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次男編


 次男を妊娠したことに気づいたとき、長男の出産が破水からだったことを踏まえ、なるべく家から近いところで産もうと思いました。


 長男を産んだA市のA産婦人科が、いかに素晴らしい産院であったのかを知るのは、出産した後だったのでした。


 しかし旦那の実家に住むことになって、引っ越しをしてしまったので、その産婦人科からは遠くなってしまいました。


 ちなみに長男を産んだのは二十六歳のとき、次男は二十八歳のときの子供です。って、どうでも良いですね、そんなこと。



 まぁなんとか産院も決まり、実家の方でのゴタゴタも落ち着き、順調にお腹も大きくなっていきました。


 次男の出産予定日は四月七日。お釈迦様の誕生日の一日前です。あらまぁ! 三学年差だ。三学年差は卒業や入学が重なって大変だと聞いていたので、二学年差で子育てをしたかったのです。


 ……でも産まれる一か月前から臨月といって、赤ちゃんがいつ産まれてもおかしく無い状態になると聞いていたので、こりゃどうなるんだろう? まあ、いつ産まれても良いから、元気な子が産まれるといいな、と思いました。




 三月の終わりの二十六日の早朝、腹痛で目が覚めました。


「あれ? なんか、お腹痛い」


 何度も言いますが、長男のときが破水からの出産だったのです。長男のときに出産は陣痛から、と思い込んでいたのとは逆に、今回は出産は破水からと思っていたようなところがあります。思い込みが書きかえられていたんでしょうね、人の記憶って面白いもんです。


 暫くすると痛みが引いたので、『なぁんだ、もう少し寝よう』と、横になりました。が、何十分かするとまたお腹が痛い。ひょっとして、と時間を計ってみることにしました。


 規則正しい腹痛の波。陣痛でした。


「パパッ、陣痛だ! 産まれる!!」


 旦那を叩き起こしました。慌てて出産の参考書(マニュアル)を開いて、陣痛がどのくらいの間隔になったら、病院に行くべきかを調べました。


 そうそう、この日が拙作、『車に魂は宿るのか?』に書いたエピソードの日です。


 それまでVIVIOという軽自動車に乗っていたんですね。これは私が独身のときから運転していた車で、旦那が持っていた180SX(だったかな? この話を書いてるのは秘密なので確認していません)は、旦那がもう1台仕事用の車を持っていたのもあり、結婚とともに手放したのでした。(私の免許はオートマ限定で、マニュアル車の運転が全く出来ないもので(汗))


 それで子供が増えて、流石に軽自動車では手狭になるからと、ステップワゴンを購入することになりました。この日は丁度、旦那はディーラーとの何か用事があって、それ以外にも用事が重なって、仕事の休みを貰っていたのでした。


 だんだん陣痛の間隔が短くなってきました。お舅さんに長男をお願いし、産院に電話をしてから向かいました。


 後から知ったのですが、産院と言えども病院は病院。開院前に行くと、時間外料金をとられるのです。電話したときに教えてくれりゃー良かったのに。世知辛いものです。行くのをもう少し我慢すれば良かったと後悔しました。


 産婦人科に着いたのは朝七時半くらいでした。それから診察などをして貰いました。そして待機。


 朝御飯を食べていなかったので、旦那がコンビニでおにぎりとお茶を買ってきてくれました。食べていると中年の看護婦さんが来て、「あんまり水分を摂ると、出産のときに尿が出ちゃうわよ」と言いました。


 様々な出産情報誌などから、『食欲が無くても出産は時間がかかるもの。水分はしっかり摂りましょう』というような文面を見ていたので、『?』な気分でした。それでも看護婦さんの言うことだからと、飲み過ぎないように気をつけました。


