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三男編の前編

重い内容になります。

三男は早産だったのです。

なので、苦手な方はここで読むのを止められることをオススメ致します。m(_ _)m

 三男の妊娠に気づいたとき、またも産院選びが始まりました。この頃はママ友達が増えていたので、いろんな情報を貰えました。


 このとき私は三十代半ば。初産では無いとはいえ、何か虫の知らせ的な予感があったのでしょうか? いろいろ考えた末に、救急指定のある総合病院で産むことにしたのでした。


 九月十八日。それが三男の出産予定日でした。暑い暑い夏を越えても、まだまだ暑い、残暑の厳しいころ……。それはこの年に小学校に上がった次男の、初めての運動会の三日後を意味していました。行ってあげたいな、出産が遅れるといいな、と思いました。結果を先に言うと、運動会は見に行くことが出来たのですが……。


 『夏の妊婦は暑い』という言葉をご存知でしょうか? 上の息子たちは早生まれの一月と三月のお産だったので、大きなお腹で夏を過ごすのは初めてのことでした。


 確か梅雨が短く、七月上旬から熱帯夜が続いていて、昼間もかなり暑かった年だったと記憶しています。テレビのお天気コーナーでも、熱帯夜について触れていました。


 電気代削減のために子供たちが夏休みに入るまではと、昼間は冷房を点けるのを我慢していました。今考えるとそれも要因の一つだったのかもしれません。


 七月二十一日は、上の子たちの通う小学校の終業式でした。丁度検診日だったので、子供たちが学校へ行くとすぐに病院へ行きました。


 このときお腹の子は八ヶ月で、順調で何の問題も無かったのです。「もう三人目の子供だし、上の子たちと年齢が開いているので一から準備しなくてはいけないから、性別を知りたいのですが?」とお医者様にお願いをして、性別を教えて貰いました。


 そっかぁ、とうとう女の子には縁がなかったなーと思いました。旦那が男三兄弟なので旦那の血が濃いのか? なんて思ったりしました。幸せな、楽しい時間でした。


 いよいよ暑い長い夏休みが始まる……。大きなお腹で、これから夏をどう過ごそうかとも考えました。


 次男も小学生になったから、なるべく学校のプールに行って貰って、土日は少年野球もあるし、それ以外のときは図書館でも連れていこうかな? あとは花火大会と市民祭りは定番だし。今年は海やプールはパパとじじに任せよう。そんなことを考えていました。




 異変は翌日やって来ました。朝起きたときに、お腹が変に突っ張る感じがしたのです。赤ちゃんがお腹の中で暴れているのかな? と最初は思いました。


 少し待ってみると治まったのですが、暫くするとまた内側から押される様な、突っ張った痛みが始まります。家事は休み休みすることにして、様子をみることにしました。「今日は随分活発に動くんだなぁ」と、呑気に思っていました。


 本当はすぐに病院で診て貰うべきだったのかもしれませんが、上の子たちの妊娠期間中、それもまだまだ生まれない時期の『お腹の張り』というのは、経験したことが無かったのでした。


 洗濯物を干すのに一々しゃがんで立ったり、あるいは前屈(まえかが)みになったあとに腰を起こして背筋を伸ばしたり、といったことをするのが躊躇(ためら)われ、次男にお願いして、洗濯物を一つひとつ取って手渡しして貰いました。


 午後になって子供たちは学校のプールに出かけてくれました。なので横になってのんびりすることにしました。お腹はずっと張ったり、治まったりを繰り返していました。


 そして、その瞬間がやって来ました。トイレに行ったのです。ふと便器を見ると、ーー真っ赤でした。


 頭が真っ白になりました。


 ーーえっ? うそ? なんで? 


