12話 ノーブル商会
昨日教えてもらっていたゼルの店に着いた二人は、思った以上の大きさに驚いてしまった。てっきり個人商店かと思っていたのだが、ノーブル商会という看板が掲げられている。冷静に考えれば、テオル達ほどの冒険者を護衛として雇えるのだからそれなりの人物だと分かるのだが、そこまで気が回っていなかったようだ。
中に入るとそこには沢山の商品があり、食品から衣類、武具まで様々なものが取り揃えられていた。何かに特化しているというよりかは、何でもあるデパートに近いだろう。
ユーフィは商人の娘として、要はこの世界で初めてのお店だったという事で二人とも興味津々だった。一先ず用事だけ済ませようと、受付へと向かいゼルに合いに来たと告げる。
「カナメ様とユーフィ様ですね。話は聞いております。こちらへどうぞ」
事前にゼルが話をしてくれていたようで、すぐにゼルの元へ案内してくれた。店の奥にある部屋へと案内された二人は、少し豪華な扉を開けて部屋の中へと入っていく。そこには沢山の本が入った本棚が並べられ、部屋の真ん中には商談用と思われるテーブルとソファが置かれている。
そして肝心のゼルはというと、窓際にある机で書類に埋もれていた。
「おや? お二人とも来て下さったんですね」
二人が来た事に気がついたゼルは、動かしていた手を止め二人の元へとやってくる。そしてソファに座るように促し、案内してくれた受付嬢にお茶を頼む。
「忙しそうだったが大丈夫なのか?」
「えぇ、このぐらいはいつもの事ですよ」
いつもの事、と聞いて机の上にある書類の束を見る要。そして商人にだけはならないでおこうと思うのだった。
「それでは先に昨日の買取分をお渡ししておきます」
そう言って差し出された袋には、金貨が十五枚入っていた。まだお金の基準が分かっていない要はピンと来なかったが、商人の娘だったユーフィはその多さに驚いてしまう。
「こんなに……?」
「ここへくる道中でも話しましたが、ブラッドベアはかなり希少なので高値で売れるんですよ。それに今回はギルドを通さず私が直接買い取れたので、色を付けておきました」
「へぇ、ちなみに一般的には月どのぐらい稼ぐんだ?」
「そうですね、一般的な家庭だと月一金貨あれば生活が出来るので、大体その辺りでしょうかね」
ようやく一般的な基準を知った要は、あらためて貰った金貨を眺めてユーフィと同じように驚く。そう、今回の稼ぎで軽く一年は暮らせるのだ。気を利かせてくれたのかと思ったが、終始ニコニコしながら話すゼルを見て、向こうも相当利益があったのだろうと推測する。なので、それだけブラッドベアが高価だったのだろうと結論づけた。
「そういえばさっきギルドを通さずにっていってたが、普段はギルドから買っているのか?」
「そうですね、基本的に冒険者はギルドの方に売っているのでそこから買い取る形になていますね」
今回のように直接商人に売れば、ギルドで売るより高く買い取ってくれたりする。だが、以前それでだまされる冒険者が増えた事で商人に直接売る冒険者が少なくなったらしい。なので、お抱えの冒険者がいない場合は基本的にギルドから買い取るそうだ。
「ということで、また珍しいものを見つけたら私の方へ持ってきていただけると助かります」
二人の人柄や将来性を見たゼルは、今後の事を考えてちゃっかりと繋がりを持とうとする。こういう抜け目のない行動が、この店の大きさに繋がったのだろう。
「そうだ、一つ聞きたい事があったんだが……ここでアイテムボックスは扱ってるのか?」
お湯時が一段落したところで、要は早速アイテムボックスに着いて訪ねた。テオル達が使っているのを見て、真っ先に買おうと思っていたのだ。
「えぇ、ありますよ。色々種類はありますが……」
「一番良いのだとどのぐらいするんだ?」
「ここで一番良いものだと……六金貨ですね」
実に半年分の生活費だ。暫く悩んだ要だが、思った以上に今回稼げた事で買う事を決意する。アイテムボックスは今後絶対必要になるものなので、これだけは良いものを買っておきたかったようだ。
「ならそれを買う。っと勝手に決めたがよかったか?」
「うん、大丈夫」
「それでは早速用意します」
要が即決した事でまたほくほく顔で用意しにいくゼル。要が勝手に進めていたが、ユーフィもアイテムボックスの重要性を分かっているので反対はしなかった。
「お二人はこの後どうするのですか?」
アイテムボックスを持って戻ってきたゼルは二人に渡しながらそう訪ねる。
「そうだな、当分お金の心配も入らなくなったし、今日はゆっくりこの街を観光しようと思ってる」
「うん、あの噴水ももう一度ゆっくり見たい」
「あれはこの街の名物の一つですからね。でもまだまだこの街には見所はありますよ」
そう言ってこの街の見所を二人に説明し始めるゼル。
