異世界人の思惑
ちょっと短めです。
ルフィナの誤解が解けたので、柚華たちクラスメイト達と合流した。みんな何があったのかを聞きたそうにしていたが、さすがにこの場でズケズケと聞いてくるような無粋な奴はいなかった。まぁ、さっきまで泣いていてたルフィナの顔には笑みが戻っている。取り敢えず大丈夫そうだと判断してくれたのだと思う。
その代わりというか、柚華が違う話題を振ってきた。
「兄さん、良かったらダンジョン探索を一緒にしませんか?」
俺は、この提案に正直戸惑った。
一緒にダンジョン探索。これが柚華一人ならば良い。むしろ、こちらからお願いしたいくらいだ。
だけど、他のクラスメイトがいる。
特に、陰ながら俺を苛めている男子達。こいつらと一緒にダンジョン探索なんてしたくなかった。
「その、兄さんも少しは戦えるようになったと仰ってましたし……、お互い、色々と学ぶことがあると思うんですけど……」
俺の表情から乗り気じゃないのが分かったのだろう、柚華のトーンが下がる。だが、それでも諦めきれないようで、何とか好材料を探し出して俺を説得しようとしてきた。
その表情から柚華が必死なことが伝わってくる。
……そんな顔するなよ。
嫌って言い辛いだろ。
どう断ったものかと思案していると、イジメっ子白石が口を挟んできた。
「でもさ、柚華ちゃん、王宮の騎士たちも片桐にはあまり干渉しないように言ってたじゃん。無理に誘わない方がいいよ」
柚華の手前、白石の言葉は柔らかい。この場に俺一人なら、「テメェ、とっとと消えろよ! このクズがっ!」ぐらいの暴言がとっくに飛んできているはずだ。
それにしても、聞き捨てならないことを白石は言った。
俺に干渉しないように王宮の騎士たちが言ってたって……?
「あれは騎士さん達が兄さんを誤解しているだけです! 現に今だってしっかりレベル上げをしてるじゃないですか!」
「まって柚華、落ち着いて。俺の事はいいから、その話をもう少し詳しく聞かせてくれないか?」
声を張り上げて反論する柚華を宥めると、俺はそう問い掛けた。
「えっと、それは……」
「リチャードさんがね、片桐兄は不本意とは言え王宮を追い出されて傷付いているだろうから、なるべくそっとしておくようにって言ってたの。それより、早く強くなる方が片桐兄の為になるって。一日でも早く魔王を倒し、日本に帰れるようにすることの方が、ずっと片桐兄の為になるだろうって」
言い淀む柚華の代わりに事情を話してくれたのは、城井さんだった。
その話を聞いた俺の最初の感想は「なんだそりゃ?」だった。
勝手に追放しただけじゃなく、俺に関わるなって?
そんなのあんまりだろ。
言葉の上では"俺の為"とか言ってるけど、詭弁なのは丸分かりだ。
切り捨てた挙句にこの仕打ちなら、まるで俺が最初からいなかった者の様な……。
あれ?
いなかった者……?
……。
あー。
そうか。
王宮は、俺を無かった者にしたかったのか。
一つの考えに辿り着き、頭の中がスッキリしてきた。
今考えれば、俺が無能勇者と知れ渡って以降、王宮側の対応は目に見えて悪くなった。日に日にそれは強くなり、笹本さんの件が引き金となって最終的に俺の王宮追放に繋がった。
ドノブ宰相やリチャードさんは、俺が探索に出ないせいで勇者全体の士気が下がり、結果、勇者の育成が遅れてしまう。だから王宮を出て行ってくれと言った。俺は所謂"腐ったみかん"であり、俺を排除することで、勇者育成のスピードを速めたい、と。
これはこれで酷い話なのだが、この時、俺は憤る反面「なるほど」とも思った。
王宮、いや、この世界の人々にとって、魔王の討伐は死活問題だ。その達成の為には、時に冷徹な判断を下さなければならない時もあるだろう。今回、彼らは苦渋の決断をしたのだろう、と。
だけど、今の話を聞くと、どうやら彼らの思惑はそれだけじゃなかったようだ。
ドノブ宰相は俺に、「王宮を出てから勇者である事実を公表するな」と言った。これが意味する所……、おそらく王宮は、俺という汚点を隠したかったのだと思う。
勇者は対魔族への切り札であり、絶対戦力でなければならない。
なぜか。
それは、そうでなければ魔王を倒すことができないからというのも当然あるが、現在の各国の平和の一端を担っているのが、勇者の存在であるからだ。
ルフィナは言った。
今の人々が平穏に暮らせているのは勇者の存在も大きいと。
近い将来、勇者が魔王を倒してくれる。勇者がいるから安心だ。国民にそういう安堵感が広がっているから、今の秩序が保たれている。
では仮に、その勇者が実は弱いと知れたら、どうか?
装備する武器を悉く壊してしまうようなクズ勇者が存在すると国民が知ってしまったら、どうなるか―――?
