Dreamf-6.2 忠臣の鬼(C)
感想、読了ツイートお待ちしてます。
6
神奈川県警本部資料室。
東条は現場を後にし、探しているのは天ヶ瀬円についての資料。
検察官が言うように、もし彼が何らかの事件に関わっていたとするのならば、そしてそれがきっかけでIAに入ったというならば――仮に今回の事件を人間以外の仕業だと仮定する。ならば天ヶ瀬円が今回の事件の真相に近い存在であることに違いない。
ファイルが置いてある棚を検索し、そこへと向かう。
天ヶ瀬円という名前を検索してヒットしたのは三年前の仁舞区で起きた交通事故。
指定された棚で天ヶ瀬円がかかわったとされるその交通事故について記載されているファイルを取り出し、ページをめくる。
三年前の7月21日。
仁舞区東仁舞駅前の交差点。
「え……っ」
だがそこには彼の名前は無い。検索にヒットしたのにも関わらず、天ヶ瀬円の名前など、どこにも無かった。ただ加害者の名前とその場に居た当事者。どういった状況であったのか程度である。
何故だと思い、読み続ける。
被害者は中学二年の少年。
横断歩道に飛び出していた十一歳ぐらいの少女をトラックから庇い、病院に運ばれたものの、助からなかったようだ。
「まさか……」
ふと思い出したのは天ヶ瀬円の容姿。
もしその十四歳の少年が三年後にあの姿になったとするなら、成長した姿であると考えられる。
だとすればこの交通事故の犠牲になった十四歳の少年が、天ヶ瀬円。
しかしそうなると気がかりになるのは、何故わざわざその少年を死んだものであるとしたのか。
まさか死んだ人間がよみがえったという訳があるまい。
東条はファイルを閉じてため息を吐き、棚にしまった。やはり警察がもっている情報だけではどうにもならない。
否、それだからこそ、天ヶ瀬円が尚怪しく見えてしまうのだ。IAはまだ何かを隠している。
怪獣に関しての情報さえ、警察が住民の安全を守る事とどんな状況で逢っても命令には絶対に従う事を条件にようやく開示してくれたものである。警察としてこれ以上の妥協は出来ない。
だとしたら方法は一つ。
独自で調べていくしかない。
IAの彼ら二人は被害者の血痕が見つかった場所へと向かった。事件の捜査、そして彼らは怪獣の仕業であるという観点を以って調べを進めている。わざわざ空に浮かぶ自分たちの拠点に帰る筈も無い。そう広いエリアではない。十分に探せる。
東条は資料室を後にした。
そして日は沈み、夜闇が空を覆う。
7
鬼が出る時間帯――即ち、もうすぐ日をまたぐ時間帯となった。
夜闇に静む住宅街には、人の足音一つも響いていない。
今そんな中にいるのは円とケイスのただ二人だけである。
「……?」
ふと振り返る。
「ん、なんだマドカ」
「いや、何でも……」
誰かがいるかと思ったが誰もいない。確かに見られてたような気がしたのだが。
じっとこちらを見据える視線――気配を感じる。
身を潜めているのだろうか。何故かは知らないがつけられている。
ビーストならばそんな尾行みたいなことせず、見つけ次第すぐ襲ってくるはずなのだが。
「やっぱり男二人、夜中にいつまでもぶらぶら歩きまわってるのって怪しいよなぁ」
「…………」
人がついてくるとしたらケイスが口にしたことが理由となりえる。別に酒で酔っぱらって一人が付添いしているわけでもなく、別に兄弟と言うように見えるものでもない。仲のいい友人同士にしては、一体いつまで一緒に外で、しかも同じ場所で一緒にいるものか。
何か誰かを探している様に見えないものでもないが、円とケイスは明らかに今、怪しく見えている。
この真夜中。
鬼と呼ばれる者が現れたとき、守りながら戦わなければならないのでいつまでもつかれていては迷惑だ。どう撒くか。
そう考えているうちに、住宅街を抜け、開けた道に出た――
と、
「――ッ!?」
それは、圧しよせる殺意。
咄嗟――刹那に、
「ケイス――ッ!!」
「――ッ、ねあッ!?」
