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アールグレイ

作者: 夜暮らし

長い受験勉強も終わり、無事に大学に合格した私。

大学生活にも慣れはじめた五月に頃、旧友から電話がかかってきた。

 四月も終わり、大学生活にも幾分か慣れ、久し振りに明日、旧友と会う約束をした。彼とはもう三年も会っていない。この際だから遠くに行こうと提案され、私は正直近場がよかったのだが、彼が高速の運転にも慣れておきたいとの事だったので、今回は遠出することになった。


 遠出なるとある程度準備が必要になるな、それにしても、彼はいつの間に免許を取ったのだろうか。私が受験勉強してるときにでも、取ったのだろうか。学生時代の彼のイメージとは、かけ離れたその行動に感心した。彼は、運動はできた方だったが、勉学には疎く、試験などはもってのほかだった。


 翌日のお昼頃、白のプリウスに乗って彼は現れた。その白光の車体とは裏腹に、窓から見える彼の髪は軽く茶色に染まっており、さらには、パーマもかかっているようだ。中学の頃の彼とは別人だった。その変わりように、呆然としてしまった。

「よっ久し振り、早く乗れよ。置いていくぜ」

 彼に促され車に乗り込む。

「置いていったら、何のためにお前はここまで来たんだよ」

「確かに」

 彼は乾いた声で笑った。久し振りに聞く、独特の笑い方にようやく身体の強張りが消えた。彼は、正しく彼だった。


 行き先は彼の方で決めてくれていて、私に何も言わずに車は進みを始める。募る話はあるけれど、それより先に、私は彼に質問した。

「髪なんて染めて、チャラくなったな。ていうか、髪なんて染めて大丈夫なのかよ会社とか」

「あれ? 言ってなかったか? 今、俺大学生だぜ」

「え? は?」

 彼と会ってから、私は驚かせれてばかりだ。中学の頃には高校卒業したら、自分の会社を立ち上げる、などと仕事に関して意欲的だったはずだ。きっと起業してなくとも、どこかで職に就いてるとばかり思っていた。

「自分の会社を作るのにも、色々知識が必要でさ。仕方なくって感じよ」

「まぁ、良く考えたら妥当な決断だな」

「そういこと~」

 自分の将来のために何が必要で、その何かのために行動している奴を、私は初めて見た。そうか、彼は大きな夢のために一歩ずつ進んでいるのだな。なんとなく、大学に入った私とは意識高さ違い過ぎる。彼の握るハンドルがやけに大きく見えた。

「そうか、お前が大学生か。俺が勉強を教えていたのが、すごく懐かしいよ」

「あの時は、本当に助かったよ。今の俺があるのも、お前のおかげなのかもしれんな。ありがとよ」

 彼の素直に自分の気持ちを伝えられる所が、私は好きだ。彼なら、良い社長になるだろうと直感した。そんな彼の手助けができたことに、私は非常な運が良い。

「大したことじゃないよ、友達して当然の事をしただけ」

「そうかよ」

 声に出してはいなかったが、ガラス越しに彼がニヤリと笑っているのが見えた。


 彼に連れらてきた店は、駐車場から少し山を登った場所にあり、そこから海を一望できる。どこか地中海を漂わせる建物がそこにはあった。どうやら、喫茶店というよりはカフェのようだ。天気もよく、私たちは外にあるテーブルに着いた。

「洒落たお店だな」

「そうだな、良いところだ」

「来たことあるの?」

「初めてだけど」

「初めてかよ」

 私は、滅多にこのようなお店には入らない。まず、カフェというのは、なぜか女性向けのような気がして、躊躇してしまう。しかし、いざ入っていみると、男性だけで来るお客さんも多いのだと気づいた。

「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりですか」

 店員がお冷やと共に、注文を尋ねてきた。呼び出しボタンを見かけなかったため、どのように注文するのか不思議に思っていたが、カフェとはこういうシステムなのか。

 店員の不意の対応に、彼は慣れたように応えた。

「特製パフェを一つ」

「お連れのお客様は何になさいますか」

 メニューもしっかり見ていないのに、直ぐに答えらる訳もなく。

「同じものを」

 と答えた。私の悪い癖なのかもしれない。時間をかけて決めれば良いものを、その行為が失礼なものと思いやめてしまう。小さい頃からそうなのだ。

「お飲み物は大丈夫でしょうか」

「レモンティーで」

 彼はまたもすんなりと、オーダーを通す。私は、今度こそはとメニューを眺める。しかし、一体何がどういう飲み物なのかわからない。わからない中の、聞いたことのある物を頼んだ。

「アールグレイで」

「かしこまりました。少々お待ちください」

 飲み物は直ぐに来た。赤い飲み物が私の前に置かれた。この赤い飲み物がアールグレイ、不思議な事に味はしなかった。

「アールグレイなんか飲むんだな」

「…まあな」

「香りがいいよな、アールグレイ」

「…そうだな」

 なるほど、これは香りを楽しむ飲み物か。きっと彼は私が、この飲み物を知らないの事に気づいたのだろう。さもなければ、こんなことは言わないだろう。私は、彼がこのことに気づいていない、小さな可能性に賭けて、いかにも知っているかのように振る舞った。


 店員が飲み物を置いて立ち去った後、彼はメモ帳を取りだし何か書き留めていた。

「何やってんの?」

「この店についてメモをな」

「カフェとか好きだったっけ?」

「違う違う、ほれ見てみ」

 彼が促す方に目を向けると、そこには普通のカフェには見かけないレーサーパンツを着た男性がいた。

「ここは海岸が近く、そこをスポーツ自転車で走行している人が多い。このカフェはそういった人達の休憩場として使われるんだな」

「なるほど」

「駐車場にも、スポーツ自転車専用の自転車置き場が設置してあったの気がつかなかった? ここはそういう人で収益を得てるんだ」

 本当に彼には頭が上がらない。彼の目にはいったい何が写っているのか。完全たる敗北感が全身を襲う。彼は彼だか、もはや彼でない。ため息の後、アールグレイを一口飲む。やはり味はしない。

 遠くに見える海岸線を見つめながら、小さく呟く。

「まずは、俺も免許取りに行こうかな」

「急にどうした? 何か言ったか?」

「いや、車は進むの早いなって」

「何を当たり前のこと言ってるの」

 彼と私はお互いに笑い合う、その乾いた笑い声が、空になったカップに木霊した。

アールグレイってなんだか大人な飲み物だよね

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