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武器弱化

 次の日、朝食を終えた俺とルフィナは王都の外に出た。

 王都の外に出るのは、まだ王宮住まいだった頃に行った森林探索以来だ。あの時は馬車に揺られ、騎士の護衛付きだった。こうやって自分の足で王都の外に出るのは初めての事になる。


 王都の外に出るのにビビっている俺を、ルフィナが不思議そうな目で見ていた。

 この世界の人にとって王都の外に出るなんて大したことではないのだろうが、この世界に来てまだ一ヶ月ほどしか経っていない俺にはほとんどのことが目新しく不慣れなことだらけなのだ。ビビってしまうのも仕方がない。仕方ないよね?

 

 そう言えば、初めて冒険者ギルドに訪れた時もビビッていた。ルフィナに臆病なことがバレて幻滅されそうだな……。


(とはいえ、こんなことを繰り返しているとどこかでボロが出そうだ。毎回誤魔化すのも面倒だし、いっそルフィナには俺が召喚された勇者だってバラしてしまおうかな? いや、ドノブ宰相との約束もあるしなぁ……)


 そんなことを考えつつ歩いているうちに、目的の場所に到着した。


 そこは露出した岩肌のほかは木々が点々と生えているだけで、人影はほとんどない場所だった。ルフィナに王都郊外で人目につかない場所に連れて行ってくれというと、ここに案内された。今日はここで俺のスキル【武器弱化】のテストを行う予定なのだ。


「じゃあ、さっそくだけど、魔法袋から短剣を一本取り出して」

「はい」


 ルフィナは指示通りに短剣を魔法袋から取り出す。


「そのまま俺にゆっくり攻撃を仕掛けてくれ。まぁ、攻撃といってもあくまでフリで」

「?? わかりました」


 この行動に何の意味があるのか分からないという表情をしていたルフィナはだったが、取り敢えず指示通りに俺に攻撃を仕掛けようとナイフを構えた。


 ルフィナがゆっくり俺に切り掛かってくる。

 かなり慎重にしてくれているのだろう、ルフィナの動作はスローモーションの様だ。俺はその刃を親指と人差し指で難なく掴む。そして、その状態で10秒ほど動きを止めた。

 ナイフには特に変化はない。


「??」


 奇妙な行動をする俺を、ルフィナは不思議そうに見つめている。


 俺は次に、指で掴んでいる剣の切っ先がルフィナに向かうように力を込めた。


 その瞬間、俺のスキルが発動する感触が指先から伝わってくる。

 そして、ルフィナが持つ剣が柄だけ残してボロボロと崩れ落ちた。


「―――えっ? ええっ!?」


 目の前で鉄くずになってしまった剣を見て、ルフィナが素っ頓狂な声をあげた。


「ご、ご主人様。これは一体……?」

「……【武器弱化】のテストをしたんだけど。……どうやら、他人が装備している武器であってもスキルは発動するみたいだ」


 テストの一つ目。半分思い付きだったが、どうやら想定通りの結果になったようだ。


「これがご主人様のスキル……」


「もう一つ確認したいことがあるんだけど、手伝ってもらっていいかな? 動物か弱い魔物を何匹か捕獲してき欲しいんだ。できれば、素材になる魔物か、作物を荒す害獣の様な動物がいいんだけど……」


 ルフィナにそうお願いすると、15分もしないうちに二匹の小動物を掴まえてきた。手の平サイズの亀みたいな甲羅を持つ動きがノロい生き物だ。ちょっと顔が厳つく尻尾が二本生えている。この亀モドキは田畑を荒らすので近くの農家が定期的に駆除しているらしい。


(実験に使うのは忍びないけど、駆除対象の動物ならまだマシかな……)


 その亀モドキを一匹を掴む。

 変化はない。

 

 それを確認した後、地面でノロノロ動いているもう一匹の亀モドキに、俺は手にしている亀モドキをぶつけようと振り被った。


 その瞬間、再び手にスキルが発動する感覚が宿る。

 そして、グシャッという音を立てて俺に掴まれていた亀モドキが破裂した。


(―――っ! やっぱり……!)