一つは先ほど話していたこの街の中央にある大きな噴水だ。次は中央の河から広げた、この街をぐるっと囲む水路。そこを観光用に船で回れるようになっていて、また違った街並が水路から見えるそうだ。そして、北と南それぞれに立っている塔だ。その上から見る景色はこの街を一望出来、とても素晴らしいものだと力説するゼル。その他にも食べ物や土産物を聞いた二人はどんどん期待を膨らませていく。
「っと、ちょっと語り過ぎましたね」
「いや、すごく為になった。今から見に行くのが楽しみだよ」
「ならよかったです。…………それでですね、もし良ければサラサも連れて行ってあげてくれませんか?」
「サラサちゃんを?」
思わぬ提案にユーフィは首を傾げる。そして、ゼルからサラサの名前を聞いてようやくここに居ない事に気がついた二人。
「そういえばサラサは?」
「ここの隣に私の家があるのですが、そこで使用人と一緒にいるんですよ。さすがに仕事中は構ってやれないので……。なのでサラサが懐いている二人に連れて行ってもらえれば、と思いまして。サラサはいい子なので不満は口にしないのですが、やはり寂しい思いをしていると思うのです。まったくふがいない父親ですよ……」
「そういうことなら任せろ。せっかくの観光だ、人数が多い方が楽しいしな。だが知り合ったばかりの俺たちにそんな事頼んで良いのか?」
「これでも人を見る目はあると自負しています。それにお二人のような人が悪人だったらもう終わりですよ」
と笑いながら話す。客観的に見てもユーフィは小柄で可愛らしい子供、要は言わずもがな猫だ。誰が見たって悪人には見えないだろう。まぁあの要の獲物を見つけた時の笑みを見れば考えは変わりそうだが。
「それじゃ、あんまり長居しても悪いし、そろそろ行くわ」
「いえ、こちらも儲けさせてもらいましたから。それでは、サラサをよろしくお願いします」
「ああ、任せろ」
一通りの用事が済んだ二人は、これ以上長居しては悪いと思い席を立つ。そしてゼルにもう一度サラサの事を頼まれて部屋を後にする。
店を出た二人は早速隣にあるゼルの家へと向かった。店に比べれば小さいが一般的な家よりは大きく、ちゃんと庭も付いていた。外壁は白く屋根は透き通った青。まさにこの街をイメージしたような色合いになっている。花が植えられ綺麗に整えられている庭を通り扉の前までやってきた二人はさっそくノックをして呼びかける。
「ゼルから頼まれた者だが、誰かいるか?」
「はーい、今出るわー」
その返事を聞き、暫く待っていると扉が開かれた。家から出てきた女性はメイド服を着ており、二十代ぐらいのショートの髪をしたお姉さんだった。
「どちら様……って長い銀髪の子に猫ってことは、あなた達がカナメちゃんにユーフィちゃん?」
「そうだが、知っていたのか?」
「昨日ゼルさんとサラサちゃんから話を聞いていたからね。まさかここに来るとは思ってなかったけど。でも話に聞いてた通り……可愛いわね!」
最初こそ普通に対応していたが、二人の姿をよく観察してから徐々に目が怪しくなる。それに危険を感じた二人は、お姉さんから一歩引いてしまう。
「あぁ! そんなに怖がらなくても良いのよ。っとそういえば自己紹介がまだだったわね。私はコーネ、ここで使用人をやっているの。よろしくね」
「あ、あぁ。ゼルから聞いてるみたいだが……俺がカナメ。でこっちがユーフィだ」
「……よろしく」
「だからそんなに怖がらなくても良いのに……。まあいいわ。さ、入って」
若干警戒しながら自己紹介をする二人。そんな様子にショックを受けつつも、すぐ気を取り直したコーネは家の中へと案内する。
家の中に入った二人は早速、サラサを見つけた。ちょこんと椅子に座り、足をプラプラさせながら楽しそうにお絵描きをしているところだ。
「サラサちゃん、お客さんよー」
「おきゃくさん? あ!」
コーネに呼ばれたサラサは二人を見るや否や急に顔を輝かせ、ぴょんと椅子から飛び降りてユーフィの元へダイブする。
「ユーフィおねえちゃんだー!」
「こんにちは、サラサちゃん」
ダイブしてきたサラサを急だったがしっかり受け止め、表情を緩ませながら頭を撫でるユーフィ。要もユーフィの肩から挨拶するように前足をサラサに向けて振る。
「よっ、こんにちはだ、サラサ」
「ねこちゃんもこんにちはー!」
「そろそろ名前で呼んでほしい気もするが……まぁいいか」
出会ってから未だに名前で呼ばれた事の無い要だったが、サラサの満面の笑みを見たらどうでもよくなる。
「きょうはどうしたの?」
急な二人の訪問に喜びつつも、首を傾げながら素直に疑問をぶつけるサラサ。
「えっとね、私達は今からこの街を観光するんだけど、ゼルさんに頼まれてサラサちゃんも一緒にどうかなって」
「おねえちゃんたちといっしょ!? いく!」
ちゃんとサラサと目線を合わせ、珍しく流暢に喋るユーフィを見て子供相手だとこうなるのかと感心する要。そんな提案にこれまた笑顔で喜ぶサラサ。その様子を見て、引き受けてよかったと思う二人であった。