人間の反射速度の数千倍の反応速度でケイスの頭を下げさせる。
突然強い力で頭を後ろから押されたのでそのまま俯けに地面に倒された。
「ッツッ――!」
それに文句を言ってやろうとしたケイス。
だが円の顔を見上げるその間に、ふと、目に映り込んだ。
薙刀を振り払ったかのような体勢。
巨人を思わせる程に大柄で、その姿は昔日本に居たという僧兵とよく似ている。
その腰には黄金づくりの刀を差しており、その姿故に大いに目立った。
「まさかこいつ――ッ!」
ケイスは立ち上がり、対ビースト防壁のスイッチをオンにし、腰に巻いているホルスターから小型拳銃型の対ビースト装備であるヴァルティカムシューターを引き抜き、トリガーに指をかけて銃口を目の前にいる僧兵に向けた。
円も少し腰を落としいつでも構えを取れる姿勢にはいる。
「ケイスさん、あの腰にあるのは……」
「ああ、間違いないな」
その腰に下げているのは人の首。
それは殺された事すら気付けていない程に、穏やかな表情であった。その中に沿岸で見た被害者、沢井里奈子の頭があった。
――太刀は要らぬ……。
鬼は、振り向く。
円とケイスはその形相にスゥッとする寒気を感じ、圧され構えが少し解けそうになった。
泣いているのか、怒っているのか、それとも笑っているのか。
人が般若の面を見た時に色々な表情に見えるというように、その鬼の顔の表情をどう見れば良いか分からない。
「コマンダー!」
『ああ、間違いない。そいつからは強いマイナスの霊周波が出とるで。すぐ向かわせる!』
ケイスはすぐさま、無線でスカイベースと通信し、
「太刀……?」
ふと、円はその言葉が気にかかり、
――だが首をよこせ
そしてその言葉に、円は「あっ」と思った。
『鬼なんは、間違いないな』
無線先にいる吉宗が、円の思ったことをそのまま口にする。
『そこにおるんは、鬼若やないか?』
「ええ、たぶん」
『まさか、太刀の代わりに首を集めとるなんてな』
吉宗のいう事、円の思う事の通りだとするならば――
「コマンダー、どういう事なんですか。マドカも!」
「このままいくとあと900人以上の人が死にます。何としてもここで倒さないと……ッ!」
「ああそうか。オーケー、人がまだ死ぬには変わりないんだな!!」
目の前にいるのは鬼といえば鬼だ。実際、鬼と呼ばれたものであるのだから。
昔、京にて一〇〇〇本の刀を集める僧兵がいた。
集まった刀の本数は九九九本。五条大橋にて、最後の一本として狙ったのは黄金づくりの立派な刀であった。その刀を持つ者、名は牛若丸と言う。
刀をよこせと挑まれた牛若丸は橋の欄干を飛び交う程の身軽さで僧兵の一撃を躱し、「欲しければくれてやる」と刀をへし折り、僧兵に投げつけた。その日の戦いは決着は着かず、二人の戦いは清水の舞台で行われた決闘で決着。打ち負かされたのは僧兵。そしてその僧兵は牛若丸の忠臣となり、源義経の四天王が一人となる。
その僧兵の名は――
――その鬼の名は、生まれた時の姿から「鬼若」と呼ばれ、後、自ら「武蔵坊弁慶」と名乗った者である。
首をよこせとは、なんとも恐ろしいものだ。
かつて義経を嫌い謀殺にも等しい事をした義経の兄、頼朝が治めていた鎌倉の人間の首を集めているとは。
何世紀の時を超えての復讐なのだろうか。否、もしくはそうさせられているのか。
先ほどの様に、もはや言葉は聞こえない。何故なら、もはや弁慶にとって円とケイスは、狩られるのみの存在となったのだから。
「援護するぞ、マドカ」
「お願いします――ッ!」
円とケイスの連携の取り合いを話し合っている内、
瞬間それを隙と見た弁慶は身の丈をも超える薙刀を構え、こちらへと駆け寄ってきた。
その巨大な図体の見た目通り、踏み出される一歩は重くそして大きい。
二歩目が踏み出される――
「――ッ!」
ところで、ケイスは拳銃のトリガーを引いた。
銃弾は弁慶の胸部に被弾。
火花が散り、確かに、その身に穿たれた。
が、それでも尚立ち止まることなく、弁慶は真っ直ぐと円とケイスの方へと襲い来る。
