13話 サラサと観光
「急に来たから何かと思ったけど、そういう事だったのね。そうと決まれば早速準備しなくちゃね。サラサちゃん、お着替えしましょうか」
「はーい!」
いきなりだったがすぐ準備し始めるコーネ。その手際の良さはさすが使用人といったところだ。
準備が終わると待ちきれなかったのか先に飛び出していくサラサ。その楽しそうな背中を三人は追いかけていった。
ユーフィはサラサにせがまれて手をつなぎ、ぷらぷらと揺らしながら歩いていく。まずは中央の噴水へと向かう一行は大通りを見渡しながらゆっくりと進んでいく。
「それにしても人が多いな」
「ここは観光地としても有名だからね。これでもまだ少ない方なのよ」
大分日が昇り、朝に比べると人が多く賑わっている。大通りの端に並ぶ露店からは客と捕まえる為の声が飛び交い、よりにぎわいが増している。
ゆっくりと街並を観察するのは今が初めてだった要だが、その立ち並ぶ家々は全て石で造られて、綺麗に整っている。その家に沿って花壇も造られ、綺麗な花がこの大通りを着飾り、観光地というだけはある。
その大通りを進むと中央広場についた。そこはさらに人が賑わい、みなこの街の中央に鎮座する噴水を眺め楽しんでいた。朝とはまた違った輝きを見せるその噴水に、さらさらと流れる水の音に耳を傾けながら、また心を奪われるユーフィと要。
「おねーちゃん、もっと近くにいこー!」
暫くじっと見ていると、痺れを切らしたサラサが繋いでいたユーフィの手を引っぱり、噴水の側まで向かう。そして噴水の縁に身を預けて、手でちゃぷちゃぷと水を触り楽しみだした。
ふと何かを思い出した要は同じように噴水の縁へとぴょんと飛び上がり、恐る恐る前足で水を触ってみる。猫が水を嫌うのは有名で、自分はどうなのかと試そうと思ったようだ。だが触ってみても拒否反応はなく、むしろ冷たくて気持ちがよかった。実際のところ猫が水を嫌うのは、体温が奪われて命取りになるのを避ける為の本能的な行動だと謂われているので、要が考えていたような拒絶反応は起こらないだろう。
最初こそ楽しんでいたサラサだが、さすがにずっと同じ事をしていたら飽きたようで、噴水の縁から降りて、次へ行こうと目で訴え始めた。
「次はどこへ行くのかな?」
「ゼルから水路を通る船があるって聞いたんだが……」
「ああ、あれね。じゃあ次はそこだね! ついでにここから見る河も見てみて。すっごく綺麗だから」
この街を良く知っているコーネに案内されて船がある所へと向かうことに。その前に、コーネがいったようにこの広場の端に行き上から街の中央を流れる河を見てみる。そこにはこの街を二つに分断するように流れる河が、噴水とはまた違った輝きを見せてずっと先まで続いていた。
「間近で見ると、これまたすごい迫力だな」
「大きくて……キラキラ……」
暫くその風景を見た後、コーネに案内されて広場から川岸に続く道を歩いていく。向かった先には数人が乗れる小さな船が綺麗に並び、河に浮かんでいていた。その船に先に来ていた観光客が船に乗り込んで出発する。
「こんにちは、おじさん!」
「おや、コーネちゃんにサラサちゃんじゃないか。今日はどうしたんだい?」
「見ての通りサラサちゃんを連れてゼルさんのお客さんを案内中なの」
「なのー!」
どうやらこの漕ぎ手は二人の知り合いのようで、親しげに話しかけてくる。コーネがそれに答え、サラサが元気よく後に続いていた。
「じゃあ四人分で……一銀貨だ。さあ乗った乗った」
お金を払った後、コーネとサラサは慣れたように河岸につけてある船に乗っていく。一方ユーフィは、船に乗るのが初めてなので揺れる船へと恐る恐る足を伸ばしていた。ちなみに要はというと、既に船へと飛び乗りそんなユーフィを笑いながら眺めていた。もちろん、無事船に乗ったユーフィにお仕置きされていたが。
「それじゃあ出発するぞ」
一行を乗せた船はゆっくり河へと流れていく。途中街の中へと続く水路の方へ曲がり、左右に建物がそびえ立つ水の道を進んでいく。
「これは、すごい迫力だな……」
この水路は地盤より深く造られているので、ここからだと左右に立ち並ぶ建物がもの凄く高く見え、ここを通る者に迫力を与えていた。そして透き通った水面が船が出す波に揺られ、綺麗な波紋を描いていた。
