11話 水の街
「倒したのか…………?」
要は煙を上げて動かなくなったブラッドベアへと恐る恐る近づき、前足でちょんちょんっと突いて死んでいるか確かめる。暫く突いても動く気配が無狩ったのを見て、ようやく一安心し腰を下ろす一同。
「まさかブラッドベアに合うとはな。運が良いのか悪いのか……」
「そうね、一生に合えれば良い方だものね。出会えば死、でも倒せれば大儲け。今回は倒せたのだし、運が良かったって事でいいのかしらね」
そこまでの相手だとは思っていなかった要は、冷や汗をかきつつそんな話から目をそらすかのようにユーフィの元へ駆け寄る。ぱっと見怪我はないようだが、まだ若干手が震えていた。
「大丈夫か?」
「怪我してないから大丈夫。でもまだ震えが……」
「あれが相手に恐れず真っ向から立ち向かったんだ。その反動だろう。正直作戦を聞いたときは驚いたが……よく成功させたな」
「みんなのおかげ」
弟子の成長を喜ぶように優しく微笑み、ユーフィの震える手を前足でぽんぽんっと叩く要。今回の作戦はみんながうまくやったからこそ成功したと理解しているユーフィだが、それでも要にほめられて嬉しくなり表情を緩める。
「皆さんご無事で何よりです。それにしても、近くで見ると……また大きいですねぇ。これなら…………」
皆が腰を下ろし休んでいるのを見たゼルはもう大丈夫なのだと思い、要達の所へやってきて無事を喜ぶ。そして動かなくなったブラッドベアの亡骸を目を輝かせながら観察している。この辺りはやはり商人だといったところで、どうやって売ろうか、どのぐらいになるだろうかと計算し始める。
「しかし、この大きさだとアイテムボックスに入るのか?」
「いや、さすがに容量オーバーだ」
まだアイテムボックスの仕組みをよく知らない要はその懸念を聞いてみたが、やはり容量オーバーだった。そのまえにもベアチャイルドを仕舞っているから余計だろう。
「それなら馬車に積み込みましょうか。皆さん歩きになってしまいますが、ここからだとウォーレインまでそんなに距離はないですし日暮れまでにはつくでしょう。さすがにこれを放置するのはもったいなさ過ぎます」
「ま、そうなるな。私達は歩きに慣れているが、カナメ達は大丈夫か?」
「私なら問題ない」
「俺も大丈夫だ」
皆の同意を得られたので、早速積む準備をし始める。さすがにそのままだと運ぶのが大変なのである程度ばらしていく。その辺りはテオルやリオが慣れており素早くすませていた。
「よし、これで大丈夫だな」
「こっちも大丈夫だよ、父さん」
馬車に積み込み、落ちないようしっかりロープで固定した二人はお互い確認し合う。そしてさっきまでとは違い、テオルとリーナが前、リオとユーフィ、カナメが後ろを歩く形で出発した。サラサは馬の手綱を握るゼルの隣でちょこんと座り、足をぶらぶらさせながら楽しんでいた。
こうして、無事ブラッドベアを倒した一行はウォーレインへと向かっていった。
森を抜けた先には広大な平原が広がっており、街までの道のりが一望出来た。そして目的地である水の街ウォーレインは、離れたここから見てもかなりの大きさがあり、特にその街を囲む大きな外壁とその街の中心を通る大きな河が特徴的だった。
そんな街を見て、期待を膨らませる要とユーフィ。ここの平原では魔物が出ないようなので、温かく澄んだ風と、その風に揺れて擦れる草木の音を聞きながらのんびりと歩いていく。
「大きいな……」
「近くで見ると、すごい……」
なんとか予定通り日暮れまでに街へと着く事が出来た要とユーフィは、その間近で見る外壁の大きさに二人して驚く。遠くからでも大きく感じたが、近くで見るとやはり迫力が違う。
そして門をくぐり抜けて見た光景は、綺麗に立ち並ぶ家々ともうすぐ日暮れにも関わらず賑わう大通り。そして入り口からでも見える大きな噴水だった。
「これはまた……」
外壁のときとは比べ物にならない驚きで、これまた思わず嘆息する要。ユーフィに至ってはもう言葉も出ていない。
「驚いてくれたようで何よりです」
「最初にここへ来た人はみんな同じ反応をするな」
予想通りの反応をしてくれた二人を見て、笑い合うテオル達。やはり外から来た人にとってはこの街並はすごいようだ。
「それではもう遅いですから詳しくは明日にしましょうか」
「そうだな、カナメ達も宿屋を探さないといけないだろう?」
驚いていた二人は宿屋の事を言われて今日の寝床が無い事を思い出す。もう日暮れなので、早めに探さないと泊まるところが無くなってしまうかもしれない。
「ちなみにどこかオススメはあるか?」