 それは、俺の中の自信が確信に変わった瞬間だった。




 肉片や血がドロリと手の間から零れ落ちる。グロい……。

 横で様子を窺っていたルフィナも驚いているようで、息を飲む様子が伝わってくる。


「ご主人様、今度は一体何を……?」


 ルフィナは俺に布を差し出しつつ、遠慮がちに質問してきた。


「……これも【武器弱化】の効果みたいだ。ルフィナを治療した時に、俺は【武器弱化】の性能を見誤っていることに気が付いたんだ。それで今色々と試していたんだけど……」

 

 そう、俺は【武器弱化】を見誤っていた。


 【武器弱化】の効果は"俺が装備した武器を弱体化させる"というもの。その解釈自体は正しいと思うが、問題なのはこの世界の武器の定義がとんでもなく広かったということだ。


 正直、今でも武器の正確な定義はわからない。ただし、今の実験結果から武器の定義は"相手に害をなすことが出来る物"とかそんなアバウトな感じなのだと思う。だから、ルフィナの身体を蝕んでいた毒も、ルフィナが装備していた武器も、そして、たった今弾け飛んだ亀モドキも全て武器として認識されスキルが発動した。


 ふと、肉片になった亀モドキに視線を送る。

 血だまりが地面に広がり、その無残な姿が生々しくも強力なスキルの威力を伝えてくる。


(これを魔物相手に使ったら……)


 俺の心臓が高鳴る。

 自分の予想に、考えに、俺の精神が興奮していることがわかる。


 レベルが上がり、俺の腕力は異世界転移前より格段に増えた。

 軽い魔物一体なら持ち上げることもできるはずだ。

 もしも魔物を、さっきの亀モドキのように違う魔物にぶつけようとしたら?

 魔物を武器として使おうとしたら、どうなる?

 【武器弱化】の効力で俺が持った武器は問答無用で破壊される。つまり、武器にしようとした魔物もさっきの亀モドキのように弾け飛ぶはずだ。

 これは即ち、俺も魔物を攻撃することができるということ。


 ―――俺は、攻撃手段をようやく見つけることが出来たのかもしれない。




 その後も、様々な実験を続けた。

 その結果分かったことは、自分で持ち上げられない物は武器として認識されないということだった。


 大きめの岩を亀モドキにぶつけようとしたが、岩はビクリともせず、またスキルも発動しなかった。

 おそらく、スキル発動の条件は、実際に武器として扱えることと、攻撃するという意思だ。


 少し整理してみる。

 剣や槍など明らかに武器としてみられるものはスキルが発動する。おそらく毒もこれに含まれる。そして、敵が装備している武器であっても、俺が触れ、それを武器にしようと意思を働かせればスキルが発動する。また、武器以外の物でも敵を攻撃できる条件を満たせばスキルが発動する。


(正直、使い所はまだまだ難しい。だけど、戦闘に役立つ可能性は秘めている)


 巨大な魔物にはスキルが発動しないなどスキルの縛りはまだまだ存在する。だけど、俺は確かに希望を感じていた。少なくとも、戦いに参加したいけど参加出来ないという袋小路状態だった王宮の頃、その時に感じていた閉塞感はなくなっていた。

 俺も魔物が倒せることが証明できれば、俺に貼られている無能のレッテルも剥がせるかもしれない。



(……いや、この程度ではダメだ)


 現状打破の可能性を見つけ希望に湧く俺だったが、一方で、冷静な思考も失ってはいなかった。というか、中学三年間イジメを受けてきた俺は、多少の事では思考全てを楽観論に切り替えることなど出来ない。


(今王宮に戻った所で、スキルの運用に慣れていない俺では、結局足手まといのままだろう。武藤(いじめっこ)達はそういう弱みや隙を必ず付いてくるはずだ)


