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Dreamf-6.2 忠臣の鬼(B)

       3




「全く、俺たちは警察じゃねえっての」

「文句は無しにしましょうよ、ケイスさん」

 地上に降りたのは、ケイスと円二人。

 どうも、任務を命じられるよりも数分前に鎌倉市内で霊周波にも似た反応が検知されたらしい。

 それは遺体発見現場である滑川沿岸から上流、わずか五キロの所。

 まずは、遺体が発見された現場へと向かい、警官たちに調査の進行を聞きに行く。

 民間人にはSSCの存在は未だ知られてはいないが、警察や消防、地方自治体のような公職の者達にはその存在と活動は知れ渡っている。

 なので自分たちが警察官と合流したところで大した問題にはならない。

 車を近くの適当な空き地へと停めて、現場へと入る。

 テープに囲われた、ブルーシートに包まれる現場で見張っている警官に、

「IAの者だ。入れてくれるか」

 端末に身分証明書を映して、見張りの警察官に見せるケイス。

「お疲れ様です、どうぞ中へ」

 と、敬礼と共に答えてくれた警察官。

 話しは既に通っているようで、その短いやり取りのみで現場へと入ることが出来た。

 テープをくぐり、ブルーシートを手でのけて現場の中へと入っていく。

 そして中に転がっているのはリクルートスーツを着ている肉塊。

 実際に首なし死体を見た時、円は嫌悪感を覚えた。

 人間の遺体をこうしてみるのは初めてである円は思わず目をそらして、苦い物を口にしたかのように顔をしかめて瞼を閉じてしまう。

 思わず自分もそうなっていたのかと想像すると気が滅入ってしまう。

「お待ちしてました、ケイス副隊長」

 と、警察官と共に調査に入っていたIA特捜チームの一人である杉森柳(すぎもりりゅう)チーフがケイスと円の所へと駆け寄ってきた。

 互い、敬礼で応え合い、

「どうぞこちらへ」

 と、死体の方へと指し示しながら二人導いていく。

「ん、どうした円」

「あ、いや」

 だが円だけはまだ顔をしかめたまま足を踏み出せずにいた。杉森の方について行っている途中、それに気づいたケイスはこちらに振り向き、円の方へとまた戻ってくる。

「大丈夫か?」

「ええ……。直に死体を見るのは初めてで」

「出とくか?」

「いや、大丈夫です。慣れますから」

「うん、分かった」

 と、ケイスは頷き遺体の方へと行き、ほんの数秒してから円、ケイスに後ろについて行く。

 数人の監察官が遺体の周囲や衣服を調べている中一人、ケイスと円の到着を待っているようである三十代ぐらいの男がいる。

 杉森に連れられ、ケイス――そのケイスの後について行く円。

 三人に気付いたその男はこちらを見、立ち上がり、

「お待ちしてました」

 と一言。

「こちら、横浜県警の東条吾郎(とうじょうごろう)警部で、。

 そしてこちらがIAアジア支部のケイス・レイリー副隊長と、天ヶ瀬円君です」

 杉森による両者の紹介。

「初めまして、東条です」

「こちらこそ、初めまして」

