こんなに大きくなったよ
ふと思い立ち書き始めました。完結までしばしお付き合いいただけると幸いです。
――― あと一日だ……
暗闇の中、一人の少女が膝を抱えて、空中を漂っていた。
彼女の身体が浮き沈みをすると、それと一緒になびく桃色のきれいな髪。少女が着ている服は洋服が主流となった今では、祭りなどの特別なときに見る機会が多い浴衣。
少女は悲しみから逃避するように、自分の生きてきた時間を追憶する。
しかし、彼女が最近よく思い出すのは黒髪の少年、ただ一人だった。
少年は十年前に出会い、少しの間だけ少女が一緒にいた人間だ。
――― 何年ぐらいたったのかな。もうすっかり姿は変わっちゃってるよね。
数千年の時を生きる彼女には時間の感覚が曖昧であった。
少女は先ほどまでの悲しそうな表情をすこしだけほころばせて、笑う。
――― でもやっと、契約の許しが出たんだもん。
またあの少年が自分をこの寂しいだけの檻から出してくれる。そう思うと、胸の鼓動が高まってしかたない。
『ぜったいに忘れないからな! オレがオマエにまた会いにきてやる!』
少女の頭の中に幼い男の子の声が再生された。
少女は笑い声を漏らす。
――― ふふっ!
陰っていた少女の悲しげな笑顔が、しあわせそうな表情に次第に変わって行く。
でも、少しだけ心配なことが彼女にはあった。
少女は眉を寄せた。
――― 彼は契約に応じてくれるのかな……前に会った時はうれしくて羽目を外しちゃったからな……彼はその責任を取らされて霊能者としては生活をしてない、って言ってけど……わたしと契約してくれるのかな……
少女の心の中に不安の色が付き始める。少女は少年の契約のことを人づてに聞いていた。
少女は契約の日は少年が誰とも契約ができなかった、と聞いてうれしかった。
でも、彼が負った心の傷を思うと、胸が痛くなった。
少女は胸を押さえた。それからふるふる、と頭を振った。
――― 彼、仕事できなかったから親戚中からの目を気にして、遠くの『がっこう?』とか言うところに行っちゃったんだよね……彼は大丈夫かな。わたしみたいに寂しくて苦しんでないといいんだけど……
少女の寂しさを埋めてくれた男の子。
だから少女は考える。
――― どうしたら、彼の寂しさを埋められるんだろうか……わたしはいろいろなお話をして、知らないことをいっぱい知れて楽しかったんだけど……彼にとってはなにが楽しいんだろ?
少女は顎に手を当てて首をちょこん、と傾げた。彼女は彼との会話を思い出しながら、彼が楽しいと言っていたことがないか、記憶の中をあさり始める。
――― おいしいもの? それとも遊ぶこと?
必死に考えるが彼との会話が何年も前のものだから思いだすのに時間がかかる。
でも、忘れたことはない。彼は少女の気にいった数少ない人間。
そこで少年が楽しそうに読んでいた絵本のようなものを思い出した。
――― そういえば、『まんが?』とか『あだると?』とか言うものが興奮する、って言っていたような……『あだると?』ってなんなんだろう?
少女は自分の知らない単語の意味を考えるために集中するが、意味がよくわからない。
自分がまだ子供だった時……といっても数百年も前のことだが、あまり見ることがなかったカタカナで書かれた文字。わかるはずもない。
――― っ!
いいことを思いついたとばかりにニヤつく少女。
なにも言葉の意味がわからなくてもそれについて知る方法があるではないか。
――― そうだわ! たぶん、『あだると』とか言うものは遊びなのよね。当てずっぽうで彼を誘えば、彼がその遊びをやり始めると思うから、それを見よう見まねでやってみればいいのね!
少女は彼を楽しませる算段を思いついたことで小さくガッツポーズをする。
名案だ。これで少年も楽しげに笑い、自分もそのとなりで笑っていられる。
――― わたしに生きている楽しさ、意味を与えてくれた彼。でも何よりもまず……
少女の心の踊りは刻々と再会が近づくごとに激しさを増した。
――― 会いたいな……
少女は微笑んだ。
『オレはオマエと話せてよかったかなって思うぞ! 霊術修行の間の休憩にはちょうどいいしな』
頭の中で再生される少年の声。
冷たく吹きつける風の前に立ち、温かいぬくもりを持ったそれ。
――― 彼は霊術の修行までしていたんだった。神様との契約はうまくいったのかな? あのとき話してくれた、『高速で移動するための鉄箱』とか、『遠くの人と話をすることができる板』、『光る豆』に『風景を切り取るガラス』、いろいろ見て見たいな♪
彼の話してくれていたことは、少女の想像の外にあることばかりだった。ウソかホントかはわからないけど、少女にとってはおとぎ話のようでおもしろかったのだ。
たしかに突拍子もないものだ。でも、少女にとっては刺激となり、夢を与えた。
この世に絶望するには早いのだと。
――― うふふ♪成長して、かっこよくなっているのかな? 久しぶりにあったらどんな反応をするんだろ? 忘れていることは絶対にないだろうけど、驚くのかな? 泣くのかな? 笑うのかな? 楽しみだな!
彼女の想像の中には彼が自分のことを忘れている筋書きなど、存在しない。
ただただ、彼の言葉を信じて純粋な女の子。数千年生きていると言っても、『ねこまた』にとっては寿命の二割ほどしか経っていない。
人間の歳で言えば、十六歳ぐらいだ。少女の見た目も若く、張りのある胸に引き締まったくびれ、お尻はキュッと引き締まり、重力に逆らって自己主張をしている。
――― あと少し……あと少しで彼に、ゆうたに会えるんだ♪
少女は再び微笑み、さきほどまでの寂しさなど忘れて、上機嫌に鼻歌を鳴らしていた。