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16.アメリア=マイツェン。

***前回のあらすじ***

街の様子が慌ただしい。傭兵と思しき格好の男たちが駆けまわっていた。街で買い物を終えたリクは、後を付けられている事に気づく。恐ろしくなって逃げ出したリクだったが、小屋の扉に手を掛けたとたん、中で待ち構えていた男たちに捕まった。逃げ出そうと暴れるリクだったが、あっという間に手足を縛られてしまう。

──リクの消息はそこで途絶えた。

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※ フェリ視点です。

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※文字数3414字です(空白・改行含みません)

 ──それは、まだ私が幼かった頃の記憶。私の中の、たった1つの宝物。毎日がキラキラと宝石の様に輝いていた、幼い日の記憶。私の、初恋。


***


 王都に着いた数日後、私は王都にある屋敷から、婚約者であるセルジオ王子との対面の為にアルゼール城へ向かった。空はどんよりと重い雲が立ち込めて、程なくぽつぽつと雨が降り出し、勢いを増した雨が、馬車の窓を叩いていた。馬車の中には、王都の屋敷に仕える女官長と、お父様が同行をしていた。私は、ずっと俯いていた。

 抵抗しても、無駄。私はもうすぐ、婚約者に会う。対面が終われば、私は第一王子の妃となる為の教育を受ける為、城に上がることになっていた。諦めるしか、無かった。


 馬車の車輪の音が変わった。城の跳ね橋を渡る音。ギシギシと木の鳴る音が聞こえる。私は目を閉じて、大好きだった男の子の名を、心の中で呟いた。


 ──リク。


「──フェリッ!!」


 私の声に答える様に、その声は聞こえた。私は反射的に馬車の窓に張り付く様にして声の聞こえた方を見る。そこには、前髪をばっさりと切った、ずぶ濡れで騎士に抑えられているリクの姿があった。

 ──これは、夢? まさか、来てくれたの? 馬車でさえ、5日も掛かる王都まで。たったひとりで、私の為に。


 嬉しかった。最後に一目、もう一度会いたかったから。


 悲しかった。折角、来てくれたのに。私はそれに、応えられない。


「リ──」


 座っていた馬車の中で立ち上がり、思わず窓に張り付いて彼の名を呼びかけた。


「フェリーシャ様」


 私の声を遮る様に女官長の鋭い声が飛び、私はビクっと身を竦ませた。

 ──ごめんね。ごめんね。ごめんね。リク。来てくれてありがとう。私、あなたの事は忘れない。紫の石、大事にするわ。リクだと思って大事にするわ。

 私は、少しずつ遠ざかるリクを見つめて、声に出さずに、リクに見える様に、口を動かした。


『さ よ う な ら』


 リクの眼が、大きく見開かれた。きっと、とても傷つけた。ごめんね。さようなら、リク。私の、初恋。

 私は窓から手を離し、リクの姿から目を背けた。ガラガラと鳴る、馬車の音は、まるでレクイエムの様だった。


***


「君がフェリーシャ? 私はこの国の王子、セルジオ=ド=アルゼールだよ。宜しく、未来の花嫁さん」


 謁見をした私の婚約者、アイゼール王国第一王子、セルジオ=ド=アルゼールは、とても綺麗な少年だった。サラリとした白金の髪に涼やかなエメラルド色の瞳。白い肌はふっくらと艶やかで、幼いながら気品があり、優しい笑みを私に向けてくれた。


「はい、セルジオ殿下。フェリーシャ=エンドールと申します。どうぞ、フェリと──」


 そこまで言うと、私の眼から涙が零れ落ちた。ずっと堪えていたのに。愛称を伝えようとした途端、リクの顔が浮かんでしまった。止めなくちゃと思うのに、涙が次から次に零れ落ちて、止まらなくなった。


「フェリ?」


 泣きだした私を、セルジオ王子がおろおろと慰めてくれた。私はその優しさに、余計に涙が溢れて止まらなくなった。

 セルジオ王子は、順当にいけば次期王太子になる方だった。その妃となる私は後宮に移り、王妃教育が始まった。礼儀作法に始まり、ダンスに座学と毎日みっちりと時間が組まれ、食事の時も、セルジオ王子と話す時も、部屋で寛いでいる時でさえ、常に女官が目を光らせて、気の休まる暇が無かった。


 眠る前の僅かな時間、私はリクと一緒に作った小さな箱に仕舞った透き通った紫色の小石を取り出し、それを机の見える場所に置いて、リクへと手紙を書くのが日課になっていた。

 王子の花嫁になる覚悟は出来たけれど、私は未だにリクへの気持ちが捨てきれない。許されない事だから、これは秘密。私だけの、秘密。

 私は引き出しに入った上質な紙を取り出して、羽ペンを手に取った。


──大好きなリク。お元気ですか────


***


 慌ただしく月日は流れて行った。セルジオ王子は、優しい人だった。私には、勿体ない程の素敵な人だった。リクに出会って居なければ、私は彼に恋をしたかもしれない。


 ずっと暮らしていたエンドールから、遠い王都に移された私を気遣って、お妃教育で上手く出来なくて泣く私を慰めてくれたり、綺麗な花を送ってくれたり、時間を作っては会いに来てくれた。


