王都東のダンジョン
ようやく10万字突破です。これからもよろしくお願い致します。
王都東のダンジョン、通称 "岩場の洞窟"―――。
パノティア王国にいくつか存在するダンジョンのうち、最も古くから知られているダンジョンだ。その最下層はまだ分かっておらず、500年前に召喚された勇者達が到達した51階層が、現在確認されている最深部だという。
一般的にダンジョンは、深く潜れば潜るほど多様で強力な魔物が出現する傾向があり、素材を求める冒険者らにとって格好の稼ぎ場になっている。この岩場の洞窟でも40階層を超えるとSランク相当の魔物が出現するという。ドラゴンはかつての勇者が絶滅させてしまったのでこの世界には存在しないが、堅牢な鱗を持つラミアや、その毛皮に強力な魔法伝導の性質があるグリフォンなどの魔物を討伐することができれば、地位も名誉も思いのまま、その後の人生は孫の代まで安泰である。
かくして、一攫千金を求める冒険者らが本日も果敢にダンジョンに挑んでいるのであった。
「一攫千金とか呑気な……。この世界は本当に魔王によって滅ぼされかけてんのかね?」
ルフィナのダンジョン講義を聞き終えた俺は、そんな感想を漏らした。
俺達は今、王都の東にあるダンジョン"岩場の洞窟"の一階層を探索中だ。探索と言っても、一階層は他の冒険者達によって粗方魔物が倒されており、更に罠の類も解除されているのでほとんど危険はない。加えて、ルフィナはかつて奴隷として所属していた冒険者クラン『蒼き双剣』の命令で散々このダンジョンに潜ってきた。五階層までなら迷うことはないと言うルフィナの後に従い、一階層は散歩のような呑気な探索が続いていた。
ちなみに、『蒼き双剣』の連中は今もこのダンジョンで資金集めをしていると思われるが、もし鉢合わせをしても、ルフィナの見た目がその頃と全く異なるのでまず気付かれる事はないだろうとのことだ。確かに、奴隷商で初めて会ったルフィナは顔に大きな傷があり、尻尾もなかった。まともに水浴びをしていなかったので毛色も今の輝くような銀色ではなく灰色だった。あの頃のルフィナの容姿しか見ていない連中ならば、今のルフィナと同一人物とは思わないだろう。
まぁ、気付かれたとしても問題はない。こっちは正式な手続きを踏んでルフィナを奴隷にしている。このパノティア王国の法律上、俺は現在、正真正銘ルフィナのご主人様だ。万が一、ルフィナが白狼族だとバレた時は面倒かもしれないが、ルフィナが言うには、ルフィナの毛色を変える幻術が常時発動しているのでバレること自体が考えにくいという話だった。
「確かに、私も呑気だと思います。ただ、このパノティア王国と魔族領の間にはラージル帝国があります。先に魔族に滅ぼされた二国と違い、ラージル帝国は広大で軍事力もケタ違いですから、どうしても危機感が薄くなってしまうのでしょう」
先行するルフィナが、俺の口から洩れたボヤキを拾う。
王宮にいた頃に座学で少し学んだのだが、このパノティア王国の東側にはラージル帝国というパノティア王国の倍以上の国土を持つ大きな国があり、更にその東側に魔族領がある。つまり、魔族がパノティア王国に侵攻するためにはラージル帝国を超える必要がある。このラージル帝国が盾になっているおかげで、戦火が及んでいないパノティア王国では比較的平和な暮らしが続いていた。
「それに、勇者様の存在も大きいと思います」
「!?」
突然、思いもよらない単語がルフィナの口から飛び出した。
「約二ヶ月前、このパノティア王国に古の伝承にある勇者様が召喚されたそうです。その時、私はまだ『蒼き双剣』にいたのですが、御触れを聞いて驚いたのを覚えています」
500年前に魔王が復活した際、この世界は召喚された勇者によって守られた。そして、今回も同じように異世界から勇者が召喚された。各国はこの召喚成功を大々的に喧伝し、魔王復活による国民の混乱を最小限に留めようとしてきた。今のところこの方針は概ね成功し、国民の間には今回も勇者様が守ってくれるから安心だという考えが広がっているようだ。
それにしても、俺のイメージでは勇者って"人間の守り神"って感じだけど、ルフィナ達獣人も勇者のことを特別視しているんだろうか?
少し気になったので聞いてみると、
「500年前の魔王は、獣人も含め世界全てを征服しようとしていました。その時世界を救ったのが勇者様です。基本的に人間とは相容れない獣人族ですが、勇者様の偉業に関しては、それを称える逸話がたくさん伝わっていますよ」
ちょっとルフィナの目が熱っぽい。どうやら、獣人族の間にも勇者信仰はしっかりと根付いているようだ。
まずいな……。
ドノブ宰相との約束があったので、俺が勇者だってこと何となく隠したままだったけど、勇者のことをそんな風に考えているとなると、なんか余計言い辛くなってしまった。俺は勇者と言ってもダメ勇者だからな……。
でも、俺の言動はこの世界の人からすると明らかにおかしいのだと思う。それはルフィナの反応を見ていれば良く分かる。時折、ルフィナは明らかに違和感を感じている。おそらく常識外れなんだろう。いつかボロが出て、俺の正体がバレてしまってもおかしくない。
どうしよう、本当のことを言ったら驚くかな?
