追放
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「……追放、という事ですか?」
俺が低い声で言葉を発すると、上等な服を着ている初老の太った男が少し身動ぎした。
俺は今、リチャードさんに招かれて王宮の一室を訪れている。室内にいるのは、太った男――ドノブ宰相とリチャードさん、それに俺の三人だけ。そして、テーブルの上には両手に収まるほどの茶色の皮袋が置かれていた。
このドノブ宰相、会うのは歓迎の宴以来だ。まぁ、宰相って名前の通り大物だからな。企業で言うと専務とか副社長になるのか? この国でも相当立場があり偉い人なので、俺達の訓練にホイホイ顔を出すことはなかった。
で、そのお偉いさんがなぜ底辺勇者である俺の前に現れたかと言うと……
―――どうやら俺に追放を通達しに来たらしい。
俺は先ほど、この二人からこのままでは俺は勇者として大成するのは難しい、しばらく暇に出てはどうかと提案された。当面の生活費は支給するので、世の中の見聞を広めてきてはどうかと。目の前の皮袋にはその生活費である金が詰まっているらしい。
「いえいえ、カズヤ殿、そういうわけではありません。これはですな……」
ドノブ宰相が弁解しようとするが、横に座るリチャードさんが嘆息しながら止めた。
「宰相閣下、言葉を飾るのはやめましょう。―――カズヤ殿、私達もこのような事を言うのは心苦しいのです。何卒、ご理解頂きたい」
そう言ってリチャードさんは俺に頭を下げた。
「……笹本さんの件、でしょうか?」
笹本さんは森林探索で大怪我をして以来、自室に引き籠っている。周囲の人達は何とか外に出そうと説得を試みたのだが、それに対し笹本さんは、「自分以外にも探索に出ない人がいる。私の事も放っておいて欲しい」と言い放ったそうだ。
この「自分以外にも探索に出ない人」が誰の事を指しているのか。考えるまでもない、俺の事だ。
「もちろんそれもありますが、問題は他にもあります」
リチャードさんの説明によると、生徒たちの間で笹本さんに追随する動きが出始めているそうなのだ。その動きは特に女子生徒に多いと言う。
もともと、この異世界召喚に不満を持つ生徒は多かった。突然、しかも無理やり連れてこられたのだから当たり前だが、この異世界の暮らしそのものも生徒たちには不満だった。豪華な部屋や食事、お風呂が与えられ、生徒たちも自分達が優遇されているのは分かっている。だけど、現代日本の快適な環境からはやはり見劣りするのだ。テレビやネットの娯楽品や、お菓子やジュースなどの嗜好品が充実していないことも十代の高校生には大きな問題だった。
さらに生徒たちの不満を高めたのが森林探索だ。一部そうでない者もいたが、大多数の女子にとって森や魔物は不気味で恐ろしい。おまけにその魔物を倒さなければならない。今まで血生臭いことなど一切経験したことのない女子達にとって、あまりに過酷な話だった。
何とか励まし合いながら森林探索をこなしていたけれど、笹本さんが一歩間違えれば死んでいたという事実と、その彼女が引き籠ってしまったことで、踏み止まっていた他の生徒たちのモチベーションも最悪の所まで来ているという話だ。
「ササモト殿が塞ぎ込まれたのは残念ですが、我々もある程度は想定していました。あれは初めて戦闘を経験した新人の騎士たちでも度々見受けられるもの。成長の一過程であり、時がくれば解決してくれるでしょう」
「……」
「しかしそれは、騎士団という高い意識を持ち、事に対して一致団結してあたる集団だから解決が容易な話なのです。そこに団結を乱す不公平があれば、解決が長引き、下手をすると問題が拡大してしまいます」
リチャードさんは神妙な顔をしてそう言った。
いや、ちょっと待て。団結を乱す不公平って何だ。その不公平って俺のこと指してんだろ? このハゲ……。俺だって好きで森林探索に出ないわけじゃないのに。
「聞けば、勇者様の間でカズヤ殿の良からぬ噂が広まっているとか」
ドノブ宰相が横から言葉を発する。
噂というのは武藤が広めた俺がタダ飯食らいというやつのことだろう。
「もちろん、それがカズヤ殿にとって不本意な噂である事は我々も承知しております。しかしながら、勇者様の方々は現在、極めて不安定な心理状態にあります。そのような状況では、一つ間違えるとカズヤ殿に非難の矛先が向かう可能性も否定できません。いえ、実際向かってきております。王宮を離れるという提案は、カズヤ殿のことも考えての話でございます」
