幽閉
ミラボウの町で捕らえられたアーサーは、ファレーズ城まで連行され、その牢獄塔に幽閉された。
叔父ジョンの軍が、80マイル(128キロメートル)も離れたル・マンからたった二日でやってくるとは、思いもよらなかった。不意をつかれたアーサーは、ほぼ無抵抗のまま囚われの身となってしまったのである。
ミラボウ城には、祖母エレノアが立て籠っていた。エレノアが、今も叔父陣営の強力な後ろ盾であることは周知の事実だ。アーサーは、その祖母を捕虜にして、叔父の優位に立とうと奇襲をかけたのである。
が、アーサーは未だ一五の少年に過ぎない。昨年、自らの後ろ盾だった母コンスタンスを喪い、指揮官として初めて戦いに挑んだ若者が、長年の紆余曲折を経て王位を掴んだ叔父に敵うはずはなかった。裏をかいたはずのアーサーの目論みは、予想を上回る叔父の機動力の前に、脆くも崩れ去ったのである。
一方、首尾よく危険な甥を手中に収めたジョンだが、その処遇には頭を悩ませた。
何しろ、アーサーは、亡くなった兄ジェフリーの息子である。自分と同格、いや、むしろ自分よりも上位の王位継承権を持つ少年なのである。
そもそも、その甥が、自らの正統性を主張し、イングランド王位を要求してきたのが、この争いの発端なのだった。しかも、ブリタニー地方の公爵でもあるアーサーには、未だ熱烈な支持者も多い。背後にはジェフリーを寵愛したというフランス王フィリップの影もちらつき、いかに自分の手に落ちたからと言って、安易に手を出せる存在ではなかった。
そこで、ジョンが選んだ手段が、ファレーズ城での幽閉なのだった。
崖の城とも呼ばれるファレーズの城は、町を見下ろす小高い丘の上に立っている。代々ノルマンディの公爵の居城となってきた場所で、当面の間、囚われの王子を住まわせるのには都合が良かった。
そこで、若きアーサー王子の牢番を任されたのが、ケント伯ヒューバード・ドバーだった。ドバーは、数年前からファレーズ地方の管理を任されている、王の長年の腹心である。
城に連れて来られたアーサーを見て、ドバーがまず驚いたのがその美しさだった。
中背で、浅黒く、どちらかというとずんぐりとした体型のジョンに対し、アーサーはすらりとしてしなやかな肢体をしている。少年特有の滑らかな肌は雪のように白く、頬はばら色で、肩まで伸びる髪は、美しい金髪だった。ドバーは、アーサーの父、ジェフリーを知らないが、母コンスタンスの美貌は広く知れ渡っている。
(……そういえば、この子の姉は、麗しの乙女と名高い、あのエレノアだ)
ドバーは、一度エレノアを見たことがあるが、噂に違わぬ美しさだった。なるほど、と思った。
そもそも、ジェフリーも、あのフィリップ王の寵愛を受けていたのだ。ジョンの実兄とはいえ、弟とは似ても似つかぬ、眉目秀麗な騎士であっただろうことは想像に難くない。その美形二人を両親を持つ姉弟が、どちらも類い稀な美貌を持って生まれてきたとしても、何ら不思議はなかった。
ただし、少年が美しいということは、女性が美しいこととは何かが異なる。本来、美を期待されない性に属するものに与えられた美は、どこか尋常ではなく、見るものを惑わせる。美しさを自覚し、それに見合った立ち居振る舞いをする女たちとは異なり、自らの美しさを知らず、無防備で、時に少年特有の未熟で横柄な立ち居振る舞いをする。そこに、そこはかとない違和感が漂う。その違和感が、見るものに、妖しさと清らかさを同時に思い起こさせる。
アーサーは、まさにそういう類の少年だった。
「……盗人の犬め!」
ドバーの素性が分かると、少年は、そう言い捨てて唾を吐いた。窶れた姿も、血と泥に塗れ、薄汚れた着衣も、その美しさを妨げることはなかった。ドバーは、振る舞いの無礼に腹を立てるよりも、軽蔑に満ちた少年の面ざしの美しさに目を奪われた。