13.決められた運命。
***前回のあらすじ***
やっと王都に辿り着いたリクは走って城へと向かった。だが、城の城門までたどり着いたリクは、門兵の騎士に止められてしまう。フェリに会わせてと懇願するリクだったが、当然入れては貰えない。押し問答をするリクの脇を、一台の馬車が横切った。その馬車の中にフェリの姿を見止めたリクはフェリの名を呼ぶが、フェリは悲し気に口の動きだけで『さようなら』と告げ、馬車の中へと姿を消してしまった。
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※文字数2360字です(空白・改行含みません)
僕を抱きかかえたのは、リュートさんだった。リュートさんもずぶ濡れだ。でも、何でリュートさんがここに?広場で興業をしているんじゃなかったのか?
リュートさんは僕を後ろから抱きかかえていた恰好から、向き会う格好に抱え直し、門兵の騎士さんへ頭を下げた。リュートさんの長い髪から、雨の雫がぱたぱたと落ちた。
「すみません、城を見て興奮してしまったみたいで。お騒がせをしました」
リュートさんはそれだけ言うと、門番の騎士さんの返事を待たずに、直ぐに踵を返してどんどん歩き出した。
「リュートさん……っ」
「黙って」
リュートさんは怒っている顔をしていた。僕はリュートさんの首にしがみつくようにして、雨の降りしきる中、遠ざかっていくお城を見つめていた。
***
「君も無茶をする子だな」
リュートさんは広場には戻らず、教会へと入っていく。教会の中は誰もいなくて、がらんとしていた。床におろされて、僕ばリュートさんを見上げる。
「リュートさん、なんで…」
「様子が気になったから、後を追ってきたんだよ。人を探しているというのにまっすぐ城に駆け出して行ったから。雨も降ってきたしね」
僕を心配して来てくれたのか。たった数日一緒に居ただけの、僕の事を。僕は涙が溢れてきた。そのままぎゅっとリュートさんに縋るように抱き着く。
「リュートさん、 教えて下さい! どうやったら、王様よりも偉くなれるんですか?! どうしたらフェリを取り返せるんですか?! どうしたら……っ!」
「……リク? 君は本当は王都に何をしにきたんだ? ただの人探しではないんだろう? 探していたのはあの馬車に乗っていた子?」
リュートさんは僕の質問には答えずに、僕にそう問いかけた。僕は、ぐずぐずと泣きながらフェリが連れていかれたあの日の事を、リュートさんに話した。 リュートさんは、静かに僕が吐き出す様に話す事を、ただ黙って聞いてくれていた。
「──リク。良く、聞きなさい」
僕が落ち着くのを待って、リュートさんが口を開いた。僕の肩を掴み、真っすぐに僕と向き合う様にして。
「リク。王様よりも偉くなる方法は、無いよ。王様は、一番偉いから王様なんだ。」
きっぱりと言い切ったリュートさんの言葉に、僕は言葉を失った。
「それに、その子は王子様と婚約をしていると言ったね? 婚約は、簡単に無かったことには出来ない。例えば、買い物をして、お金を払わず逃げたらどうなるかは君にも判るだろう? 婚約を破るというのは、そういう事なんだ。勝手に婚約を破棄すれば、それはとても重い罪になる。 相手が王子となれば尚の事、それは不敬罪に当たる。場合によっては極刑が免れない重い罪だ。君はその子を罪人にしたくはないだろう?」
──ああ──。
「それじゃあ……」
「酷いと思うだろうが、それが現実だ。子供相手に大人げない真似をしている自覚はあるが、私は君を一人前の男と見て話している。いいかい? リク。君とその子とは、住む世界が違う。平民の君にとって、元々その子は手の届かない存在なんだ。取り戻すのは不可能だ。辛いだろうが、……誰にも、どうすることも、出来ない。──その子の事はもう、諦めるしか、無いんだ」
ゆっくりと、言い聞かせる様なリュートさんの声が、何処か遠いところから聞こえている気がした。
フェリは、全部判っていたんだ。どんなに泣いても、逃げ出しても、僕が、迎えに行っても。もうどうすることも出来ないのが、判っていたんだ。どうにも出来ないから、あの日僕に別れを告げに来たんだ。さっきのさようならも、そういう事だったんだ。
本当に、もうお別れなんだ。
──全部、無駄だった。フェリは、あの日見た星と同じだった。手を伸ばしても、届かないんだ。届かない存在に、なってしまった。
僕の眼から、とめどなく涙が零れ落ちた。
***
街を朝靄が包んでいた。あの後、リュートさんに連れられて、僕はもう一晩、アンデルベリー一座に厄介になった。一晩中続いた雨は、明け方にやっと上がった。
リュートさんから事情を聴いたらしいアンデルベリーさんたちが、一緒に旅をしないかと誘ってくれたけれど、僕は育ったあの森に帰る事を決めた。アンデルベリーさんたちは、これから北へと向かうらしい。此処でお別れだ。
「元気でね、リク」
「お前さんといると、息子が出来た様で楽しかったよ。リク」
ヴィエラさんが僕にぎゅっと抱きついて、ほっぺにキスをくれた。ヴィエラさんの眼には涙が浮かんでいた。リュートさんは首から下げていた綺麗な銀細工のペンダントを僕の首にお守りだと言って掛けてくれた。アンデルベリーさんは、僕の髪をぐしゃぐしゃと撫でた。
「色々、お世話になりました。いつか、エンドールに来ることがあったら、ペニ村にも立ち寄って下さい。きっと会いに行きます」
僕も、ヴィエラさんに、アンデルベリーさんに、それから、リュートさんに、ぎゅっと抱きつく。皆しっかりと抱き返してくれた。僕を振り返りながら、ヴィエラさんが、リュートさんが荷台に乗り、アンデルベリーさんが御者台に座る。
「それじゃあな。リク」
「旅の無事を祈ってるわ」
「元気で」
「はい。皆さんも、お元気で」
僕が深く頭を下げると、アンデルベリー一座の馬車は、ゆっくりと走り出した。遠ざかっていく荷台の荷台から、リュートさんとヴィエラさんが目に焼き付ける様にして、ずっと僕を見つめていた。僕も遠ざかる馬車を、その場でずっと見送る。
僕は、この人たちの事を、絶対に忘れない。ほんの短い間だったけれど、こんなに優しくされたのは初めてだったから。まるで、家族が出来たみたいに、とても嬉しかったから。いつか、もう一度会いたい。
馬車は森の向こうに見えなくなった。
僕も、踵を返し、顔を上げて歩き出す。後ろ髪を、引かれながら。
フェリと出会った、僕が生きて来た、あのエンドールの森を目指して。
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