ドノブ宰相の話では、俺の噂話はタダ飯食らいどころではないそうだ。
曰く、森林探索にビビった俺は、無能を逆手にとって王宮に閉じ篭っている。だが、結果的に安全な所にいられるので、俺のスキルの方が優秀だ、汗水垂らして探索している連中はバカだ、俺はクラスの連中を陰でそう罵っているという話だった。
……最悪だ。
あの武藤達は何てことしてくれたんだ。ドノブ宰相は「もちろん我々は信じておりませんよ」と言っていたが、目の前の二人の目は笑っていなかった。
それにしてもだんだん腹が立ってきたぞ。ムチャクチャな噂を広める武藤達にもだが、それを利用して俺を追放しようとするコイツらもだ。もしかしたらコイツらも多少は噂を信じているのかもしれないが、一番の目的は別にあると思う。
たぶん、コイツらの目的は俺を人柱にすることだ。
俺を追放することで、笹本さんをはじめとする弱気になっているクラスメイト達の逃げ道をなくし、ああなりたくなければ探索を頑張るようにとプレッシャーを与える算段なのだろう。
「仰ることは分かりました。……でも、そもそも、その不安定な心理状態を引き起こしたのは僕ではないと思いますが」
ドノブ宰相の眉がピクッと動く。
言ってもしょうがない事だったのかもしれないが、あまりに言われっ放しなのでつい口に出してやった。百歩譲って勇者召喚は仕方ないとしても、笹山さんの怪我なんて俺の責任じゃない。
不満いっぱいといった俺に対し、ドノブ宰相は落ち着いた口調で話を続ける。
「カズヤ殿の仰る通りでございます。警備体制に問題があったかもしれませんし、探索場所として王都郊外の森林を選んだのが不適当だったのかもしれません。反省すべき点は多い。ですが、過去にばかり目を向けていても仕方がありません。まずは起こってしまった事に対応をしていく必要があります。今問題なのは、矛先の一部がカズヤ殿に向いているという事。そしてそれは、カズヤ殿お一人ではなく、妹であるユズカ殿も巻き込む可能性も孕んでいるのです」
「――! どういうことですか!?」
急に飛び出した柚華の名前に、思わず俺は声量をあげてしまう。
「騎士たちに聞いた話では、ユズカ殿はカズヤ殿の噂話を晴らそうと懸命になっておられるとか。だが、この噂には真実は違えど、事実も含まれております。噂を打ち消すのはなかなか容易ではないようで……」
噂で言われている「探索している人間はバカだ」などの発言を俺は一度もしたことがないのだが、結果的に探索に参加していないのは事実だ。
「兄である貴方を庇われるユズカ殿のお優しいお気持ち、私も胸が痛む思いがいたします。ですが、現実は時として儘ならぬものでございます。こういった時、あまり執拗に庇われますと、非難の矛先が庇う側――ユズカ殿の方にも向きかねません」
ドノブ宰相はわざとらしく首を振りながら溜め息をはく。そんな演義臭い仕草だったが、ドノブ宰相の言葉は思いの外俺の心に突き刺さった。
ドノブ宰相の話を聞いて、俺は自分がイジメられた経緯を思い出していた。俺も最初からイジメられていたわけではない。それこそ、中学に入学した頃はクラスメイト達と普通に会話していた。だけど―――。
「……カズヤ殿、貴方のお怒りはもっともな事だと思います。勝手に召喚され、挙句、追放ではあまりに理不尽だ、そうお考えでしょう」
俺が物思いに耽っていると、リチャードさんが口を開いた。
「しかし我々も、後がなく、失敗が許されない状況なのです。【聖魔法】や【聖光剣】などの伝承にあるスキル保持者が召喚され、魔王討伐は成ったも当然と浮かれる者も王宮の中にはいます。しかし、それは勇者様達が順調にレベルアップされ、成長されて初めて言える事なのです。今ここで油断したり判断を誤ることは我々には許されません。我々には、大陸全土の人々の命がかかっていると言っても過言ではないのです」
そう言うリチャードさんの瞳は、確かな力を宿していた。なんと言うか、断固たる決意というか不退転の覚悟というか、そういう気持ちを秘めた瞳をしていた。
(そうか……。この人達も背負っているものがあるもんな)
この時俺は、リチャードさんは近衛隊長、つまり軍人なんだと今更ながら思い出した。
軍人ならば、魔王討伐の大義のために犠牲も付きものだと考えていてもおかしくない。そして、この人の目は、その犠牲が生じた時の批判も全て受け止める覚悟があると言っている様な気がした。
