歓迎の宴
二話目です。よろしくお願いします。
―――【武器弱化】。
それが俺の持つスキルの名前だった。Lvは9。これが強いのかどうか分からんが、高橋の火魔法がLv4だったことを考えるとそれなりに高そうだ。
「これは敵の武器の威力を下げるスキルなのか?となると補助系スキルという事になりそうだけど……」
俺が自分のスキル内容を考えていると、大野が喜色満面の笑みを浮かべながら近づいてきた。
「片桐氏のスキルはどうでござったか?」
……。
片桐氏……? ござる……?
こいつは何を言ってるんだ。異世界召喚に興奮しすぎて頭がおかしくなったか?
急にキャラを明後日の方向に変えてきた大野にドン引きした目を向けると、大野は「むふふ」と気色の悪い笑い声と共に説明を始めた。
「実は拙者のスキルは【索敵】と【隠蔽】だったでござるよ!これは異世界にて拙者に忍として生きよとの天命に違いないでござる!」
……。
なんと言うか、影響されやすいというか、単純と言うか……。
まぁ、本人が楽しそうだから別にいいか。
それにしても天命って……。大野は異世界で生活していくつもりなのだろうか。いくらスキルを授かったとは言え、いきなり日本からここへ召喚されて戸惑いってもんはないのか?
いや、大野にそんなものないんだろうな。今だって「これまでの人生はこの日の為にあったでござる」って言い出しそうな顔してやがる。
だが、それはコイツが残念かつ特殊過ぎるだけだ。クラスの他の奴らは不満たっぷりだろう。
俺がそんなことを考えていると、再び高橋が王女様やリチャードさんと会話を始めた。
「―――我々異世界人に特殊な力があるということは理解しました。ですが、せめて希望者だけで魔王討伐に向かい、希望しない者は地球に返していただくなどの処置をとって頂けないでしょうか?」
「申し訳ありませんが、それは不可能です」
王女様は沈痛な面持ちで説明を始めた。
王女様によると、俺達を日本から召喚するにあたり大量の魔力、つまりエネルギーが必要だったそうだ。そのエネルギーを集めるのに魔石と呼ばれる魔力の宿った石を用いたのだが、問題なのはその量。何でも、この国に備蓄してある魔石だけでは足りず、近隣諸国からも大量の魔石を提供してもらったという。再びそれだけの魔石をかき集めるには少なくとも20年以上の歳月が必要で、魔王が大陸中の国々を制圧する方が早いだろうという話だった。
「そんな……」「じゃあ、私達帰れないの……?」「はぁ?20年っ!?」「いやぁぁ……っ!」
王女様の話を聞いたクラスメイト達から悲痛な声が漏れる。大半の生徒が呆然とし、女子生徒の中には泣き出す者も出始めた。
だが、そんな悲観的な雰囲気を振り払うかのように王女様が一際大きい声をあげる。
「しかし、ご安心ください。魔王を倒せば神々から大いなる祝福を授かると伝承には残されております。実際、500年前に魔王を討伐した勇者様達も異世界から召喚された方々で、魔王討伐後にその祝福の力を用いて異世界に戻られたと言われています」
王女様の言葉に、幾人かのクラスメイトの目に微かだが希望の色が宿る。だが、彼らも半信半疑といった感じだ。そもそも、結局、魔王討伐は必須条件なので分が悪すぎる。
「もちろん、皆様のバックアップはパノティア王国の名において最大限させて頂きます。リチャード!」
「はっ!」
王女様に名前を呼ばれ、再びリチャードさんが前に歩み出た。
