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第3節 翌朝、圭太が登校するとさっそく教室で委員長に話しかけられた。

 翌朝、圭太が登校するとさっそく教室で委員長に話しかけられた。


「美々面ちゃんはどうしたの?」


 既にほとんど生徒が登校していてあちこちで仲の良い者同士で集まって談笑していた。

 圭太は小声で答える。


「留守番させてきた」


「じゃあ今、圭太くんの家で一人なんだ」


 委員長は心配そうな顔をする。


「うん……、仕方ないよ。

 学校に連れてくるわけにもいかないし」


 圭太は半分は自分に言い聞かせるようにそう言った。


「美々面ちゃんの様子はどう? 元気?」


「昨日といっしょだよ。

 マイペースというか何というか……」


 今朝、圭太が眠っているとベットの近くでドンドンと床を踏み鳴らす音が聞こえてきた。

 目を開けると美々面が昨日と同じく何を考えてるか分からない顔で圭太を見下ろしていた。

 彼女は圭太が目を覚ましたことに気付くと、表情と同じく感情を読み取れない無機質な声で呟いた。


「トイレ」


 それは多分、彼女が圭太に対して発した最初の言葉だった。

 そう言えば昨日、粗相した後もトイレの場所や使い方を説明していなかったことを圭太は思い出した。

 眠い目を擦りながらトイレに案内してやると、彼女が扉を開けたままスカートを捲り上げ始めたので慌ててドアを閉めねばならなかった。

 登校時間になると圭太は美々面に大人しく留守番しているようにと言った。

 美々面は分かったともなんとも言わず、ただ鼻をすんと鳴らした。


「ちゃんと分かってる?」


 相手が自分の言葉を理解しているか不安になった圭太は聞いてみた。

 すると美々面は不思議そうにしばらく相手のことを眺めていたが、今度は鼻をすんすんと2度鳴らした。

 圭太は返事をもらうことを諦めてアパートを後にした。

 小さい子を一人にしておくのは不安だったが仕方無い。

 そもそもそうせざるを得ないような状況にした先生が悪いのだ。

 圭太は自分にそう言い聞かせて学校へ向かったのだった。

 委員長と話していると、ふいに教室の真ん中あたりから大勢の生徒の驚きの声が上がった。

 声のした方を見てみると先ほどまでバラバラだった複数のグループが連合して一つの大きな集団を作っていた。


「どうしたのかしら」


 委員長が彼らに近づいていく。

 圭太もその後について行った。


「何の話?」


 委員長が尋ねるとグループの中の女子の一人が説明してくれた。


「今度は屋上に謎の人影だって!」


 今度は、という言葉を聞いて圭太はすぐにどういった類の話であるかを察する。

 そして少々辟易した。

 いつ頃からだろうか、生徒たちの間で不思議な噂が飛び交うようになったのは。

 最初の噂は確か、学校の近くの書店で大爆発が起こったというものだった。

 その書店は学校の最寄り駅の前にある大型書店で、学校帰りに立ち寄る者も多い生徒に馴染みの深い場所だった。

 そこが爆発して大勢の人間が巻き込まれた、と言い出した生徒がいた。

 しかしそんな事件はちっともニュースになっていなかったし、なにより噂を聞いた者が確認しに行くと当の書店はいつも通りに営業していて爆発したような様子は一切見られなかった。

 噂はすぐにその生徒のくだらない作り話だとして片付けられた。

 しかしその後、奇妙な噂が雨後の筍のように次々と生まれてきたのだ。

 学校に全身にびっしりと細かい刺青の入った生徒がいる、とか理科準備室の人体模型の心臓が動くのを見たが次の日には心臓だけが無くなっていた、とか。

 物好きの生徒が真偽を確かめようとし始めるとまたすぐに別の噂が持ち上がるといった具合で皆の話題が尽きることは無かった。

 そして今度は屋上の人影。でも屋上の人影?


「それがどうしたのさ。

 屋上に誰かいたって別にいいじゃない」


 圭太が思いついたことをそのまま口に出す。


「屋上に出る扉はずっと鍵が掛かってるでしょ」


「あ」


 委員長に指摘されて圭太は思い出す。

 確かに扉はいつも施錠されているのだった。

 漫画やアニメではよく学校の屋上が舞台になってるのを見るが実際は立ち入り禁止にしているところが多いようで、考えてみれば圭太も一度も屋上に上がった記憶が無かった。


「職員室には屋上の鍵があるけど生徒には貸し出さないし、それに先生だって持ち出したような形跡が無いらしいよ」


「でも実際に人影を見たって人がもう何人もいるみたい。

 見間違いにしては人数が多過ぎない?」


「お兄ちゃんから聞いたんだけど、昔この学校で屋上から飛び降り自殺した生徒がいたみたいで……」


 皆が思い思いに自分が得た情報を開陳し始める。

 圭太も確かに奇妙な話だとは思った。

 しかし今は美々面のことで頭がいっぱいで皆のように能天気に盛り上がる気にはなれなかった。

 伝聞情報ばかりの皆の話を聞き流していると「先生」がドアを開けて教室に入ってきた。

 皆慌てて自分の席に戻る。

 先生はいつもどおり足早に教壇に登ると、いつもどおりの不機嫌そうな顔で生徒たちの顔を見渡した。

 圭太は出来うる限りの非難を込めた眼差しを教壇に向けた。

 しかし先生はそんな圭太を表情も変えずに一瞥だけすると、後はそっぽを向いていつもどおりに淡々と授業を始めた。

 圭太はカチンとくる。

 一瞬、クラスメイトたちの前で美々面のことをバラしてしまおうかと思ったがグッと堪え、先生の退屈な授業が終わって話が出来るタイミングが来るのを待つことにした。




 終業のチャイムが鳴る。

 委員長が号令を言い終えるや否や、先生は手早く荷物をまとめてあっという間に教室から出て行ってしまった。

 しかしそのことに驚く生徒は誰一人いない。

 これは何も特別なことではなく先生のいつも通りの行動で、まるでタイムアタックでもしてるんじゃないかと疑われるくらい急いで職員室に戻るのが常なのだった。

 当然圭太も分かっていたのだが、その鮮やかとも言うべき去り様に改めて感心させられるような気がした。

 しかし今日は感心してばかりもいられない。

 慌てて教室から廊下に出たが先生の背中は既に遥か前方にあった。

 急いで後を追ったが廊下で追いつくことは出来ず、結局職員室の前にまで来てしまった。

 ドアの前で逡巡する圭太。

 用件が用件だけに他の先生たちのいる職員室で話してよいものかと迷っていたのだ。

 しかし自分がそうやって遠慮することすら先生の計算の内のような気がして、圭太は段々馬鹿らしくなってきた。

 職員室に入ることに決めるとドアの前に立ちノックをするために拳を持ち上げる。

 その時、部屋の中から怒声が聞こえてきた。

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