勇者の実力
「ゴブリンチーフは左からLv15、13、14! ブラックウルフはLv9だよ!」
「OK!」「はい!」「りょーかいッ!」
城井さんの声に、柚華たち他のクラスメイトが気合の入った声で応じる。
遠目に見える魔物達もこちらの存在に気付いているようで、ゴブリンチーフの一体が矢をつがえるのが分かった。
「させない!」
ゴブリンチーフが矢を射るより早く、鳥羽さんの弓が引かれる。一メートル以上はありそうなロングボウは小柄な鳥羽さんが持つとより一層大きく感じるのだが、当の鳥羽さんはそんな事は全く問題ではないようで、流れるような動きで矢を放った。
「ギャッ!」
結構な距離があったのだが、矢は見事にゴブリンチーフの首の辺りに命中した。
(やっぱり凄いな……)
柚華達のパーティーから少し離れた位置で彼らの戦闘を見守っていた俺は、思わずそんな感想を抱く。
柚華や城井さんのはからいで彼女達のパーティーと一緒にダンジョン探索をすることになったのだが、いきなりパーティーに混ざって連携を乱すのも悪いと思い、まずはそのパーティーの戦い方を見させて貰うという話になった。
(さすが、勇者の中でもトップクラスのパーティーというだけあるな)
四階層は観戦だけでいいと言われたので、俺とルフィナはお言葉に甘えて柚華達に戦闘をお任せしていたのだが、やはり、彼らの実力は高かった。ここまで何度か魔物の群れに遭遇し、その全てを柚華達のパーティーは危な気なく倒してきた。もちろん、低階層で弱い魔物しか出てこないのも彼らが苦戦しない理由の一つだとは思う。それに、柚華達はこのダンジョンにそれなりに慣れていることも。柚華のパーティーは十日前からこのダンジョンに挑んでいて、既に十階層まで到達しているという話だ。しかし、それを含めても柚華のパーティーは強く、彼らの個々の能力の高さが理解できた。
まずは城井さんだ。彼女は【解析】のスキル持ちで、魔物のレベルや特性などを"視る"ことができるらしい。また、道具類の属性や耐久値を調べたり、罠の解除にも使えるという話だ。……解析系のスキル、やはり存在したんだな。補助的な役割の【解析】だが、戦闘においてこのスキルは相当便利だ。敵の強さや特性が分かれば、それに応じて戦闘スタイルを変えることが出来る。つまり、戦い方の幅が広がるのだ。【解析】は敵との距離が遠いと効果が薄くなり、スキルの有効範囲ギリギリ(だいたい二〇〇メートルぐらいらしい)では魔物の名前程度しか分からないそうだが、至近距離だと魔物のステータスまで分かってしまうというから驚きだ。例えば、敵の残りHPを知ることができれば戦闘における心理的負担はかなり軽減することになるだろう。
次に、ゴブリンチーフを一撃で射止めた鳥羽さん。彼女は【弓術】スキルを持っているのだが、そのスキルLvは7と高く、これまでの戦闘でも高い命中率と破壊力を持った攻撃を繰り出していた。
パーティーという目線で見ると鳥羽さんのスキルはかなり魅力的だ。俺のパーティーには近接戦闘型しかいないので、遠距離攻撃に滅法弱い。それでも今まで戦ってこれたのは、単純に戦った魔物のレベルが低く、ルフィナの素早い動きで対応できてきたからだ。しかし、今後のことを考えると遠距離攻撃タイプが一人は欲しいところだ。もっとも、鳥羽さんほどの優秀な遠距離攻撃タイプはそうはいないだろうけど……。
ところで、この鳥羽さんと城井さんのスキルは相性が非常に良い。城井さんの【解析】で魔物の群れの中から厄介な敵をいち早く見極め、その敵を鳥羽さんが遠距離から狙撃する。この二人がいるだけで、魔物との戦いが圧倒的に楽になる。
この戦いでもそうだ。
鳥羽さんは遠方から矢を射ようとしたゴブリンチーフを先んじて倒した。
機先を制され、魔物達の間に動揺が走っているのが分かる。