「この点に関し私の方からご説明させて頂きます。皆様はいくら強大なスキルをお持ちとは言え、元は一般人であり、実戦経験はほぼないと聞き及んでおります。また、Lvもまだ低く基本ステータスも心許ないとも。これで魔王討伐しろなどと言われても皆様自身も不安でしょうし、失礼ながら、我々から見ても実力不足の感は否めません。そこで、皆様にはこの王宮で十分な特訓に励んでいただき、スキルの運用や効率的な戦闘の仕方などを学んでいただいた上で、万全な体制で魔王討伐に向かって頂くつもりです。もちろん、その訓練に関しましては、先ほど王女殿下のお言葉にもありましたように、我々が全力でサポート致します」
さすがに勝手に召喚しておいて裸で放り出すような無情な真似はしないか。でもなぁ、それでも不安は尽きない。案の定、クラスメイト達の表情は暗いままだ。
「―――ふざけんなよっ!一方的に召喚しておいて、何勝手に話を進めてんだよ!いいから早く俺達を日本に帰せよ!」
クラスメイト達の気持ちを代弁するかの如く、一人の男子生徒が大声で叫んだ。あれは、棚橋か。
俺はコイツが大嫌いだ。同じ中学出身でその頃から俺をイジメてたってのもあるが、そもそも性格が好きじゃない。何と言うか、考え方が卑怯なのだ。高校で柚華の存在を知った途端、「柚華を紹介してくれたらイジメをやめるよう他の奴に根回ししてやってもいい」なんて話をコッソリ持ちかけてきた。もちろん断った。コイツがこの手の約束を守ることがないってのは中学時代に散々身に染みて分かっている。もっとも、断った次の日にはイジメ仲間を炊き付けて俺はまたリンチされたんだけど……。
「そうよ、私達を帰して!」「お母さーん!」「もう嫌ぁ……」
棚橋に同調して生徒たちが騒ぎはじめる。すると、唇を強く結び固い表情をした王女様が、みんなの前に歩み出た。
「―――本当に申し訳ありません」
そう言って王女様は、最初に謝罪をした時よりずっと深く、頭を下げた。
騎士たちから息を飲むのが伝わってくる。
「勝手なのは承知しております。ですが、既に魔王の軍勢によって万を超える死者が出ていることも事実なのです。この国は魔王領と接していませんのでまだ平和ですが、それもいつまで持つかわかりません。今手を打たないと、将来、更に多くの人々が犠牲になるのは明白なのです。どうかお願いします。何卒、我々を救ってください」
王女様の表情は切羽詰まっており、その言葉は悲壮感で溢れていた。先ほどまで声高に召喚を非難していた生徒達のトーンが、瞬く間に萎んでいく。
「……そ、そんなこと言われたってさぁ、なぁ?」
棚橋は同意を求めるようにクラスメイトの方を振り返り尚も非難を続けようとするが、そんな棚橋に一人の男子生徒が声をかけた。
「―――もう、やめとこうぜ」
「……神崎」
「確かに納得いかない話だが、不満ばかり口にしていても仕方ないよ。それに、日本に戻れる可能性もゼロってわけじゃないんだ、そっちの方で足掻いてみようぜ」
神崎が棚橋を説得し始めた。神崎は所謂二枚目キャラだ。イケメンでスポーツが出来て、頭も良い。明るい性格なのでクラスの話題の中心になることも多かった。そして当然、モテる。絵に描いたようなリア充だな。そういえば教室で柚華は結構神崎に話しかけられていた。やっぱり柚華も神崎みたいな男が好みなのかな……。
「で、でもよぉ」
「じゃあ、ここでずっと王女様やこの人達に不満を言い続けるのか?それでいつか帰れるんなら俺もそうするが、そうじゃないだろ?だったら違う道を模索しようぜ」
神崎がそう言うと、クラスメイト達も神崎の意見に同調し始めた。
「……そうだな、このままだったら話が進まねーな」
「……しゃーないか、やるか!」
「ちょ、まじで?……でも、確かに神崎君の言う通りだよね……」
渋々というかヤケクソといった感じだろうか?
