落語「私を映画に連れてって」
今年は映画が大ヒットしましたそうで、映画業界も大変儲かったようで結構なもんですな。そこで私も映画通を名乗るからには、ここは観に行かなくちゃいけない、流行に乗り遅れちゃいけないってなもんで。とは言っても最後に観たのは『ジョーズ』なんですが。映画を観に行こうと思い立ったわけでして。
で、何を観に行こうかな、どの作品にしようかなって考えまして。巷では『君のなわ』てのが大層流行っているらしいですが、私は縛る方も縛られる方も趣味はありませんから、これはいいかなって。そこで、ああ『ゴジラ』もたしか流行ってたなと。私は怪獣映画、怪獣が大好きでしてね。子どもの頃なんか親に「大きくなったら何になりたい?」と聞かれたら二つ返事で「怪獣!」と答えていたくらいですから。そしたら「おまえはすでに怪獣だ、モンスターだ」なんてね、今思うと酷いことを言われてたもんですが。
ゴジラといえば、小学生の頃に同級生のケンちゃんが学校の廊下をのっしのっしと歩いてまして。
「ケンちゃん、ゴジラの真似かい?」
なんて聞いてみたら、漏れそうなのを我慢してトイレに向かっているところだった、ってね。お尻の辺りがもっこりしていて「あ、尻尾が生えてきた」なんて。
で、『ゴジラ』なんですが、探してみてもやっている所がない。もう、どこも終わっちゃってるんですね。悔しいなあ、なんて思いながらも探してたら、ありましたよ。一軒だけ。やった、てなもんでいそいそと出かけていったんですが、ゴジラのテーマ、あれを鼻歌でンフフ、ンフフってご機嫌なもんですよ、ですがついてみて驚いたのなんの。まあ、ぼろい。あれ?昭和レトロのテーマパークに来ちゃった?って辺りを見回しちゃいましたから。ニャンマゲいるかしらって。あれは江戸村か。まあ、その建物っていったら、これはいつ頃建てられたんだっ、てなもんですよ。柱に新選組の刀傷が付いてましたから。
大丈夫かなあと思いましたが、入り口の上に看板がね、なんとか劇場ってありましたんで、なんとかの部分は文字が薄れちゃってて読めなかったんですが、まあいいかと。入り口の横を見るてえと小窓があっておじいさんがちょこんと座ってこっちをじっと見てる。切符売り場なんでしょうが、そのおじいさんが動かないんだ。おや、マネキンかってくらい動かない。それがじっとこっちを見つめているから薄気味が悪い。見つめられちゃってますから引くにも引けなくなっちゃったわけでして、仕方がないから「大人一枚」って買いましたよ、切符。その切符がなんだがじめっと湿ってるんだ。なにをどうすれば切符が湿るのか不思議だったんですが、おじいさんの手を見たらすぐに分かったね。びしょびしょなの。手が。トイレに行ってたのかな。値段は安いわけでもなく他の所といっしょでしたね。
気持ちが悪いから切符をつまむ様に持って入り口を入っていくと、切符売り場んとこに居たのとそっくりなおじいさんがもぎりのとこに立っていて手招きしてんの。双子かな、と思ったけどすぐに違うって分かったね。さっきのじいさんだって。手がびしょびしょだったから。おじいさんは半券をちぎるとどっかに行っちゃって、ロビーに私ひとりぼっち置き去り。仕方ないから席に行こうと近くのドアを開けようとしたけど、これがうんともすんとも言わない。全然動かないの。そこでえいっと力を入れてみたらドアがミシミシミシッって。これはまずいてんで、他のドアを探して入っていったわけですが、中もまたボロいの。座席は擦れて薄くなっちゃって、後ろの席が透けちゃってましたからね。スクリーンの横にぶら下がってる幕には刺繍で『ヒロポン』だって。いつの時代だよって。
まあいいかって席に座ると、すぐに暗くなりましたね。これは気持ちよかった。ストッと席に着いてスッと暗くなる、こうこなくっちゃ。そこでふと気がついたんですが、この劇場で上映時間なるものを目にした記憶がない。どこにも書いてなかったな、と。おいおい、客が入ったら即上映なのか。驚いた拍子にひょいと映写機室を見上げたらさっきのじいさんがいるの。こっちを見て愛想笑いをしてやがる。ひとりで全部切り盛りしてんのかよ。さすがにたまげましたねえ。
なんやかんやで映画が始まりましてね。そこで私は大きな間違いに気がついた。白黒なの。映画。なんだこれ初代のゴジラじゃねえか、やっちまったー、ってね。もうがっくりですよ。それでも怪獣は好きなんで、観てみるとそこはまあ面白い。これはこれでいいかってね。するってえと後ろからも音がするんですよ、「ガオーッ」って。おお、音響は凄いね、立体音響じゃないか、ってね。で、どんなスピーカーを使ってるんだと振り向いてみたら後ろの席で婆さんが大口を開けて寝てやんの。そのいびきだったと。
まあ、なんやかんやあったわけですが。最近では『映画泥棒』なんてーのが居るそうですな。なんでも、映画館で上映している映画を撮っちゃうとか。スクリーンに向けてこうスマホなんかを構えまして撮影するってえと、動画サイトなんかで公開しちゃう。映画を作っている方はたまったもんじゃありませんから、キャンペーンなんかをはって止めるように訴えますが、これがなかなか無くならないようで。酷いのになると会員料金を取って公開してる奴までいるそうで、それなら料金払って劇場に観に行けって話なんですが。
とある映画館でのお話でございますが。
映画が上映されてしばらくすると男が前の席の青年の肩をとんとんと叩き。
「もしもし、ちょっと」
叩かれた青年はびくっと驚いて振り向くと。
「な、なんですか」
「あなた、今スマホでスクリーンを撮影してたでしょ」
「なにを言ってるんですか。そんなことはしていませんよ」
「でも、ほらそこにスマホ」
「これは今連絡が来て確認してたから。音は出していませんから迷惑ではないはずですが」
「そんなこと言って、顔のまえに持って撮影してたでしょうが」
「なにを証拠に。そんなことはしていませんよ、いい加減にしてください」
「そっちこそしらばっくれるのもいい加減にしろ!とぼけたってなあ、あんたがスマホで撮影をしていた姿は、このビデオカメラにしっかりと納まっているんだよ!」
おめえも撮ってたんじゃねえかって。
おあとがよろしいようで。