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プロロ―グ

 夜の(とばり)が落ちた深い森の中。

 その森を、五つの人陰が素早く動き回っていた。その陰達は時折ぶつかり合い、その度に甲高い金属音が森の中に響き渡る。


 普段は人が寄り付かず、風の音や鳥の鳴き声ぐらいしか聞こえない静かな森だ。この森に棲まう獣たちは、突然現れた嵐のような喧騒に身を小さくし、それが何事もなくに過ぎ去るの身を震わせて見守っていた。


 その音の源――黒い鉄鎧を身に着けた四人の戦士たちは、取り囲んだ一人の少女に対して剣呑な視線を向ける。


 大人の男四人対少女一人。傍から見れば、いたいけな少女に男達が乱暴を働こうとしているかに見える。だが、囲む戦士たちの表情には余裕がなく、一方、少女の方は涼しい顔で、その尻に生える白い尾をフヨフヨと動かしていた。


 数の上では圧倒的に有利な戦士たちだが、戦況の方は全く有利に運べないでいた。それはひとえに、目の前の少女の類稀なる素早さと剣戟の鋭さが理由であった。


 攻めあぐねる戦士たちを尻目に、少女が一歩前に歩み出る。そして、一番距離が近かった戦士に対し鋭い突きが飛ぶ。


「ぐう……っ!」


 攻撃を受けた戦士は、その醜悪な顔を苦痛に歪ませる。少女の一撃は重く、戦士の力量を遥かに上回っていたのだ。何とか初撃を防いだものの、続く少女からの追撃に堪らず体勢を崩してしまう。


「今です!」


 白い尾の少女が叫ぶと、突然、一人の黒髪の少年が姿を現した。

 現れた場所は鉄鎧の戦士の眼前。

 黒髪の少年は、まるで深い森の暗闇から滲み出てきたかのように、あるいは最初からそこにいたかのように、一瞬の内にその姿を出現させたのだ。


「――なっ!!?」


 予想だにしていなかった場所に、予想だにしていなかった敵が出現した。

 少女との戦闘に集中していた鉄鎧の戦士は、思わず目を見開いて固まってしまった。そして、それが決定的な隙となった。鉄鎧の戦士は、少年が間合いの内側という非常に近い距離にいるにも関わらず、少年の次の行動に全く反応することができなかった。




 戦士と少年が交錯する。次の瞬間、鉄鎧の戦士が構えた剣が、まるで鉄くずのようにボロボロと地面に崩れ落ちた―――。




「……は?」


 剣が崩れ落ちるという有り得ない光景に、少年と相対した鉄鎧の戦士のみならず、周囲にいた戦士たちも呆然としてそんな声を出す。

 そして、そんな鉄鎧たちの間抜けな隙は、少年にとって更なる好機となった。戦士たちが驚きに固まっている内に、少年は別の戦士の側に素早く移動する。一瞬の隙、だが、戦闘中に決して見せてはいけない、致命的な隙。少年の接近を許してしまった鉄鎧の戦士の剣もまた、ボロボロと同じように鉄くずに変わってしまった。

 

 少年が出現して数秒も経っていないうちに、二人の戦士が丸腰にされた―――。想定外の展開に見舞われ、四人の戦士たちは完全に浮足立っていた。

 

「隙だらけだよ!」


 戦闘はもはや完全に少年のペースだった。

 黒髪の少年は、そのまま一気に決めようと、三人目の戦士に向かって動き出した。






 その光景を、少し離れた木の上から一人の少女が見守っていた。


 貴族の騎士のような壮麗な鎧を纏い、誰もが見惚れてしまう様な麗しい少女だったが、何より目を引くのは彼女の持つ真っ赤な髪。腰まで伸びたその紅髪は、美しく燃えるような輝きを放っていた。

 赤髪の少女がぽつりと呟く。


「……相変わらず、なんとも奇妙なスキルね」


 少女の瞳に映るのは、森の中で残り二人の戦士と対峙する黒髪の少年。鉄鎧の戦士達は、トリッキーな少年の動きをさすがに警戒し、少年からかなり離れた位置で身構えていた。


「あんなスキル、見たことも聞いたこともない。しかも、あの運用方法、まるで大道芸ね。この程度の魔物相手なら通用すると思うけど、この先もあの戦い方ではちょっと厳しいかもね。……ま、もっともそれは当の本人も気づいているみたいだけど」


 先ほどから獅子奮迅の働きを見せている少年だが、鉄鎧の戦士達に素手で相対している。一応、少年の腰にはかなり上等そうな剣がぶら下がっているのだが、戦闘が始まっても触れる気配すら見せていなかった。その少年の態度が、まるで戦士(おまえ)達相手に剣など必要ないという無言の嘲笑のようで、鉄鎧たちの苛立ちを更に煽っていた。


「それよりも注目すべきはその威力。こっちは当の本人すら気づいていないみたいだけど……、あのスキルの威力はハッキリ言って規格外だわ。使い方次第で大化けする可能性も十分ある」


 戦士の一人が切りかかるが、少年はその剣先を潜るように躱す。そして少年と戦士が交錯した瞬間、再び戦士の剣が鉄くずになり崩れ落ちた。


「しかも、彼は召喚された勇者。それも加味すると、どれほどの伸び白があるのか全く計りきれない」


 赤髪の少女の目が楽しそうに細められる。と、その時――。


「終わりました! 魔法をお願いします!」


 思案に耽っていた赤髪の少女に、黒髪の少年から声がかかる。少年の目の前には、無様にも丸腰されてしまった四人の鉄鎧の戦士の姿があった。


「おっと、私も仕事をしないとね」


 少女は悪戯っぽい笑みを浮かべると、指先に魔力を込める。そして、少年の近くで狼狽える戦士の一人に狙いを定めた。


「――ファイア」


 少女の口から発せられたのは、火魔法で最初級にあたる"ファイア"の呪文。だが、驚くべきはその魔力の密度だ。極限まで凝縮された炎は、さながらレーザーのように赤く細長い線を描いて鉄鎧の戦士の一体へ襲い掛かる。そして、強力な鋼鉄で覆われていた急所をいとも容易く打ち抜いた。


 並の魔法使いであれば相当な集中力と多大な魔力を要する一撃だが、少女は鼻歌でも歌う気楽さで次々に戦士達を打ち抜いていく。


 鉄鎧の戦士達を遠隔からの狙撃だけで全滅させた少女は、こちらに向かって嬉しそうに手を振る黒髪の少年と白い尾を持つ少女に視線を戻す。


(獣人の少女の素材も中々のものだけど、やはり注目すべきはカズヤの方ね。まだ召喚されて数ヶ月なんてとても信じられない。このまま成長するとどうなるのか……。いや、成長させたい。あの子ならきっと……)


 そんな思いを抱く赤髪の少女の目は、大きな期待と決意に満ち溢れていた。

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