中には、「取り敢えず衣食住は提供してくれるみたいだし、もう少し落ち着いてから結論を出しましょう」なんて慎重な意見もあるが、みんな概ね女王様に従う様子だ。
「ちっ……」
空気を察したのか、棚橋も舌打ちをしつつパノティア王国の人達への矛を収める。
「おお、さすが【聖光剣】のスキルを保持する勇者様だ」
場を収めた神崎の姿を見て、騎士の一人がそんなことを呟いた。
騎士さん達の雰囲気からすると、柚華の【聖魔法】と共に【聖光剣】というスキルは別格の扱いのようだ。その【聖光剣】を神崎が授かった。いいなぁ、なんか勇者っぽいな。天は二物を与えずというが、全くの嘘だな。神崎は何物与えられてんだよ。
「皆様の寛大なご判断、パノティア王国を代表し、心よりお礼申し上げます」
敵対的だった俺達が取り敢えず収まったのを見て、王女様はホッとしたような表情を浮かべて再び頭を下げた。
「別室で歓迎の宴の準備が出来ております」
騎士に先導され、俺達は大聖堂?を後にする。辿り着いたのはこれまた広い豪華な広間だった。舞踊会とかが開催されてそうなその広間にはテーブルがいくつか並んでおり、既に美味しそうな料理が運び込まれていた。どうやら立食パーティーのようだ。
そこで王様や宰相と言ったこの国の主要人物たちを紹介された。王様はウェルオール=パノティアという名前で王女様のお父さんらしい。立派な髭を生やして逞しい体格をした40代ぐらいの親父だ。
「異世界から来られた勇者の諸君、よくぞこのパノティア王国、いや大陸全土の危機に対し立ち上がってくれた。余はパノティア王国の国王としてそなた達にいくら感謝してもし足りないと考えている。ついては―――」
王様の話が終わると食事だ。意外と口にあう。
いきなり沢山の偉い人を紹介されて緊張していたクラスの一同だったが、王様をはじめどの人も気さくに話しかけてくれたことで、徐々に硬さがなくなっていった。
どの人も好意的だ。俺達が歓迎されているというのがよく分かる。特にレアスキルを持つ神崎や柚華の周りには多くの人だかりが出来ていた。
食事を摘んでいるクラスメイトに笑顔で話しかけるウェルオール国王陛下を見て、俺はふと疑問を感じた。
相手は一国の王様だ。それも、雰囲気からして地球の絶対王政の時代に近い感じがする。となると、玉座の間とか謁見の間みたいな所で恭しく片膝を付きながら王様に挨拶するのが普通じゃないだろうか?それに一番最初にあったのがトップの王様ではなくて娘の王女というのもよく分からない。まずは一番偉い人に挨拶すべきなのではないのか……?
そんな疑問を大野に話してみた。
「最初の出迎えが見目麗しい王女と言うのはテンプレでござる。まぁ、王様というのもないわけではござらぬが」
だからテンプレってなんだよ。
あと、そのござる口調はいつまで続けるんだ?
俺が呆れたような視線を送ると、大野はニヤリと口角を吊り上げた。
「まぁ、冗談はさておき、案外有能な王様かもしれないよ」
大野が急に口調を元に戻し、鋭い視線を向けてくる。こういう時の大野はしつこくて鬱陶しいが、思いの外鋭い意見を言う。
俺は姿勢を正し、真面目な声で大野に質問した。
「有能?なんでそう思ったの?」
「まず最初に、出迎える人物が王女様だったというのはなかなか理に適っていると思うよ」
「……そうなのか?」
「考えてもみてよ、僕たちは強制的に異世界から召喚されてきたんだ。僕らが最初反発する展開は十分予想できる。いや、王女様の口ぶりからすると間違いなく予想していたね。となると国のトップの王様をいきなり出すのはリスクが高い。そこで王女様だ。彼女なら王様の代理としての地位も十分ある。それに、応対する人間はか弱い女性の方がいい。僕らの油断や同情心を買えるかもしれないからね」
「……」
「それに立食パーティーというのもいいと思う。彼らには僕らが一般人と伝えてあるし、異世界人の文化なんて分からないんだ。いきなり玉座で偉そうに対応して不興を買うリスクを負うよりは、多少威厳が落ちても万人に受ける食事で歓待した方が無難だと思うよ」
まあ、ただの偶然かもしれないけどね、と大野は付け加えた。
「……お前、詳しいな」
「こんなの常識だよ」
大野が得意げに眼鏡を持ち上げる。ドヤ顔がうざい。
てか常識ってなんだよ。どこの常識だよ。この無駄知識……。お前は一体何オタクなんだ?
「でも、もしかしたら……」
「……?」
「いや、そこまでテンプレ通りじゃないか。拙者の考え過ぎでござる」
そう言うと、大野は口調をござるに戻した。大野の言いかけた言葉が少し気になったが、俺は俺で他にも気になることがあったので深くは追及しなかった。
俺が気にしていたのは今後のことだ。
正直、俺をイジメるクラスメイト達とこれから共同生活が始まると考えると気が重い。引き籠りたくなる。
でも、その一方で、微かな希望も抱いていた。
これから始まる生活がどんなものなのかは全く予想できないのだが、日本での生活とは全く別ものだという事ぐらいは分かる。戦闘訓練なんて全く自信ないが、王女様の話しぶりでは俺達は皆かなり優秀な存在らしい。ここで多少なりいい結果を出すことが出来たら、クラスのみんなからの目も変わるかもしれないし、今まで助けてもらってばかりの柚華にも多少は恩返し出来るかもしれない。
(……頑張ろう)
俺は密かにそう決意する。
だが、翌日から始まる戦闘訓練で、俺の秘めた小さな期待は思いっきり裏切られることになる。