表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/27

奴隷を買うのはテンプレ

「これが、王都か……」


 俺は目の前の喧騒を眺めながら、感嘆の声を漏らす。


 大通りに軒を連ねる商店から次々に威勢の良い呼び込みの声がかけられ、そこを、戦士や旅人など様々な恰好の人が行き交っていた。


 思えば、召喚されて以来、生活の場はほとんど王宮の中に限られていた。森林探索に出かける時も馬車での移動なので、こうやってこの世界に住まう人々の現実の生活の場に触れるのは初めてだ。目の前の賑やかな光景は、日本の首都東京の華やかさとはまた違うものの、まるで海外旅行に来たかのような新鮮さがあった。


「さてと、まずは宿を探さないと」


 しばらく王都の賑わいに圧倒されていた俺だったが、ふとすべき事を思い出して我に返る。今日からの生活は全部自分でやらなければいけない。まずは生活の拠点である宿を確保しないと。

 通りの名前や目立つ建物などを目印に、昨日部屋付きのメイドさんに教えてもらった宿を探す。二度ほど通りを行き来した辺りでようやく目当ての宿を見つけた。

 

 ―――"銀の狩人亭"


 看板に記された文字をしっかり確認し、宿屋の扉を開く。

 そういえば、異世界なのに文字の読み書きや会話が普通に出来ているな。今まで当たり前のように意思疎通が出来ていたから気付かなかったけど。


 召喚された時に自動的にスキルが付与されたが、この読み書きが出来るのも、召喚者に対する特権みたいなものなのだろうか?


「いらっしゃい! お客さん一人かい?」


 そんな事を考えていると、宿屋の受付らしき中年のおばさんから声がかかった。


「あ、はい」

「一泊50ゴルドだよ。朝晩の食事付きなら80ゴルドだね」


 ゴルドというのはこの国の通貨単位だ。一家庭が一ヶ月生活するのに大体2000~3000ゴルド必要らしい。それを基準に考えると、感覚的に1ゴルド=100円ぐらいになるのだろうか。ということは、この宿は素泊まりは50ゴルド……、日本円で5000円か。わりと良心的な値段のような気がする。


「見た所お兄さん旅人みたいだね。髪の色もこの辺じゃ見かけないし。連泊してくれるなら多少安するけど、そうするかい?」

「そうですね、食事付きで取り敢えず一週間お願いします。あとでもう一人合流する予定なので出来れば二人部屋で。それから、お風呂はありますか?」


 俺がそういうと、おばさんはヤレヤレといった具合に苦笑いした。


「お風呂なんて高価なものはウチの宿にはないよ。身体を拭く用のお湯とタオルなら一日5ゴルドで貸し出ししてるけど……」

「あ、じゃあそれも一週間分お願いします」

「あいよ、じゃあオマケして1150ゴルドでいいよ」

「ありがとうございます」


 皮袋から1200ゴルド分の硬貨を取り出しておばさんに渡す。おばさんはその硬貨を確認してから50ゴルドのお釣りを渡してきた。


「はい。じゃあこれが部屋の鍵。お客さんの部屋は二階の突き当りだよ。ご飯は一階の食堂で出すから。お湯の方は、夕方にでも宿の者に声を掛けてくれたら準備するよ」

「わかりました」


 あてがわれた部屋は、ベッドが二つと机が一つあるだけの簡素な造りの部屋だった。殺風景だけど、シーツや床も綺麗で不潔な感じがせず、初めての宿屋で内心ビクビクしていた俺には一安心だった。


 これで取り敢えず一週間の寝床は確保できた。値段も手頃だし、紹介してくれたメイドさんには感謝しないとな。


「さて、と……」


 荷物を部屋に起き一息ついた俺は、次の予定について頭を巡らせる。


「次は、奴隷商か」


 俺はそう呟きながら、昨晩の大野との話し合いを思い出していた。



―――



「―――異世界に来たのなら、獣人のモフモフ奴隷少女を購入するのがテンプレでござるよ!そして、その可哀想な奴隷少女を優しく扱ってあげるでござる。そうすると、奴隷少女は片桐氏に信頼と好意を寄せるようになり、「ご主人様……♡」と毎晩片桐氏のことを……!」