 と、ケイスと東条の簡単な挨拶があり、東条は「どうぞ」と示しながら遺体の方へと向かう。その後ろについて行く二人。

「……っ」

 間近で見てまた卒倒しそうになる円。だが、倒れることなくその上今度は目をそらす事も無い。首の真ん中の骨。水で汚れが洗い流されて血色が抜けた色をしている肉。

 断面図に目が慣れるまで数分。その時にはケイスは遺体の前にしゃがみ込み、じっくりと眺めていた。

 川に流されていたため且つ、今日は気温も低い為まだ服は乾いていない。

「被害者の名前は沢井里奈子(さわいりなこ)。広告会社に勤める会社員。事件に巻き込まれたのは昨夜の十一時ごろ。ここよりも五キロ上流にて彼女の血痕が見つかった」

「殺害現場はそこなんですか?」

「現実的ならありえないだろ」

 東条の言葉に、「だろうな」とケイスはすぐさま答え、立ち上がった。

「外でやったんなら人の手じゃないな、これは」

「え?」

「普通の切り方じゃない。もし本当に血痕が見つかった場所が殺害現場なら、人の手じゃ無理だ」

「どうして?」

「触ってみろ、すぐ分かる」

「…………」

 つい先ほどまで遺体を見て卒倒しそうであったのに、それをまたさらに越える事を要求してくるとは。

 しかしそうでなければ分かる物もわかりはしない。

 手袋をはめ、気持ち悪いという心を押し殺してしゃがみ、首の断面図に手を伸ばす。

 触ってもなにもわからなかったらケイスを恨むのだと、触れる。

「え……」

 思わず声が漏れる。

 人の首とはこんなに綺麗に断てるものなのかと、拍子抜けにもにたような感覚に陥る。

「ほんとにギロチンで斬ったみたいだろ?」

「ええ……」

 人の首とは案外断てないものだ。

 一七世紀のイギリスでのチャールズ二世の子でるモンマス公爵は執行人の手によって斬首されるはずであったが幾度も失敗。最終的には斧ではなくナイフで首を切断するという何ともむごい話しがある。

 そんなことが何度もあった物なので、フランス革命際、「失敗の無い人道的な死刑方法」として提言者の名にちなんでギロチンという斬首刑の執行装置が使用されはじめた。

「一閃だ」

 骨にヒビ一つ入っていない。

「もし人間の手で殺したっていうのならばどこかへと拉致てそこで殺害した可能性が高い」

 という東条。

 だがもしそうだとすれば、何故血痕が外で見つかったのか。

「一つ、聞かせてくれ」

 東条がそんな事を口にする。

「どうした?」

 答えるのはケイス。

「君たちは、なぜこちらの捜査へと参加することになったんだ?」

「聞いてなかったのか?」

「ああ。こちらは、「IAの方から鎌倉市内で連発している殺人事件捜査への参加がある」と聞いただけだからな」

「しっかり伝えろよ、コマンダー」

 ケイスは舌打ちをし、ため息をはく。

 完全に現場に任せると言うスタンスなのだろう。吉宗らしいと言えばらしいのだが、そこまで現場責任にされると困る事も多い。

「まあ、その血痕が見つかった付近で、ビーストが出現したかもしれないって反応があったからなんだ。だからその、なんだ、捜査に加わってもしビーストが仕業なら俺たちで処理しちまえってコマンダーに言われたんだよ」