「そうですね、なら水鏡亭ならどうでしょう? 手頃な値段で料理もおいしいですし。それに知り合いがやっているので、私の名前を出せばサービスもしてもらえますよ」
「よし、じゃあまずはそこに向かってみるか。助かった」
宿屋の目処が立った事で余裕が出た一安心する。さすがにここまで大きいと、そもそも宿屋の場所を探すだけでも大変だろうし、料金などの内容も分からないので初めて来る二人だけでは苦労しただろう。
「いえいえ、本当は案内までしたいところですが、この後の処理がありますので……」
「私達もブラッドベアの件で一旦ギルドまでいかないといけないからな……」
「なら僕が案内しますよ。ギルドの報告なら父さんと母さんだけでも大丈夫でしょ?」
「ああ、なら任せた」
この後の予定があった三人の代わりに案内を買って出たリオに連れられて、水鏡亭へと向かう。その場所は入って来た方に近くてそこまで歩かずに着く事が出来たが、街の入り口で少し話し込んでしまったせいで宿屋に着く頃には周りは大分暗くなっていた。
リオに案内されて宿屋に入ると一階は食堂のようで、ちょうど夕食時と言う事もあり人で賑わっていた。そんながやがやという喧噪の中、カウンターまで歩いていく。そこにはまさに肝っ玉母さんという感じで笑顔あふれる女将さんがいた。
「こんばんは、女将さん」
「おや、リオちゃんじゃないか。今日はここで泊まりかい?」
「いえ、今日は知り合いを案内してきたんです」
「というと、そっちにいる子達かい?」
リオに紹介された二人は女将さんへと軽く挨拶する。要が喋ったときは少し驚いたような顔をした女将さんだったが、すぐに表情を戻し笑顔で迎えた。さすがはプロである。
「ゼルから紹介されたんだが、俺も一緒で問題ないか?」
「問題ないよ。料金さえ払ってもらえるなら、誰だって大切なお客様さ。それにゼルの紹介ならサービスしてあげるよ」
「なら一先ず三泊分で頼む」
「あいよ。それじゃあ部屋に案内するよ」
「それじゃあ僕はここで失礼しますね」
「ああ、案内助かったよ」
「ありがとう」
快く受け入れてもらえた要たちは案内してくれたリオと分かれた後、二階にある部屋へと案内された。部屋に入るとそこにはベッドと机だけあり、置いてあるものは少ないが広さは十分だ。大通り側には窓があり、今は暗くて見えないが昼間なら町並みも一望できるだろう。
女将さんが食事を用意してくると部屋を出て行くと、緊張の糸が切れたのかユーフィがベッドに倒れこむ。その様子を見て前にもこんな事があったな、と思いつつ食事が来るまでの間眠そうなユーフィと格闘する要だった。
女将さんが用意してくれた食事は、水の街とあって焼き魚や魚介で取ったスープなど魚が多く使われていた。この世界に来て初めて魚を食べた要は、その美味しさに感動する。久しぶりに食べたからなのか、この猫の体のせいかは分からないが、物凄く美味しくさっきから尻尾ぶんぶん振っていて止まらない。そんな要をほほえましそうに見ながら、ユーフィもその料理に舌鼓を打つ。
「はぁ、満足だ…………」
「お魚、美味しかった」
魚料理を堪能した二人は、もう遅い時間もあって寝る準備をし始める。そして要は以前の経験を踏まえて、ユーフィに捕まらないよう移動する。が、どうやら遅かったようでまたまたがしっと捕まれてしまった。
「えーっと、ユーフィ? 離してくれると俺は嬉しいな」
「……………………だめ」
「ですよねー」
こうして今日も抱き枕にされる要であった。
次の日、朝早く起きて何時も通り毛づくろいをした要は、昨日は暗くてよく分からなかった町並みをユーフィが起きるまで窓から眺める。ここから見た限りだと、どの家もレンガで造られていて、道の端には水路が通り、そこを通る水が朝日を浴びてきらきらと光っている。例えるなら中世のヨーロッパの町並みといった感じだ。
そうして眺めていると、ユーフィがベッドの方でもぞもぞと動く。声をかけようと思った要だが、以前思いっきり抱きしめられた事を思い出し、自然に起きるのを待つ事にした。
「……おはよう……カナメ……」
「おう、おはよう」
まだ眠そうな顔をしながら起きてきたユーフィと挨拶を交わし、そろそろ食事の時間なので降りる準備をする。そして、今日は一階で食事を取った二人はさっそく街へと向かった。
「すごい……キラキラだ……」
「窓から見た景色とはまた違って見えるな」
水鏡亭を出てその町並みを見た二人は、その綺麗さに嘆息する。大通りの端にずらっと並ぶ家々に、朝日を浴びてキラキラと光る水路。そしてここからでも見える中央にあるであろう大きな噴水。まだ朝という事もあり、人が少ないのでその町並みがよく見える。
