レベル上げ
【武器弱化】のスキル特性を確認し、"経験値を獲得とスキルの運用方法に慣れる"という方針を打ち出した俺は、その翌日以降、精力的に王都郊外に魔物討伐に出かけた。
相変わらず俺はゴブリン相手にすら苦戦する実力だったが、ルフィナの献身的なサポートと繰り返しの丁寧な助言のお陰で、少しずつまともに戦闘が出来るようになっていった。
元々ルフィナは魔境育ちであり、更に奴隷とはいえ冒険者生活を二年間も経験した、俺からすると冒険者の大先輩とも言える存在である。その大先輩から付きっきりの指導を受けていれば、例え俺がどんな能無しであっても多少の成長が見られるのは当たり前の話であった。魔物討伐を始めて三日目には、俺は初めてゴブリンが持つ棍棒を【武器弱化】で破壊することに成功した。
初めての成果に喜んだ俺だったが、それ以上に嬉しかったのが、武器破壊が成功した事を、ルフィナも我が事のように喜んでくれたことだ。
そう言えば俺は、この異世界に召喚されて以来、成果を挙げた喜びを誰かと分かち合ったことはなかった。王宮にいた頃、柚華や大野達という心許せる存在はいたが、その時の俺は逆境の只中にあり、結果として柚華達と何かの喜びを共感するという機会に恵まれる事はなかった。もちろん、だからといって俺が柚華達から阻害されているなんて卑屈な考えを抱いたことはない。他のクラスメイトから無能と蔑まれていても俺を励まし続けてくれたのは柚華達であり、その事には本当に感謝している。
ただ、俺も一個の人間であり、いくらイジメに慣れているとはいえ、人並みに寂しいとか不安だという感情は持っている。突然見知らぬ土地に召喚され、一人だけお荷物に扱われ、きっと俺も知らず知らず心が擦り減ってしまっていたのだろう。
「凄いです、ご主人様!」
弾けるようなルフィナの笑顔に心満たされるものを感じ、どうやら俺は気付かない間に心がささくれてしまっていたのだと気付かされる。
ゴブリンはこの世界の魔物で最弱に近い存在であるという。ルフィナからすれば数呼吸もかけずに討伐できる魔物だ。そのゴブリンとの戦いにすら手古摺る俺に、ルフィナは蔑むでもなく、根気強く指導してくれた。そして、ようやく手にした初めての成果に諸手を挙げて祝福してくれている。俺にはそれが、只々嬉しかった。
俺はその後もルフィナのアドバイスをしっかりと聞き、魔物討伐を繰り返した。ルフィナのアドバイスは様々なものがあった。ゴブリンやキラーラビットなどそれぞれの魔物の攻撃特性は知っていたが、その特性を加味した上でのこちらの動き方、立ち位置、間合いの計り方。更に、少し高度なものとして【縮地】を応用したフェイントなど、実戦で鍛えられたルフィナならではの戦闘術を丁寧に指導してくれた。残念ながら、すぐにその全てを体得できるほど俺は有能な人間ではなかったが、何度も何度も魔物相手に練習し少しずつ自分のモノにしていった。
こうして王都近郊でも魔物討伐を始めて一週間も経った頃には、ゴブリン程度の攻撃なら難なく躱すことが出来るようになった。さすがに腕力が足らず魔物破壊は無理だったが、武器破壊ならかなりの確率で成功させられるようになった。討伐自体をルフィナ任せなのは変わりないものの、全くのお荷物であったこれまでに比べると俺は戦闘に参加出来ていることに手応えを感じ始めていた。
しかし、魔物討伐を始めて二週間ほど経った頃、俺はまた一つ壁にぶち当たった。レベルが上がらなくなってきたのだ。レベル10を超えた辺りで急にレベルアップ速度が鈍化し、現在の俺のレベルは12。最後にレベルアップしたのは数日前だ。
現在の俺達のステータスは、
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片桐 一也 ヒューマン 剣士
Lv 12
HP 78
MP 5
体力 28
腕力 39
俊敏 21
魔力 3
運 4
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ルフィナ・ラディ 獣人(眷属)
Lv 13
HP 119(+24)
MP 75(+24)
体力 41(+12)
腕力 43(+12)
俊敏 80(+12)
魔力 38(+12)
運 16
