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こうじ君  作者: 秋山 魚
5/9

父の話 入院生活

それから一日後だか二日後だったか、もう一度病院に向かった。


今度は母もいる。神戸在住の叔母もいる。従兄もいる。会うのは何年振りか。少なくとも5年は会っていない。

母と叔母と従兄はナースステーションで話を聞いていた。

暇だった私は父の病室に向かった。

手土産は551の豚まん。私のお気に入りだ。

父に手渡すとさっそく食べ始めた。父と私とで2個ずつ食べた。太る。


その時、私は551の紙袋とは別に、もう一つ紙袋を持っていた。

看護婦さんが父から没収した、たばこやらなんやらが入っていた紙袋だ。

隠しておけばよかったのに、それが父に見つかってしまった。


「それはわしのじゃ」


という父。しかし渡すわけにはいかない。

仕方ないので、ナースステーションまで走って、会議中の母の足元に置いてきた。


「母さんのところにおいてきた」

「なんでや。あれはわしのじゃ」


取りに行けとうるさい父。仕方ないので一度病室を出てすぐ戻る。


「ちょっと母さん忙しそうやったけん今は無理」

「お前は後先考えんからいかんのじゃ」


何故怒られなければならないのか。なんで私が怒られなければいけないのか。

非常に不愉快である。しかし、父は今何もわかっていないのだ。

私に不当な要求をすることも、たばこを吸ってしまったのも、すべて覚えていられないからなのだ。


取ってこいとしつこい父。

手に負えなくなった私は、会議中の母に泣きついた。

すると、叔母がすぐさま立ち上がった。


「病室は?」

「こっち」


その叔母の足取りには憤りが滲みでていた。

そして病室に入り、


「おう、兄ちゃん、元気?」

「おう……」


叔母が来た瞬間、父はたばこについて言及しなくなった。

うれしいやら悲しいやら。

暫くして、母と従妹が会議を終えて戻ってきた。

母は泣いたらしい。

病院側に、付き添いがいないならこれ以上置いておけないと言われたのだ。


横たわる父にむかって静かに怒る母。

言葉尻がゆがむ。本当に怒っているのだ。


それから、父を残してデイルームに向かった。

付き添いがいないならおいておけない、ならば付き添いがいればいい。

母は地元に帰らなければならないので、関西在住の私と叔母と従兄でローテーションで見張ることになった。

往復六時間かけて通うのは中々にしんどいが、職場に頭を下げながら電話をかけている叔母の姿を見て、文句が言えるわけがない。


私が申し訳ないというと、叔母は、

「何言よん。私にとっては兄ちゃんやし。他人やったら嫌やけど」

といった。


「私にとっては兄ちゃんやし、あんたにとっては父ちゃんやし、お母さんは好きで結婚したんやから」


という。

この言葉にどれだけ救われたか。

それから全員で話し合い、父を見張るシフト表が完成した。


3日夜 母

4日昼 母

夜 叔母

5日昼 私

夜 従兄

6日昼 叔父

夜 私

7日昼 叔母

夜 叔母

8日昼 私

夜 従兄


こうやって見てみると、私の配分は非常に少ないように見える。

しかし、しんどかった。本当にしんどかった。

まず5日は彼氏とデートする予定だったのだが、謝って看病の日にした。

6日は放課後病院に向かい、宿泊。父親のいびきで寝られない。

7日は丸一日学校。8日は昼から病院へ。


父には毎回せっせとお土産を買っていった。

豚まんは蒸し方が気に入らなかったらしい。

私がレンジでチンしすぎただけだと思うが。

5日は何を買ったか忘れたが、6日はみたらし団子とシュークリームを買っていった。

すると、血糖値が高くなっているという。たばこをやめて口淋しいからとずっと飴を食べていたのだが、それがよくなかったらしい。


「私みたらし団子とか買ってきたんやけど」

「あんたが食べんかい」


しかしその数分後、父は「饅頭でも食べよか」と言いだした。みたらし団子のことだ。

そして夜中に急に起きてシュークリームを食べ始めた。

良いのかわからないけれど、明日から辞めればいいか。

とりあえず、叔母と従兄に「血糖値が上がっているらしいので」とメールをした。


翌日はネットで血糖値のあがりにくい食べ物を調べて買っていった。

ゆで卵とピーナッツとチーズ。あと肉。

ゆで卵は気に入ったらしかったので、その次の日も買っていった。


父は、ぼけていた。

同じ会話を何度も繰り返す。

母さんは愛媛に帰ったの? うん、帰った。

そんな話をした数十分後に、「母さんは今どこにおるんぞ」と聞かれる。

頭がおかしくなりそうだった。

それは、見舞いがしんどいからとか、そういうことでなくて、私の定義する父が死んだからだった。

私にとって父は、普段は寡黙だが酒を飲んだら陽気になって、ギャグなんかも飛ばす面白い人で、食べることが好きで、たばこが好きで、毎日酒を飲んで毎晩22時くらいになったら腹を出してひっくりかえっている。それが、父なのである。

しかし今目の前にいる老人は、目はいつもどこかわからないところを見ていて、ほとんど笑わず、同じ会話を繰り返し、たばこの代わりに飴を食べている、変な老人だ。


脳の腫れが引いたら治るかもしれない。

その言葉を信じていた。その言葉にかけていた。

しかし同じ会話を繰り返すのはしんどい。

なので張り紙をした。


******

                お父様へ

お父さんは、頭をケガしているので、物忘れがあると思います。なので、大切なことをメモしておきます。


・船は傷病下船しました

手続きは母さんがやってくれたので大丈夫です

・タバコと酒は厳禁です

脳のケガに悪影響だからです。

喫煙すると物忘れ多いのが治らなくなります。

・財布は母さんが預かっています。

父さんの喫煙を止めるためです。治るまで返せません。財布がどうしても必要なら、頑張って治しましょう。

・病室から出てはいけません。

お父さんがいなくなると、私たちや、看護婦さんが捜すことになります。いろんな人に迷惑がかかります。


以上。頑張って生きましょう。娘より。


*****

できるだけわかりやすいように、句読点を多めにし、文字を大きめに書いた。見出しはすべて赤字で、あとは青い字で書いた。

効果は覿面だった! それから、父が脱走することはなくなった。



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