二人は観光したい衝動を押さえつつ、一先ずギルドへと向かう事にする。水鏡亭を出るときに女将さんに聞いた場所へと向かうため、この広い大通りを噴水のある中央広場に向かって歩き出した。向かう間もきょろきょろとその町並みを見つつ、ようやくこの街の中央広場まで着いた二人。そしてそこにある噴水に圧倒され、足を止める。
「これは…………」
「大きい…………」
この中央広場は大きな円状に作られ、この下を大通りと交差するように河が通っている。そしてその河の水を利用して動いているのがこの街のシンボルともいえる巨大な噴水だ。真ん中から吹き出る水が三つの段を流れ落ち、綺麗な水のカーテンが出来上がっている。そしてこの時間はさらに朝日を浴びて、宝石の様にキラキラと光、見る者を魅了する。
暫くその光景を見つめていた二人はまた後でゆっくりと見に来ようと誓い、この広場の先にあるギルドを目指してまた歩き始める。
女将さんが言うには広場を抜ければすぐ分かるといっていたのだが、実際その場所に来て見るとその言葉に納得した。広場を抜けたすぐそこには、周りの家の数倍ある大きな建物があり、冒険者らしき格好の人が出入りしていたのだ。
「分かりやすい」
「確かにな。よし、じゃあ早速入るか」
二人は、同時に何人も入れるような大きな扉を開け、冒険者ギルドへと入っている。
中に入るとそこにはまさに冒険者だ、という格好をしている人たちで賑わっていた。その中には人族だけではなく、ユーフィの話の中にもあった獣族や妖族といったほかの種族の人も混じっている。
二人は邪魔にならないように入り口の横へと移動しギルド内をぐるっと見渡す。入り口の目の前には受付のカウンターと思われるものがあり、三人の女性が立っていた。右手にはいくつかテーブルがある酒場になっており、こんな朝からでもお酒の飲んでいる人がちらほら目に入る。そして左手には少しだが本棚があった。こちらは酒場と違い人気が無かったが、よく本を読んでいたユーフィはその場所をキラキラとした目で見つめ、また後で来ようと決意するのだった。
とりあえず登録できないかを確認する為に受付へと向かう二人。そこで登録の旨を伝えると、受付嬢が渋い顔をしてしまう。
「すみません、登録は十五歳以上からとなっています。見た所あなたはまだですよね?」
その問いに残念そうにしながらうなずくユーフィ。
「ここに来るときに一緒になった冒険者に特例があると聞いたんだが、それを使って登録する事は出来るのか?」
僅かな望みをかけて、テオル達に聞いた特例の事を受付嬢へと話す。さすが冒険者ギルドの受付嬢とあって、いきなり猫が喋りだしてもまったく動じず、暫く考え込む。
「確かに特例というものはありますが、それは十五歳以下が登録できる、というものではないのです」
僅かな望みも費えた二人は、落ち込みつつもその特例について詳しく説明してくれる受付嬢の話に耳を傾ける。
曰く、特例というのは冒険者以外の人、たとえば商人であったり貴族であったりという人と協力関係を結ぶときに使うものだそうだ。それを結ぶときに、ギルドと協力しているという証明が出来るよう、特別なギルドカードを発行する。それについては、特に年齢制限が無いのでその話が冒険者の間で巡りめぐって十五歳以下でも登録できる特例となったのではないか、と。
「じゃあ依頼を受けられるのは十五歳以上からになるんだな」
「そうなりますね。見たところあなたは使い魔のようですが、使い魔もその主人と同じギルドカードに登録される事になるので、今は依頼を受けることはできません」
少しがっかりする二人だったが、もともと期待薄だったのですぐに気を取り直す。
「魔物の買取は登録していなくてもしてもらえるって聞いたが、それは問題ないか?」
「ええ、それは大丈夫です。ですがそれだけだと割に合わない事が多いので、する人は少ないですね」
「分かった、わたりやすい説明ありがとう」
「いえ、また御用があればいつでも来てくださいね」
一番大事だった買取の件が問題なかった事に一安心した二人は、受付嬢に笑顔で見送られてギルドを後にする。
「よし、それじゃあこれからどうしようか?」
「観光? あ、でも先にゼルさんの所?」
「そういえば昨日の話をしないといけなかったな。よし、それじゃあゼルの店に向かうか!」
「うん」
こうして二人は昨日の件についての話をするべく、ゼルの店へと向かうのであった。