「そういうのいいから。俺は王宮を追放されて結構マジメにピンチなんだぞ」


 オタクモードに入って鼻息の荒い大野を俺はピシャリと制する。


「うぐっ。……まぁ、確かに片桐氏の心境を考えたらいささか配慮の足りぬ言い方でござった」


 俺がちょっとマジで睨み付けたので、大野も少しバツの悪そうな顔をする。


「されど、拙者の話も聞く価値があるでござるよ!」

「……ほんとかよ」


 再び身を乗り出してきた大野に、俺は胡散臭い気な視線を向ける。とはいえ、ほっといてもコイツは勝手に喋り始めるだけだと思い直し、大野の話を聞くことにした。


 そんな仕方なしに聞き始めた大野の話だったが、意外と参考になる点は多かった。


 大野は、購入する奴隷は獣人とすること。そして、可能ならば弱っている女の子にするようにと強く提案してきた。


 この世界には獣人と言われる動物の耳や尻尾を生やした半分獣みたいな種族が存在する。他にもエルフとかドワーフとか様々な種族がいるらしく、座学で学んだ時はさすがは異世界だなと感心したものだ。問題はこの獣人、このパノティア王国では被差別階級にあたる。その為、この国の要職に獣人が就くことはほとんどなく、王宮でもその姿をまず見かけない。それどころか、売買される奴隷の多くはこの獣人らしい。完全に迫害された存在だな。


 この話を初めて聞いた時の大野の取り乱し様は凄まじかった。高校一年生にもなって奴はガチで号泣していたのだ。

 ―――曰く、画面越しでしか見ることが叶わなかったモフモフ獣人、そのモフモフがこの世界ではリアルに動いて生活しているのにその姿を見る機会がないなんて……。

 そう論点のズレた嘆きを延々と聞かされた。


 まぁ、大野の嘆きはさておき、大事なことは獣人がこの国では差別の対象となっていることだ。その被差別の獣人奴隷を購入し、手厚く遇する。と言っても、別に特別なことをする必要はなく、現代日本人が他人に普通に接する感覚で十分のようだ。この国では獣人にそんな扱いをする人はおらず、それだけで奴隷さんからの好感度は爆上げ間違いなし、と大野は自信あり気に言った。


 さらに弱っている奴隷というのもポイントらしい。弱っている奴隷ならある程度栄養価の高い食事を与えれば回復するだろうし、これもこの国で奴隷にそんな食事を与える人間など(以下略)。


 まぁ、とにかく、大野の話を簡単に言うと、異世界人と俺達日本人の感覚の違いを利用して、裏切る可能性の低い奴隷を手軽に手に入れましょうということだ。


 ちなみに女の子っていうのはあくまで自衛のためだ。奴隷とはいえ相手は迫害されている存在。もしかしたら逆恨みで購入者である俺に危害を加えてくることだって考えられる。そうなった時、男の奴隷より女の奴隷の方が力も弱く対処しやすいだろうという話だった。


 ……なんと言うか、大野って意外とかなり計算高いんだな。

 大野の説明を聞き、俺がそう率直な感想を述べると、大野は「全てはテンプレでござる」と言って笑っていた。


 ともあれ、大野の提案にはなるほどと頷かされる箇所が多かった。正直に言うと、知り合いのいない異世界で一人で生活するのは不安だらけだ。そんな中、奴隷とは言え好感度の高い仲間が出来るのは魅力的な話に聞こえた。

 それに、大野は戦闘補助の依頼をギルドに出すことにあまり乗り気ではなかった。いや、依頼を出すこと自体はいい案だと考えているみたいだが、もう少し後の方が良いと言っていた。何せ、こっちは依頼料の相場を知らないどころかこの世界の金銭感覚すらないのだ。そんな無知な俺が依頼を出すと、足元を見られてボッタクられる可能性もゼロじゃない。多少なり異世界生活に馴染んでから依頼を出すべきだと大野は提案してきた。


 そんな頼もしすぎる大野(オタク)の助言を聞き入れ、俺はまず奴隷を購入することに決めた。その後、やる気のスイッチが入った大野はメイドさんの所に赴き、王都にある信頼できる奴隷商の名前とか奴隷の相場を聞いてきてくれた。何から何までやってくれる大野に感謝して礼を言うと、