「しゃっ! 行くぜ!」
「おおっ!」
この好機に、白石と前島の前衛組二人が魔物達に向かって走り出した。
「"ヘイスト"!」
走り出す二人に向けて補助魔法を施したのは野口だ。
味方の素早さを速める"ヘイスト"の呪文。野口は所謂支援役だ。【補助魔法】スキルを持つ野口は、この他にも味方の守備力を高める"プロテス"や、敵の動きを鈍くする"スロウ"など様々な支援系魔法を覚えている。直接的な攻撃力は高くないが、パーティーの地力の底上げをする渋い役目を担っている。
"ヘイスト"の効果で移動速度が増した白石と前島は、あっという間に魔物達との距離を詰める。これに対し、ゴブリンチーフ達も弓矢を捨て腰に据えた剣で応戦しようとするのだが、一歩遅かった。
「止まって見えるぜ! くらえっ!」
白石が何やら呪文を唱えると、手にしているロングソードが真っ赤な炎に包まれた。そして、その炎の剣をそのままゴブリンチーフの一体に振り落とす。
「ギャアァァッ!」
ゴブリンチーフの手は肘から下が斬り落とされ、残った腕の部分はメラメラと燃え始めた。
白石のスキルは【魔法剣】、それに【火魔法】と【片手剣】も所持している。所持した武器に魔法を付与する【魔法剣】はなかなかのレアスキルらしいのだが、白石はそれにプラスして【火魔法】と【片手剣】のスキルも持っているため、相乗効果で【魔法剣】使用時の攻撃力が格段に上がっている、と白石自身が自慢気に語っていた。確かに自慢するだけあって強い。これまでの戦闘も白石はほぼ無傷で魔物を倒してきた。くそ、白石め。あんなにかっこよくて強いスキルを授かるとは……。
「とどめだ、―――"火炎剣舞"!」
白石から放たれた複数の剣戟が、赤い火の粉を撒き散らせてゴブリンチーフに襲い掛かる。腕を斬られ、動揺していたゴブリンチーフにはその攻撃を避ける事など出来なかった。
「ギッ、アアアアッ!」
何ヶ所も致命的な切り傷を入れられ、しかもその各々の傷口から炎が噴き出し、ゴブリンチーフは炎の中で苦しみもがきながら絶命した。
「余裕だぜ」
気障ったらしく笑う白石の横では、前島が残った魔物――ゴブリンチーフとブラックウルフの二体を相手にしていた。前島は竜王剣を低く構えると、短くスキル名を呟く。
「【連撃】」
前島の剣が魔物に向かう。
ズザッ―――!!
その直後、前島と対峙していた二体の魔物が、まるで漫画のように真っ二つになった。
「ア……?」
魔物は、まさか自分の身体が真っ二つにされるなどと想像もしていなかったのだろう。不思議そうな声をあげた後、血飛沫をあげて地面に崩れ落ちた。
「……ッ!」
その圧倒的な攻撃力を目の当たりにした俺は絶句してしまった。
前島がスキルで放った【連撃】。その剣筋は確かに早かったのだが、辛うじて俺にも捉えることができるレベルだった。おそらく、【縮地】を使えば何とか躱すことができたと思う。
だが、問題はその威力だ。さっきの魔物達も、前島の攻撃力がここまでとは予想していなかったように感じる。実際、ゴブリンチーフは手にした剣で前島の攻撃を受け止めようとしていた。だけど、前島の攻撃力はゴブリンチーフの予想を遥かに上回っていた。前島の【連撃】は、ゴブリンチーフが構えた剣ごとゴブリンチーフの身体を真っ二つにしてしまったのだ。
「……何度見ても凄い攻撃力ですね。【連撃】は普通、敵に何度も斬りつけることができる分、一撃一撃の威力が落ちてしまいます。それなのに、あの破壊力……」
やはり、ルフィナから見ても前島の攻撃は圧巻のようだ。
(俺が全く敵わないルフィナでも前島の攻撃力には舌を巻いている。前島はクラスの中でも上位の実力者みたいだけど、俺と前島にはどれだけレベル差があるんだろうか……)