 それにレベル差の問題もある。クラスの連中は竜王剣獲得競争もあってかなり精力的にレベリングを行っていた。この一ヶ月みっちりパワーレベリングしたアイツらと、一回しか森林探索に参加出来ていなかった俺とでは、既にかなりのレベル差・ステータス差が存在している筈だ。


(実戦経験やステータスの差を少しでも縮める。王宮への帰還の話はそれからだな)


 簡単に頭の中で今後の方針を纏めた俺は、ルフィナに話を振る。


「ルフィナ、この辺りの魔物でレベル上げをしようと思うんだけど、ルフィナはどの程度戦えそう? 必要なら冒険者ギルドに戦闘補助の依頼も出そうと思うんだけど……」


「この辺りの魔物でしたら依頼は必要ありません。例え束になって襲ってきても私一人で十分です。ご主人様には指一本触れさせません!」


 ルフィナが鼻息荒く答える。その瞳は自信に満ちていた。

 だけど、今考えられる俺の戦闘スタイルは魔物を己の武器として使う事だ。その為には俺の方から魔物にバンバン触れていくことになると思うんだが……、まぁ、それはいいか。


 ルフィナの言葉は頼もしいし有難い。ルフィナに戦闘補助をしてもらいつつ魔物を倒す。これによって経験値を獲得し、スキルの運用方法に慣れていく。今後のレべリングのスタイルはそんな形になりそうだ。かなり、というかほとんどルフィナ頼みだが、彼女も張り切っていることだしお願いすることにしよう。


 魔物を狩った場合、ギルドから討伐の依頼が出ていなくても素材としてギルドに売却できるという話なので、俺達は昼食を摂った後、このまま魔物討伐に向かうことにした。

 魔物討伐は森林探索以来二度目だ。少し緊張する。


 昼食はフランスパンみたいなパンに肉や野菜を挟んだバケットサンドイッチだ。携帯できるし昼食に丁度いいと思って出掛けに王都で買ってきた。念のため大目にと四つ買ってきたのだが、このバケットサンド、肉や野菜が溢れるぐらい詰め込まれており、一つでもかなりお腹が膨れそうだ。


 ルフィナに取り敢えず一つ渡すと、目をキラキラさせてムシャブリつき、瞬く間に一つを平らげた。ルフィナにもう一つ渡す。それもペロリと完食したのでもう一つ渡す。結局、俺が一つ食べるより早く三つのバケットサンドを食べてしまった。


 俺が「ごめん、少なかったね」と言うと、顔を真っ赤にして「すみません」と謝ってきた。次はもっと買って来よう。



――――



 昼食が終わると、さっそく魔物の探索を始めた。といっても、俺はルフィナにただ付いていくだけだった。「魔物の足跡が」とか「この草の倒れ方や木に付いた傷、魔物が移動した跡です」と言って先導してくれるルフィナの後ろを歩くこと数十分、あっさり魔物に遭遇した。さすが、幼い頃は秘境で暮らし、二年間冒険者をやってきただけのことはある。慣れていらっしゃる。


 出てきた魔物はゴブリンとキラーラビット。

 森林探索で一度見た魔物だったので、ビビりの俺もそこまで腰が引けることはなかった。


 さて、俺が決めたこの魔物討伐のコンセプトは、"経験値を獲得しスキルの運用方法に慣れる"というものだったが、結果的にそれは半分成功し、半分失敗した。


 失敗したのはスキルの運用方法に慣れるという点。


 スキルを発動させようと魔物に近付いても、実戦経験の乏しい俺の単調な動きは魔物に簡単に見切られてしまうのだ。それならばと、一ヶ月弱の特訓の末に獲得した【縮地】を発動するも、元々のステータスが低い俺ではそこまで劇的な効果はないようで、ゴブリン達はその動きにもあっさり対処してきた。おそらく、「コイツちょっと素早く動いたな」程度の効果しかないのだろう。結局、俺はこの日一日、まったく魔物に触ることができなかった。むしろ、不用意に魔物の前をウロチョロするので、その度にルフィナをヒヤヒヤさせてしまった。