 

「大したことはないでござる。片桐氏の為ならお安い御用でござる。だけど、少しでも恩義を感じてくれるなら、近い将来、拙者に一目そのモフモフ獣人を……」


 やはり、最後は残念な大野だった。……まぁ、今回はかなり感謝してるけど。


 という訳で、俺はあらかじめピックアップしてきた奴隷商の場所を宿屋のおばちゃんに聞くことにした。


「ああ、その奴隷商なら大通りから一本中に入った所にあるよ」

「……なるほど、割と近いですね」

「それにしても、その若さで奴隷持ちとは、実はアンタ結構いいトコの坊ちゃんなのかい?」

「いえいえ、たまたま臨時収入が入っただけです」


 俺はおばちゃんの詮索を適当に誤魔化すと、礼を言って宿屋を後にした。


 奴隷を買うなんて引かれないかな、と少しビビっていたのだが、おばちゃんはアッサリしたもので顔色一つ変えなかった。


 どうやら、昨日リチャードさんから聞いた本当だったようだ。


「確かリチャードさんは、冒険者が斥候や囮役として奴隷を購入するのはよくあるなんて話をしていたな。そう、囮役として……。って嫌な事を思い出しちゃった」


 俺は、奴隷が囮役として使われると聞いた時の、リチャードさんとの苦々しいやり取りを思い出した。


 実は昨日、王宮追放を免れる最後のあがきとして、俺が回避系タンクを目指しているという話をリチャードさんにしたのだ。

 武器が装備出来ない俺でも戦闘で役立ることがないか試行錯誤したこと。そして考え付いたのが「回避系タンク」という役割であること。最近【縮地】の技能を授かり努力が実を結びつつあることを訴えたのだ。


 そんな俺の言葉に対し、リチャードさんは渋い表情をして言い辛そうに言葉を紡いだ。


「……その「回避系タンク」と言われる役割ですが、実は一部の冒険者や軍で実施しております」

「……! そうなんですか!?」


「はい。……ただ、その役割を担うのは主に、その、奴隷で……。はっきり申し上げますと、囮と言うか、捨て駒の様な扱いなのです……。ですので、その「回避系タンク」でカズヤ殿の悪い噂を払拭するのはなかなか難しいかと……」


 リチャードさんの言葉を聞き、俺は目の前が真っ暗になったようなショックを受けた。それは、俺の一ヶ月近い努力は無駄だったと言われたのと同じなのだ。だけど、この後に続くリチャードさんの言葉に少しだけ気持ちを持ち直す。


「しかし、習得までに通常半年はかかると言われている【縮地】を僅か一ヶ月ほどで習得されたのは、さすが勇者様と言うべきですな。おそらく我々よりレベルアップが早いという恩恵もあるでしょうし、武器が装備出来ないとはいえ、素早さと剣士の腕力を生かした近接戦闘職を目指される手もありますね」


 つまり、武道家とかそんなのか。

 リチャードさんの言葉なただの慰めだったのかもしれない。だけど、アレもダメ、コレもダメと悲観的な話ばかりが続き、いい加減俺の心が折れてしまいそうなので、ここは近接戦闘職としての生き方もあると前向きに捉えることにした。





 大通りを一本中に入った所に、(くだん)の奴隷商はあった。

 飾っ気ない建物に付けられた看板には、奴隷商の商会名と、その下に王国公認である旨が記されていた。


 中に入ると、30代半ばぐらいの男がにこやかに挨拶してくる。


「いらっしゃいませ。本日はどのような奴隷をお求めで?」

「えーと、獣人の奴隷を探しているんですが、予算は6万ゴルドぐらいで」


 獣人奴隷の相場はだいたい4~5万という話だ。もちろん、奴隷の質によって跳ね上がったりもするが、平均するとその辺りらしい。俺は念のため、少し多めの額を提示することにした。6万ゴルドと言えばこの世界の一般家庭が2~3年生活できる。かなりの高価な買い物だ。王宮から20万ゴルドの支度金を貰ってなかったら俺だってとても手が出せなかっただろう。