改めてクラスの連中との実力差を感じる俺だったが、それと同時に、俺はルフィナの言葉以外の部分も気になってしまった。
前島を見るルフィナの目に、羨望の色があるような気がしたのだ。
そして、その事に気付き、俺の心に、少し寂しいような、そんな気持ちが過るのが分かった。
(……まぁ、お荷物勇者の俺とは違って、あれが本来の勇者の実力だもんな。こういう時が来るってのは、分かっていた)
と、ネガティブな思考に陥りかけていた俺の耳に再びルフィナの声が届いた。
「あの勇者様の実力も凄いですが、所持されている剣……。あの剣の攻撃力はケタ違いですね。あの様な名剣を所持されているとは、流石は勇者様です」
……。
なるほど。
前島の規格外の攻撃力は、竜王剣のお陰もあったのか。
少し卑屈になり過ぎていたかもしれない。
「皆さん、お怪我はありませんか?」
戦闘が終わった事を確認し、柚華が全員に声をかける。
「問題ない」
「大丈夫だよ、柚華ちゃん。あの程度、楽勝~」
前島と白石の言葉に、柚華は「そうですか」と微笑んだ。
この戦闘では出番はなかったが、柚華こそこのパーティーには欠かせない存在だ。柚華は最近、新たに"ミドルヒール"という魔法を覚えたらしい。今なら腕や足の欠損ぐらいなら治療できるそうだ。実力者ばかりの勇者だが、回復役に括れば柚華の右に出る者はいない。そんな柚華が後ろに控えているから、他のパーティーメンバーは安心して戦闘に集中できるのだ。
(やっぱり、勇者のエースパーティーというだけあって凄いね。五階層からは俺も戦闘に参加する話になっているけど、完全に足手纏いだな……)
――――
城井涼子はウキウキしていた。
現在、ダンジョンの攻略中で間断なく魔物の襲撃を受けている。戦闘以外のことを考えている場合ではないのだが、それにも関わらず、今目の前で起こっている"とある事柄"が、涼子の思考の大部分を支配し、涼子の心をときめかせていた。
思考の先にあるのは、背丈に合っていない大きな弓を構えた小柄な一人の少女、涼子の親友である鳥羽奏だ。奏は、一見するとちゃんと戦闘に集中しているように見えるのだが、矢を放つたびに意識を別の所に向け、ソワソワと落ち着きなくしていた。
その理由はおそらく、涼子達の後方で戦闘を見守っている一人の少年。つい小一時間前から偶然一緒にダンジョン探索をすることになった、片桐一也だ。
一也と合流してから奏の様子は明らかにおかしくなった。必死に隠しているので他のパーティーメンバーは気付いていないようだけど、親友である涼子の目は誤魔化せない。確かに、奏はお世辞にも落ち着きのある女子とは言えない。奏はあまり気の強い性格ではなく、普段から些細なことで慌てたりすることが多い。だけど、その事実を加味しても、今の奏の様子は変だった。時折、一也の様子をチラチラと窺っていて、彼を意識しているのは明白だった。
そういえば、一也がまだ王宮にいた頃、一人で自主練に励む一也の姿をコッソリと覗き見る奏を見たことがあった。その時、奏は「何でもない」と誤魔化していた。涼子も、奏の覗いていた対象がクラスで"出来損ない"と言われる一也だったこともあり、特に気に留めなかった。だけど、今の奏を見ていると「何でもない」はずがない事がハッキリと分かる。
即ち、奏は片桐一也に恋をしている―――。
奏は普段、恋愛の話を口にしない。普通、女子校生ならば、男子の好きなタイプだったり気になる男子の話をしても良さそうなものだ。だけど、その手の話になると奏は決まって「良く分からない」とか「そういう人はいない」と言って話を終わらせてきた。
(あの奏が恋する乙女の目を……。これは見逃せないわ!)
一也と、その一也に密かに視線を送る奏の姿を見て、涼子はキラキラと目を輝かせるのだった。
ブクマや評価、ありがとうございます!
次回あたりから物語が動き始めます。