ルリ
セレナの部屋を出た俺はルリの部屋へと向かう。すでに俺は前の二人への対応で疲労困憊である。にもかかわらず最後はおそらく一番強敵だ。
俺には親がいない。魔物に殺されたからだ。それで小さい時から独りだったわけだが、それを不憫に思って俺を家族として受け入れてくれたのがルリの家だった。
最初はルリも他人だった俺にツンケンしていたものだったが徐々に仲良くなっていっていつのまにか俺を本当の兄のように慕っていてくれた。
俺もルリのことは本当の妹のように大切に想っている。それは今でも変わらない。だからこそ旅の途中でルリに言われた一言は俺の常識をひっくり返した。
――私はお兄ちゃんの事を一人の男性として好きなの。
あれは確か、ユーノとセレナが立て続けに俺に求婚してきた後だった。ルリが言うにはここで気持ちを伝えないとずっと妹としてしか見られないと思ったから、とかなんとか言っていた。
まあ確かにその発言があってから俺はルリの事をどういう風に見ればいいのか困った。だが俺は冷静になってその後の彼女たちの異常な執着心を目の当たりにして、
――いややっぱ普通に可愛い姫様が一番よくね?
そう思ったのだった。だってあいつら普通じゃないんだもん。なんかご飯とか作っても血とか混入させてるの見たことあるし。普通じゃないよ。
やばい、そんなことばっか考えてたら部屋に入るの怖くなってきた。いや頑張れ俺、やれるぞ俺。
そう言って俺はドアをノックしようとした瞬間、
「空いてるよーお兄ちゃん」
扉の奥からそう呼ぶルリの声がした。
ちょ、待てどういうこと? 今俺ノックすらしてないよね? なんでわかったの?
とりあえず俺は言われるがまま部屋の中に入った。するとそこには部屋着で何かの雑誌を見ながらお菓子を食べているルリがいた。
あ、なんだか実家のルリを見ているようで少し安心した。さっきの恐怖は杞憂かな。
「よう」
「んー、珍しいね。お兄ちゃんが私の部屋来るなんて」
「そ、そうか? まあちょっと言いたいことがあってな」
「そうなんだ! なになに?」
そう言ってルリは読んでいた雑誌を机に置いて俺の方へ向き直った。俺はちらりとルリが読んでいた冊子を見る。
あ、あれは「ゼグジィ」! 結婚特集や気になるあの人を極めて合法すれすれで落とす方法など結婚するためには手段を選ばない方法が書かれている魔の雑誌じゃあねえか!
ルリのやつあんなの読んでるのか、結婚する気満々じゃん。俺と。やばいなぁ大丈夫かなぁ。けど先延ばしするのもあれだしな。勇気を出そう。
「あのあれだよそのあれ。あのー結婚のさ」
「ああ! その事なら安心して? 家はねもう決めてあるんだ。ミセラル地方のさ、自然豊かなところにしようと思うの。お兄ちゃん自然好きでしょ? それにここは町まで近いし買い物とかも大丈夫。それに子供にはやっぱりたくさん自然と触れ合って欲しいしね。子どもはまだ気が早いな? いやでもやっぱりそういうことは早めに考えてた方がいいと思うし、名前もね一応考えたんだ。男の子ならイルキ。女の子ならキリ。お兄ちゃんと私の名前から考えたんだよ? お兄ちゃんは何がいい?」
「…………う、うぅ〜ん。むつかしいなぁとてもむつかしい」
俺は乾いた笑いしか出てこなかった。
なんでこいつらってこんなに将来設計早いの? あとこんなに俺と結婚できる自信を持ってるの?
