01.森の小屋に住む少年。
※文字数2973字です(空白・改行含みません)
──小鳥の囀りに、僕は目を覚ました。ベッドから起き上がると、うんっと大きく伸びをする。それから毛布をたたみ、近くの川で顔を洗い、水を汲む。川の水は冷たくて、頭がしゃっきりとした。気持ちがいい。小屋へと戻ると、棚から硬いパンを取り出して数枚ナイフでスライスする。切ったパンは木の器に入れて、切った時に出来たパン屑を集めて窓へと向かう。窓を開けて片側にズラし、木製の雨戸をあける。朝の陽ざしが目に飛び込んできて、僕は片手を目の上に翳して影を作った。
餌を強請りに集まってきた小鳥に、僕は手の中に集めたパン屑を巻く。小鳥は美味しそうにパン屑を啄んだ。さてと。僕も朝ごはんにしよう。
***
森の中のこの小屋には、僕が一人で住んでいる。生まれて直ぐに森に捨てられていた僕を拾って育ててくれたじいちゃんは、冬の寒い日に天国に召された。5ヶ月前の事だった。じいちゃんの墓は、村の人たちが作ってくれた。小屋の隣の大きな木の根元に、じいちゃんのお墓がある。
村の人たちは、村で一緒に暮らさないかと言ってくれたけど、僕はじいちゃんと暮らしたこの小屋が好きだ。僕はまだ10歳になったばかりだけれど、一人で食事も作れる。洗濯も出来る。食べられる野の草や実の事も知っている。薬草だって調合出来るし、籠を編むのも木の実で細工を作るのも得意だ。じいちゃんが死んでから半年、ちゃんと一人で生活をしている。
だから、僕は一人でも大丈夫。独りでだって生きていける。
──寂しくなんて、無い。
***
さてと、今日はどうしようかな。僕は棚の中に束ねた薬草を確認する。まだもう少し大丈夫そうだけど、そろそろ採りに行く方が良いかもしれない。うん。そうしよう。今日は薬草を摘む日。僕は蔓草で編んだ籠を手に、小屋を後にした。
川に掛けた丸太を渡り、森を進む。薬草は、小屋から1時間くらい歩いた場所で摘む。僕の作る薬の材料は、殆どがどこにでも生えている雑草だから、もっと近くでも取れない事は無いんだけど、一々探して回るのは面倒だ。僕が薬草を摘むその場所は、森の中の開けた場所にあって、ちょっとしたお花畑になっている。そこなら薬草が纏まって生えているから、探す手間が省けるんだ。
……ちょっと遠いんだけど。
***
森を進みながら、僕は少し寄り道をする。この辺には木苺が生っているのを知っているんだ。僕は繁みを掻き分ける。木苺は棘が多いから気を付けないと。
──あった。真っ赤なつぶつぶとした実がいっぱい生っている。僕は棘に気を付けて木苺を摘んで籠に入れた。後でおやつにしよう。
僕はこの森がとても好きだ。特に今の季節の森が好きだ。小鳥が囀って、鮮やかな緑色の葉っぱの影から落ちる木漏れ日はとても綺麗で、吹き抜ける風はひんやりとしてとても気持ちがいい。あっちこっちに花が咲いて、ミツバチや蝶々が飛んで、時々木々の影からリスや野ウサギが顔をだす。
お花畑までは後もうちょっと。
***
──お花畑に、妖精が居た。
……あ。違う。女の子だ。妖精みたいな女の子。絵本に出て来るお姫様みたいだ。綺麗な淡いピンク色の、白い繊細なレースがいっぱいついたふわふわとしたドレスの様なワンピースを着た、はちみつ色の巻き毛に、長い睫毛に彩られた大きなぱっちりとした夏の空の様な明るい水色のちょっと気の強そうな瞳と、ほんのりピンク色のほっぺたの、街の高級な店のショーウィンドウに飾られている上質の人形みたいな、とっても綺麗な女の子だった。
女の子は、お花の妖精の様に、咲き乱れる花畑の中に、ちょこんと座りこんでいた。
泣いていたらしくて、僕を見ると驚いたように涙がいっぱい溜まった眼で僕を見て、それから目をごしごしと擦り、ピンク色のほっぺたを薔薇色にして、僕を睨む様に見た。
「泣いてたの?」