俺の中の怒りが急速に萎み、冷静な思考が戻ってくる。
(……さて、どうするか)
そう考えた時に、俺には打てる手がほとんどないことに気が付く。
柚華を連れて王宮を出ようかと一瞬考えたが、それは下手をするとお尋ね者ということだ。その場合、相手は曲がりなりにも一国家、そう簡単に逃げられないだろう。それに、そんなことをすると当たり前だが王宮からの支度金の話もなくなる。右も左もわからない、しかも治安レベルが現代日本に大きく劣る異世界で、誰かの援助なしに生活していく自信なんてない。
そもそも、この行動は柚華を巻き込むことになる。王宮にいれば、安心・安全・快適にレベルアップすることができるのだ。柚華にその環境を捨てさせて、危険な生活を強いることなど俺には出来なかった。
「……妹には、柚華には時折会うことは出来ますか?」
「ここは王宮ですので頻繁にとは申せませんが、便宜は図りましょう」
リチャードさんの言葉を聞いて、俺は一つ息を吐く。
「……わかりました。その時はよろしくお願いします。そして何より、柚華のこと、この不甲斐ない兄に代わって、よろしくお願い致します」
俺がそう言って頭を下げると、ドノブ宰相とリチャードさんから安堵したような気配が伝わってくる。
「カズヤ殿、ご英断感謝いたします」
「ユズカ殿のことはご安心ください。我々王宮の者が一丸となり、全力でサポート致します」
俺はその言葉を聞き、もう一度深く頭を下げた。
――――
その後、リチャードさんと簡単な打ち合わせや今後のアドバイスを貰い、翌日には王宮を出るようにと通達された。
かなり急な話だが、リチャードさん達も少し焦っているように感じられた。どうやら、笹本さんの引き籠りやクラス全体のモチベーションの低下でレベリングの速度が落ちてきているらしい。
俺は話し合いを終えると、さっそく柚華の部屋に向かった。
部屋に向かう途中、こんな急な話、柚華に何て話せばいいんだろうと頭を悩ませる。だが、時間がないこともあって結局ありのままを伝えることしかできなかった。
「…………うそ」
俺の話を聞き終えた柚華は、蒼白な顔で絶句した。
「……私、ハゲ……リチャードさんに文句を言ってきます!」
「ちょ、柚華、ちょっと待って!」
勢いよく立違った柚華を、俺は慌てて止める。
……さっき一瞬ハゲって言わなかったか?
「兄さん、止めないでください! あの人たちは兄さんのことを何だと思っているですか! こんな事許される筈がありません!」
「いや、取り敢えず落ち着いて!」
「どうしてですか、兄さん! そもそも兄さんはこんな理不尽な話納得できるんですか!? 兄さんはこんな環境で誰よりも努力して―――!」
「柚華っ!」
「―――っ!」
ビクっ!
全く話を聞こうとしない柚華を、一括して黙らせる。
「……柚華、俺だって不満がないわけじゃない。でもな、このままではダメなことも分かるんだ」
「……」
柚華は俯いたまま、何も言わない。
「このままクラスの皆の成長が遅れたらどうなる? 魔王を倒すことが出来ず、俺たちは日本に帰れない。そして、この世界の人たちもみな死んでしまう……。こんな最悪な話はないだろ?」
「……」
柚華は下を向いたまま、肩を震わせていた。俺はその細い肩にそっと手を添える。
「それにさ、俺自身もこのままじゃダメだと思っているんだ。今の環境では俺は探索に出れない。レベルアップして強くなることが出来ないんだ」
「……」
「……何で俺が強くなりたいか、分かるか?」
俺がそう問いかけると、柚華はグスッと鼻をすすった。
「…………クラスの人達を、見返す為ですか?」
「まぁ、それもないわけじゃないが…… 柚華、お前の側にいるためだよ」
「……っ! 私の、側に……?」
柚華が驚いて顔を上げる。その大きな瞳には涙が潤んでいた。
「そうだよ。今の俺では、柚華の側にいることは出来ない。実際、パーティーも解散するしかなかったからね。今の俺では、力がない俺では、大事な妹である柚華の側にいることさえ認められないんだ……」
「……っ! だったら、そんな連中は無視すれば―――ッ!」
再び激高しようとする柚華を俺は笑顔で宥める。
「そうじゃないんだ、柚華。俺は周りに気にすることなく、周りに何か言わせることなく、堂々と柚華の側にいたいんだ」
「……兄さん」
柚華の瞳に潤みが増し、心なし頬が紅潮している気がした。
「……わかりました。兄さんがそこまでお考えなら、私もハゲ……リチャードさんに文句を言うのは取り敢えず控えます」
