魔族との初戦闘②
俺と前島は高校に入学してからの付き合いだ。
と言っても、俺と前島の間に何か交流があったわけではない。高校入学してから数ヶ月、俺と前島は同じクラスに在籍していた。ただそれだけの関係だ。俺がクラスで一部の男子からイジメを受けていた時、前島はそのイジメに加担する事はなかったが、止めようともしなかった。これを聞くと前島が冷たい人間のように感じてしまうけど、どうやらそういう事でもないらしい。
運動部に所属していた前島は、クラスの連中といるより部活の仲間とつるむことが多かった。その結果、クラスにそこまで仲の良い友達が出来ず、前島はクラスの事にもあまり関心を持たなくなった。前島は、俺がイジメられているのを悪意をもって無視していたわけではないようだ。前島の目に俺のイジメは、自分の属していないグループで起きているそのグループ内部でのイザコザ、というふうに映っていた。つまり前島は、外部の自分が変に口を挟むのは筋違いだ、そう考えていただけだった。
そんな前島と、俺は今、魔族の前に立っている。
前島とはほとんど今日初めて喋ったようなものだ。正直、信頼関係なんてお互いに存在しない。だけど今回に限っては却ってそれが良かったと思っている。お互いに悪意も偏見もない。見下したり見下されたりもない。俺は前島の攻撃力を信頼し、前島は俺の【武器弱化】に期待を寄せた。そして、お互いの目的は一致していた。俺達の目的は、ただ生き残る事だった―――。
「ようやく、話が纏まったようだな」
魔族の男は、俺達の方にゆっくりと視線を向けると、そう言った。
「せっかくそこの獣人の見え透いた時間稼ぎに乗ってまでお前らが話し合う時間を作ってやったのだ。これで期待はずれな攻撃しかできんようなら、嬲り殺しの目に遭うと心得よ」
魔族の男の瞳が鋭く光る。魔族の男はルフィナが時間稼ぎをしていると見抜いた上で、ルフィナとの会話を続けていた。つまり、俺達に作戦を練る時間をわざと与えたのだ。
俺達を甚振っている?
作戦を練らせ、勝ち目を期待させた上で、絶望に突き落とそうとしている?
最初はそんな考えが頭に浮かんだ。だけど、どうやら少し違うようだ。
おそらくこの男の本性は戦闘中毒。この男はより戦いを愉しみたいと考えている。だから、俺達に作戦を練る時間を与えたのだ。
一見、そのような考察をしたところで何の意味がないようにも感じる。結局、傍から見れば強者が弱者を甚振っている構図に変わりはない。だけど、俺も前島もこのことに別の意味を見出していた。ひょっとすると、この男のその性格が俺達の僅かな勝機に繋がるかもしれない、と。
俺と前島は魔族の男を強く睨み付ける。
そして、大きく息を吸い込んで、叫んだ。
「俺は前島勇斗、地球からきた勇者だ!」
「俺は片桐一也、魔族を倒すために召喚された勇者だ!」
「「 いざ尋常に、勝負! 」」
俺達は、魔族の男に向けて全力で走り出した。
――――
「不意打ち?」
「そうだ、俺達があの魔族の男を倒せるとしたら、それしかない」
俺の問いに、前島は頷いて答えた。
「俺が思うにあの魔族の男は自信家であり、戦いに美学を持っているタイプだ。そういう奴は自分より弱い相手が向かってきた時に搦め手を使うのをすごく嫌がる。格下相手にそんな戦い方は出来ない。正面から返り討ちにしないと自分の美学に反するとか考えてしまうんだ」
「なるほど……」
「そして、その心理を利用する」
「具体的には?」
「まずはアイツに向かって俺達で名乗りをあげる」
「名乗り? 名乗りって時代劇とかでよくあるアレか? 『やぁやぁ、我こそは~』ってやつ?」
「そうだ。……恥ずかしいか?」
「まぁ……。いや、死ぬかもしれない時にそんなこと言っていられないよ。それより、その名乗りに何の効果があるんだ?」
「いくつかあるんだが……、一つは油断させることだな。『雑魚が正面から突っ込んでくる』って思わせる事が出来たらOKだ。理想を言うなら、アイツに乗ってきて欲しい」
「乗ってくる?」
「そうだ。俺達の目的はアイツに真正面から俺達の攻撃を受けてもらうことだ。その為に名乗りを上げ、俺達が正々堂々、正面から突撃するって事をアイツに印象付ける。もし乗ってくるようなら、アイツは真っ向勝負を受けようとする筈。仮にアイツまで名乗り返してくるような事があったら、作戦の八割は成功したと言っていい」
「なるほどな。……なんか前島、詳しいな」
「俺、部活やってるからな。スポーツだと結構そういう心理戦があるんだよ」
「へー」
――――
「くくく……、よかろう」
正面から突っ込んできた俺達を見て、魔族の男が獰猛な笑みを浮かべた。
「我が名はイザラム! 十二魔将が一人イザラムだ。異界の勇者よ、我が剣の前に滅びるがいい!」
魔族の男――イザラムは、地面がピリピリ震えるほどの大音量で名乗りを上げた。
(乗ってきた!!)