そして攻め入る間合いに入るやいなや、軽々と薙刀を横一閃――
「――ッ!!」
モードチェンジに入る暇も無い。
薙刀の刃に触れないよう、一歩踏み出し、円は弁慶の腕を止める。
「クッ――!」
重い。
押さえにかかった瞬間圧し負けてしまいそうになる程。
あまりの重圧に膝が折れ――
「――ぐあッ!」
瞬間、弁慶は円の体を足蹴にしてこかせて薙刀を振り上げ、
斬撃が放たれる。
円の首を一閃に跳ね飛ばす――
「――ッ!」
殺意。
憎悪。
忠義。
その一撃に込められた心。
一手にそれを身に受け、シールドを展開する気の暇が出来ず。
円の首に刃が当たる――
髪一本の太さ程にまで刃が迫ったところで、銃声と共に弁慶の顔から火花が散った。
円が膝を崩したことで、
且つ、止め、と弁慶の意識が円へと集中していたため、
ケイスの撃ち放った弾丸が弁慶の顔面にて炸裂したのだ。
うめき声をあげ後ろへと後退する弁慶。
さすがに顔面となればダメージ云々は無しにしても大きく怯むようだ。
大きな隙――
「――ッ、オオォッ――!」
立ち上がり、片手を天へと突き上げた。
地から赤いコロナリングが出現し、円の頭上で結ばれる。
「ハァアッ!!」
突き上げた手の下ろし際に、もう片方の手を空に突き上げ、コロナリングに触れる。
瞬間、紅炎が立ち、爆音がなる。
コロナリングの光は円の身を縁取るように纏われ、
突き上げた手をおろすと、纏われた紅い光は円の体に取り込まれるように消えた。
赤い光の力――ストレンジモード。
円の両目の瞳は炎の様な赤に染まり、取り込まれた赤い光が漏れ出し夜闇が仄かに照らされる。
これで対等になれるか――。
円から放たれる力の変化に弁慶も気づいたようで、薙刀を構えなおし息を吐く。
「――ッ」
「ッ――」
二人同時に踏み出す。
弁慶は薙刀を薙ぎ払い、円の体を横一閃――
「ハッ!」
薙ぎ払われる薙刀。
その刃を蹴り斬撃を躱す。
跳んだ円へと、とっさに薙刀を振り上げる。
もう一回その斬撃に足を乗せられるか――
と、瞬間、またもや弁慶の顔が空き、そこにケイスは銃弾を放つ。
弾丸に穿たれ火花が散り、ほんの少し、弁慶の手が止まった。
「オリャァアッ!」
すぐさま反撃の手に変える。
片足を突き出し、撃ち出されるのはただの飛び蹴り。
弁慶の肩に直撃し、ほんの少し後ろへと退かせる。
円の足が地に着く。攻撃範囲には入っている。
足元に、円の放っている光と同じ色の赤い光が拡がり、片足へと全て集束ーー
「ハアッ!!」
光が集束した足で後ろ回し蹴りを放ち、弁慶の鳩尾を穿つ。
重い一撃。
被弾部から赤い光が散り、弁慶の体に張り付く。
重撃を受け、突き飛ばされも尚膝を折らない。
足を着きほんの少し、隙が生まれた円。反撃に転じる――
瞬間、弁慶に張り付いていた赤い光が爆ぜ、その身を裂く。
その不意打ちともいえる一撃にはさすがの弁慶もようやく膝を折る。
だが地には着くことなく、少し怯み、円を真っ直ぐと見据える。
呻き声の様なものを漏らす弁慶。
――懐かしい
「なっ……?」
「……?」
そのうめき声。それは間違いなく言葉であるようだ。だが、ケイスには聞こえていなかったようで、円の表情が変った事、一向に弁慶が反撃に打って出ない事に疑問符が頭の中に浮かんでいる様であった。
――その身捌き。まるでかの遮那王――義経様と相見えた京の橋の頃を思い出す。
それは弁慶の言葉だろうか。
だとすればやはり、目の前にいる鬼は、武蔵坊弁慶。
――恨めしいものだ。忌まわしき彼の者によるものなれど、この身、この心は既に憎しみの獣に堕とされた身。我が主の為、貴様らの首、我が冥土に持っていこう。
弁慶の口から洩れる邪気が夜闇よりも黒い煙となって吐き出され、彼は薙刀を再び構える。
「……ッ!!」
発せられる力が重圧となって円、ケイス両者に襲い来る。
特に、円はそれを真っ向から受けている故、分かった。
(ファントムヘッダー……ッ!?)