 そして前回と同様、だんだんと痛みが強く、間隔が短くなって来ました。


 旦那はお舅さんが仕事に行くので、一旦家へ帰って長男を連れて、ディーラーとの用事だけ済ませ、また病院へ来ることになりました。


 またも激痛に叫んでいると看護婦さんに叱られ、子宮口の大きさをチェックして貰いました。


「まだまだだねー、夕方になるよ」


「上の子のときも、そういう話を聞いてから二時間後だったのですけど、……」


「そう?」


 そんな感じの会話をしました。それからどんどん陣痛の間隔が短くなっていきました。強い腹痛の合間に、そういえば剃毛も浣腸も尿道カテーテルもしていないことに気がつきました。


 初めてのお産でやったことを、しないというのは不思議な感じがしましたが、まだ羞恥心があったので、自分からそのことを告げることは無かったのです。


 この辺りで前の産婦人科と、この産婦人科の違いに気づいてきました。


 最初の産婦人科は建物も設備も新しく、当時の最新の考え方で運営されていたようでした。看護師さんたちスタッフも皆若々しく、でも優しくてしっかりとした方ばかりでした。 


 高まったいきみを逃すときや、逆に産む為に力を込めるときの言葉かけも、優しくも力強くて、赤ちゃんが少し大きめの割りに楽なお産でした。全身を使って産んだ、という感じがしました。


 入院中も、人見知りをちょっとしてしまう私には、程好い距離感で接して下さったのです。


 産んだ翌日から「シャワールームを使って下さいね」と言われ、「お湯を浴びると産後の回復が早くなるんですよ」と説明を受けました。汗だくでべたべたでしたので、これは嬉しかったです。


 長男のときはそんな入院生活で、大満足のお産でした。



 子宮口の大きさをチェックして貰ってから約一時間後、何度めかの叫び声をあげてしまいました。そしてまたもチェックしてもらうと、看護婦さんが焦ったように「子宮口開大、先生を呼んできて!」と、他の看護婦さんに言いました。


 ーーえっ! さっき夕方って言ってたじゃん? それに私も、上の子の出産のとき、急に広がったって話もしといたじゃん。



 ここの看護婦さんはおばちゃんばかりで、あまり評判が良くなかったことを知ったのは、この何年か後に、長男が幼稚園に入ってから知り合ったママ友たちからでした。



 いきみがたかまっても、上手く力が入っていきません。呼吸も上手く出来ませんでした。


 そして、その場にいた看護婦さん達の中の一人が、突然言いました。


「メイビさん、お産2回目なのに、いきむの下手~」


 からかう様な口調にカチンと来ました。その瞬間頭に血がのぼり、分娩台の上にいるというのに、飛び降りようと、逃げ出そうとしました。


「メイビさんっ!!」


「何しようとしてるのっ!!」


 口々に言われましたが、痛みと、いきみの苦しさと、その看護婦さんの言動が許せなくて、大きな声で何かを喚き返しました。


 …………何を言い返したか、覚えていませんねっ!! ま、いっか。今思い出しても腹が立つし。最初の産婦人科の看護師さんたちとは、言葉かけがあまりにも違っていたのですよ。ぷんすか。(先生は、気弱そうなおじちゃんでした)


 それに、子宮口が開ききる少し前、旦那が長男を連れて戻って来てくれていたのですが、「まだ産まれないから、帰ってていいわよ」と言って、旦那達を帰してしまっていたのです。それで旦那は、暫く私が忙しくなるから長期的に遊べるおもちゃを買ってあげようと、長男とおもちゃ屋さんへ行き、そこで物色してるときに携帯に電話がかかってきて、「もう、産まれましたよ」と言われたとのことでした。これも納得できてませんね。



 何とか気を取り直し、というよりも腹が立ったまま、次男を産みました。体重は2646グラムでした。


 産んだ瞬間、もう一回お腹に押し込めて、違う病院でかっこよく産み直したいなあ、と思ったのでした。これが次男の出産エピソードです。



➡三男編へ続く

 

補足情報。

 入院するときは軽自動車で、退院するときはワゴン車でした。暫く運転しないとはいえ、急に大きくなった車のサイズの違いに、擦りまくりましたとも!! しくしく。

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