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相変わらずルフィナのステータスの上がり方が著しい。近いうちに俺とのステータス差がまたダブルスコアになりそうだ。
ルフィナは異常な成長を遂げる自分自身を明らかに訝しんでいたが、俺が何も言わないでいると、自分から聞いてくることはしなかった。ちなみに、ルフィナの平均ステータスに達するのは普通Lv20は超えていないとおかしいらしい。
ともあれ問題は俺のレベルだ。このままでは良くない。
俺は、王宮にいるクラスメイト達と張り合うには、せめて竜王剣争奪戦の目標だったLv15は欲しいと考えている。まぁ、俺が王宮を離れる直前に間もなくLv15に達するという奴は何人かいたし、あれから二週間が経ち、多くのクラスメイトが既にLv15、あるいはそれ以上のレベルになってしまっている可能性は十分ある。でも、無能と呼ばれた俺でもLv15に達することが出来たというのは、俺が強くなった一つの証拠として認められる筈だ。
しかし、王都近郊でのレベルアップが頭打ちなのもまた事実だ。俺はそのことをルフィナに相談すると、王都の東にあるダンジョンを紹介された。地下に潜るほど魔物が強くなるダンジョンは、レベルアップにおいても素材集めにおいても格好の場所であり、多くの冒険者らが挑戦しているらしい。
「でも、そこって……」
ルフィナは王都東のダンジョンでの無茶なポイズンフロッグ狩りの結果、もう少しで命を落とすという危機に見舞われた。ルフィナにとってトラウマであり、二度と訪れたくない場所なのではないだろうか。
俺が心配して聞くと、ルフィナは「お気遣いありがとうございます」とお礼を言った上で、話を続けた。
「確かに、私はそのダンジョンの探索で命を落とし掛けました。ですが、いつまでもそのことを引き摺っているわけにはいきません。冒険者を続けるならダンジョンに潜ることは多いですし、ポイズンフロッグは王都近郊ではダンジョンぐらいにしか現れませんが、他の地方には割と生息する魔物ですから」
ポイズンフロッグは沼地などに生息し、大陸全土に広く分布している。そして、その素材が解毒薬になるため、ポイズンフロッグは資金集めの一環に狩られることが多い。ルフィナがかつて所属させられていた『蒼き双剣』は、王都東のダンジョンにポイズンフロッグの出現地帯があることを知っていたので、そこで集中的にポイズンフロッグの素材集めを行っていたという事だった。
「それに、ご主人様に買って頂いて久しぶりに人間らしい生活を送らせて頂き、かなり精神的にも落ち着きました。問題はありません」
そういうルフィナの瞳は落ち着いている。確かに、ここ二週間の生活でルフィナの肌の色も身体の線も目に見えて健康的になった。だけど……。
なおも心配そうにしている俺に、ルフィナはクスリと笑う。
「大丈夫です。トラウマはもうありません。仮にあったとしても、トラウマなのは無茶なダンジョン攻略です。そもそもポイズンフロッグ自体はそこまで怖い魔物ではないのです。今の私なら容易く倒せますし、毒も解毒薬があれば問題なことは分かっています。それとも、ご主人様は私に奴らと同じようなダンジョン攻略をさせるつもりですか?」
「そんなことさせるものか!」
「では、何も問題ありませんね」
思わず大きな声を出した俺を、間髪入れずにルフィナが言いくるめる。少し嬉しそうに微笑むルフィナに毒気を抜かれた俺は、これ以上何もいう事はなかった。
こうして俺達は、王都東のダンジョンに向かうことになった。
――――
王都東のダンジョンは馬車で一時間ほどのところにある。
ダンジョンまでは一日に複数回定期馬車が出ていて、冒険者らは王都で探索準備を整え、朝早くから夕刻までダンジョンに潜り王都に戻るか、ダンジョン近くの簡易宿に泊まって数日探索を続けるというのがよくあるダンジョン探索のパターンという話だった。
俺は今泊まっている宿を気に入っていたこともあり、取り敢えずこの宿をチェックアウトせず、毎日王都に戻ってくることにした。
次に俺がすべきことはダンジョン探索の準備だ。解毒薬や回復薬、携帯食糧などダンジョン探索に必要な物を買い出しないといけない。そんなことを考えた所で、俺はこの二週間ルフィナに休みを与えていないことに気が付いた。