前島は俺と一瞬視線を合わせた後、その動きを一気に加速させる。そして、その勢いのままイザラムに向かって竜王剣を振り下ろした。
「くらえ、イザラム!」
キィィンッ! と甲高い音がダンジョン内に響き渡る。
勢いを充分に乗せた前島の上段斬りだったが、イザラムは片手持ちの剣だけでそれを受け止めていた。
「くっ……!」
鍔迫り合いでもイザラムに力負けしそうになり、前島の口から苦悶の呻き声が漏れる。しかし、イザラムはそのまま前島を弾き飛ばすような真似はせず、逆に、後ろに控える俺に視線を向けてきた。
―――"ここからどうする?"
イザラムは目線で問い掛けてくる。
イザラムはこの後、俺が何かすると読んでいる。
前島には先陣を切らせただけで、本命は後ろに控えるお前なんだろ? お前が隠し玉なんだろ? 早くそれを見せてみろ、と。
まるで、何もかもイザラムの掌の内のよう。たまらなく悪い居心地だが、俺には突撃する以外に選択肢はなかった。
挑発に乗るように、掌の上で踊るように、【縮地】を発動し、前島とイザラムの間に滑り込む。
俺の出現を読んでいたイザラムの目が、愉快そうに細められた。
俺は両手を使い、白刃取りの形でイザラムの剣を抑え込む。
確かにイザラムは強いと思う。俺達からすればはっきり言って規格外だ。
そして、当のイザラムも自分の強さに絶対の自信を持っているようだ。
―――"この俺が、格下のお前らに後れをとるはずがない"
イザラムがそう確信していることは、イザラムの態度に、言動に、如実に現れている。だけどなイザラム、少し自分の力を過信し過ぎじゃないか?
確かにお前の力は規格外、俺達とのLv差は歴然だ。
だけどな、俺の【武器弱化】だってこの世界では―――。
「―――Lv9なんだよ!」
俺の両手がイザラムの剣を掴む。その瞬間、イザラムの剣が粉々に砕け散った。
「―――ぬっ!?」
イザラムの目が、今日初めて大きく見開かれる。
その致命的な隙をついて、前島の剣がイザラムに襲い掛かる。
タイミングも間合いも申し分ない。
イザラムに前島の攻撃を避ける暇はない。
「いけぇぇっ! 前島ぁぁっ!」
「うらあぁぁぁぁッ!」
前島の剣が、イザラムの無防備な身体を切り裂く、―――筈だった。
「なっ……!?」
前島は唇を戦慄かせ、驚愕の表情を浮かべていた。
イザラムの肩を目がけて振り下ろされた前島の剣は、イザラムの身体を切り裂くことなくその皮膚で止められていた。うっすらと血は滲んでいるので全くの無傷という訳ではないようだが、ほとんど効果がないことも明らかだった。
「く、くくく……」
戦慄している俺達を尻目に、イザラムが低い笑い声をあげる。イザラムの肩にはいまだ剣の刃が当てられているのだが、イザラムは全く意に介してないようだった。
「……見事だ。まさか我が魔剣を砕き、この身体に一太刀入れようとは。このような隠し玉を持っていようとはな」
イザラムは肩に置かれた剣へと、ゆっくりと視線を映す。
「それに、この剣も見事だ。俺の肉体強化と物理防御を破り、この皮膚に傷を付けた。だが―――」
イザラムの紫の双眸に射抜かれ、前島が「ひっ!」と短い悲鳴をあげた。
「この作戦の失敗は貴様の力量の無さよ。如何に名剣であろうとも、使い手に力無くばその切れ味は如何ほどのものでもない。仮にあと百回斬りつけようと、貴様ではこの程度の傷を量産する事しかできん」
イザラムの言葉には、侮蔑と失望、それに殺気が入り混じっていた。
―――"期待はずれならば嬲り殺しにする"
さきほどのイザラムの言葉が脳裏に蘇る。
威圧され、前島は縮み上がってしまった。真っ青な顔で竜王剣をカランと地面に落とすと、そのままヨロヨロと後ずさる。
イザラムは作戦の失敗の原因は前島の力不足と言うが、既に殺された野口も含めて俺達の中で最大の攻撃力を持つのは前島だ。前島を攻撃の切り札にする以外に手はなかった。前島の攻撃が効かないのであれば、俺達に打つ手はない。