 いつしか私も、この人となら、私も幸せになれるだろうと思えるようになっていた。リクを忘れることは、きっと出来ないけれど、それでも私はこの人を好きになれる。家族として、愛することが出来る。この人の妻になるのだから、恥をかかせてはいけない、王妃に相応しい教養を身に付けなくてはと、私は必死にお妃教育に励んだ。そうしていつか、この人に誇って貰えるような妃になるんだ。


 私は後1年で、デビュタントを迎える。私の婚約も、そこで正式に発表される事になった。婚約の発表が済めばその1年後、私はセルジオ王子の妻になる。


 この人とだったら、リクへの切ない思いも、綺麗な思い出に変えていける、そう思った。


***


 「あなたがフェリーシャ様? 私、アメリア=マイツェン! あなたと同じ15歳よ。宜しくね! フェリーシャって名前長いわね。フェリって呼んでも良い?」


 それは、デビュタントまで後半年に迫った時だった。後宮に、新しい方がやってきた。行儀見習いで後宮入りをしたその人は、元は商人の娘だったらしい。子爵家に養子に入ったという彼女は、なんというか──。

 良く言えば、明るくさばさばとした物怖じしない人で、悪く言うと空気を全く読まない、とても貴族らしからぬ、馴れ馴れしくて不躾な人だった。


 あの……。私、一応辺境伯の娘なのよ? 爵位で言えばあなたよりも2つも上なのだけれど。特に私の家はエンドール辺境領、野蛮と言われるカーフェルト王国の国境を任される家なのよ? ねぇ、なんでそんなタメ口なの。私あなたのお友達じゃないわよね? 今会ったばかりだもの。


 「……フェリーシャ=エンドールです。……アメリア様。ご存じ無いようですが、貴族は自分よりも爵位が上の方には敬意を払うものですわ。 マイツェン家と言えば子爵のお家柄ですね。私の家は辺境伯家です。口の利き方を弁えて頂けません? 不敬でしてよ」


 アメリア様は、きょとんとした顔をして、直ぐに不敵な笑みを私に向けた。その目はまるで猫みたいだった。『その喧嘩買った!』と言わんばかりの喧嘩腰の眼。


「なぁんだ。セルジオ殿下のお妃になられる方だっていうからどんな素敵な人かって期待してたんだけど、あなたつまんない人ね」


 ──────……は?


 私の額に青筋が浮かぶ。つまんないって……。初対面の、それも元は平民だった娘に、何で私がそんな事言われなきゃなんないの───ッ?!

 私が怒りでぷるぷると震えていると、アメリア様──ああ、もういいわ。敬称付ける気にもならない。

 アメリアは、面倒そうに肩を竦めた。


「ほんっと貴族って面倒。あのさぁ、爵位が上つったって、爵位持ってんのあなたじゃないでしょ? あなたの家でしょ? あなたのお父様でしょ? あなたなんてただ偶々貴族の家に生まれたってだけじゃない。なのにさも自分も偉いみたいに言っちゃってさ、笑っちゃうわ。敬意払えっていうなら敬意払いたくなるようなもん見せてみなさいよ。あなたが思わず私が敬意払いたくなる様な人だったら私だって敬意を払ってあげるわよ」


 私はぐっと言葉に詰まる。何も、言い返せない。……ああ、そうね。そのとおりね。間違ってはいないわ。だって、私もそう思っていたんだもの。

 ──昔の私なら、エンドールの森をリクと一緒に駆けまわっていた頃の私なら、きっとあなたを好きになっていた。きっとお友達にだってなれただろう。

 だけど、今の私には無理。認める事なんて出来ないわ。それを認めてしまったら、王都に来てからの私がしてきたことが、全部無意味になってしまう。

 貴族の家に生まれたのだからと、必死に自分に言い聞かせて来たのに、貴族とはそういうものなんだって諦めて来たのに、今更そんな事認めてしまったら、私はもう先には進めない。


 腕組みをして、ニヤっと笑うアメリアの勝ち誇った様な顔。


 は…………腹立つ────っ!


「兎に角貴族だからああしろこうしろって言うのは、私聞かないからね。あなたがどう思おうが、私とあなたは対等よ。私は私の好きなようにやるわ。私を従わせたいなら、私が納得いく理屈を聞かせて頂戴。貴族だからってのは聞かないわ」


 ふふんと鼻で笑って、アメリアはすったすったと大股で歩いて行った。


 何も言い返せないまま、私は怒りと悔しさで、暫くその場に突っ立っていた。

ご閲覧・評価・ブクマ 有難うございます!総合評価680pt超えました!ブクマ260件超えました!感謝感謝です。花金ですねー。夜更かし万歳!さて、ラストスパート突入です。ちょっとやってみたかったんですよね。こう、悪役令嬢は実は良い子でヒロインが悪役っていうのじゃ無くて、主人公の女の子がヒロインからざまぁされるパターン。悪役令嬢ポジの主人公が、そのまま悪役ポジなら?みたいな。完結まで後ちょっと。今日はもう1本投稿する予定です。多分深夜に更新になるかもしれません。

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