「畏まりました。それでは、こちらの部屋へどうぞ。ただいまお客様のご希望に沿う奴隷を準備して参ります」


 受付の男は恭しくそう言い、俺を別室に案内した。

 しばらくその部屋で待っていると、先ほどの男――奴隷商が10人ほどの奴隷を連れてやってくる。その半分が男だ。しまった、女の子の奴隷と言うのを忘れていた。でも、今更女の子奴隷限定なんて言うといろいろ勘繰られそうだったので、そのまま全員見ることにした。


「お待たせしました。こちらがお客様のご予算に適う奴隷でございます。どうぞごゆるりとご覧ください」

「分かりました」


 ゾロリと立った奴隷たちは、一斉に俺の事を覗う。一度に全員から視線を向けられて怯みそうになる。


(何か、緊張するな……)


 オドオドしてるのがバレテないかな、そんなことを考えしつつ奴隷一人一人を確認していく。


(おお、本当に耳や尻尾がある。……それにしても……)


 奴隷たちは10代~40代ぐらいまで年はバラバラだった。やつれていたり、怪我を負っていたりで、どの奴隷も皆みすぼらしい。そして、雰囲気も全体的に暗く、改めて奴隷を買うという行為に後ろめたさを覚えた。


(いや、俺は奴隷に厳しくするつもりはない。大野の話では、ここで奴隷を買うことはむしろ人助けに近いんだ! ……ん?)


 ふと、俺の目線が一人の奴隷の元で止まる。


 背格好から十代半ばぐらいだろうか。灰色の髪の色をした、たぶん女の子の奴隷。たぶんと言ったのは額から頬に掛けて大きな傷があり、顔の造りがよく確認できなかったから。その少女は片耳と尻尾も欠けていた。そして、明らかに憔悴しきっていて、立っているのもやっとという有様だった。

 その壮絶な姿もさることながら、俺の注意を惹いたのは、薄っすらと覗くその瞳の色だった。

 

 悲壮感というのも生温い。絶望、諦観。そんな色しか宿していなかった。

 

 少女の瞳に既視感を覚え、思わず俺の気分が悪くなる。

 どこかで見たことがある瞳の色。……そうだ、あれは中学校時代の昼休み……。ずぶ濡れになりながら、トイレの鏡に映る自分の姿を見た時……。鏡の映る自分の瞳……。目の前の少女の瞳にそっくりな……。


 そこまで考えて、ふと他の奴隷たちの目にも視線を向けた。すると、どの奴隷も死んだ魚のような、絶望に染まった瞳の色をしていることに気付く。少女の瞳に最初に注意を惹かれたのは、彼らの中で最も暗い色を宿していたからかもしれない。


 先ほど中学時代の俺の瞳にそっくりだと言ったが、そんな考えは烏滸(おこ)がましい。この人達は、一度買われるとその主人に命を握られ、その後はまったく自由の無い生活を強いられてしまうのだ。中学時代の俺とは絶望感に雲泥の差がある。


「……この少女はいくらですか?」


 俺は横に控えた奴隷商に少女の値段を尋ねる。


「この少女、ですか……。お客様、値段のお話の前に一つ。この少女は先日売られてきたばかりですが、その時から体調が芳しくありません。その点を事前にご承知頂けますでしょうか?」

 

 どういうことだ? すぐ死んじゃうかもしれないけど、後でクレームつけるなってことか?

 じゃあ、なんでそんな子がいるんだよ。

 俺が憤りも兼ねて聞くと、


「……そういった奴隷を好む方もいらっしゃいますので……」


 ……聞くんじゃなかった。

 この世界は日本じゃない。被差別人種に、奴隷に人権など存在しない。きっと奴隷を守るような法律はおろか社会常識すらないのだろう。改めてこの世界の厳しさと薄暗い部分を突き付けられる。俺は一瞬瞑目すると、込み上げてくる吐き気を懸命に抑えた。


 それにしても、体調が悪いのか……。

 確かに目の前の少女は今にも倒れそうだ。


 だけど、奴隷商の言葉を鵜呑みにすることもできない。というのも、余命が短いという奴隷商の判断は、あくまで"この世界の基準で奴隷に接したら"という話だからだ。

 