一ヵ月と少し前――ファントムヘッダーと初め相対した時が眼前にフラッシュバックした。
圧し潰されてしまいそうになるほどの土砂のような悪意。
弁慶からそれと同じものを感じる。
ケイスも多少なりもそれを感じているようで、表情が少し硬くなっている。
弁慶は呻き、足を踏み出す。
「ケイスさん!!」
「ああ!」
さっきの様に後手に回っては行けない。間違いなく今度は押し負ける。
先手を取る。弁慶が二歩目を踏み出し、薙刀を薙ぐ前に懐へと入る。
「――ッ!」
弁慶の胸下を正拳で穿つ。
左右の肋骨の間。
心臓のある胸部。
間違いなく人体の弱点であるはずだ。
「――ッ!?」
が、相手を間違ってはいけない。
人の身をしているが、敵はビースト――ファントムヘッダーである。
自身の胸に突き刺さる円の拳を掴む弁慶。逃げられなくなった。
瞬間、
「うあッ――」
そのまま円の腕を捻って突き上げさせ、円を突き飛ばす。
完全に態勢が崩れた。
薙刀を短めに持ち、一閃。
それで円を両断しようと思っていたのか。
だが突き飛ばした際の円の後ずさりが思ったより大きかったのか、両断することは出来ず、
「グアッ!!」
しかし、大きなダメージを与える程が出来る斬撃となって円を斬る。
火花が散り、円の体が体から光が噴き出す。
さらに二撃、斬る。
斬撃を受けるごとに、剣閃を辿るように円の体から光が噴き出す。
「ぐ……がは……ッ!」
ついに膝を地に着けてしまう。
弁慶は一歩踏み出し薙刀を振り上げる。
今度こそ、刃の腹で円の首を捉えた。
「――クッ!」
立ち上がって躱すことも出来ない。
咄嗟に両腕を交差させて、シールドを作り刃を受け止めざるを得なかった。
赤色の光を放つシールドは刃を阻む。
が、
「クッソッ……!」
長持ちは許され無いようだ。
ビシンッと亀裂のような物が入る。
だが弁慶を攻める好機。
円が弁慶の斬撃を受け止めてる頃には、拳銃をチャージモードに切り替え、トリガーを引いていたケイス。
銃口に光が集まり、極に達する。
「これならよ――ッ!」
そしてもう一度、トリガーを引いた――
目に見える程の巨大なエネルギー弾である。
弾速は拳銃の銃弾程。
エネルギー弾の光は夜闇に一閃の尾を引いて弁慶の顔面を穿った。
8
どこかから爆音が響いた、何度も。
「今のは?」
「ああ、またどっかで悪ガキどもが爆竹でもしてるんだな」
聞き込みを受けてくれた住人はそういう。
だがこれが爆竹の音だというのか。むしろ銃声に近い。
「ご協力、ありがとうございます」
と頭を下げた後、道路に停めていた車へと戻る。
東条がその手に持っているのは天ヶ瀬円の写真。
IAが今回の連続殺人の捜査に乗り出してきて、且つ今だ引き上げていないという事は、彼ら二人もまだ帰還している事も無いだろう。先ほど、IAの特捜チームらしい男が町中で徘徊しているのを見たので可能性としてはありうる。
と、東条は鎌倉市内にて天ヶ瀬円を探し回っていた。
だが先ほどの爆音。警察官として無視して言い訳が無かった。
住人の言う通り、唯の悪ガキの仕業であるならば――否、出来ればそうであってほしい。
東条は車のエンジンをかけ、爆音が聞こえた方へと走らせる。
9
人の体に被弾したような音とは違う爆音が響き、被弾部から閃光が瞬き、煙によって顔が隠れる。
衝撃の大きさゆえか弁慶は円に振り下ろしていた薙刀を下げ、数歩よろよろと後ずさり。
「効くだろ!」
と言いながら拳銃を少し下げ、ケイスは弁慶の様子を伺う。
顔面を覆う煙が払われる事数秒。
その鬼の面に、一つも傷は無し。
「なッ――!」
円とケイス、両者ともに同じ反応。
その不動の立ち姿に呆気を取られた。
弁慶は薙刀を引き戻し、構える。
それは間違いなく今までの斬撃よりも強大な一撃が放たれるであろう構えだ。
「まずい――ッ!」