今のところ、ルフィナの俺への評価はそれほど悪いもんじゃないと思う。まぁ、ほとんど餌付けによるものだが。だけど、実は俺はダメ勇者で、王宮を追放されたなんて聞いたらどうだ? 評価していた分、逆にひどく幻滅されるんじゃないか?
ルフィナから幻滅される……。
せっかくここまで良好な関係を築くことができてきたのに……。
いやだ、それは辛い……。
でも、今後もルフィナとの関係が続くと考えたら、後々変な所でバレるよりは早い段階で本当のことを言っておいた方が良い気もする……。
「あの、ルフィナ―――」
「あ、ご主人様、下の階に進む階段が見えてきました!」
俺が声を掛けようとした直前、ルフィナが下の階に進む階段を発見した。
「……あ、何か言いかけましたか?」
「……いや、何でもない。次の階からはそろそろ魔物が出てくるかな? 気合入れて行こう!」
「? あ、はい……」
誤魔化すような俺の仕草にルフィナは不思議そうな表情をしていたが、特に深く突っ込んでくることはなかった。
二階層に入った途端、いきなり魔物が大量発生する……なんて事はなかった。相変わらず探索は平和で、付近には他の冒険者達の気配もする。やはり、このぐらいの低階層ではかなりの冒険者達が探索していて、魔物も粗方討伐されてしまっているのだろう。
時折、他の冒険者と遭遇することもあった。
「あれ、あの奴隷かわいくね?」
「ん? おぉ! でも主人の方はパッとしねぇな」
「何であんな可愛い奴隷をあんな弱そうな奴が連れてんだ?」
冒険者とすれ違うと、大体こんなことを囁かれる。
弱そうって……うるせーよ!
まぁ、事実だから言い返せないけど……。
俺が弱そうなのはその通りとして(実際に弱いし)、確かにルフィナは可愛い。第三者に指摘されるとつくづくそう思う。今更ながら不釣り合いなパーティーだなって。
方や圧倒的戦闘力を誇る美少女で、方や見た目パッとしない、実力は更にパッとしない俺。
ルフィナが奴隷でなかったら俺なんて相手にされなかっただろう……。
「はぁ……。 ん?」
俺が勝手に鬱に入り溜め息をついていると、ルフィナの様子がおかしいことに気付いた。
「………」
尻尾をピンと逆立て少し鼻息が荒い。そして、心なし早歩きだ。
もしかして……怒ってる?
「ルフィナ……? どうかした?」
俺が声をかけると、ルフィナがハッとしたように振り返った。
「っ! すみません、ちょっとさっきの人達の言う事が気に食わなく……」
そう言ってルフィナは立ち止まり、バツが悪そうに俺に謝ってきた。
やっぱり怒っていたのか。
でもなんで? ルフィナは可愛いって言われただけじゃないのか?
ああ、そうか。
可愛いってのは表現としてはキレイだが、あいつらのルフィナに対する視線はどちらかと言えば下品だったように感じる。ルフィナだって年頃だ。知らない異性から変な視線をぶつけられたら気持ち悪いと感じてもおかしくない。
「そうだよね、確かに知らない人にいきなり可愛いとか言われても戸惑うよね」
「……」
ルフィナを気遣って言ったつもりだったが、俺のセリフを聞いた途端、ルフィナの顔は能面のように無表情になった。
「………………そこは別にどうでもいいんですけど……」
「あれ……?」
能面のルフィナにバッサリとそう言われる。どうやら、違ったようだ。
「……ちなみに、ご主人様は、私の事、その、……可愛いとか、思いますか?」
「ん? あぁ、そりゃもちろん、可愛いと思うよ」
「―――っ!! そ、そうですか!」
俺の答えを聞き、ルフィナは先ほどまでとは180度変わってパアァっと輝くような笑顔を浮かべた。そんな俺達を見て、先ほどの冒険者達がまたひそひそと話しだす。
「なんだありゃ?」
「あれが鈍感系か? むかつくな」
「何だよ、つまんねー。それよりももう帰ろうぜ。今日は冒険者ギルドの受付はニーナちゃんでしょ? 俺、今日こそ飲みに誘うんだ」
「……ニーナちゃん、副ギルド長と付き合ってるらしいぜ?」
「マジで!?」
彼らのそんな会話は俺達の耳に届くことはなかった。
という事がありつつ探索を続けていると、ほどなく、俺とルフィナはこの初めてダンジョンで魔物に遭遇した。
「っ! ご主人様、前方に魔物の気配があります!」
ルフィナが耳をピクピク動かしながらそう俺に告げる。俺には全く分からない。たまに思うのだが、ルフィナの魔物を探知する能力はハンパない。獣人特有なのかもしれないが、傍から見ていると、ルフィナの敵察知能力はスキル保持者と同レベルなんじゃないかと思ってしまう。大野が持つ【探索】スキルと遜色ない気がする。
