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ルフィナの治療①

「すみません、ちょっと妹の柚華に緊急の用事で。申し訳ないんですけど取り次いで頂けないでしょうか?」

「は、はぁ……」


 恐縮して話しかける俺に、王宮の門兵は困惑したような表情を浮かべている。


 まぁ、当然だろう。俺は今日の午前中、柚華たちに見送られてこの王宮を後にした。俺と別れる時、柚華は泣いていた。「必ず会いに来てね」と涙ながらに俺を送り出してくれたのだ。そんな劇的な別れから数時間も経たぬうちにその男がひょっこり戻ってきた。一部始終を見ていた門兵からすれば一体何しに来た?って感じだろう。しかも、背中にはぐったりした少女を背負っている。幸い、ルフィナはフードを深く被っているので顔の傷までは見えないだろうが、門兵が訝しんでいるのは間違いない。


 ちなみに、その午前の時に俺の見送りに来てくれたのは柚華、大野、高山の三人だけだった。俺が追放されるということはクラスメイト達にそれとなく伝わっているようだが、お荷物の俺はいなくなって当然との空気があるようで、他のクラスメイト達の見送りはなかった。まぁ、積極的か消極的かの違いがあるものの、クラスの大半の奴は俺へのイジメに加担していた。そんな奴らに見送りに来られても俺も反応に困るだけだ。


 若干、呆気にとられていた門兵だったが、自分では判断が付かないと思ったのか、「少々お待ちください」と言って王宮の中に入って行った。


 門兵が去って行くのを見送った後、俺は背中の少女に意識を向ける。ここに来る道中、ほとんど身動きしなかったので不安だったが、呼吸は安定しているようだ。


(ルフィナのこと、柚華に何て説明しようかな……)


 王宮を出立する際、奴隷を購入するという話を柚華にもした。すると柚華は、それまでしおらしく泣いていたのが嘘だったかのように俺に詰め寄ってきた。


 なぜ奴隷を買うんですか? そんな必要ないでしょう。買う奴隷は男ですか?女ですか? やはり若い女の奴隷を買うつもりなんでしょう?

 そんな内容のことを目を吊り上げてまくし立ててきたのだ。

 

 俺は咄嗟に、買うのは男性の奴隷であり、戦闘補助が目的だ。決して(やま)しい目的で奴隷を買う訳ではない、と弁解した。柚華は尚も訝しんでいたが、大野や高山に話をふって何とかその場をやり過ごしたのだ。「またタイミングを見付けて、柚華が落ち着いた時に改めて説明しよう」その時はそんな風に考えていたのだが……。


(まさか、日も変わらないうちに、中学生ぐらいの獣人の少女を連れてくることになるとは……)


 そんなことを考えているうちに、先ほどの門兵が柚華を連れて戻ってきた。横にはリチャードさんもいる。


「兄さんっ!」


 俺の顔を見て嬉しそうに早歩きで近寄ってきた柚華だったが、俺の背中にいる人物を見止めると、途端にそのスピードを緩め始める。


 俺の前で歩みを止めると、柚華は無表情で俺と背中の人物を交互に見やる。そして、仄かに微笑を浮かべがら俺に話しかけてきた。


「……兄さん? その背中の子はどなたですか?」


 底冷えするような低い声で、柚華が俺に質問、いや、詰問する。


「その、この子はな―――」

「背格好からして少年……。いえ、それにしては前髪が長いですし、少女ですか? 一体どこでお知り合いに? ああ、そういえば、兄さんは今日奴隷を買いに行かれると仰っていましたね? その子がその奴隷なんですか?」


 俺の返答を待たずにどんどん話を進めていく柚華。声の硬さとは裏腹にその表情は天使のように穏やかだ。しかし、柚華から噴き出る凄まじいプレッシャーは周囲の人間にも伝わっているようで、横に控えているリチャードさんや門兵のお兄さんは直立不動のままこちらに視線すら寄越さない。


「どうなんですか、兄さん?」

「あ、や、その……」


 俺の額にドッと油汗が流れる。


 この後、俺はシドロモドロになりながら必死に柚華に説明した。

 奴隷が女の子なのは別に深い意味はない。反抗された場合を考えて女の子の方が良いと考えていたことは事実だが、それ以外に含むものは何もない。それよりも、奴隷の条件は獣人で、尚且つ弱っている奴隷を買うことだった。