レベルアップに必死だったとは言え、これではブラックご主人様だ。反省した俺は、今日は自由にしていいと言ってルフィナにお小遣いとして100ゴルドを渡した。この世界に不慣れな俺だが、さすがに二週間も王都にいれば一人で買い物ぐらいできるし、魔法袋があるので荷物持ちも必要ない。また明日からルフィナ大先輩にはお世話になる訳だから今日ぐらい羽を伸ばしておいで、そういってお小遣いを渡したのだが、ルフィナは驚き、恐縮し、そしてお小遣いを返してきた。そんなご主人様はいないらしい。
俺は「余所は余所、ウチはウチ」と言ってルフィナに休みを勧めたのだが、「王都に知り合いもいないし一人でどこかに言っても寂しい。自由にしていいと言うなら自分の意思でご主人様に付いて行きたい」と言われたので、一緒に買い出しに行く事にした。ただ、お小遣いはルフィナが頑張った分でもあるからと言って無理やり受け取らせた。
ルフィナは困ったような顔をしたあと、お礼を言い、大事そうに100ゴルド硬貨を彼女のポケットにしまった。
実際、ルフィナは頑張ってくれている。
ルフィナがバッサバッサと魔物を討伐してくれるお陰で、素材の売却益は日に300ゴルド、多いと日に500ゴルドほど入ってくる。宿・食事代などの経費は一日100~150ゴルド程度なので、この二週間毎日コツコツ貯金ができていて、ルフィナを買ってから俺の資金はトータルで2500ゴルドほど増えた。二週間でこのペースなので、半年も経てばルフィナの購入代金2万5000ゴルドの元を取ってしまう計算になる。そう考えると、ルフィナへの100ゴルドのお小遣いは少ないぐらいだ。今後、もう少し生活の基盤がしっかりしてきたらルフィナに給料をあげるのもいいかもしれないな。
俺はそんなことを考えつつ、ルフィナと一緒にダンジョン探索に必要な物資を揃え、翌日には定期馬車で王都の東にあるダンジョンに向かった。
――――
ダンジョンの近くにきた時、その賑やかさに俺は驚かされた。
「いらっしゃい! ダンジョンに潜るための装備は万全かい? ポイズンフロッグの毒に良く効く解毒剤が安いよ!」
「今晩の宿はお決まりですか!? 夕刻になると込み合うから今のうちに宿を確保しておいた方がいいですよ!」
「兄ちゃん、バーバ鶏の蒸し焼きだよ! 一つどうだい!」
ダンジョン周辺はタンジョンに潜る多くの冒険者や、その冒険者たちを相手に一稼ぎしようという商人たちが集まり、ちょっとした町が形成されていた。薬草や武器を売る行商人、美味しそうな匂いを漂わせる屋台、簡易的な宿などが所々に軒を連ね、冒険者相手に景気よく商売をしている。
王都の商業区にはもちろん及ばないが、それでも自由稼業の冒険者達を相手にしているだけあってみな威勢が良い。
「ご主人様、こちらです」
活気溢れる街並みに俺が目を白黒させていると、勝手知ったるルフィナがダンジョンの方に案内してくれた。
ルフィナに従い、段々と人が増えていくダンジョン街を進んでいくと、俺の視界に大きな大穴が飛び込んできた。
「ここがダンジョンか……」
ぽっかりと空いた洞窟の入口とその奥の暗い空間に視線を向けながら、俺は思わず生唾を飲み込む。
この洞窟の奥には無数の魔物が蠢き、そして、その魔物達の素材を求めて野心溢れる多くの冒険者らが今この瞬間も命懸けの探索を行っている筈だ。
ダンジョンは日本のゲームの世界では定番であるが、現実にその場に立つとその迫力に気圧されそうになる。
「大丈夫です、私が何に変えてもご主人様をお守りいたします」
怖気付いていることが丸分かりな俺に対し、横に控えるルフィナがそんなことを言ってきた。自分より年下かつ身体も頭一つ小さい少女にそんな発言をさせるのは男ととしてどうかと思うが、今までルフィナの実力を生で見てきた俺には、それを恥と思うよりもむしろ頼もしさを覚えてしまう。
「うん、よろしく」
今更、ルフィナ相手に気取っても仕方がないので、ここは開き直ってルフィナにお願いする。すると、そんな俺にルフィナも嬉しそうに頷いた。
こうして俺とルフィナは、暗い洞窟の中に足を踏み入れた。
すみません。
中途半端にアップしてしまったので、一部修正致しました。
1000字ほど加筆してあります。