円は立ち上がり、ケイスの前へ駆ける。
瞬間、弁慶は薙刀を振り上げ、黒い剣閃を飛ばす。
音も無く空を裂く。
だが、その裂かれた空気が痛いほどに肌を切る。
「――ッ!」
瞬間程の速さで放たれたケイスと円を断つ斬撃。
円は両手を広げる形で前に突き出し、再びシールドを出現させる。
先ほど発生させたシールドよりもさらに力は少ない。
故に、
「――ッ!? グッアアアッ!」
シールドは破れ、
黒い斬撃波は円の体を切り裂く。
「ぐっ……ぁっ!」
斬撃の被弾部から光が大量に吹き出し、円は膝を折る。
足に力が入らず立ち上がることも出来ない。
その時、心音のような音と共に円の体に光の波紋が音を追うように何度も走り始める。
それはエネルギーの限界を示す警告。その波紋の光が完全に消えてしまった時、円は|
消失――スピリットとしての死を迎えてしまう。
「マドカ!」
ケイスはすぐさま、円のカバーに入る。。
拳銃は先ほど最大チャージの攻撃を撃ってしまったので使用するまでのインターバルが生じてしまっている。弁慶が仕掛けてくるよりも先に引き金を引けるか、微妙な所。
ケイスは拳銃を仕舞い、短剣型の近接武器であるヴァルティカムブレードの柄を取り出す。
柄のスイッチをスライドすることによってオンとなり、白色の熱線の様な光がブレードとなって柄から噴き出してきた。
だがそれで対等になれたとは思えない。
円ですら弁慶の重い攻撃を受け止めきれていない。
例え防壁で守れているとしても人間であるケイスなど、受け止めた瞬間ミンチになることは間違いない。一撃だって受けられない。
ケイスが構え、戦う意思があると汲み取ってか弁慶は円に向けた物と同様に薙刀を構える。
今、弁慶の殺しの対象は円からケイスへと変わっている。
「ケイスさん……ッ!」
「後ろ行ってろマドカ」
「でも――ッ!」
「時間稼ぎだ」
「……ッ!」
円は立ち上がり、再び構える。
「マドカッ!」
「俺だってまだやれます……ッ!」
「そうかよ。だが俺が前だ」
「分かりました」
先ほどとは違い、今度はケイスが一歩前に出る形となって鬼と相対する。
一歩踏み込めば斬撃は届く。
円ならば自分から踏み出すところだがケイスにはそれが出来ない。
弁慶が放つ一撃を待つ。
躱せる。目に見えない攻撃を受けて来たのはいつもの事だ。いついかなる時でも敵の動きを分析し、ちょっとした予備動作をも頭の中へと叩き込み、敵の動きすらも手中に収める。ビーストとの戦いではそれが基本となる。
無駄に円のバックに入っていたわけでもない。
見合うこと五秒少し。
来ないならばこちらから、と、
弁慶は薙刀の刃を引く。
斬撃は放たれる。
「――ッ!」
人の目には見えない斬撃。
だが、弁慶の初動で斬撃がどのような向きで放たれるのかは予測できる。
ケイスは身をひねってその斬撃を身躱し、懐へと入り込む。
闇を切る剣閃はケイスの肌に触れず――
「ッ、ハァ!」
弁慶の振り下ろした刃が地面を穿つと同時、ケイスはブレードを振るう。
白い剣閃が空を――弁慶の胴を斜めに焼き切る。
円が斬撃を見に受けた時光を体から散らすように、弁慶の身からは黒い瘴気が散った。
もう一撃入れられる。
「オラァッ!」
さらに一撃、上から下へ縦に弁慶を斬る。
三撃目は入れられない。
やはりと考えるべきか、ケイスが与えた二撃でそこまで大したダメージとはなっていないようで、薙刀の石突で殴りつけて来た。
「グッ!」
ガインッと防壁が鳴る。
ケイスを倒すためでなく怯ませる目的の一撃の為か、殺されない程度には耐えられる。
だがあまりの衝撃でケイスは膝を付いてしまった。
「ケイスさん――ッ!」
すかさずフォローに入ろうとする円。
当然、弁慶はケイスのその命を奪いに来るほどの斬撃を振り下ろした。
円のフォローが間に合うか、微妙なところ。