あからさまに戦意が萎んでいる俺達を見て、イザラムがフンと鼻を鳴らす。
「万策尽きたか。少々呆けないが、俺もいつまでも遊んでいるほど暇ではない。仕舞いにしようか」
イザラムは無慈悲な言葉を紡ぐと、その掌に魔力を集め始めた。その様子を見て、慌ててルフィナが声をあげる。
「待って! 暇ではないってどういうこと? アナタの目的は何?」
ルフィナの口調には余裕がなく、その額には汗が滲んでいた。イザラムは一瞬憮然とした表情を浮かべたが、やがてゆっくり口を開いた。
「この期に及んでまだ時間稼ぎを……。まぁ、いい。冥土の土産話をしてやると言ったのは俺であったな。―――ここに設置してあるのは転移魔法陣だ」
「転移、魔法陣……?」
「そうだ、これを使い我が魔族の軍をこの地に召喚する。パノティアの王都の目と鼻の先であるこの地に、魔族の軍が突如現れるのだ。この意味が分かるか?」
おそらく、魔族が狙っているのは王都に対する奇襲攻撃。そして、それによるパノティア王国の滅亡だ。パノティア王国は、対魔族戦の最前線から遠く離れているせいで警戒感がかなり薄い。今攻撃されればひとたまりもないかもしれない。
魔族の狙いを理解し、顔を青褪めさせているのは俺だけではなかったと思う。そんな俺達を一瞥し、イザラムは言葉を続ける。
「理解できたようだな。ならば、俺がお前たちを逃がす訳にはいかないことも理解できるだろう?」
イザラムの掌に込められた魔力がその密度を増す。
イザラムは先ほど優先順位があると言っていた。この場では、勇者の捕縛に拘るよりも目撃者を全員消す方が重要である、と。
魔族の作戦は奇襲だからこそ価値がある。ここで俺達を逃がしてしまえば転移魔法陣が人間側に露見し、パノティア王国が王都の防備を固めるのは容易に予想できる。そうなれば、当然奇襲作戦は失敗。イザラムの立場からして、そのような愚を犯すわけにはいかないという事だろう。
ルフィナは低い姿勢で剣を構え、柚華も杖を前に出して詠唱の準備に入っている。だけど、二人とも明らかに顔が強張っていた。
―――"勝てない"、"殺される"
二人の脳内にはそんな言葉が浮かんでいるのだろう。
もちろん、俺の頭の中もそうだ。
だけど、二人を前にして俺だけ諦めることもできなかった。
俺は、直ぐ近くに転がっている竜王剣に手を伸ばした。
イザラムの目の前での行動なのだが、奴は俺の行動を止めようとはしない。止めるまでもないと思っているのか。いや、戦闘中毒のコイツのことだ。俺がどんな行動に出るのか面白半分で眺めているのだろう。
竜王剣の鞘を掴んだ瞬間、両手にスキルが発動する感触が伝わってくる。
だが、竜王剣は壊れなかった。
竜王剣――500年前の勇者が討伐した竜の素材で作ったとされる伝説の剣。
あらゆる武器を鉄くずにかえてしまう【武器弱化】だが、そんな伝説な剣なら耐えられるかもしれない、そう思って手にしたのだが……。
正解だった。
今もビシビシとスキルが発動している感覚が伝わってくるが、竜王剣はビクともしていない。
竜王剣を正眼に構え、イザラムを睨み付ける。
「ほう、今度は貴様がその剣を振るうか。いかなる攻撃を繰り出して―――、な」
イザラムは台詞の途中で言葉を切り、驚愕の表情を浮かべた。
先ほど、コイツの剣を破壊した時にも驚きの顔を見せていたが、その時の比ではない。目の玉が飛び出そうなぐらい目を見開いていた。
「バ、バカな……」
イザラムの声が震えている。
全く状況が理解できていない俺はルフィナ達に視線を向けるのだが、ルフィナや柚華、それに先ほどまでパニックだった城井さん達まで呆然とした表情で俺のことを見ていた。
いや、違う。
みんなが見ているのは、俺ではない。
俺の、うしろ……?
その事に気付いて俺が後ろを振り返ると―――、
そこには、巨大なドラゴンが鎮座していた。
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いよいよ、第一章もクライマックスです。