『羽川こりゅう作品集』9. 「てんごくと あな」
あなと きくと あのひ の なつを おもいだす。
ぼくは それを みた ことが あった。
あな。
とっても ふかくて くらくて。
あな。
いつの ひか きいた ことが ある。
ひとの こころの あなって まるで てんごくの ようだ って。
それを おしえて くれたのは だれ だっけ。
おもいだせない。
それほど ふかい あな。
あなは いつでも ぼくらの なかに ある。
これも だれかに きいた ことば。
あな。
いったい なん なんだろう。
それを しりたくて ぼくは あなに とびこんだ。
とびこんだ あなは とても ふかくて くらくて。
あな。
いつまで まっても おわりの みえない。
あな。
それほど までに ふかい あな。
あなの なかでは いろいろな けしきが みえる。
ぼくと あるいた せなか。
ぼくが あるいた せなか。
こえ だって きこえる。
ぼくを よぶ こえ。
ぼくが よぶ こえ。
あたたかさも かんじる。
ぼくを だいた ぬくもり。
ぼくが だいた ぬくもり。
それら ぜんぶを あなは のみこんで いく。
まるで ぼくには なにも ない かの ように。
ぼくは おちる。
ぼくは おちる。
きづけば もう なにも みえない。
これが いきる こと。
それが いきる こと。
だれかが ささやく こと。
だれもが ささやく こと。
ぼくは なにを おもえば いい?
あなの さきを ぼくは みた ことが ある。
とても とても やさしい せかい。
はなばたけの ような やさしい せかい。
あたたかい せかい。
もう にどと でたくない せかい。
いつしか ぼくは ひだまりの なかで ひざを かかえて いた。
これが てんごく。
それが てんごく。
なくした ものが ありつづける てんごく。
でも ぼくを よぶ こえが せかいの ひざしを きりさくんだ。
ぼくの しってる こえ。
ぼくが しらない こえ。
そうして ぼくは あなから でて きた。
ぼくを みつめる ふたつの め。
ぼくを ひきよせる ふたつの うで。
ぼくは きゅうに なきたく なって しらないけど しってる こえに だき ついた。
それから ぼくは あなが みえない。
それから ぼくは てんごくは しんじない。
あなの おわりに ぼくは いる。
(了)
※てきすとぽい 「第31回 てきすとぽい杯〈てきすとぽい始動4周年記念〉」応募作