「ビースト……。最近出てきてるって言う怪獣のことか?」

「ああ。けど、もしビーストの仕業だってんならそれはそれでまたおかしい」

「特殊な空間にしか出ないんだったな」

「そう。けど、それ(境域)が出てる間に倒せなかったときはビーストが外に出てきちまう」

「なら、倒しきれなかった怪獣が?」

「いや。最近では倒しきれなかったっていう報告はないな。俺たちもそんな大ポカやってない」

 ケイスは「これからもな」と最後に付け足し、今もなお遺体を眺めている円の方を見下ろす。

「彼も、そのビーストという奴らと戦っているのか?」

「ああ。俺等よりも最前線でな?」

「この少年がか?」

「こいつは訳ありでな?」

「訳あり……」

 ケイスの含みを入れたその一言を復唱し、思考する東条。

「おい、マドカ」

 その間、

「はい?」

 ケイスに呼ばれ、円は彼の顔を見上げる。

「血痕が見つかったとこ行こうぜ」

「……。ええ、そうですね」

「ん? どうした? 浮かない顔だな」

「いや……」

 と、円は立ち上がり、周囲を見渡す。

 そんな円の様子にケイスは首を傾げた。

「なんだよ」

「この人の首が見当たんないなって」

「下の方に流されたんだ。見つかるのも遅くは無い」

「だといいんですけど」

「それに、さっきこの遺体見て卒倒しそうになってたやつが、今度は生首なんて見れんのか」

「今度は大丈夫ですって」

「本当かよ」

 ケイスは小さく溜め息を吐いて、東条に「じゃあ」と一言入れ、現場から立ち去り、円もその後ろをついて行った。




       4




 立ち去っていくIAの隊員達二人。

 一人のアメリカ人が自分たちの知らないところで見たことも無い脅威と戦っていると言う事は分かる。

 最初聞いた時はにわかに信じがたかったが、東京五輪が開催されるほんの少し前から理由不明の行方不明の事件が頻発していた。家庭問題、人間関係、誘拐監禁等と言った理由も見当たらないその行方不明事件。未だにその被害は止むことはない。IAが発足した頃からその被害は目に見える程にまで減少していったがやはり被害は無くなりはしていない。

 東条はそのIAが発足したころから行方不明事件が減少したことに疑念を抱いていた。IAとは本来、各地で頻発するテロや紛争の鎮圧を目的に、国連が立ち上げた組織。そのほかにも国際秩序に著しく悪影響を及ぼす敵性国家、敵性組織への諜報員の派遣や社会的制裁、そして武力的制裁を管理する組織である。

 国連が非武力的、IAが武力的という考え方ならば理解しやすい。

 IAの軍の方針が文民統制であるのだがやはり、国連よりもIAの方が野蛮なのではないのかと思ってしまう。言葉で聞かぬならば殴るというのでは、まるでテロ組織である。

 だが実際IAが発足してから公表された目的は果たされている。倒されたテロ国家や組織も多い。

「あの男の子……」

「ん?」

 青いビニールシートをどけて現場から出て行った二人の背中を見る東条の横で話しかけてきたのは、遺体の検案に立ち会っていた検察官であった。

「何か?」

「いや、どこかで見たことあるなって」

「どこかって? いつ」

「私が三年前、まだ代理人だったころなんですけど」

「何か、事件でのかかわりが?」

「うん……多分」

「そうか……」

 今回の事件に関わりはあるのかとふと考えてしまう東条。

 もし過去に何かしらの事件に関わっていたとするのならば、警察資料に記載があるかもしれない。

 名前は確か、と、

「天ヶ瀬……円……」

「え?」

 呟く。

「何か?」

「今、何と?」

「いや、なんでもありません。遺体の検案は、済みましたか?」

「ああ、はい」

「死因は?」

「監察医によると間違いなく首を切断したことによる、失血死であると断定できます。ほかの方法で殺害し、あとで首を切断したという痕跡は見あたりません」

「そうですか」

「解剖の必要性もないので、医大へ運んでMRIで画像を撮った後に、安置所へ保管するらしいです」

「分かりました。ありがとうございます」

 後は遺族に連絡するだけである。ただ、今の遺体を見せる事は難しい。遺族の精神的なショックを考慮しての事だ。ただでさえ、娘が殺害されて、その首が見つかっていないという事など教えたら、本当に立ち直れないかもしれない。

「警部、遺族への連絡はどうしますか?」

 と、考えているとそれと同じことを部下に聞かれ、

「頼む」

 と、一言。それに付け加える形で、

「ただ、もう少し遺体の調査が必要でまだそちらに受け渡しが出来ないと伝えてくれ」

「了解」

 やり取りしている中で考えていたことは解決した。

 後は現場周辺の聞き取りだが、そちらはもうすでに他の部下が行っている頃だろう。

 人間が犯人ならば、逮捕までは時間の問題。

(天ヶ瀬円……彼は一体?)