うん、いま明らかにリチャードさんの事をハゲって言ったよね。別にいいけど。
「兄さんは、これからどうするつもりなんですか?」
柚華が涙を拭いつつ、俺に問いかけてきた。
「王都で宿を借りて生活する。そして、俺は冒険者になるつもりだ」
「冒険者?」
これは、先ほどリチャードさんと話した時に決めた事だ。
最初、リチャードさんに王宮を出てどうするかと聞かれたが、俺には何も答えることが出来なかった。まぁ、当たり前と言えば当たり前だ。俺はこの世界のことを全くと言っていいほど知らないのだから。どんな仕事があり、どんな人種がいて、どんな文化なのか。座学では多少学んだが、それでも具体的にイメージ出来るほどこの世界にまだ馴染んでいないのだ。
するとリチャードさんは質問を変え、希望はあるかと聞いてきた。漠然とでいいからしたいことはないかと。その時に頭に浮かんだのが、強くなることだ。いつか柚華の側にいても他人に文句を言われないように、強くなりたいと答えた。
そんな俺にリチャードさんが勧めたのが、冒険者だった。
冒険者は魔物を倒したり素材を収集する為に各地を動き回る。当然、危険を伴うが、その分戦闘経験は増えるし、レベルアップの機会も多い。それに依頼を達成すれば報酬が貰える。王宮から支度金は出ているとはいえ、一生遊んで暮らせるような額ではないのだ。収入の先はあった方がいい。
しかし俺は武器が装備出来ない。戦闘経験どころか戦闘そのものができないのでは意味がない。俺がそう言うと、では、冒険者ギルドで依頼を出せばいいと言われた。
冒険者ギルドとは、魔物退治や素材収集といった様々な依頼を取り纏め、個々の冒険者に依頼を斡旋する機関だ。基本的に冒険者は依頼を受ける側なのだが、依頼を出すことだって出来る。戦闘に自信が持てるようになるまで、ベテラン冒険者にレベルアップや戦闘補助の依頼を出すといいと提案された。この補助の依頼は、そこそこの上流家庭なら自分の子供の教育の一環でギルドに依頼することも多く、今回の支度金で十分賄える金額だという。
そこまで聞いて何となくいけそうな気がした俺は、王宮を出たら冒険者になることにしたのだ。
最初は不安そうに冒険者の話を聞いていた柚華だったが、戦闘補助の依頼のことを聞くとやや安心した表情を見せ始めた。
「冒険者になれば、今の環境ではできないレベルアップもできるようになるし、上手くいけば生活の基盤も安定すると思うんだ」
「……わかりました。そういう話でしたら、私も少し安心です。でも、無理はしないでくださいね」
「大丈夫だよ。俺は別に漲る冒険心に駆られて冒険者になるわけじゃないから。安全第一でやるよ」
俺は笑顔でそう答えるが、柚華はまだ納得いかないような表情をしている。
「でも、兄さんはたまに無理をするから心配で……。やっぱり、どうにか私も付いていくことは出来ないでしょうか?」
柚華は上目遣いをしながら一歩俺に歩み寄ってきた。俺は思わず背をのけ反らせる。いくら義妹とはいえ、校内トップクラスの美少女にこんな表情をされるとこっちが赤面してしまう。
「いや、無理じゃないかな……。そうすると、タダ飯食らいの俺が王宮を出ていく意味がなくなっちゃうし。そもそも柚華のスキルは魔王討伐の要だからそんな我儘聞いてくれないと思うよ」
ドノブ宰相が指摘していた、柚華にも避難の矛先が向かう可能性があるという話は敢えてしなかった。その話をすれば、今度は柚華の怒りの矛先がクラスメイトに向かってしまうかもしれない。
俺が目を逸らしつつ答えると、柚華は再びしょんぼりと俯いた。
「……では、たまに会いに行ってもいいですか?休みの時とかに……」
「もちろん、と言いたい所だけど、出来れば避けて欲しい。この世界の治安は日本よりかなり悪い。若い女の子一人で出歩くのは危険だ」
実は、これはリチャードさんから注意を受けたことだ。柚華の性格からして俺に会いに行くと言い出す可能性は高い。だけど、【聖魔法】のスキルを持つ柚華はVIP待遇の勇者の中でもトップクラスの重要人物だ。しかも、異世界の人間からしても柚華の見た目は非常に優れている。街中を無防備に歩くのは大変危険なので、俺からもそれとなく注意してくれとお願いされた。
「……」
俺が拒否すると、柚華はジト目で俺を睨んできた。
「な、なんだよ……」
「……兄さん、もしかして異世界に来たのをいいことに、私に隠れて彼女でも作ろうかとか考えていませんか?」
……まずい!