僕が訪ねると、女の子はつん、とそっぽを向いた。
「泣いてないわ!」
そうなの? 僕の気のせいだったらしい。そっぽを向かれてしまったので、僕は女の子は気になったけれど、しつこくしたら怒られそうだしと、そのまま薬草を探すことにした。ふっと影が落ちる。顔を上げたら、女の子が僕をのぞき込んでいた。
「あなた、何をしているの?」
さっきまでの不機嫌そうな声ではなく、きらきらとした、興味深そうな声だった。
「薬草を採ってるんだ」
これだよ、と見つけた薬草を見せる。どこにでもある薬草、ヨモギだ。他にもタンポポやハハコグサなど、どこにでも生えている薬草を摘んでは籠の中に入れていく。
「……雑草だわ?」
「これが薬になるんだよ。このヨモギはお酒に漬けておくと、できものやかぶれとか、虫刺されにも効く薬になるんだよ。薬だけじゃなくて化粧品にも使えるんだ。タンポポは傷薬とか頭痛薬になる。こっちの黄色いふかふかした花はハハコグサ。これは喉の薬」
「まぁ……!こんな雑草がそんなお薬になるの?あなた物知りね!」
褒められて、少し恥ずかしかったけど、僕は凄く嬉しかった。だってこんな風に誰かに褒めて貰ったのは、初めてなんだもの。
「あら。これはなあに?」
「木苺だよ? 知らない? 美味しいんだけど」
籠を覗きこんだ女の子は、木苺の実を指さした。僕は木苺を1つ摘んで、ぽんっと口に放り込む。甘酸っぱい味が口いっぱいに広がった。と、女の子のお腹がクゥ、と鳴る。女の子は真っ赤になってお腹を押さえた。僕は笑って木苺を差し出した。女の子は一度僕の顔を見た後、木苺を摘み、僕を真似て口にぽんっと放り込む。
「まぁ!とっても甘くて美味しいわ!」
女の子は目をキラキラと輝かせた。僕達は一緒に木苺を頬張る。いつも食べる木苺よりも、美味しい気がした。女の子は好奇心が旺盛だった。僕は女の子に聞かれるまま、色々な薬草を教えてあげた。薬草の事だけじゃなく、花の名前や蝶々やてんとう虫といった小さな虫の名前も教えてあげた。彼女は目をきらきらさせて、あれこれと質問をしてきた。女の子があんまり楽しそうに色々訪ねてくれるから、僕は何だかとても嬉しかった。女の子と話す時間は楽しくて、あっという間に過ぎて行った。
遠くで人の声がした。 お嬢様、と呼んでいる。女の子は、ぱっと顔を上げて立ち上がった。
「まぁ、やっと迎えが来たみたい。私もう行くわ。それじゃあね、 ……ええと。あら、私まだあなたの名前を聞いていなかったわ。あなた、お名前は?」
そう言えば、僕も彼女の名前を知らなかった。
「リク。君は?」
「私はフェリーシャ。特別にフェリと呼ぶことを許してあげるわ、リク」
フェリは、花が綻ぶように笑った。とても可愛いらしい笑顔だった。良く分からないが、お嬢様と呼ばれていたし、多分貴族のお姫様なのかもしれない。
「さようなら、リク」
声のする方へと駆けだしたフェリを、僕は立ち上がって見送った。
綺麗な格好をした女の人が三人と、紳士が一人、フェリに駆け寄るのが見えた。迎えに来た人たちに囲まれて、フェリの姿は見えなくなった。
「……さようなら、フェリ」
きっと、フェリとはもう会えないんだろう。フェリはきっと貴族のお姫様だから。貴族と言うのはとても偉い人の事で、僕らとは関わる事の無い人たちなのだと、ずっと前にじいちゃんから聞いたことがある。僕は、何故だかじいちゃんが居なくなった時の様な、酷く寂しい気持ちになって、夕日があたりを染めるまで、じっとその場に立ち尽くしていた。
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【婚約破棄された公爵令嬢は令嬢の仮面を脱ぎ捨てる】(完結済)
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