時折、建物の窓から水路を覗く人に向けてサラサが笑顔で手を振り、またそれを笑顔で振り替えすという微笑ましい光景も見られた。それだけで、この街がどれだけ平和なのかが分かるだろう。
「ゆーらゆーらゆーれるよーすーすむよー、さんはい!」
「えっ! えっと、ゆーらゆーら、ゆーれるよー、すーすむよー」
のりのりのサラサに引っ張られ、戸惑いながらも楽しそうにうたうユーフィ。そんな二人を優しく見つめる保護者2人組。
「やっぱりサラサちゃんは笑顔が一番よね」
「だな。子供は笑顔が一番だ。それにユーフィも思った以上に楽しんでくれてて良かった」
「ユーフィちゃんもいい子よね。可愛いし。二人は旅をして入るんだっけ?」
「ま、色々あってな。今は二人で旅を楽しんでいるんだ」
「そう。まぁあまり深くは聞かないわ。それにしてもユーフィちゃんのちょっと照れながらも見せるわずかな微笑み。そそるわ」
そう言いながら、表情を駄目な方へと緩めぐっと拳を握るコーネ。
「おいこら変態」
約一名、保護者から変態に成り下がったがそれ以外は問題なくこの船の旅を楽しむのだった。
「この後はあの塔かな?」
「そうだな」
「ということなのでおじさんよろしく!」
「あいよ!」
のんびりと水路を通ってこの街をぐるっと一周した一行は、次の目的地である塔の近くで下ろしてもらう事に。
河岸につけた船から順番に降りていくが、揺れていた船の上から急に地面に降りたので船に慣れていないユーフィは、降りた後もちょっとふらふらしていた。
「大丈夫か?」
「まだ船の揺れが残ってるみたい」
「おねーちゃん、ふらふらー?」
「んー、うん。もう大丈夫」
暫くしたら元通りになったユーフィ。それを見て今度は次の目的地である塔へと歩き出す。
こちらも人気のスポットの様で観光客で賑わっていた。
間近で見る塔にまたまた圧倒されつつ、中へと入っていく。中は天辺まで吹き抜けになっていて、塔の周りを階段がぐるっと囲んでいた。
「へぇ、天辺まで吹き抜けになっているのか」
「どう、すごい迫力でしょ。それに階段で上るのは大変だけど、上から見る景色は絶景よ」
ということで、早速階段を上り始める。高さが高さなので体力を使うが旅をしている二人からしたらどうってことはない。ただ、やはりサラサには辛いようで、途中からコーネがだっこしていた。塔の外壁にも窓があり、階段を上りながらも景色が見れるので単調にならずにすむようになっている。
そして天辺まで上った先で見た景色は――――
「おぉ…………」
「わぁ…………」
――――水と街が作り出す芸術。思わず感嘆の声が出るほどの、素晴らしい景色が広がっていた。
この塔からは綺麗に街を全てを眺められる。下からでは分からないこの街を巡っている水路もここからだと全て見え、どこも水面が光り輝いてまさに水の街といえる光景を作り出していた。また、立ち並ぶ家々も綺麗に整列され、統一感を出している。それだけでこの街にどれだけ力を入れているかが分かるだろう。
「すごい…………すごい!」
「あぁ、ここまでとはな……」
塔の上に吹く風に銀髪をさらさらと靡かせ、興奮しながらじっとこの景色を眺めるユーフィ。もうそこには出会った頃の感情を無くした少女は居らず、まだまだ乏しいが、それでも年相応ともいえる感情を取り戻しつつある少女が居た。この景色を眺めつつ、そんなユーフィを見つめる要は連れ出してよかったと安堵した。
暫く天辺で景色を眺めていると、サラサのお腹からくぅ〜っと可愛らしい音が聞こえてきた。それにつられてか、ユーフィの方からも聞こえて来たが少し顔を赤くして恥ずかしそうにしていたので気付かない振りをする要。
「そういえばお昼がまだだったな。そろそろ降りようか」
「うん、サラサおなかすいたー!」
「それじゃあ良い所があるから案内するよ!」
昼食の事を考えて無かった二人は、その申し出にありがたく乗る。
案内された場所はあの大きな河の河岸で、食べ物の屋台が多く並んでいる船乗り場から少し離れた所だった。
「それじゃあ私が買ってくるから、場所取りお願いねー!」