と、ピリリッと音が鳴り、ケイスの手持ちの拳銃のインターバルが開け――
「――ッ!」
円が後一歩踏み出そうとしたところで、ケイスは弁慶の顔を見ることも無く顔面へと拳銃を発砲した。
不意を突かれた為か弁慶は数発もの銃弾を顔面に受けてしまい振り下ろした薙刀を下ろしてよろりよろりと後ろへと後ずさった。
その後立ち上がりながらも発砲をし続けるケイス。
銃弾を受け続けその薙刀が届くことのないほどまで後ずさった弁慶は自身に銃口を向けるケイスを見る。
「わりぃな、マドカみたいに真向じゃなくてよ」
ブレードと拳銃をそれぞれ片手ずつ持って構える形となったケイス。
米軍で身に着いたであろうその構えは発砲とナイフファイトを即座に切り替えられるものであった。
距離を十分にとったこの状態ならばケイスの方が圧倒的に有利。
最も、先ほどのような斬撃波が飛んでこない限りは。
それを分かってか、弁慶は刃に瘴気を纏わせ構える。
ならば撃たれる前に撃つしかない。
「ッ――!」
弁慶の顔面に向けて拳銃のトリガーを引き、
だが怯む様子はない。
離れてはいけない。ケイスは絶えずトリガーを引きながら弁慶の方に駆ける。
走るので狙いはズレ、顔面以外にも胴体や腕などにも銃弾は被弾する。
だが牽制にはなっているようで一向に薙刀を振るわれない。構わず突き進む――
「ヤッベッ――!」
等となるわけがなかった。明らかにケイスを引き寄せている。
すでに攻撃範囲。
斬撃など無くとも十分にケイスを斬れる。
当然、斜め一閃。
黒い瘴気を纏った斬撃が放たれる。
「グッ――!」
初動を捉えた。
ブレードと防壁で薙刀をを受ける。
あまりに重い一撃に体勢が大きく崩される。だが踏ん張らない。
ならば斬撃が当たらないぐらい崩れてしまう。
地に仰向けに倒れその際に転がって斬撃を躱す。
スッと身をかすめたような気がするが、影響は当然ない。
「ハッ!」
立ち上がり際に弁慶の足をブレードで斬り、背後へ――
拳銃を再びチャージモードに切り替え、トリガーを引く。
銃口に光が集まりはじめている所、
「オラァッ!」
踏み込んでブレードを突き、
続いて斜め二閃、ブレードを振るう。
さすがに抵抗しようとこちらに振り向こうとする弁慶。
その顔面に拳銃を向けトリガーを引く。
銃声と共に放たれたエネルギー弾は弁慶の顔面を穿つ。
顔面から突っ飛ばされ、体勢が崩れ――
「ハッ!」
その崩れた方向からの追撃を撃つのは円。
弁慶の懐へと入り込み、胸部へ正拳を穿つ。
不動の立ち姿を崩すほどではないが弁慶の反撃が一テンポ遅れた。
「――ッ、ゼアッ!」
さらにもう一撃、
今度は追撃のような速撃では無く腰の入った正拳による強撃。
被弾した瞬間、赤い光が飛び散る。
飛び散った赤い光は弁慶の胸部や腹部に触れると爆ぜ、身を削る――
瞬間、
「――ッ、グアッ!」
弁慶は薙刀の石突で円を殴ってきた。
「――ッ!?」
円の二連撃でも体勢が崩されなかった。
ケイスの予測が完全に外れた。
逆に体勢を大きく崩され、
そしてその円の身を横一閃に両断する、斬撃を繰り出してきた。
ケイスも先ほどチャージショットを行ったせいで、拳銃でのフォローが間に合わない。
駆け寄り、ブレードで――
だが間に合わない。
「マドカッ!!」
刃は円の身を捉えた。
瞬間、弁慶の額から数回、火花が散った。
効いてはいないが、弁慶の気は円から逸れる。その隙に大きく飛びのいて攻撃範囲から出る。
「くっ……」
だがダメージのせいで、また膝を崩す。
先ほどの火花は銃弾である。
しかし、今銃を使えないケイスの仕業ではない。
当然銃を使わない円でもない。
ならば誰か。
銃弾が飛んできた方を見る、と――
拳銃を構え、ただ一点、弁慶を見ている東条がいた。
「警部さん!?」
「マジかよ」
ケイス、円両者ともに同じ反応。