 この世界には、奴隷に満足いく食事や睡眠を与えたり、怪我の時に適切な治療を施すという考えは存在しない。つまり奴隷達は、例えば風邪の一つや傷の一つですら体調を簡単に崩しかねない環境にいる。それで体調が悪いと言われても、日本の常識を持つ俺からすると、そりゃ当たり前だよと言いたくなる。

 奴隷商は少女の余命に匙を投げている様だが、匙を投げたのではなく、最初から匙を持っていないのだ。


 そのことを加味すると、少女の体調が悪いという点はあまりマイナスにならなくなる。


 俺はこの子に俺達が日本で受けたような待遇や必要に応じた看病を施すつもりだ。俺も大野も、この措置を取るだけで大体の奴隷の健康状態が改善されると睨んでいる。


 それでもダメな場合、一応、"奥の手"も考えてある。


(まぁ、奥の手の方はなるべく使いたくないけどね……)


 俺は脳内で考えを纏めると、奴隷商に視線を向けた。


「体調が良くない点は構いません。後で文句も言わないことも約束しましょう。この少女を購入します」


「……わかりました。この少女は2万5000ゴルドでございます」


 奴隷商から見て明らかに死期が迫ったその少女。彼にとっても売れれば御の字という感覚だったのかもしれない。

 こうして俺は、想定よりも遥かに低い値段で奴隷を手に入れた。






「―――これで手続きが終わりです。ステータスプレートを確認してください」


 その後、採血したり、それを魔法陣のようなものに垂らしたりと、よく分からん手続きを言われるままにこなし、ようやく手続きが終了した。


「ステータスオープン!」


 A4サイズのステータス画面が目の前に現れた。すると……



===============


 片桐 一也 ヒューマン 剣士

 Lv 4

 HP 32

 MP 4

 体力 9

 腕力 17

 俊敏 11

 魔力 2

 運  4


===============

 

 ルフィナ・ラディ 獣人(奴隷)

 Lv 7

 HP 8

 MP 12

 体力 10

 腕力 13

 俊敏 27

 魔力 8

 運  15


===============



 おお! ステータス画面に変化が!

 主人になると奴隷のステータスも確認できるのか。


 この少女、名前はルフィナというらしい。やはり女の子のようだ。

 レベルが俺より高い! 魔力も高い! 羨ましい。

 それにしてもレベルの割にHPが低い気が……。


「それでは、これから奴隷について簡単に説明させていただきます」


 俺がルフィナのステータスを眺めアレコレ考えていると、奴隷商が話しかけてきた。ルフィナのステータスのことは取り敢えず後回しにして、俺は奴隷商の説明に耳を傾ける。奴隷商の話をざっくり言うと、奴隷には魔法で制約が課せられており、主人を害する、主人の命に背くなど制約に触れる行為をした場合、身体に激痛が走る仕組みになっているということだった。


 全ての手続きを終えて奴隷商の店を出ると、少女がぼそぼそと話しかけてきた。ちなみにみすぼらしい格好だった少女は、奴隷商がサービスでくれた上着のようなものを羽織っている。

 

「……ご主人様、私はルフィナと申します。……この度は、お買い上げいただきありがとうございます……」


 声に生気がない。ようやく声を出しているという感じだ。俺は居た堪れない気持ちになりながらなるべく優しい声で少女――ルフィナに話しかけた。


「俺の名前は片桐一也だ。……きついようなら無理に喋らなくてもいい。まずはご飯を食べて体力を回復させよう」

「ご飯、ですか……?」

「ああ、付いておいで。歩けるか?」

「あ、はい、大丈夫です」


 その返事を確認し、俺は自分が泊まっている宿へと向かう。そしてルフィナも、不安気な顔をしながらヒョコヒョコと俺の後に付いて歩き出した。

 