 俺の説明を聞き終えてもしばらくジトーとした目をしていた柚華だったが、やがてはぁ~と溜め息をついた。


「……わかりました。その子を買った経緯は後でゆっくり聞くとして、私を呼び出したってことは何か問題が生じたのではありませんか?」


「あ、そう、そうなんだ。実は柚華にこの子を治療して欲しいんだよ」


 そう言って俺はルフィナを背から降ろし、被っていたフードを外す。


「……っ! この傷……」


 ルフィナの顔全体を覆うような深い爪痕を見て、柚華は思わず息を飲む。


「詳しい話はまだ聞いてないんだけど、おそらくこれまでの奴隷生活で相当酷い目に遭ったみたいなんだ」

「……わかりました。急いで彼女を治療しますので、そこに寝かせてください」


 俺がルフィナを詰所の脇にあった台座のようなものに降ろすと、柚華は直ちに詠唱に入った。


 昨晩、大野は弱った奴隷を買おう言ってきた。そういう奴隷を助けることで信頼度の高い奴隷を手に入れることが出来る、そう強く提案してきたのだ。

 確かに大野の言葉には一理ある。誰だって困っている時に手を差し伸べられたらその助けてくれた人に恩義を感じるものだ。でもそれは、その奴隷をちゃんと助けられた場合に限られる。弱っている具合なんて人それぞれだし、必ず助けられる保証なんてない。だが、大野はこの案に自信満々だった。絶対に成功すると確信していた。

 その自信の根拠は他でもない柚華の存在だ。柚華は【聖魔法】Lv8のスキルを持っている。この世界では、500年前の勇者を除いて前人未到のレベルと言っていい。大抵の怪我なら治してしまうし、それどころか、指の欠損ぐらいなら初級魔法のヒールで回復させてしまう。チートの権化のような柚華の存在は、奴隷を助けるためのまさに"奥の手"であった。


「―――ヒール!」


 柚華の凛とした声と共に、ルフィナの顔の傷に暖かな光が降り注いだ。

 目の周りの抉れていた皮膚がみるみる元の姿に戻っていく。


「ヒール!」


 柚華が追加でヒールを唱えると、ルフィナの顔に残った痣も綺麗さっぱりなくなった。


(ルフィナ、こんな顔をしていたんだ。というか普通に可愛いんだけど……)

 

 顔の大半が傷に覆われている時から、大きな瞳や白い地肌を持つルフィナは元は可愛らしい顔立ちだったんだろうと思っていた。だけど、完治したルフィナの素顔は予想以上の美少女だった。


(こんな可愛い子が奴隷として虐待を受けていたらどんな目に遭うか……。 待てよ、もしかしたら顔の傷はそれを防ぐためという可能性も……。 いや、それは飛躍し過ぎか)


 俺がそんなことを考えている間にも柚華は欠けた耳や尻尾にも次々回復魔法を施していく。白いフサフサした尻尾が再び生えてきたときに、側で見守っていたリチャードさん達が目を見開いた。


「あれは……」

「うむ、おそらく白狼族……。珍しいな」


 ハクロウ族……? それがルフィナの種族名か?

 そういえば、奴隷商でもウサギ耳やネコ耳などルフィナとは違う種類の耳を生やした獣人がいた。もしかしたら獣人とは一括りの呼び名で、実は細かく種族が分かれているってことなのかな?


「ふう……。あらかた治療は終わりました。これでもう大丈夫なはずです」


 柚華が立ち上がり、額の汗を拭う。


「ありがとう、柚華。無理させてごめんな」

「気にしないでください。……あ、いえ、やっぱり気にしてください。そして、今度何か埋め合わせを……」


「ああ、もちろんだよ。とはいえ、今の俺では柚華が喜ぶようなものを何もあげられないかもしれないけど……」


 そう言って、俺は自嘲めいた笑みを浮かべる。


 お礼はもちろんしたいのだが、今の俺は王宮を追い出された上に、仮宿暮らしの無職男、おまけに無能だ。柚華の満足いくものをプレゼントできるかわからないし、ご飯を奢ったりするにしても王宮住まいの柚華の方がよっぽどいい物を食べていそうだ。


「あの、別に何かプレゼントが欲しいとかではなくてですね……。た、例えば休みの日に、ちょっとその辺りを……」


「むっ! これはっ―――!」


 顔を赤らめて柚華がモゴモゴと何か喋ろうとしていたのだが、それを遮り、横からリチャードさんが大きな声をあげる。


「どうしました?」

「カズヤ殿、この痣をご覧ください!」


 リチャードさんは、まだ意識の戻らないルフィナの首のあたりを指差す。そこには、内出血を起こしたかのような深い紫色の痣が浮き出ていた。首から下は服に隠れて見えないが、痣が首から下も広がっているように見える。


「これはもしや……。失礼!」


 リチャードさんはそう言うと、ルフィナのシャツを捲り上げて彼女のお腹を露出させた。


「え……っ!?」

「何これ……」


 その光景を見て俺も柚華も絶句する。紫の痣はルフィナの腹一面にも広がっていたのだ。その色は首のあたりの痣より遥かに濃く、深い紫というよりドス黒いような色合いに近い。


