げたのですよ? そうしたらあの方、だから? って……! だからじゃありませんわ、いくら何でも無神経すぎますわ! あの方には婚約者に馴れ馴れしくされる者の気持ちなんて判らないのですわ、あの娘には良識というものが無いのですわ────っ!!」
「判りますわ判りますわ、よぉぉく判りましてよ、エリザベート様」
……ああ、自分がどんどん嫌な子になっていく気分だわ。悪口ってなんでこう楽しいのかしら。私もここぞとばかりにぶちまける。幸い、私のお妃教育は順調で、最近ではお客様がいらした時は女官達も席を外してくれる。思う存分ぶちまけられる。
あれからアメリアの暴走はどんどんエスカレートしていた。最近では被害者が続出している。注意をしたら倍返しされた令嬢は数知れず、婚約者や恋人が居る独身の男性に平気でべたべたと触れ、セルジオ王子にまで腕を掴んで庭を歩いていただの部屋で二人きりで会っていただの、セルジオ王子を愛称で呼んでいるだの、私の耳にも入ってきている。当然良い気分のはずが無い。最近では、セルジオ王子は滅多に私の所に来てはくれなくなった。会いに行っても良いかと伺いを立てても、忙しいの一点張り。あの子と会う時間は作っているというのに。
あの子が来てから、私とセルジオ王子の歯車は狂いだした。
***
久しぶりに、セルジオ王子が私と会う時間を作ってくれた。セルジオ王子に誘われて、庭でお茶をすることになった。私は少しほっとした。婚姻まで後1年ほどだと言うのに、あの子が来てからこんなぎこちない状態で夫婦になるのは不安だったから。
私が最近の様子などを話していると、王子がそう言えば、と笑みを向けて来る。
「アメリア=マイツェン嬢は君も知っているよね。彼女、後宮で孤立しているみたいだって聞いたんだけど」
……久しぶりに会ったのに、あの子の話。私は途端に気持ちが萎える。
「ええ、そのようですわね」
「彼女はまだ後宮に上がって半年くらいだろう? 平気だとは言っていたけれど、慣れない後宮で1人じゃ色々不便もあるだろうし、きっと本音は寂しいんじゃないかな。ねぇ? フェリ。君が彼女の力になってあげてくれないか? 彼女はとても聡明な人だよ。きっと君とも仲良くなれる」
「……え」
私は口に運びかけたお茶をそのままソーサーへと戻した。思わず顔に出てしまう。
「……嫌なの?」
僅かに王子の声に険が滲む。
「あの方は、私が何を言っても聞いて下さいませんもの」
王子のその言い方に、私はつい、ぷい、と王子から顔を背けた。
「貴族に生まれたからには、貴族としてのルールというものが御座いますでしょう? セルジオ殿下にも馴れ馴れしく腕に触れるそうではありませんか。 殿下にはわたくしと言う婚約者が居るにも関わらず。 殿下だけではありませんわ。あの方未婚の殿方と二人きりでお会いになられたり、気安く愛称で呼ばれたりなさっているそうではありませんの。 注意をしてもちっとも反省して下さらないのですもの。それどころか、注意をすれば煽ったりなさるんですのよ? わたくしだって、政略結婚とはいえ、婚約者である殿下に馴れ馴れしくされて気分を害しておりますの」
私は王子に話しながら、思い出してむかむかとしてしまった。
もしもセルジオ王子が彼女を好きになったとしても、私はそれを咎めようとは思っていない。きちんと弁えてさえくれたら、私はあの子を寵愛したとても目を瞑るつもりだった。私も、あれから何年も経つのに、リクの事を忘れられずにいるのだもの。そこはお互いさまだと思ってる。
けれど、あの子は余りに礼儀知らずで不躾だわ。あんな子と、仲良くなんて出来ない。
「──そう」
王子の声が、急に冷えた。
私はどきりとして王子の顔へ視線を戻す。いつも優しい王子の、初めて見る冷たい表情だった。
「残念だな。フェリ。君ならきっと判ってくれると思ったのに。君も他のご令嬢と同じように言うんだね」
「……っ。ですが、殿下、わたくしは──」
「もう良い」
セルジオ王子はそう言い放つと、さっさと席を立って歩き出してしまった。
「セルジオ殿下っ?!」
慌てて立ち上がり呼び止めたけれど、殿下は振り返りもしないで、そこから去って行ってしまった。私は、力が抜けて椅子に座り直す。
──だって。庇う気にはなれなかったのだもの。
私だって、必死に我慢をしてきたのに。王妃になるのが義務だからと、ずっと頑張ってきたのに。貴族としての当然の良識を、あの子は持っていない。私には決して許されない事だったのに。
なのに、王子は無礼なことばかりするあの子の事ばかり気にかけている。快く思わない者も多いし、王子があの態度を許しては、他の者に示しが付かないと何故判って下さらないの。
──ああ、私、凄く嫌な子だ。苛々として、あの子の悪口ばかり、考えてしまう。あの子の事を耳にするだけで、私の心はささくれだった。こんな意地悪な、可愛くない私、嫌いよ。こんなみっともない気持ちになる私は大嫌い。
私は張り付いた喉を潤す様に冷えた紅茶を飲み干して、椅子から立ち上がった。
ご閲覧・ブクマ 有難うございます! もういっちょ行きます!次は深夜に投稿ですー。