そう言い残してコーネは屋台へと突入する。取り残された三人は謂われた通り、ゆっくり食事出来そうな所を探す。丁度河を眺められる位置にあったベンチを見つけたのでそこに座り、コーネの帰りを待った。
「おまたせ〜!」
そんな声とともに、腕一杯に屋台の食べ物を買ってやってきたコーネ。
「それは買いすぎじゃないか?」
「大丈夫、余ったら私が食べるよ!」
なかなかすごい事を言いつつ、早速買ってきた物を広げていく。定番のサンドイッチに唐揚げ、ポテト。久々に見る日本人おなじみの食べ物を見て、尻尾を振って期待する要。しかし要の前に置かれた物は生魚。
要は目の前に置かれた生魚を見下ろし、そして顔を上げ皆が美味しそうに食べるサンドイッチを見る。生魚見る。サンドイッチ見る。生魚見る。サンドイッチ見る……。
「あ、あれ? カナメちゃん猫だから生魚が好きかなーって思ったんだけど……」
さすがに悲しそうな顔をしながら交互に見る要を見て、気まずそうに問いかけるコーネ。コーネの考えは特段間違っておらず、何も言わなかった要が悪いのだが、それでも久々に食べれるおなじみの食べ物を前に、耳の尻尾もへんにゃりしてしまう要。
「いや、問題ない。そうだ、今の俺は猫なんだ。生魚で間違ってないんだ……」
と、遠い目をしながらぼそぼそと呟く要。それを見かねたユーフィは、自分が食べていたサンドイッチを一口サイズにちぎり、そっと要の口元へ持っていく。
「カナメ、あーん」
「ユ、ユーフィ?」
「あーん」
「あ、あーん」
ついユーフィに押されあーんをしてしまう。が、その美味しさと懐かしさから恥ずかしさも吹き飛び、尻尾をぶんぶん振る。
「美味しい?」
「あぁ! ありがとうユーフィ」
その可愛らしさにやられた三人は、次々と要にあーんとしていく。
「ねこちゃん、あーん」
「あーん」
「カナメちゃん、こっちもあーん」
「あーん」
あっちであーん、こっちであーん、と次々と差し出される食べ物を尻尾を振りながら口に入れていく要。その表情はとても幸せそうだが、とてもこれが世界を救った勇者だとは思えない。そういう意味では勇者の事を言わなかった要の判断は正しかったのだろう。
そしてこのほのぼのとした食事の風景は暫く続くのであった。
「ふわぁ……あふっ……」
食事が終わり、その後も観光を続けた四人。そろそろ日が落ち始めるころ、サラサが疲れたのかあくびをし始める。
「サラサちゃん、大丈夫?」
「んー、だぁいじょーぶぅー」
「駄目だな。大分歩いたし、今日はこの辺りで解散かな」
「だね、今日は楽しかったよ」
「ねこちゃぁーん、おねぇーちゃーん、ばいばぁーい」
ふらふらとしながら答えるサラサを見て、今日はこれで解散する事にした。コーネはふらふらしているサラサをだっこして、サラサは最後の力を振り絞って二人に別れを告げる。
そんな二人を見送ったユーフィと要は水鏡亭へと戻っていく。
女将さんから夕食を貰って部屋で食べた後、ユーフィも疲れていたのか寝る準備をしてそのままベッドにダイブ。
「もう寝るのか?」
「うん……」
そう短く答えた後、すぐ眠りにつくユーフィであった。
要はそんなユーフィの寝顔を優しく見つめた後、窓際で夜景を眺めながら久々に一人で考えに耽る。塔の天辺でも思ったが、ユーフィが順調に年相応の感情を取り戻している事に安堵する。それと同時に、どうしてもあの時の違和感が気になっていた要。ユーフィが両親の思いを思い出した時に聞こえた音だ。
(あの鎖が砕けるような音。気のせいかもしれないが、タイミングが良すぎる。まるでユーフィの感情を何かで縛っているような感じだった……)
それに、そもそもなぜ自分がこの世界に転生したのかだ。この街を見る限り種族間での戦争はなさそうで、むしろ観光を楽しむ余裕すらあり平和そのものだ。
もし何かあるとすれば魔物関連だろう。実際こちらに来て早々滅多に現れないブラッドベアに遭遇したのだから。まあ偶々運が悪かったという事もあるが、何が起こっても対処出来るよう心には留めておいた方がいいだろう。要一人ならどうとでも対処出来るだろうが、今はユーフィがいる。この子の師匠として、絶対に守ろうとあらためて誓う要であった。
辛気くさくなる考えはこの辺りにして、まだ眠くない要は師匠らしく、今後ユーフィに教える事を夜中まで楽しそうに考えていった。