 事件と関わりのないあの少年のことが頭から離れない。

 やはり調べておくべきかと、後で本部に戻った後に警察資料を探してみる事にしよう。




       5




 血痕が発見された現場は沿岸から五キロほど上流にある橋の上であった。

「ここで殺されたんですよね」

「外でやったなら」

 円とケイスはその橋の上にあった血痕を見やった後、下に流れる滑川の下流の方を見る。この流れを辿って行けばまた先ほどの遺体発見現場へとたどり着く。

「んん……」

「どうした?」

「いや、ここにもさっきの人の首が見当たらないなって」

「見えんのか?」

「今ちょっとエネルギー使ってるんであったら見えるんですけど……」

 当然、戦闘程エネルギーを消耗していない。使用量は最小限に留めている。

「へえ、ESPみたいなやつか」

「まあ、そんな感じですね」

 周辺を見渡し続ける円。が、一向に先ほどの被害者の首が見当たらない。外で殺害したというならば、何故わざわざそれをどこかへと持ち去っていくのか。普通ならばそんな物、気持ち悪くてどこかへと捨ててしまう。ちょうど下は川なのでそこに遺体と一緒に流してしまえばいいのだ。

 何故しなかったのか。

 人間的な感情の問題か、もしくは本当に目的があってのことか。


――鬼が出る


 警察の調べによると、最近、鎌倉市内ではそんな噂が流れている。

 その噂の始まりはある男子学生が夜中コンビニへと買い物を行った際、その殺害現場を目撃して警察に報告したころからであった。

 何でも、夜に出歩くと黄金づくりの立派な刀を持っている僧兵が街中を徘徊しているそうな。そしてその道中で人を見つけてはその者の首を撥ね、それを自ら腰に下げてその場から消えていくらしい。

 もしもその鬼がビーストで、そしてそのビーストのの仕業であるというならば、今日中に倒しておきたい。特捜チームは既に鎌倉市内に散開し、その鬼と呼ばれる者が出てそれが人間であった場合、そのまま確保。ビーストの様な存在であればSSCへと出動要請が入る。すでに地上に降りているケイス以外のチーム・エイトのメンバーはスタンバイに入っているだろう。

「円、何か感じるか?」

「何かって?」

「ビースト的な何かだよ」

「いや、別に? そんな感じはしないですよ」

「そんな感じは?」

「もっと別の奴……」

「よくないのがいた、っていう感じはします」

「良くないって――」

「例えば、ファントムヘッダーのような」

「あいつが?」

「言い切れませんよ。あの時向かい合った時のような物は感じませんから」


 ――ファントムヘッダー

 

 ビーストを生み出す、悪意のある存在。

 その姿は混沌とした色をした光の集まりであることから、IAでは「光のウイルス」と呼ばれている事がある。

 ビーストを生み出したり、その生み出したビーストを強化したりする力を有しており、強化されたビーストはスピリットに匹敵する力をも持つ。円もその力の前に一度は敗れた。ストレンジモードになれなかったらと考えると、今自分がこうして地に立てているという像が思い浮かばない。

 その恐怖も刻み込まれているためか、あの時感じたファントムヘッダーの感覚も覚えている。

「どういうことだよ」

「この一帯か、その力に似たような物を感じるんですよ。けど、やっぱり違う。ファントムヘッダーでもビーストでもない」

「じゃあなんだよ」

「スピリット……」

「……ッ、何?」

「に、一番近いです。ただその中に強い悪意――憎しみみたいなものがある感じで……」

「感情があるってことか」

「でもまあ、ファントムヘッダーに強化されたビーストからもそれと同じもの感じるんでなんとも言えないですね

「ふぅん、そう」

「すいません。力添えにはなれないです」

「いや、それは無いだろうぜ?」

「何故です?」

「お前がスピリットだからだよ」

「……?」

「それ特有で感じるもんってやつだよ。俺たち人間じゃ分からないことが、お前には分かるんだろ?」

「そりゃあ、ね」

「まあこれでビーストの類が犯人だって確率が一つ上がったって訳だ。お前を連れてきて正解だったな、こりゃ」

「どうしてです?」

「そりゃ、俺たちの仕事だからだろ。いくらスタンバってるからって、出遅れは嫌だろ?」

「まさか、そのまま戦おうって言うんじゃ?」

「ん?」

「まあ、そうですよね」

 忘れてはいけない。それが本来の主な仕事である。

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