柚華から滲み出る凄まじいプレッシャー感じ、俺の背中に冷たいモノが走る。
柚華はたまにこうなる。俺が誰かと知り合った時に、その相手について根掘り葉掘り聞いてくることがある。最初は兄離れ出来ないだけかと思ったが、柚華にそれとなく聞くとそういう訳ではないらしい。どうやら、中学時代からイジメを受けていた俺が心配で、ついつい交友関係を気にしてしまうらしいのだ。そう言われると心配を掛けてしまっている手前、その行動をあまり咎めることも出来ない。
でも、大野や高山など男友達が出来たときはあまり気にせず、クラスの女子とちょっと話しただけで凄まじ詰問を受ける気がするのだが……。
「そ、そんなワケないよ! 本当に外は危ないんだよ。柚華みたいな可愛い子なら尚更危険だ」
俺がそう言うと、ジト目の柚華は一転、顔を真っ赤にしてモジモジし始めた。
「か、可愛いって……! そ、そうですか、それでしたら残念ですが諦めます。じゃあ、せめて兄さんの方から会いに……」
「ああ、一応リチャードさんにはその話をしてある。王宮だから頻繁には難しいかもしれないけど、俺が柚華に会いに来れるように便宜を図ってくれるって」
「そうですか……」
その話を聞いて、柚華は安心したのかホッ息を吐いた。そして、ようやく見せた笑顔で言葉を続ける。
「では、絶対に近いうちに会いに来てくださいね!」
――――
王宮を離れることを何とか柚華に納得してもらった俺は、その足で大野と高山の部屋に向かった。
クラスにほとんど友達はいないが、コイツらぐらいは最後の挨拶をしておきたい。
最初は高山の部屋だ。
「そんな……。片桐くんはそれでいいの?」
静かに怒りを湛えた顔で、高山は低い声を出す。その怒りの矛先にあるのは、噂を鵜呑みにするクラスメイトだろうか。あるいは、身勝手に召喚し身勝手に切り捨てるこの国の連中だろうか。
「いいワケはないよ。でも、他に方法も思い付かないんだ。このまま俺が王宮にいてもクラスの連中の士気は下がる一方だし、問題が大きくなると王宮の人たちにも迷惑をかけてしまう」
「……片桐くん」
「そんな顔しないでくれ。さっきも言ったけど、俺は冒険者になって実力を付け、必ずこの王宮に帰って来る。まぁ、勇者への復帰が出来るかどうかは分からないけどね。でも、これで終わりって話じゃないんだ」
俺がわざと明るい声で話すと、高山も苦笑いを浮かべた。
「……わかったよ。でもさ、僕が前に言った片桐くんとまたパーティーを組みたいって気持ちは今も変わっていないから。片桐くんが王宮に戻ってくるのを、僕はずっと待っているよ」
「高山……。ありがとう」
最後に大野の部屋だ。
大野も柚華や高山と同じようにやりきれない表情で俺の話を聞いていた。
だけど、話が冒険者に向いたあたりで、大野は眉間の皺を緩め、頻りに何かを感が始めた。
「ベテラン冒険者による戦闘補助をギルドに依頼する……。なるほど、これはなかなか良い案だと拙者も思うでござる」
大野がうんうんと頷いている。
俺はこの時、眼鏡の奥にある大野の瞳がギラリと光っていることに気が付いた。俺はこの目を知っている……。大野のオタク談義に火が付き、鬱陶しくなる時の目だ。
コイツはまたロクでもないことを言いだすんじゃないか、俺がそう考えていると、
「ギルドへの依頼もいいでござるが……、ここはテンプレに則り、奴隷を買ってみてはどうでござるか?」
大野はそんな訳の分からないことを言いだした。
だけど、このオタクの発言が、その後の俺の異世界生活を一変させることになる。