 ーーどうしよう。


 トイレから出て、とりあえず旦那の携帯に電話しました。続いて看て貰っていた総合病院の受付に電話。それから次男が幼かった頃に育児サークルで知り合い、毎日のように公園で一緒に遊んでるママ友に電話しました。


 何故かママ友との話だけは今でも覚えています。


「なんかさ、トイレに行ったんだけどね、トイレが真っ赤になっちゃってさ」


「分かった、大丈夫よー。今行くからねー」


「病院で診て貰おうと思うんだけどさ」


「分かった、送ったげるよー」


「あ、いや、次男たちを学校のプールに行かせちゃって」


「それも迎えに行くから。それでその後は私のところで預かるから、大丈夫よー、大丈夫だからねー」


 と、『大丈夫』と何度も言って貰えたことで、やっと現実が帰って来ました。それまでは慌てるというより、ふわふわとして、何処かドラマでも視ている気分だったのでした。


 そうして病院まで送って貰い、診察して頂きました。個人病院とは違って産科の先生は三人いらっしゃいます。常に交代で誰かしらいらして、緊急時にはすぐに診て貰えるというのは、とても心強いことでした。


 普段診察で担当して下さっていたのは、おじいちゃん先生でしたが、この日はいらっしゃらない日でしたので、外の先生が診察して下さいました。


「まだ早いんだけどね、陣痛が来なければ帝王切開だね」


 ーーえっ!? なんで!? まだ八ヶ月じゃん。ってか、夏休みに入ったばかりで、上の子たちはどうなるの!?

 

 既に赤ちゃんの位置が悪かった様なのです。破水しちゃってたんだっけな? 説明を受けた覚えはあるのですが、相変わらずのお腹の張りや、出産という言葉にパニくっていたのでしょう。詳しくは覚えていません。


 沢山の書類にサインをした覚えがあるのですが、それも何の書類だったのか覚えてません。……多分何処かに取っておいてあるはずですが。


 だんだん強くなる痛みに、長男・次男のときの陣痛が思い出されて来ました。


 普通、分娩というものは赤ちゃんが大きく重くなるのに合わせ、子宮の底が柔らかくなって骨盤が開き、子宮口が広がりやすくなるのだそうです。


 そういう意味では、まだまだ母体がガッチリと赤ちゃんを支えている時期。どんどん強くなる痛みに対して、私の体が出産の準備をなかなか始めなかったのでした。


 早産で出産になると聞いた瞬間こそ、「こんなに早く産まれちゃっても大丈夫?」と思ったのですが、いざ産むとなったら「あー、でも小さいならするっと産まれるかも」と思ったのに、大間違いでした。神様は三回とも等しく、産みの苦しみを与えて下さったのでした。


 夜になって旦那が来てくれました。次男のときとは違い、「長男と次男が心配だし、この病院は新生児医療も充実してるから帰ってもいいよ。何かあったら電話して貰うから」とかなんとか言った気がしますが、旦那はいてくれました。


 とにかく、三男が一番痛くて長かったと記憶しています。


 夜11時過ぎになって、やっと産まれました。体重1744グラム。長男の出生体重のおよそ半分です。


 何か処置をされ、NICU(新生児集中治療室)へ運ばれて行きました。そして、すぐに診察と治療が始まったようでした。産まれたときの病名は12個ぐらい。これは母子手帳に記入されています。


 何日かして、やっとNICUへ面会に行くことが出来ました。NICUに並ぶ、小さな保育器……。看護師さんに先導されるまま着いていきました。


 NICUは手前と奥と二つに区切られていて、三男は奥の部屋にいました。奥の部屋の保育器は、形状がぴっちりと覆われているような形をしていました。


 何人か赤ちゃんがいましたが、ジロジロ見るのは躊躇われ下を向いて通り抜けました。


「こちらがメイビさんの赤ちゃんです」


 とても小さな赤ちゃんでした。見た瞬間、胸に申し訳なさが溢れて来て、いたたまれませんでした。


 産着はなく紙おむつだけでうつ伏せに寝かされ、背中に心音を測る装置が貼られ、口の中に管が入っていました。左手から点滴をしていて、外れない様に包帯でぐるぐるに巻かれていました。


 この病院のNICUでは、看護師さんたちが交代で育児日記のような物を付けて下さり、毎日ポラロイドの写真を撮って下さいました。


 今回、この話を書くのに見直していると、本当に温かな目で三男を見守って下さっていたのだと、改めて思います。その節は、本当にありがとうございました。




 私は一週間後には退院になりましたが、三男は予定日の三日前、9月15日に退院になりました。その間何度もお見舞いを兼ねて、搾乳器で搾った母乳を届けました。


 やっと普通の出生体重に近くなり、退院出来ました。なので運動会にお弁当を作ってあげることも、全部では無いですが見に行くことも出来たのでした。


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