弁慶は東条の方をしかと見て何者なのだと伺っている様子。
「東条から県警本部へ! 住宅街郊外にて怪獣と思わしき生物が出現! IAの隊員たちと交戦している! 至急応援を求める!」
『県警本部から了解。無線のGPSでたった今地点を特定。直ちに特殊部隊を派遣する。以降、現場の判断に任せる』
「了解! 早急にお願いします」
通信でのそんなやりとり。
そして東条は弁慶が動かないと見るや、円の方に駆け寄り、
「大丈夫か、天ヶ瀬君」
「何で、こんなところへ?」
「俺は警察官だ。事が起きていればくるに決まっているだろ」
「…………」
確かに、銃声やら衝撃音や爆音やら、鳴り響く音が多かった。
警察ならば確認するはずだ。
だからと、今目の前に存在をおそれないのか。
と、また東条はトリガーを三回引いた。拳銃で放たれた銃弾が最高威力で被弾する最長距離。
当てるのも難しい筈だが、全て弁慶の鼻の先に着弾していた。
刹那、弁慶は薙刀を短めに持って軽く一振り。
「――ッ!?」
斬撃波が放たれる。
人の目には見えないのだろう。
東条の足元に着弾し、爆発する。
「グアッ!」
「――ッ!? 東条さん!!」
爆発し、地煙が立ちそれは数秒して晴れる。
「チッ……」
直撃はしていない。
衝撃に吹っ飛ばされ、地面に倒れてしまったらしい。今まさに立ち上がろうとしている頃、
いつの間にやら円の前から東条の前へ――
「逃げてください!」
「クッ……」
だが東条はそのまま立ち上がって踵を返して逃げるような真似はすることなく、弁慶の顔面に銃口を向けまた発砲。
「警部さん!!」
「逃げるか!!」
ようやく、円の言葉に応えた最初の一声がそれであった。
瞬間、弁慶は東条を足蹴する。
「グッ――!」
人の体がボールの様に飛ばされ、地面に体を転がす。
「チッ……」
それでも尚、東条は逃げない。
立ち上がって、銃口を弁慶に向ける。
「何やってんだ! 殺されるぞ!」
ケイスが声を荒げ、弁慶の意識をこちらに向けさせようと発砲――
しかし意識は東条からそれることは無い。
ゆっくりと歩み寄る。
円やケイスと戦っている最中に横から突かれる様な事をされては鬱陶しいと思っているためか。
「――ッ!!」
このままでは東条が殺される。
円は駆け寄り、弁慶を後ろから羽交い締めする。
その時になってやっと歩みを止められるが、なおも前進しようとする。
「天ヶ瀬君ッ」
「逃げていてください、警部さん。僕たちなら大丈夫ですからッ」
「何をバカな事を」
「あなたじゃ殺される!」
エネルギーが少なくなっている円の羽交い締めも長くは持たない。
しかも、東条は逃げることなく意識を自分の方から離さないように鼻頭に向けて発砲を続ける。
「ぐあっ!」
そして円は振り払われ、東条の首は今、弁慶の攻撃範囲に入った。
「警部さん!!」
「俺が殺されても、それで市民の命が救われるなら本望だ! それが警察官っていう奴なんだ!」
ならば撥ねて見せよう、と、弁慶は薙刀を振り上げる。
薙がれるまでは刹那。死すらも感じさせないほどの斬撃――
「――ッ!」
それが放たれる前、闇を切る光弾が一閃
弁慶の鼻頭を射抜いた。
不意打ち且つ、相当強力な威力なのか、ケイスの持つ拳銃の最大チャージですら仰け反るのみにとどまっていた弁慶も受けた直後突っ飛ばされ、薙刀を支えにして立つ。
弁慶は唸り声を漏らし、襲撃者がいるであろう方に顔を向ける。
が、そこは夜闇――
瞬間、さらにもう一撃。
今度は側頭部を穿たれる。
弁慶は今ようやく、地に膝を付けた。
大きな隙、空から弾丸の雨が降る。
数秒して、その弾丸の雨を撃つ者が、東条と弁慶の間に割って入るように地に降り立った。
「待たせたな」
その大柄な体系を忘れるわけがない。
本木大吾――以下、ケイスの所属するチーム・エイトであった。