答えは簡単だ。
勇者神話が崩壊し、平和の根拠を失った国民は大混乱に陥る。パニックになるかもしれないし、暴動が起きるかもしれない。少なくとも、今のように秩序だった社会ではなくなってしまう可能性がある。
もっとも、これはかなり大袈裟な、仮定の話だ。現実はそこまで大事にならないかもしれない。
魔王に侵略されたと言っても、大陸全体、つまり人間の生活圏で見ると、それは極一部にすぎない。ラージル帝国などの大国はまだまだ健在であり、人間は滅亡を危惧するほど追い込まれている状況ではない。また、勇者の中にお荷物が一人いるのは事実とはいえ、それ以外の勇者はみな押しなべて優秀だ。そう考えると、俺の事が国民に知れ渡ったとしても、すぐに大きなパニックには繋がらないだろうって予想も成り立つ。
確かにそんな予想ができるのだが、とはいえ、一石を投じてしまう可能性はある。王宮が危惧したのはこれだ。可能性があるからこそ、無視できなかったのだ。
勇者が絶対的という神話は遥か古の時代から延々と語り継がれており、この世界の人々にとっては普遍的な概念、言わば常識のようなものになっている。これは想像だが、そこに俺という異物が入った時、それによってどのような影響が引き起こされるのか、それが誰にも全く想像できなかったのだと思う。果たしてそれが、湖に小石を投じただけの小さな波紋で終わってしまうのか、あるいは巨大な荒波を引き起こしてしまうのか、それが予想出来なかった。
予想が出来なかったから、王宮は、いっそ排除することにした。
俺を、無かった者にしたのだ―――。
俺を王宮から追放し、その後は柚華たち勇者と俺がなるべく接触をとらないように仕向けた。具体的には、柚華達には俺と距離を開けるようそれとなく進言し、俺には柚華が毎回探索に出ていると嘘をついた。
方法が回りくどい様な気もしたが、それも少し考えれば当たり前のことだなと思った。下手に暗殺などの強硬策に出た場合、義妹であり、【聖魔法】の所持者である柚華が暴発してしまうリスクがある。それを恐れたのだろう。だけど、選択肢の一つには間違いなくあったと思う。
いや、"あった"なんて過去形にしてはダメだ。まだ油断はできない。俺が追放された後の柚華の様子次第では、今後、何かしらのアクションを起こしてくる可能性がある。ほとぼりが冷めた頃、半年後か、一年後か……。いずれにせよ、排除対象である俺は武器を装備出来ない無能勇者だ。俺自身、その時碌な抵抗が出来るとは思えない。人知れず闇に葬るなんて朝飯前だろう。そう考えると、今ここで柚華たち勇者と考えなしに接触することは得策ではない気がしてきた。
「まぁ、リチャードさんの話はともかくとして、片桐と俺達じゃレベル差があり過ぎると思うよ。別々に探索した方がお互い良いんじゃない?」
「それは……」
野口が白石の意見に同調する。
それっぽいこと言っているが、こいつらはただ柚華と親し気に話す俺が気に食わないだけだ。日本にいた頃はそれで散々因縁をつけられた。こいつらの事を考えると、ここで柚華と離れてもいいものかと悩んでしまうが、このパーティーには他にも女子がいる。滅多なことは起きないだろう。
俺とはここでお別れ。
場の空気がそう傾き始めた頃、意外な人物から意外な声が掛かった。
「いいんじゃない? 片桐兄も一緒にダンジョン探索に行こうよ」
柚華に助け舟を出したのは、これまで俺とほとんど面識のない、城井涼子だった。
「ね? 奏も賛成だよね?」
城井さんはそう言って、今までジッと黙って話しの推移を見守っていた鳥羽奏に話し掛ける。
「え? はぇっ……!?」
急に振られ、鳥羽さんが激しく動揺する。
「何? ヤなの?」
「え!? 嫌なんてそんな……っ! ……か、片桐くんが良ければ、一緒に探索するのに、さ、賛成だよ……」
「だよねー」
「城井さん、鳥羽さん! ありがとうございます!」
女子二人が俺と一緒にダンジョン探索に行く事に賛成し、柚華が嬉しそうな声をあげた。
鳥羽さんの返事を聞き、城井さんは楽しそうにしていた。
なんで城井さんと鳥羽さんが?
鳥羽さんは同じ中学出身だけど、彼女と俺との接点はその程度だ。高校からの知り合いである城井さんに至っては、挨拶も碌にしたことがない。そんな間柄の二人がなんで?
内心で俺が混乱していると、城井さん次は前島に問いかけていた。
「前島くんはどうなの?」
「俺は、俺の邪魔さえしないのなら、いてもいなくてもどっちでもいい」
「なるほど、どっちでもいいと。じゃあ、賛成三人、反対二人、棄権一人ってことで決まりね!」
こうして、なんだかよく分からないうちに、俺は柚華たちのパーティーと一緒にダンジョン探索することが決まった。
あれ? 俺の意見は?