自分の宿に戻ると、さっそくおばちゃんに声をかける。


「別料金でもいいので、何かご飯を作ってくれませんか? 出来れば消化に良い柔らかいものをお願いします」

「それは構わないけど、その奴隷の分も作るのかい?」


 おばちゃんが訝し気な顔をするが、俺は気にしない。


「ええ、お願いします!」


 ほどなく、イモと鶏肉のようなものが入ったスープが二つ運ばれてきた。運ばれてきたスープの数を見て、少女は少し期待するような、でも諦めた表情をしていた。


「さ、ルフィナも食べて」

「……っ! ……よろしいんですか?」


 ルフィナが驚いて目を見開く。


「ああ、だから二つ頼んだんだ」

「……それは、見せつける為かと……あ、いえっ! ……でも、ご主人様と、同じものを、しかも、同じテーブルで頂くなど……」


 やはりこれは奴隷にする行いではないらしい。俺の再度の勧めにもルフィナは戸惑いの表情を浮かべるばかりだ。

 というか見せつける為って……。種族差別もそこまでいくと只のイジメだな。


(しょうがない……)


 俺は意を決すると、スープを一掬(ひとすく)いしてフーフーと少し冷ます。そして、そのままルフィナの口元に持っていった。


「ちょっと熱いかもしれないけど……、はい!」

「……っ!」


 自分の人生で初めて訪れた、女の子に"あーん"をする瞬間。だけど、この時の俺はその感慨に浸っている余裕などなかった。俺はただ、この絶望に塗れた少女が早く元気になって欲しかった。


 俺の行動に目を見開いて固まっていたルフィナだったが、やがておずおずとスプーンに口を近付ける。

 

 ―――そして、一口のスープを口に含んだ。


「……おいし、……美味しいです……」


 相変わらず生気の乏しい声。

 だが、声の端に、少しだけ喜びの色が混じっている気がした。


「……そうか。じゃあ、次はルフィナが自分で食べな」

「……は、はい……」


 ルフィナはスプーンを受け取ると、おぼつかない手つきでスープを掬い上げ、一口、また一口と、スープを口にしていく。その動作はゆっくりだが、決して止まることはない。


 スープが半分ほど減った所で、ルフィナがポツリと呟いた。


「……美味しいです……ぐす……こんな、美味しいスープ……、いつ以来……」


 その言葉を聞いて俺が微笑みかけた瞬間、ルフィナが急にグラリと姿勢を崩す。そして、ゆっくりとそのままテーブルの上に突っ伏した。


「ル、ルフィナ!?」


 突然の事態に慌ててルフィナの側に駆け寄ると、彼女は苦しそうに眉を顰めながら、ヒューヒューと細い呼吸を繰り返していた。ルフィナの名を呼ぶが、意識が朦朧としているのか返事はない。ただ、微かに呻くような声がルフィナの口から洩れるだけだった。


「この子、相当弱っているんじゃないかい? 怪我もひどいようだし……」


 騒ぎを聞きつけた宿のおばちゃんが、ルフィナの様子を見てそんなことを言う。


 そう言われ、ふと俺はルフィナのステータスを見た時の違和感を思い出す。

 レベルの割に低いHP……。あれはルフィナが衰弱していることを表していたんじゃないだろうか。


(……失敗した! 栄養があり消化の良い食べ物を食べさせればと思ったけど、ルフィナの身体の弱りようは、もはやそんなレベルじゃなかったんだ!)


 俺は唇を噛みしめる。

 

「……どうするんだい? 医者の場所を教えようか。まぁ、奴隷には勿体ないかもしれないけど……」


 おばちゃんのその言葉に俺は(かぶり)をふる。


「いえ……、俺にアテがあります」


 俺はそう言うと、ルフィナの身体を抱き抱える。

 もともと白いルフィナの肌は、蒼白に近い色に変わっていた。


(……考えが甘かった。奴隷として虐待されてきた事を考えたら、まず最初に彼女に診せるべきだったんだ)


「すみません、食事の途中で申し訳ないですが、この子を知り合いの元に連れて行きます。お金は……」

「ああ、いいよ! 気にしないでとっとと行きな!」


 俺がまごついていると、おばちゃんが威勢のよい声で俺の言葉を遮る。そんなおばちゃんに礼を言い、俺は宿屋を飛び出した。


(あまりゆっくりは出来ない。今日の今日でまた戻るのは気が進まないけど、仕方ないか。だけど、この子を見たら柚華がなんて言うかな……)


 俺は一つ嘆息すると、"奥の手"である柚華がいる王宮に向かって歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