 成功したのは経験値獲得だ。


 何故成功したのか、これは全てルフィナのお陰だ。ほとんどのステータスが俺のダブルスコアであり、かつ実戦経験豊富なルフィナの戦闘力は圧倒的だった。「束で襲ってきても大丈夫」の発言は全く大言壮語などではなく、どの魔物も指一本すら触れること適わぬまま、ルフィナのナイフに切り刻まれていった。一応、スキルの練習の為にまずは俺が魔物に対峙するという段取りになっており、ルフィナも最初は手を出さないのだが、俺が魔物に動きを読まれ攻撃を食らいそうになると、どこからともなく現れて何度も俺を救ってくれた。


 戦闘の合間にルフィナから身のこなしのアドバイスを貰ったりもしてみたのだが、中々実践することができなかった。俺は何度も無謀な突撃を繰り返し、その度にルフィナの顔を青褪めさせた。最後、ゴブリンの棍棒が俺の脳天を掠めルフィナから悲痛な叫びが聞こえたので、この日の特訓は終了になった。


 王都に帰る途中、機嫌の悪かったルフィナに、晩御飯はご馳走にしようと言うと「そんなので誤魔化されません!」と怒られたが、ルフィナの尻尾は揺れていたので少し機嫌を直してくれたのだと思う。


 今日の成果は、ゴブリン8匹とキラーラビット15匹、それに地面から出てくる毛虫みたいなサンドキャタピラーが10匹、カラスに似たブラックバードが4匹だった。新人にしては中々の成果らしい。

 ゴブリンやブラックバードはあまり値打ちなかったが、キラーラビットの肉や毛皮、サンドキャタピラーの糸が素材として売れ、210ゴルドほどの稼ぎになった。宿が二人で素泊まり100ゴルドなので、食事代を含めても少しプラスといったところだろう。




 宿に戻り、ステータス画面を見てルフィナが驚いていた。


===============


 片桐 一也 ヒューマン 剣士

 Lv 7

 HP 40

 MP 4

 体力 13

 腕力 20

 俊敏 15

 魔力 2

 運  4


===============


 ルフィナ・ラディ 獣人(眷属)

 Lv 9

 HP 70(+12)

 MP 42(+12)

 体力 25(+6)

 腕力 31(+6)

 俊敏 55(+6)

 魔力 20(+6)

 運  15


===============


 俺が3レベル、ルフィナが2レベル上がっていたのだが、問題はルフィナの方だった。


「……ご、ご主人様……、私のステータスの上がり方がおかしいんですが……」


 そう言われても、まだこの世界の常識に疎い俺ではわからない。


「そうなのか? 普通はどのくらいなんだ?」


 分からないので、取り敢えず聞いてみる。


「Lv9ですと、普通、運を除く平均ステータスが20前後でも優秀な部類です。ですが、私のステータスはそれを大きく上回っています」


 なるほど。そう言われると確かに高い。


 ルフィナは驚愕していたが、俺はこの高成長をもたらした原因について何となく予想がついていた。

 

 何てことは無い、俺が勇者だからだ。

 王宮の訓練時、リチャードさんから勇者というのはステータスが常人より伸びやすいという話を聞いた。勇者の奴隷については言及していなかったが、勇者付きの奴隷にその恩恵があっても不思議ではない。


(……だけどこれは、他の勇者も気付いていない事実かもしれない)


 ルフィナの普通ではない高成長に、俺は驚きよりも喜びの感情の方が大きかった。俺はいま、無能のレッテルを覆すため、他の勇者に負けない力を求めている。予期せぬところで、他の勇者達も得られていないアドバンテージを得られたのかもしれない。

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