しばらくすると、ルフィナの言葉通りに洞窟の奥から数体の魔物が現れた。
魔物はどうやらゴブリンの様だ。
ゴブリンは王都郊外で散々戦っている。今更苦戦するような相手ではない。
と、思っていたら、ゴブリン達はこちらに気付くやいなや、持っていた弓を構え始めた。
「っ!? ゴブリンが弓を射るのかよ!」
予想外のゴブリンの攻撃スタイルに驚愕しつつも、俺はゴブリンが射的した矢を【縮地】で躱す。ガスッと嫌な音を立てて、先ほどまで俺がいた場所にゴブリンが放った弓が突き刺さった。
「……あぶねー」
「あれはゴブリンチーフです! 従来のゴブリンより多様な武器を使いこなすゴブリンの上位種です」
ルフィナはそう叫びつつ、ゴブリンチーフに向かって駆け出した。そして、ゴブリンチーフまであと十数メートルと迫った所で、突如、その姿を消してしまった。
「!!?」
目の前でルフィナの姿を見失い、俺は驚いて目を見開く。するとその数十メートル先からガシュッと何かを切り裂くような音が聞こえてきた。
ルフィナが一瞬にしてゴブリンチーフの側に移動し、その一体を切りつけていた。
「………は?」
思わず、俺の口からそんな間抜けな声が漏れる。
いつの間に移動したんだ?
ルフィナの姿をずっと追っていたはずなのに、全く分からなかったぞ。
俺が呆然としている間にも、ルフィナは瞬間移動を繰り返しながらゴブリンチーフ達を屠っていく。神出鬼没のルフィナの動きにゴブリンチーフは全く対応することができず、戦闘開始から一分もたたずに全てのゴブリンチーフを倒してしまった。
戦闘が終わってからルフィナに聞くと、【縮地】と幻惑魔法を使った応用技だと教えられた。ポカンとしている俺に、子供騙しみたいなもので、コツを覚えたら誰でも似たようなことができますよ、と言われた。
あれが誰でもできるの?
本当に?
少なくとも今の俺には全くできそうにない。
やはりルフィナは凄いな。
王都近郊の魔物討伐でルフィナの実力は俺の遥か上をいくというのは分かっていたけど、その時でも全然本気を出していなかったということか……。
「俺でも使えるようになるかな?」と聞くと、「ダンジョンから戻ったらコツを教えますよ」と微笑んでくれた。是非、教えてもらおう。超近接戦闘型の俺にとって、長距離攻撃はやっかいだ。さっきみたいに距離を取られて弓矢や魔法で攻撃されたら手も足も出ない。ルフィナがさっき見せたレベルで使いこなせと言われたら自信はないが、今後も色々な魔物と戦う上で、是非習得しておくべき技能だと思う。
その後も俺達は順調にダンジョン探索を続け、危な気なく三階層に進んだ。三階層でも、出現する魔物の数が少し増えただけで、攻略に手古摺るようなことはなかった。ルフィナの話では、岩場の洞窟では五階層毎に魔物が強くなっていくので、五階層まではこのレベルの魔物が続くそうだ。
二階~三階層で出現したのは、王都の近郊にも出てきたキラーラビット、ゴブリンとゴブリンチーフの群れ、黒い毛皮を持つブラックウルフといった魔物だった。ゴブリン達やブラックウルフは複数で出現することもありその時は若干身構えたが、ルフィナの活躍で苦戦することなく倒すことができた。もっとも、ゴブリンのように武器を持つ魔物が現れないと、基本的に俺の出番はない。せいぜい敵の注意を惹く囮役をこなしたり、戦闘後の素材回収をする程度だ。腕力のステータスが上がれば"魔物破壊"も出来るようになるのかもしれないが、そうなるまでにはまだまだ時間がかかりそうだ。
三階層も特に苦戦することはなかったので、続いて四階層の攻略に進むことにした。ダンジョン初日にしてはいい攻略ペースなんじゃないだろうか? まぁ、99%ルフィナのおかげなんだが……。ちなみに、五階層には階層主の部屋があり、ボスを倒さないと次の階層に進むことが出来ないらしい。
(今日は行けてもボス戦の手前までだな)
そんなことを考えつつ四階層に入ると、すぐ脇の道から戦闘音が聞こえてきた。どうやら他の冒険者が魔物と戦っているようだ。
そういえば、今まで他のパーティーの戦闘を見たことがなかった。
何か参考になるものがあるかもしれない。
そう思って岩場の陰から覗いてみると、見覚えのある黒髪の集団が俺の視界に飛び込んで来た。
「……何で、こんなところに……?」
そこにいたのは、二週間前まで生活を共にしていた俺のクラスメイト達だった。
ブクマありがとうございます。誤字報告や矛盾指摘など、お気軽に感想も書いて頂ければ有難いです。