あとお前子供の名前の考え方セレナと被ってるぞ。
「まあ一緒にゆっくり考えていこうね」
「いや、そのだな? ルリ、落ち着いて聞いてくれよ?」
「ん? なに?」
ニコニコとしながらこちらを見てくるルリ。俺は深く深呼吸をした。
「やっぱり俺はお前の事は妹としてしか見られない。お前とは結婚でき――」
「あっ!」
急にルリが大きな声を出して俺の声を遮った。え、なになに。俺の精一杯の勇気を無駄にする気か。
ルリはそのまま不気味なほどに笑顔で俺を見た。
「久しぶりにご飯作ってあげるよ。お腹すいたでしょ?」
「え、ちょ、ルリ。まだ話が」
ルリは俺の話を聞かずに立って台所に行ってしまった。まずいな、非常にまずい気がする。
トントントン、と軽快にまな板に包丁を走らせる音が聞こえてきた。ルリはこちらを向く事はなく、話しかけてくる。
「ねえお兄ちゃん。私がさ、お兄ちゃんと一緒に旅に出た時どういう気持ちだったと思う?」
「どういうってそりゃ、魔王討伐なんて怖いとかそういうのじゃないのか」
「違うよ。これでお兄ちゃんと二人きりで生活できるんだぁって思ったんだよ。家ではお母さんたちがいたからね。ある程度制御しなきゃいけなかったけど旅だったら何してもいいじゃん! って思って」
こ、こいつそんな事考えてたのか。次に仲間になるセレナは旅に出てから一ヶ月もしないうちに出会ったからな。その間に確かに色々と法に触れそうな事はされたが、あれは事故じゃなかったのか。
「へ、へぇ〜そうなんだぁ」
「なのにさぁ!!!」
ザンっと包丁が野菜を叩き斬る音が部屋に響いた。え、今そんな力その野菜に必要だった? まな板まで一刀両断されそうな音だったけど。
だがルリは何事もなかったかのようにそのまま料理を続ける。
「せーっかくルリとお兄ちゃんの婚前旅行のつもりだったのに、女騎士のゴミと魔法女のゴミが付いてきちゃってさぁ。私ね、ずっと考えてたの。なんでお兄ちゃんはルリの嫌がる事をするんだろうって」
「い、いや別に俺はお前に嫌がらせなんて」
「それで気づいたの! これはきっとお兄ちゃんからの試練なんだって! お兄ちゃんが私の愛を確かめるために行ってる試練なんだって気づいたの。だからそこからは私は我慢したんだよ? お兄ちゃんの脱いだ下着で自分を慰める回数も1日5回から4回に減らしたしお兄ちゃんが使ったティッシュを集めるのもやめたし夜こっそりお兄ちゃんと繋がるのも週に3回に減らしたし……料理に体液をあんまり入れなくなったし」
そう言ってルリはグツグツ煮えたトマトスープの鍋をテーブルの上に置いた。
え? いや、ちょっと待って。なんか今俺が知らなかった新情報がとてつもなく発表されてなかった? え、俺って童貞じゃなかったの? 知らないうちにルリに奪われてたの? 確かにたまに朝すっきりしてることあったけどあれってそういう事だったの?
「はい、できたよトマトスープ。召し上がれ」
そしてこのトマトスープの赤色が血の色にしか見えなくなってるのは俺だけ?
ルリはスプーンでスープをすくうとそのまま俺の口に運んできた。
「はい、あーん」
「あ、あーん」
全く笑顔のないルリからのあーんを俺は無抵抗で受け入れる。何故か鉄のような味がするような気がするんだが気のせいか?
「美味しい?」
「お、美味しいよ」
「よかったよかった。秘伝の味付けをしただけあるね」
秘伝の味付けってなに? どんな秘伝?
まあいい、とにかくルリに断りをいれねば。
俺はルリに向き合う。
「な、なぁルリ」
「なぁに?」
「俺はさ、お前とは結婚できないよ」
「……なんで?」
ルリはトマトスープを食べながら俺の瞳を捉えて離そうとしない。
俺は唾をゴクリと飲みながら話を続ける。
「お前の事は妹としてしか見れない」
「ふぅん。じゃあ誰と結婚するの?」
またその質問か。やっぱりみんなするんだな。
「リーフィア姫だ」
「そうなんだ。まぁ可愛いもんね」
「お、怒らないのか?」
「怒る? なんで。私はお兄ちゃんの幸せが一番だと思ってるから、お兄ちゃんがそれが幸せならそれでいいよ」
「そ、そうなのか」
な、なんだ。なんでこんな急に物分かりが良くなったんだ。
そのままルリはリーフィア姫のことについて俺に聞いてきたりして、俺はそれに丁寧に答えた。
そして時間が経ちルリの作ったトマトスープも完食した。
「と、トマトスープもなくなったし、俺帰るわ」
「わかった。色々とごめんね、お兄ちゃん」
「気にすんなよ。お前は俺の大切な妹だからな」
「えへへ」
頭を撫でてやるとルリは嬉しそうに顔を赤らめた。
そして俺はルリの部屋から去った。
やった、全員にきちんと断れたぞ! やればできるぞ俺! あ、あとはリーフィア姫にプロポーズするだけだ。よーしやってやるぞぉ!
「……もう、お兄ちゃんは私に試練を与えるのが好きだなぁ」
去り際にルリの部屋から何か聞こえたような気がしたが聞こえなかった。
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