「リチャードさん、これは……?」


 俺の質問に、リチャードさんは険しい顔をして答える。


「……おそらく、魔物の毒に侵されているようです」


「毒っ……!?」

「そんな……」


「この症状からしておそらくポイズンフロッグの毒かと。しかしこれは酷い……」


 ポイズンフロッグとは、王都の東側にあるダンジョンに生息するカエルの魔物のことらしい。このポイズンフロッグの体液には毒が含まれていて、攻撃を食らうとその毒をもらってしまうことがあるそうだ。だが、毒さえ気を付ければポイズンフロッグ自体はそれほど強い魔物ではない。そして、ポイズンフロッグの素材は割りと高値で売れるので、それを目当てにポイズンフロッグ狩りを行う冒険者も多いという話だ。


「治療することは出来ないんでしょうか?」


 リチャードさんは深く考え込んでいたが、やがて絞り出すように答えを告げた。


「…………………おそらく、無理でしょう」


「……っ!?」

「そんなっ……!」


「……本来、この毒はそれほど恐ろしいものではありません。解毒剤を服用すれば直ぐに治療できます。その解毒剤もそれほど高価ではなく、王都の道具屋で普通に購入できる代物なのです。しかし、中には毒に侵されても治療をしないで放っておく者達がいます。それが奴隷を囮として使う冒険者たち……。彼らは囮役の奴隷が毒に侵されても解毒剤を施そうとはしません。奴隷は消耗品であり、奴隷相手に解毒剤など勿体ない、彼らはそう考えているのです」


 そして、奴隷達は満足に毒の治療を受けられないまま、囮として何度も敵の前に立つことになる。

 リチャードさんの言葉を聞いて、柚華は口を両手で覆い悲痛な表情を浮かべた。


「……っ!」


 俺も下唇を噛みながら、いまだ意識の戻らないルフィナへと視線を移す。


「これほど深い紫色、一体どれほどの毒をこの身で受けてしまったのか……。ここまで症状が悪化すると、もはや解毒剤はまったく効果がありません。上級解毒魔法を連続で重ね掛けしてどうにかなるかどうか……」


「上級解毒魔法……」


 俺は思わず柚華に視線を向けた。だが、柚華は申し訳なさそうに首を横に振る。


「すみません、兄さん……。私はまだその魔法を習得していません」

「……いや、謝らなくいい。柚華の責任じゃないんだから」


「リチャードさん、その……、梨子ちゃんを治してくれた方にお願いすることは、できないのでしょうか?」


 そういえば、梨子ちゃん――笹本さんを治療した髭のおじさんは相当な魔法の腕前だった。あの人のお陰で笹本さんは失った腕を復活させることが出来たのだ。あの人ならその上級解毒魔法も……。


「それは、大司教様のことですかな? 残念ながら不可能です」


 柚華の質問にリチャードさんは嘆息して首をふる。


「あの時は勇者様の一人であるササモト殿の一大事ということで特別に神殿からお越しいただいたのです。本来なら恐れ多いことであり、高名な貴族でもそのような無礼は許されません。それを奴隷、ましてや獣人相手になど……」


 やはりダメか……。

 異世界に召喚されて一ヶ月以上がたち、この国の常識や身分制度なども少しずつ理解できてきた。奴隷の治療の為に大司教様を動かすなど天地がひっくり返っても不可能なのだろう。


「兄さん……」


 肩を落とす俺に、柚華が恐る恐る声をかけてきた。俺はフーと息を吐くと柚華に笑顔を向けた。


「……ありがとうな、柚華。わざわざこの子に治療をしてくれて」

「いえ、お礼など……。結局お役に立てませんでしたから」

「そんなことないよ! この子の顔の傷や尻尾なんかが治ったのは間違いなく柚華のお陰だよ」


 俺の言葉に、柚華は困ったような微苦笑を浮かべる。


「兄さんがそう言うなら……。ところで、兄さんは、これからどうされるおつもりですか?」

「……念のため、王都の医者を尋ねてみようと思う。その……」


 俺はチラッとリチャードさんに視線を向けた。


 いや、リチャードさんの見立てが間違っているとか言ってる訳じゃないんだよ。あくまで念のためだ。セカンドオピニオンってやつだから。

 そんな俺の心中を察したのか、リチャードさんがヤレヤレという表情をする。


「それがいいでしょうな。私も専門という訳ではありません。あくまで私の持つ知識から答えを導き出しただけです。本来の専門家である医者に診せる価値は十分にあるでしょう」


 その表情を見て俺はふと疑問を抱く。


「……リチャードさんは、奴隷を必死に治療しようとする俺をおかしいとは思わないんですか?」


「正直に言いますと違和感があります。奴隷を医者に診せるなど酔狂と言われても仕方ありませんからな。……ですが、私もこの一ヶ月、勇者様と共に生活させて頂き多少なり勇者様たちの価値観が分かってきました。カズヤ殿ならそのように行動されてもおかしくない、今はその様に考えております」


「……そうですか」


 俺はその答えを聞き、勇者お世話係の責任者であるリチャードさんが俺達を理解しようとしてくれていることを嬉しく思った。それと同時に、ここなら柚華も安心だと改めて考えることができた。

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