14.尋ね人。
***前回のあらすじ***
リクを抱き止めたのは、アンデルベリー一座の楽師、リュートだった。リュートはそのままリクを抱き上げ、雨の中教会へと向かった。そこでリクはフェリとの約束の話をリュートにする。リュートはリクに言い聞かせる様に、フェリの事は諦める様に諭す。リュートの言葉に、リクは森へと帰る決心をし、アンデルベリー一座と別れ、フェリと出会ったあの森への帰路に着くのだった。
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※文字数2898字です(空白・改行含みません)
どうやって、戻ってきたのか、殆ど覚えて居ない。何度も朝と夜を迎えたのは、覚えて居るんだけど。帰りは全部野宿で過ごした。気づくと、少し先にペニ村と、僕の住んでいた森が、広がっていた。領主様のお屋敷も遠くに見える。
僕は村には寄らずにそのまま小屋へと戻った。たった2週間ほど留守にしただけだったのに、小屋の中は何年も経過したように埃っぽくなっていた。僕は埃っぽいベッドに転がり、頭から布団をすっぽりと被った。
──何も、考えたくない。今は眠ってしまいたい。
***
僕は、フェリに会う前にしていた生活に戻った。薬草を摘んで、薬を作り、蔓草で籠を作った。何かをしていた方が気が紛れると思ったけれど、ぼんやりすると直ぐにフェリの事を思い出してしまう。育ててくれたじいちゃんが天国に行った時も、悲しくて寂しくて夜通し泣いたけれど、そのじいちゃんの時よりも、ほんの数日一緒に居ただけのフェリとの別れの方がこんなに引きずってしまうなんて、僕は恩知らずの薄情者なのかもしれない。
いつか、じいちゃんが居ない生活に慣れたみたいに、フェリの居ない生活にも慣れるんだろうか。
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夜、ふと思い立って、じいちゃんが大事にしていた箱を引っ張り出した。箱の中には、紙が沢山入っている。これは、じいちゃんが手紙を書くために買ったものだそうだけど、じいちゃんが手紙を書いているところは見たことが無かった。僕は、この紙でフェリに手紙を書くことにした。勿論、フェリに届けるつもりはない。そんな事出来ないのは、もう判っている。
でも、僕に字を教えてくれたのはフェリだったから。フェリが貸してくれた本はとても面白くて、僕は一生懸命字を覚えたんだ。フェリへの気持ちは、どうやっても消せないし、それならもう届かなくても、フェリが居た時に話して聞かせた様に、フェリに話したい事を手紙にしよう、そう思った。
じいちゃんの古いインク瓶と、羽ペンを箱から取り出して、僕はテーブルで手紙を書く。
──大好きなフェリ。お元気ですか────
***
あれから、半年が過ぎた。季節はじいちゃんが死んだ時と同じ、冬になった。 小屋の外は一面の雪。やることはいっぱいあった。屋根の雪下ろしをしたり、小屋の周りの雪かきをしたり、森で木を切って薪を作ったりして過ごす。生活は、フェリに会う前に戻ったけれど、僕の胸の中は、ずっと何かが欠けたままだった。
フェリへの手紙は、今も続けている。不思議なもので、寂しいのも会いたいのも少しも薄れていないけれど、手紙を書いていると、少しだけフェリが近くに感じられた。
フェリは、元気にしてるかな。僕の事をまだ覚えて居るかな。忘れられるのは寂しいけれど、出来るなら、忘れてくれていたらいい。忘れて、幸せになってて欲しい。王子様が、絵本に出て来るみたいな素敵な人なら、きっとフェリは僕を忘れるだろう。それでフェリが辛くなくなるなら、その方が良い。
最初の内は、忘れられることを恐れたけれど、時間が経ってやっとそう思える様になった。フェリが辛いのは僕もとても辛いから。何も出来ないなら、せめて幸せを祈りたい。
***
蝋燭や火口の麻の残りが少なくなっていた。インクもそろそろ無くなりそうだ。僕は厚手のマントに身を包んで、秋の間に作りためておいた薬や籠や細工を売りに街へと出かけた。
いつも薬を届ける街は、領主様のお屋敷に一番近くて、僕の小屋から歩いて3時間程掛かる。王都に向かう道の反対側にあって、このエンドールで一番大きな街だ。この街には、じいちゃんの馴染みの薬屋さんがあって、僕の作る薬や籠はそこで買い取ってもらえる。籠は店の隅っこに置かせて貰った。売れるとお金が貰える。
街は雪のせいもあって、人通りが少ない。僕と同じ年頃の男の子が雪で遊んでいる横を通って僕は薬屋さんの扉の前で雪を払って店に入る。
「こんにちは、おじさん。薬を持ってきました」
「ああ、こんな雪の日にご苦労さん。寒かったろう。火におあたり」
僕は冷え切った体を暖炉の炎で温めた。手を擦り合わせて暖炉に向けると、じんわりと凍り付いた体が解けていくみたいだ。
「この時期は皆風邪を引くやつが多いから助かるよ。リク坊の作る薬は良く効くから評判が良いんだ」
「ありがとうございます」
僕は小さく笑った。おじさんがコインの並んだ箱を取り出して、薬の代金を用意してくれる。おじさんは僕にお金を差し出しながら、ふと何かを思い出した様に、ああ、と言った。
「そういや、少し前に旅の人がお前さんを探していたそうだよ」
旅の人? 誰だろう。僕の知り合いと言ったら、アンデルベリーさん達くらいだけど、アンデルベリーさん達は王都の北に向かった筈だ。一座が向かったクリスタニアはとても遠く、辿り着くのに何か月も掛かると言っていたんだけど。
「どんな人ですか?」
「俺は会って無いから分からんな。酒場の親父が話しているのを聞いただけだから。酒場のオヤジがペニ村にそんな子供が居た気がするって話したらしいから、村に行ってるかもしれんね」
「そうですか。それじゃ僕、帰りに寄ってみます」
「ああ、そうしてやると良いよ」
僕はおじさんに頭を下げると店を出た。
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